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暴力と星空(ほしぞら)
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「ちょっと! 何するのよ!」
「見ての通りよ。これから、あんたの邪魔をするの」
抗議してくる彼女に振り返って、にっと笑って見せた。懸命に彼女も走って追ってくるが、私の方が速い。砂浜を速く走るにはコツが要るのだ。靴も服装も、私は走りやすいものを用意して着けていた。
標的である少女が、気配を感じて私たちの方へ振り返る。そこには猛スピードで走る私と、その後を鬼気迫る表情で追ってくる彼女が居る。「ひっ!?」と少女は立ち竦んだ。ビーチフラッグという競技を私は思い出す。二人で走って、前方にある旗を奪い合う競技。あの旗が女の子だったら、きっと今の少女みたいな顔で怯えるのだろう。
走るスピードを落とさず、私は片方の靴を脱いで右手に持った。走りながら靴を脱いで手に持つという、ちょっとした私の特技である。その靴を振りかぶって、上から靴底で、私は少女の肩を叩いた。乾いた音がして、大したダメージは与えてないけど、少女は怖がって蹲る。悲鳴を上げられると面倒なので、私は少女と同じ高さで、しゃがみ込んで左手で彼女の口を塞いだ。
右手で私は、首に掛けていた三日月型のアクセサリーを外す。アクセサリーには仕掛けがあって、折り畳み式の小型ナイフとなっている。月明かりでもあれば見せつけやすいのだが、今日は月齢が新月辺りのようで、月が出ていない。空も曇っていて、仕方なく私は、少女の顔へナイフを近づけて見せた。
「ね、見える? おもちゃみたいなナイフだけど、あんたの喉を切り裂くくらいは簡単。そうは、なりたくないよね? だったら声を出さないようにね。分かった?」
こくこくと、少女が頷いてくれる。従順な子は大好きだ。ぺちぺちと、私は小型ナイフの腹を少女の頬に当てて、軽く脅しておいた。私の後ろでは、抜き去られて出し抜かれた彼女が、息を切らした様子で呆然と立っている。私は息切れ一つしていない。幼い頃からの訓練が役に立っていた。
「あんたはね、後ろに居る、私の相棒を怒らせたの。相棒の大切な人が、誹謗中傷されて亡くなってね。その責任が全部、あんたにあるとは言わない。でも責任の一端はあるよね」
私は再び、小型ナイフを少女の眼前に持っていく。懇願するような少女の視線と目が合う。どうか殺さないで、どうか殺さないで。そういう意思が伝わってきた。
「相棒はさ、あんたを殺したくて殺したくて仕方ないんだって。でも私は、あんたがそこまでの悪人だとも思わない。だから、この場は見逃してあげる。でも次は無いと思って。世の中には取り返しのつかないことがあるのよ。同じことが起きたら、あんたは只じゃ済まない。この世の摂理が、あんたを必ず罰するわ」
少女に声を出さないよう念を押してから、私は口を塞いでいた手を離した。立つように促して、少女は恐る恐る腰を上げる。今にも飛び掛かりそうな、後ろの相棒を私は背中で制した。今日は私の前で誰も死なせない。そろそろ少女には、ここから立ち去ってもらおう。
「もう帰って。今後、街や学校で私たちを見かけても、今まで通り声は掛けないでね。だからと言ってバカにするのも止めなよ? 言うまでもないけど、今日のことは誰にも話さないようにね。密告ったら私が殺すから」
最後にナイフを見せつけてから、刃の部分を折り畳んでアクセサリーに戻す。再び首に掛けてから、私は少女の横に回り込んで、「おら、消えな!」と足の甲でお尻を蹴った。靴を脱いでいる右足で蹴ったから、そこまでのダメージは無いはずだ。少女は小さく悲鳴を上げて、懸命に早歩きで去っていった。お尻が痛くて走れないのかな。
「……何で、邪魔したのよ! 殺してやりたかったのに!」
標的の少女が去って、脱ぎ捨てていた靴を私が履き直していたら、彼女が私に突っかかってくる。私は逆に、彼女の胸元を平手で突いた。尻餅をついて背中から砂浜に彼女が倒れる。
「だって殺したら死んじゃうじゃない。あんたも言ってた通りよ、死んだ人間は帰ってこないの。殺人は罪深い行為よ。そんなことをあんたにさせる訳には行かないわ」
「うるさい! それだけのことをあいつは、したのよ! あんな優しい子が死んで、もう帰ってこない! だから私が報復してやりたかったのに!」
起き上がって、猛然と私に向かってくる。私は軽く、あしらってあげた。伸ばしてくる手を払って、相撲や柔道の稽古のように、彼女を背中から砂浜に叩きつける。下に石でもあって、それで頭を打っては大変だから、その辺りは気を遣った。何度も何度も倒されて、やっと彼女は仰向けの態勢で大人しくなる。息を切らしている彼女の横に、私は同じく仰向けで並んで寝転がった。砂浜の感触が心地いい。
「マンガでさ、良くあるよね。男同士が殴り合って、こうやって並んで仰向けに寝て、友情が芽生える展開。あれって本当にあり得ると思う?」
「……うるさい、死んで」
酷いなぁ、と私は笑う。私たちは砂浜で空を見上げて、曇っていた天候が晴れてきたことに気づく。雲の切れ間からは星が見えてきていた。
「死んじゃった子は、あんたが復讐することを望んでると思う? 正直に答えて」
「……そんな訳ないじゃない。本当に優しい子だったのよ。あの子は暴力なんか望まないわ」
「これは答えなくてもいいけどさ。その子のことが好きだったの? 恋愛感情って意味で」
「……分かんない。私が持っていたのは、もっと淡い感情だった。時間があれば、その気持ちもハッキリしてきたんだろうけど」
「ハッキリさせない方が良いこともあるよ。特に殺意はね。それがハッキリしたら人を殺しちゃうから」
「……こっちからも聞いていい? 貴女、何者? 何で、そんなに強いの?」
「具体的なことは秘密。知らない方がいいことって、世の中にはあるよ」
私の家系は、昔から暗殺者が多かった。さすがに現代では、そういう存在はそう多くはない。私の家の男は血なま臭い世界で生きていて、それに嫌気が差した私は現在、一人暮らしをしている。生活費は出してもらえているので苦労はない。
「……学校で私に付きまとってたのも、結局、私を止めたかったから。そうよね?」
「うん。私、殺意を持っている子は、すぐに分かるのよ。で、分かってたら、やっぱり止めたいじゃない。私たちは若いんだもの、殺人で将来を台無しにしたら勿体ないよ」
「止められちゃった私は、これから、どうすればいいの? アドバイスはある?」
「とりあえず、泣いてみたらどうかな。亡くなった子を想ってさ。それで少しは、気持ちが落ち着くよ」
「今、ここで?……笑わない?」
「笑わないよ。傍に居てあげるから、私のことは気にせずに泣いて」
私と彼女は、仰向けで星空を見上げている。しばらくして、「……ちゃん」と、隣の彼女が名前を呼び出した。その声は少しずつ大きくなっていく。
「ゆらちゃん……ゆらちゃん! ゆらちゃーん!」
声を上げて彼女が泣きだす。ゆら、というのが、その子の名前なのかな。性別は分からないが、きっと優しくて繊細な子だったのだろうと私は思った。
「ねぇ、今日が何の日か知ってる?」
彼女が落ち着くのを待ってから、そう聞いてみた。思い付かないようで、彼女からは返答がない。なので私は教えてあげた。
「八月十五日よ、今日は終戦記念日。私たちの暴力や戦争は、今日はお終い」
空は晴れて、星が良く見える。ものを言わない優しい人々が、昔も今も暴力や戦争で命を落としているのだろう。そういう横暴が、いつまでも許されるとは思わないことだ。この世の摂理は、いつか牙を剥く。私も寛容を心がけてはいるが、殺る時は殺るかもだ。
ともかく今日は、私の暴力は閉店である。私と彼女は、長いこと星空を砂浜で見上げ続けていた。
「見ての通りよ。これから、あんたの邪魔をするの」
抗議してくる彼女に振り返って、にっと笑って見せた。懸命に彼女も走って追ってくるが、私の方が速い。砂浜を速く走るにはコツが要るのだ。靴も服装も、私は走りやすいものを用意して着けていた。
標的である少女が、気配を感じて私たちの方へ振り返る。そこには猛スピードで走る私と、その後を鬼気迫る表情で追ってくる彼女が居る。「ひっ!?」と少女は立ち竦んだ。ビーチフラッグという競技を私は思い出す。二人で走って、前方にある旗を奪い合う競技。あの旗が女の子だったら、きっと今の少女みたいな顔で怯えるのだろう。
走るスピードを落とさず、私は片方の靴を脱いで右手に持った。走りながら靴を脱いで手に持つという、ちょっとした私の特技である。その靴を振りかぶって、上から靴底で、私は少女の肩を叩いた。乾いた音がして、大したダメージは与えてないけど、少女は怖がって蹲る。悲鳴を上げられると面倒なので、私は少女と同じ高さで、しゃがみ込んで左手で彼女の口を塞いだ。
右手で私は、首に掛けていた三日月型のアクセサリーを外す。アクセサリーには仕掛けがあって、折り畳み式の小型ナイフとなっている。月明かりでもあれば見せつけやすいのだが、今日は月齢が新月辺りのようで、月が出ていない。空も曇っていて、仕方なく私は、少女の顔へナイフを近づけて見せた。
「ね、見える? おもちゃみたいなナイフだけど、あんたの喉を切り裂くくらいは簡単。そうは、なりたくないよね? だったら声を出さないようにね。分かった?」
こくこくと、少女が頷いてくれる。従順な子は大好きだ。ぺちぺちと、私は小型ナイフの腹を少女の頬に当てて、軽く脅しておいた。私の後ろでは、抜き去られて出し抜かれた彼女が、息を切らした様子で呆然と立っている。私は息切れ一つしていない。幼い頃からの訓練が役に立っていた。
「あんたはね、後ろに居る、私の相棒を怒らせたの。相棒の大切な人が、誹謗中傷されて亡くなってね。その責任が全部、あんたにあるとは言わない。でも責任の一端はあるよね」
私は再び、小型ナイフを少女の眼前に持っていく。懇願するような少女の視線と目が合う。どうか殺さないで、どうか殺さないで。そういう意思が伝わってきた。
「相棒はさ、あんたを殺したくて殺したくて仕方ないんだって。でも私は、あんたがそこまでの悪人だとも思わない。だから、この場は見逃してあげる。でも次は無いと思って。世の中には取り返しのつかないことがあるのよ。同じことが起きたら、あんたは只じゃ済まない。この世の摂理が、あんたを必ず罰するわ」
少女に声を出さないよう念を押してから、私は口を塞いでいた手を離した。立つように促して、少女は恐る恐る腰を上げる。今にも飛び掛かりそうな、後ろの相棒を私は背中で制した。今日は私の前で誰も死なせない。そろそろ少女には、ここから立ち去ってもらおう。
「もう帰って。今後、街や学校で私たちを見かけても、今まで通り声は掛けないでね。だからと言ってバカにするのも止めなよ? 言うまでもないけど、今日のことは誰にも話さないようにね。密告ったら私が殺すから」
最後にナイフを見せつけてから、刃の部分を折り畳んでアクセサリーに戻す。再び首に掛けてから、私は少女の横に回り込んで、「おら、消えな!」と足の甲でお尻を蹴った。靴を脱いでいる右足で蹴ったから、そこまでのダメージは無いはずだ。少女は小さく悲鳴を上げて、懸命に早歩きで去っていった。お尻が痛くて走れないのかな。
「……何で、邪魔したのよ! 殺してやりたかったのに!」
標的の少女が去って、脱ぎ捨てていた靴を私が履き直していたら、彼女が私に突っかかってくる。私は逆に、彼女の胸元を平手で突いた。尻餅をついて背中から砂浜に彼女が倒れる。
「だって殺したら死んじゃうじゃない。あんたも言ってた通りよ、死んだ人間は帰ってこないの。殺人は罪深い行為よ。そんなことをあんたにさせる訳には行かないわ」
「うるさい! それだけのことをあいつは、したのよ! あんな優しい子が死んで、もう帰ってこない! だから私が報復してやりたかったのに!」
起き上がって、猛然と私に向かってくる。私は軽く、あしらってあげた。伸ばしてくる手を払って、相撲や柔道の稽古のように、彼女を背中から砂浜に叩きつける。下に石でもあって、それで頭を打っては大変だから、その辺りは気を遣った。何度も何度も倒されて、やっと彼女は仰向けの態勢で大人しくなる。息を切らしている彼女の横に、私は同じく仰向けで並んで寝転がった。砂浜の感触が心地いい。
「マンガでさ、良くあるよね。男同士が殴り合って、こうやって並んで仰向けに寝て、友情が芽生える展開。あれって本当にあり得ると思う?」
「……うるさい、死んで」
酷いなぁ、と私は笑う。私たちは砂浜で空を見上げて、曇っていた天候が晴れてきたことに気づく。雲の切れ間からは星が見えてきていた。
「死んじゃった子は、あんたが復讐することを望んでると思う? 正直に答えて」
「……そんな訳ないじゃない。本当に優しい子だったのよ。あの子は暴力なんか望まないわ」
「これは答えなくてもいいけどさ。その子のことが好きだったの? 恋愛感情って意味で」
「……分かんない。私が持っていたのは、もっと淡い感情だった。時間があれば、その気持ちもハッキリしてきたんだろうけど」
「ハッキリさせない方が良いこともあるよ。特に殺意はね。それがハッキリしたら人を殺しちゃうから」
「……こっちからも聞いていい? 貴女、何者? 何で、そんなに強いの?」
「具体的なことは秘密。知らない方がいいことって、世の中にはあるよ」
私の家系は、昔から暗殺者が多かった。さすがに現代では、そういう存在はそう多くはない。私の家の男は血なま臭い世界で生きていて、それに嫌気が差した私は現在、一人暮らしをしている。生活費は出してもらえているので苦労はない。
「……学校で私に付きまとってたのも、結局、私を止めたかったから。そうよね?」
「うん。私、殺意を持っている子は、すぐに分かるのよ。で、分かってたら、やっぱり止めたいじゃない。私たちは若いんだもの、殺人で将来を台無しにしたら勿体ないよ」
「止められちゃった私は、これから、どうすればいいの? アドバイスはある?」
「とりあえず、泣いてみたらどうかな。亡くなった子を想ってさ。それで少しは、気持ちが落ち着くよ」
「今、ここで?……笑わない?」
「笑わないよ。傍に居てあげるから、私のことは気にせずに泣いて」
私と彼女は、仰向けで星空を見上げている。しばらくして、「……ちゃん」と、隣の彼女が名前を呼び出した。その声は少しずつ大きくなっていく。
「ゆらちゃん……ゆらちゃん! ゆらちゃーん!」
声を上げて彼女が泣きだす。ゆら、というのが、その子の名前なのかな。性別は分からないが、きっと優しくて繊細な子だったのだろうと私は思った。
「ねぇ、今日が何の日か知ってる?」
彼女が落ち着くのを待ってから、そう聞いてみた。思い付かないようで、彼女からは返答がない。なので私は教えてあげた。
「八月十五日よ、今日は終戦記念日。私たちの暴力や戦争は、今日はお終い」
空は晴れて、星が良く見える。ものを言わない優しい人々が、昔も今も暴力や戦争で命を落としているのだろう。そういう横暴が、いつまでも許されるとは思わないことだ。この世の摂理は、いつか牙を剥く。私も寛容を心がけてはいるが、殺る時は殺るかもだ。
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