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夏休みが来て、八月半(なか)ば
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学校というものは細かい休み時間が多くて、その合間に少しずつ、彼女は話をしてくれた。話を聞きながら、私は彼女の、やや色素が薄い髪を見つめる。繊細な色合いが、そのまま彼女の人格を表しているようで興味深い。女の子はいい。私も女子だが、武骨な男が家には多くて。色々とあって、私は男嫌いになっていて、その反動で同性の女子を好んでいるのだった。
「話、聞いてる? 何で私の髪を見てるのよ、聞く気がないなら話さないわよ?」
「聞いてる、聞いてる。ちょっと頭の中で整理してただけよ。お友達が自殺した。それが、あんたの恨みだよね」
今年の四月に、彼女のクラスメイトが自ら命を絶ったそうだ。その子の性別は、話からは分からなかった。分かったのは、自殺した子が同性愛者で、いわゆるSNSをやっていて。そしてネット上や学校で、誹謗中傷されて、立ち直れなかったのだという。
「優しい子だったのよ。私とは幼馴染でさ。それで、その子が中学生になってから、『ジェンダーレスな社会を作りたい』って言って、SNSを始めて。私は正直、よく分からなかったから何も言えなかった。そして、その子の熱意は嘲笑われたの。もちろん、バカにしてきたのは一部の人間だけよ。でも、それを言ったらイジメだって同じじゃない。一部のバカが言葉で暴力を振るって、それで死者が出たら黙り込むのよ。死んだ人間は帰ってこないのにさ」
「なるほどねぇ。ネットで中傷してきた連中は、身元が特定できないから復讐もできない。でも学校で、同じクラスで中傷してきた女子は分かってるから、そいつを殺したい。そういうことね」
「……仇を取りたいのよ。あの子が傷ついてたとき、私は寄り添ってあげられなかった。巻き込まれて、私も叩かれるんじゃないかと思うと怖かったの。間違ってた。もっと私が手を差し伸べてたら、あの子は今も生きてる。だから、せめて今からでも何かをしたいの」
その『何か』が殺人ということらしい。具体的な計画は立ててないみたいだけど、だからと言って、彼女が口だけの人間だとは思わなかった。むしろ突発的な行動こそが恐ろしいのだ。女の子は暴力を振るわれれば、男よりも簡単に死ぬ。殺意というものを甘く見てはいけない。
それで、話を一通り聞いた後も、学校で私は彼女に付きまとい続けた。四月にクラスで自殺者が出て以来、彼女は周囲と対立して浮いていたけれど、私は全く気にならない。そういうわけで、晴れて私はスクールカーストの最下層に転落したようだった。未だに私は、スクールカーストというものが良く分からないのだが。
「貴女も変わってるわね。私と話してたら、他の子から無視されるわよ?」
「別にいいよ。友達が居ない者同士、二人で連もうよ」
私が付きまとうものだから、私と彼女は常に学校で一緒で、周囲からは「できてるんじゃないか」などと言われてるようだ。面倒だったので、彼女も私も弁明はしなかった。私は何も気にしてなくて、彼女には迷惑だったと思うけど、彼女も私を突き放そうとはしなかった。たぶん彼女も、話し相手が欲しかったのだろう。
学校の廊下では、必ずと言っていいほど女子が集団で歩いている。その女子グループは、私や彼女のような異端者を見るたび、小声で何かを言い合っては横を通り過ぎたり、遠巻きに遣り過ごしたりしていた。そしてグループには中心人物が居て。その女子が、自殺者を中傷していて、彼女が殺したがっている当の人物らしかった。
私が転校してきたのは六月で、そして季節は七月になって、あっという間に夏休みの時期が来た。転校したと言っても、私は同じ県内から越してきただけだ。そして県には海があって、今の学校からは近かった。海はいい。私は泳ぐのも、魚を釣るのも捌くのも好きだ。刃物の扱いには、ちょっと私は自信があった。
夏休みになってからは、彼女と私は顔を合わせる頻度が減ったけれど、ラインは交換してたので。二人で水着を買いに行ったり、海で泳いだりしていた。穏やかな日々が続いて、そこから事態が変わったのは八月半ばになってからだ。
『あいつのSNSを見たわ。あいつ、今、海に居る。チャンスだから、一緒に来て!』
電話で彼女が、そう言ってきた。私も彼女も、海までは急げば一時間も掛からない。標的である女子は、SNSで海岸の写真と共に、「孤独を満喫中、なう」とか書いてたらしい。いや文面までは、私は知らないんだけど。
海岸近くで彼女と合流する。時刻は午後六時過ぎで、空は曇っていて薄暗い。海水浴場は閉まっている時間で、そもそも最近まで台風が来ていた影響で、今は波が高い。今日は海水浴場も遊泳禁止となっていて、人は居ないようにも見えた。
「居るわよ、きっと。見つけたら私が殺りに行く。貴女は見届けてて」
そう彼女が言う。彼女は急いでいたのか、学校の制服姿だ。私は動きやすい私服で、下はビキニの水着。ちょっと泳いでみたいなぁと思ってたので。首にはネックレスというかアクセサリーも着けていて、三日月型だ。私は用意周到なのだった。
海岸を注意深く、二人で歩く。砂浜を、一人の女子が歩いているのが見えた。SNSの写真と服装が一致したようで、「あいつよ」と隣の彼女が言う。私の目には、砂浜を歩く彼女は途方に暮れているように映った。取り返しのつかないことが起きて、どうしていいのか分からない女子。悪人でも何でもない、何処にでもいる少女だ。
砂浜の少女は、私たちに背を向けて歩いている。隣の彼女が「殺してやる」と呟いて、砂浜へ降りて駆けていく。武器も何もないが、背後から襲い掛かれば殺害は可能だろう。海に沈めれば水の事故として偽装できるかもだ。
そして私は──一気に駈け出して、先に走り出していた彼女を容易く追い抜いた。
「話、聞いてる? 何で私の髪を見てるのよ、聞く気がないなら話さないわよ?」
「聞いてる、聞いてる。ちょっと頭の中で整理してただけよ。お友達が自殺した。それが、あんたの恨みだよね」
今年の四月に、彼女のクラスメイトが自ら命を絶ったそうだ。その子の性別は、話からは分からなかった。分かったのは、自殺した子が同性愛者で、いわゆるSNSをやっていて。そしてネット上や学校で、誹謗中傷されて、立ち直れなかったのだという。
「優しい子だったのよ。私とは幼馴染でさ。それで、その子が中学生になってから、『ジェンダーレスな社会を作りたい』って言って、SNSを始めて。私は正直、よく分からなかったから何も言えなかった。そして、その子の熱意は嘲笑われたの。もちろん、バカにしてきたのは一部の人間だけよ。でも、それを言ったらイジメだって同じじゃない。一部のバカが言葉で暴力を振るって、それで死者が出たら黙り込むのよ。死んだ人間は帰ってこないのにさ」
「なるほどねぇ。ネットで中傷してきた連中は、身元が特定できないから復讐もできない。でも学校で、同じクラスで中傷してきた女子は分かってるから、そいつを殺したい。そういうことね」
「……仇を取りたいのよ。あの子が傷ついてたとき、私は寄り添ってあげられなかった。巻き込まれて、私も叩かれるんじゃないかと思うと怖かったの。間違ってた。もっと私が手を差し伸べてたら、あの子は今も生きてる。だから、せめて今からでも何かをしたいの」
その『何か』が殺人ということらしい。具体的な計画は立ててないみたいだけど、だからと言って、彼女が口だけの人間だとは思わなかった。むしろ突発的な行動こそが恐ろしいのだ。女の子は暴力を振るわれれば、男よりも簡単に死ぬ。殺意というものを甘く見てはいけない。
それで、話を一通り聞いた後も、学校で私は彼女に付きまとい続けた。四月にクラスで自殺者が出て以来、彼女は周囲と対立して浮いていたけれど、私は全く気にならない。そういうわけで、晴れて私はスクールカーストの最下層に転落したようだった。未だに私は、スクールカーストというものが良く分からないのだが。
「貴女も変わってるわね。私と話してたら、他の子から無視されるわよ?」
「別にいいよ。友達が居ない者同士、二人で連もうよ」
私が付きまとうものだから、私と彼女は常に学校で一緒で、周囲からは「できてるんじゃないか」などと言われてるようだ。面倒だったので、彼女も私も弁明はしなかった。私は何も気にしてなくて、彼女には迷惑だったと思うけど、彼女も私を突き放そうとはしなかった。たぶん彼女も、話し相手が欲しかったのだろう。
学校の廊下では、必ずと言っていいほど女子が集団で歩いている。その女子グループは、私や彼女のような異端者を見るたび、小声で何かを言い合っては横を通り過ぎたり、遠巻きに遣り過ごしたりしていた。そしてグループには中心人物が居て。その女子が、自殺者を中傷していて、彼女が殺したがっている当の人物らしかった。
私が転校してきたのは六月で、そして季節は七月になって、あっという間に夏休みの時期が来た。転校したと言っても、私は同じ県内から越してきただけだ。そして県には海があって、今の学校からは近かった。海はいい。私は泳ぐのも、魚を釣るのも捌くのも好きだ。刃物の扱いには、ちょっと私は自信があった。
夏休みになってからは、彼女と私は顔を合わせる頻度が減ったけれど、ラインは交換してたので。二人で水着を買いに行ったり、海で泳いだりしていた。穏やかな日々が続いて、そこから事態が変わったのは八月半ばになってからだ。
『あいつのSNSを見たわ。あいつ、今、海に居る。チャンスだから、一緒に来て!』
電話で彼女が、そう言ってきた。私も彼女も、海までは急げば一時間も掛からない。標的である女子は、SNSで海岸の写真と共に、「孤独を満喫中、なう」とか書いてたらしい。いや文面までは、私は知らないんだけど。
海岸近くで彼女と合流する。時刻は午後六時過ぎで、空は曇っていて薄暗い。海水浴場は閉まっている時間で、そもそも最近まで台風が来ていた影響で、今は波が高い。今日は海水浴場も遊泳禁止となっていて、人は居ないようにも見えた。
「居るわよ、きっと。見つけたら私が殺りに行く。貴女は見届けてて」
そう彼女が言う。彼女は急いでいたのか、学校の制服姿だ。私は動きやすい私服で、下はビキニの水着。ちょっと泳いでみたいなぁと思ってたので。首にはネックレスというかアクセサリーも着けていて、三日月型だ。私は用意周到なのだった。
海岸を注意深く、二人で歩く。砂浜を、一人の女子が歩いているのが見えた。SNSの写真と服装が一致したようで、「あいつよ」と隣の彼女が言う。私の目には、砂浜を歩く彼女は途方に暮れているように映った。取り返しのつかないことが起きて、どうしていいのか分からない女子。悪人でも何でもない、何処にでもいる少女だ。
砂浜の少女は、私たちに背を向けて歩いている。隣の彼女が「殺してやる」と呟いて、砂浜へ降りて駆けていく。武器も何もないが、背後から襲い掛かれば殺害は可能だろう。海に沈めれば水の事故として偽装できるかもだ。
そして私は──一気に駈け出して、先に走り出していた彼女を容易く追い抜いた。
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