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第三章 農民が動かす物語

取引

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 《コンside》

「どうしたの、コン?僕は大丈夫だから」

 ロイはそう言っていつもと殆ど変わらない笑顔を浮かべる。
 だがそれは微かに引きつっており、普段のロイの笑顔を見ていればすぐに気付けてしまえる程に下手な作り笑いであった。

「あまり無理をするな。それに我は我で少々話したい事もあるのでな」
「そっか。うん、わかった」

 優しいロイの事だ、きっとこ奴らをちゃんと説得して帰ってもらおうとしていたのだろう。
 だがそれではいつまで経っても話はつかず、ロイの方が先に潰れるだろう。
 なのでここは少々強引にでも終わらせるしかなかろう。
 その為に、まずはずっとこの家の外に居る者を呼ぶ方がよかろう。

「ソフィよ!そのような所から覗いていないでこちらへ来ればどうだ?」

 そう声を張り上げた瞬間、入り口近くにある窓からずっと覗いていた人物、ソフィが体を竦ませる。

「やっぱりコンちゃんには気付かれてたの?」
「無論。道中コッソリと付いて来ておったことも気付いておるわ」
「あはは……」

 そこでようやく観念したのか戸を潜って居間まで来ると、正座をして膝前に手を置いて丁寧なお辞儀をした。

「私はロイ君の幼馴染で、ソフィと言います」

 そうロイの祖父母だという者たちに頭を下げると、祖父の方が一瞬顔を顰めた。
 それに対してロイから再び不穏な雰囲気が漂ってくるものの、それはソフィがロイの後ろに移動した事で少しばかり落ち着いたようだ。
 我は一旦振り返りソフィを見やる。

「コッソリと覗くぐらいであれば初めから断って席に混ざっていればよかろうに」
「え、それは、その……」
「それだけロイの事が心配であった、ということか?」
「うん……」
 ソフィは少々顔を赤くしながら俯く。

 これで話の最中に割り込まれる可能性は減るだろう。
 まあ元々何があろうと割り込む様子は無かったのだが、不安要素は極力無くすに越したことはない。
 その上ソフィが側に居ればロイの精神状態も落ち着くだろう。

 ようやく話の準備が出来たのだ、なるべく早くロイを害する要因を排除しようではないか。

「では早速だがヴォルトとやら、お主は商人であるという事は間違いないか?」
「ああ、儂らは商人だ」

 何を今更と言わんばかりに怪訝な声で答えるが、これは単なる確認でしか無い。



「では、1つ商売の話をしようではないか」



 彼らとの取引のための。
「商売の話だと?」
 それにまた怪訝な顔をするが無視して話を続ける。
「我は今欲しい物があるのだ。無論我が作る事も不可能では無いがあまり出来の良い物が出来る自信がないのでな」
 元々探す予定だった物なのだ、この際こ奴らを利用するのもよかろう。
「儂らが用意できるものであれば何でも用意しよう」
 ここは流石に商人と言うべきか、ロイに対する執拗なまでの追求をしていたのがまるで嘘のように真剣な表情に変わる。

「とはいえそう大したものではない。1つ、とても腕の立つ鞍作りの職人を調べて教えてくれるだけで良いのだ」

「蔵?」
「そっちの蔵ではない、牛馬に載せて使う鞍だ」
「何故そのような物を欲しがる?」
「我が主が我が背に乗り飛んでみたいと以前言っておったのでな、その為には専用の鞍がなければ安心して乗せることが出来ぬのだ」

 そう、これは本当に我がただ欲しい物を提示しているに過ぎない。
 鞍程度であれば簡単に作る事は出来るが、人が乗って疲れ難い鞍を作るにはそれなりの技術と経験が必要とされる。
 ただ乗せて飛ぶだけであれば我が魔法で固定することも出来ようが、それではロイが我が疲れぬかと心配してそれどころではないとなりかねない。
 そのためいずれ探して作ってもらおうと考えていたのだ。

「であるので優秀で、それでいて口の固い鞍職人の情報を売ってもらいたい」
「なるほど、その程度であれば一月もあれば用意しよう」

 一月、我が想定していたのと変わらぬ時間だ。
 ある程度猶予を持っていると思われるので実質的にはもう少し早いだろうが、2週間もあれば十分だろう。
 あとはこれを反故にされぬために駄目押しをすればよいだろう。

「それに対する対価に貨幣を用意したい所だが、生憎我は人の世に疎く貨幣を持っておらんのだ。その為これを対価として出そうと思うのだが如何だろうか?」


 我はそう言って1本の白く輝く刃を持つ、一見何の変哲もない片手剣を取り出す。


「な、何だこれは……」
 その剣を見たヴォルトは絶句する。
 その剣は見た目には何の変哲もない剣であり、しかし普通の剣ではなく。



「この剣は銘を『増幅の剣ぞうふくのつるぎ』という、俗に言う魔剣の類だ」



 『魔剣』とは、「魔」法が込められた「剣」で魔剣と呼ぶ。
 魔剣の中には魔に魅入られる類の物も存在しない事は無いが、それはその強さ故に手放したく無くなる物やそういった術式が組み込まれた物がそうなるだけである。
 今取り出した増幅の剣とは、使用者が剣に魔力を纏わせれば瞬時に魔力量を増幅させることが出来るというシンプルな物であり、似たような物はこの世に何本もあったりする。
 だがしかし、我が対価として差し出すものがその程度のはずが無い。

「これは剣に纏わせた魔力を百倍にまで増幅させることが出来てな、柄から刃まで全て純粋なミスリルで出来ているためそう簡単に作れるような物ではないぞ?」

 『ミスリル』とは、この世で最も魔力を通しやすい金属だ。
 オリハルコン、アダマンタイトと並ぶ『三大金属』の一つだ。
 頂点のオリハルコン、硬さのアダマンタイト、そして魔力のミスリルである。
 まあオリハルコンは頂点と言うよりも、アダマンタイトよりは柔らかくミスリルよりは魔力を通し難いが、しかしほかと比べると驚くほど硬く通しやすいことから頂点とされていたりする。
 オリハルコンの話はさておき、ミスリルはこの世でとても貴重な金属であることは確かだ。

「み、ミスリル製の、百倍にまで増幅するま、魔剣だと……」
「これでは鞍職人の情報の対価には足りぬのか?」

 決してそんなことがあるはずがないとわかりつつもそう問いかけると、ヴォルトはブンブンと左右に首を振りはじめた。
「そんなはずがない!むしろ、あまりにも……」
「これは昔とある鍛冶屋の人間がとある魔法使いと共同で打ったものでな、あまりにも良い出来であった為戦いに使いたくないと我に預けて行った物であるのだが、このようなもの手元にあっても困るのだ。なので引き取ってもらえるとありがたい」

 受け取れないなどとは言えぬよう、軽く頭を下げる。

「わかった、対価はそれでよいのだが……済まないが受け取りは情報と交換で良いだろうか?」
 まあ当然だろう。
 このような強力な品を何の用意も無しに持ち運ぶなど危なくて仕方ないはずだからだ。

「よかろう、では一月後にこの村で・・・・受け渡しで良いだろうか?」

「っ!?……ああ、わかった」
 我の意図はちゃんと伝わったようだ。
 後日この村で引き渡しと言う事は『今日の所は帰れ』と言う事に他ならないのだ。



「では今日の所はこれで失礼する事にしよう。見送りはいらん」

 それから少しばかり話をし、契約書を書いて署名をした後にヴォルトはそう言って立ち上がると伴侶を引き連れ村を去って行った。
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