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第三章 農民が動かす物語

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「お母さん、何でそんなに嬉しそうなの?」

 良く晴れた青空の中、僕はお母さんを見上げている。

(あれ、何でだろう?確かお母さんの背は抜いていた筈なのに……)

 今の僕の身長は168センチ、お母さんは165ぐらいだから見上げるなんてこと無いはずなのに……

(あ、もしかしてこれは、夢?)

「ふふ、まだ秘密」
「う~ん、そっか!」

 そしてこの光景には見覚えがある。
 これは確か、僕が4歳の頃の記憶。
 この日は月に一度の行商人が来る日で、お母さんと買物に行くと何か手紙を受け取って、とても嬉しそうにしていたのだ。



 そして気がつくと場面が変わり、それから2週間ほど経った頃だろうか。
 それまでとても嬉しそうに過ごしていたお母さんが段々何かを心配するような感じに変わっていっていた。

「お母さん、どしたの?」
「何かな?」
「お母さん、元気ない?」
 僕がそう聞くとお母さんは笑顔で言った。
「大丈夫よ、私は元気だから」



 それから2週間が過ぎ、お母さんと一緒に行商人の所に向かう。

「ああルミさんですね、あなた宛の手紙とゼンさん宛の手紙がありますよ」
 行商人さんはそう言って2通の手紙をお母さんに手渡した。
「それじゃあ帰ろうか、ロイ」
「何も買わないの?」
「何か欲しいものがあるなら買ってあげるわ」
 そう言われても特にこれと言うものが無いので首を横に振る。
「本当にロイは欲がないわね」
 お母さんはそう言ってクスクスと笑いながら、僕の手を引いて家に帰る。



(……確か、この後って……)



「う~、のどかわいた」

 その日の夜中、僕は自分の布団から起き上がって1階に降りる。
 他の皆は親と寝るのが普通みたいだけど、僕は既に一人で寝ていた。
 僕はこの村の皆が優しくて1つの家族みたいに感じていて、だから一人で寝てても一人じゃないと思えるから寂しくなかった。
 これをお母さんに言ったら「ロイは本当に手がかからない良い子ね」と言って笑っていた。

 そうして眠気を取るために目をこすりながら階段を降りた所で声が聞こえてきた。

「なんで、なんでよ!お父さん、お母さん……」
「ルミ……」

 明らかに重い雰囲気に僕は居間に入るのをやめる。



「孫の顔を見るまで死ねないって言ってたじゃない!それなのに、それなのに会いに来る途中で死ぬってどういう事よ!」



 そのお母さんの悲痛な叫び声にまだ4歳だった僕も悲しくなる。

「あんまり大きな声を出すとロイとミリィが起きちまうぞ」
 お父さんがそう言うのを聞いて、心の中で既に起きてますと返事をする。

「ええ、そうね……」
 お母さんがそう言って少しすると、静かに泣く声が聞こえた。
「大丈夫、今は俺が居るから……」

 のどはかわいたけど明らかに入っていい感じでは無いので我慢しようと部屋に戻ろうとする。



「ねえあなた、それで私を捨てて戻ったりしないわよね」



 そこに、唐突にそんな言葉が聞こえて立ち止まる。

「俺がそんな事するわけ無いだろ」
「でも、あなたの実家から手紙が……」
 手紙、たぶん今日の昼に受け取った奴だろう。



「は、『伴侶の親の死を聞いた、今ならお前が家に戻る為に女と子供を捨てて来れば見習いからやらせてあげる。親の死とお前が居なくなる事の悲しみが1回泣くだけで済むんだから今の内に戻って来い』って奴だろ?そんな事誰がやるかよ」



 そして部屋からボッという何かを燃やす音が聞こえた。

「ほら、契約書はこの通り灰にしたからもう戻れねぇよ」
「あなた……本当に、良かったの?」
「ああ。俺は元々あの家が嫌で出てきて、お前が好きだから結婚したんだ。だから絶対あんな家に戻る気は無いし、ルミと別れる気なんて全くねぇよ」
「あなた……」

 そして中から泣く声が聞こえて来て、たぶん話も済んだのかなと部屋に戻った。



「……ぃ、ろい、ロイよ」
 と、そこでユサユサと体を揺さぶられて目を覚ます。
「ん~、どうしたのコン?」
「ロイが何やらうなされていたみたいなのでな、起こした方が良いかと思い」
 そう心配そうに顔を覗き込んでくるコンに、僕は笑顔を向ける。
「うん、ありがとうコン」
「だがまだ夜遅いのでな、もう一度寝た方が良いぞ?」
「そうする。コンもちゃんと寝ないとね」
「うむ、おやすみだ」
「おやすみ~……」
 そう言うと僕はすぐに眠りについた。



 ちなみにこれは後から知った事だけど、お母さんの方のおじいちゃんとおばあちゃんはこの村に来るのに乗合牛馬車で王都に向かう途中、魔物の群れに襲われてその牛馬車に乗っていた人は皆死んでしまったのだそうだ。
 お母さんに届いた手紙は死を伝える手紙だそうで、大事そうに持っていたメモにクルク村に住む娘に会いに行くと書かれており、またそれとは別に日記があったらしくそこからお母さんの名前を知る事が出来たため手紙を送れたそうだ。
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