帰ってきた猫ちゃん

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第一章『吾輩は猫である』

5 猫ちゃん、ネットを切り上げて龍之介くんと遊ぶ

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 そうではなくて、『居酒屋で昼から二人で食事中、なう』と書かれているのだ。確か主人も、今は食事中ではなかったか。というか「なう」とか書くのはツイッターではなかろうか。

『いやー、昼からむ酒はうまい。特に仕事から逃げてる最中さいちゅうだと最高だな』

『来て良かっただろ。人間、息抜きは必要なんだよ。分かったか』

 おそらく主人と山師が、掲示板上で会話している。何で掲示板を通しているのか謎だ。

『同じ店内に居るんだろ。何で掲示板で会話してるの。直接、話せよw』

 吾輩、文末にwを付けて、掲示板に書いて尋ねてみた。

『分かってないな。今は居酒屋で会話してたら白い目で見られるんだよ。そういう時代だ』

『そうそう。今の時代はテクノロジーを通さないと』

 テクノロジーの使い方が間違ってるように思うのは吾輩だけだろうか。

『俺らが金を居酒屋で使うから、経済は回ってるんだ。それを自粛警察が非難するんだから、困ったもんさ』

 こう書いているのは山師の方か。

『俺たちが経済を回すためにも、政府は給付金をよこせ。苦労している物書き全てに金を!』

 これは主人であろう。吾輩、この二人に給付金を与えない方が世の中のためになると思う。

『原稿を書いてください、先生』

『何だね、君は。俺は先生などと呼ばれる覚えはないが聞いておこう。どうして分かったの?』

『文体が一緒なんですよ、先生。掲示板で落書きしてるから、文の質が落ちるんです』

『質が落ちてるとか言うな! 帰ったら仕事に取り掛かる。俺は先生ではないがな!』

『原稿を書いてください、先生w』

『黙ってろ、単芝ぁ!』

『はっはっはっはっ』

 吾輩のあおりに主人がキレる。山師が笑う。女編集者は恐らく、無表情で掲示板に書いている。

「何を見てるんですか、吾輩さん」

 背後からは、龍之介くんが起き上がってきている。

「駄目な大人の博覧会だよ。君は決して、覗いてはいけない世界さ」

 吾輩、掲示板からログアウトして、ノートパソコンの電源を切った。改めて、龍之介くんの方に向き合う。

「いいかい、龍之介くん。良い子に育つんだ。駄目な大人になってはいけないよ」

 父親が、成功とは無縁の小説家である子供には、どんな苦難が待っているだろうか。吾輩、龍之介くんには清く正しく、たくましく育ってほしいと願わずには居られない。

「大丈夫ですよー。清く正しく、たくましく育ちますから」

「テレパシーで思考を読むのは止めなさい」

 龍之介くんは幼いので、まだ吾輩の思考の深部までは理解できていない。将来への不安など、一歳に満たぬ人間の子供が持つ訳もあるまい。吾輩、話を切り替える事にした。

「相撲でも取ろうか、龍之介くん。一つ、胸を貸してあげよう」

 主人が居ないところでは、吾輩と龍之介くんは、共にコロコロと転がって良く遊んでいる。前足の爪は内側に引っ込めているから危なくはない。布団の上が土俵がわりである。

「いいですけど、もう僕の方が体重は重くないですか。怪我しますよ吾輩さん」

「吾輩はダッシュして跳び込むから、良い勝負だろう。油断すると危ないよ」

 吾輩、スタートの位置に付くと、獲物を狙う肉食獣の姿勢で彼の姿を捉えた。

「審判は居ないから、吾輩のタイミングで跳び込むよ。いいね」

「いつでもどーぞ、吾輩さん」

 立ち上がって、横綱のような貫禄で龍之介くん、自分のお腹をポンと叩いた。勝負!

 電光石化の早業はやわざで、吾輩、跳び込んでいく。龍之介くん、むしろ無造作に、片手で吾輩を上からハタき落とした。そのまま、ひっくり返った吾輩の上に腹からし掛かって押さえつけてくる。これではプロレスであろう。

「参った参った、吾輩の負け」

 前足の裏の肉球で、龍之介くんの体をタップして降参の意を伝えた。彼が立ち上がる。

「苦しくなかったですか、吾輩さん」

「君が手加減してくれてたから大丈夫だよ。何というか……腕を上げたね」

 全く相手にならなかったのがショックであった。子供の成長の、何と早い事か。

「テレパシーで、跳び込んでくるタイミングは分かりますから。もう負けませんよ」

 この子が成長したら、どんな大人になるのであろう。宮本武蔵か。

「君は本当に、たくましく生きていけそうだね。龍之介くん」

「まだまだ、吾輩さんには教えてもらいたい事がありますよ。僕が大人になったら、コーチになってください」

「コーチって何のだね。猫の被り方かぶ かたでも教えようかな」

 子供というものは無邪気でいい。猫がいつまでも、一緒に生きていてくれると信じている。龍之介くんが大人になる頃には吾輩、この世には居まい。そう知るのは、いつになるか。

「龍ちゃん、帰りまちたよー」

 玄関が開いて、主人が良い感じに酔って戻ってきた。本当に近所でんでたらしい。ドタドタと階段を上がってくる主人に、尻尾を踏まれてはたまらないので吾輩、部屋のすみに行く。

「何もなかったでちゅかー。いい子にしてまちたかー」

「あー」

 テレパシーを解さない主人の前では、龍之介くんはただの子供である。主人が龍之介くんを抱き上げるのを見届けて、吾輩は部屋を出て階段を降りて行った。

 龍之介くんは天才児なので、トイレにも一人で行けるし、階段から落ちて怪我をする事もない。主人に育児のストレスなど無いのではないか。これで原稿さえ書ければ、主人は割と幸福な人生を送っているとさえ言えるかも知れなかった。
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