心傷を負った英雄はシスターと異世界で生きる

アルセクト

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第一章 生きる意味

心の傷と修道女

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 目が覚めると、真っ白な天井があった。

「はは、目を開けて青空じゃない睡眠なんていつぶりだったかなぁ」

 目を開ければそれは見知らぬ天井、とか言う話ではない。
 家屋の中で眠るなんて感覚の鋭敏な魔族を相手にしていたら致命的だ。
 寝床にした家と仲良くご臨終なんて真っ平ごめんだし、そもそも人が居なくなってからは家は崩れてるか崩れかけでとてもじゃないが寝床には危険過ぎる。
 だから周りに何もない所にも魔法でセンサーや障壁を張り巡らせ、何かあればすぐ起きられるよう浅い睡眠を3、4日分をまとめてたったの6時間で終わらせていた。
 勿論そんな事を日々続けていたらすぐにガタが来るのだが、そこは魔法でどうにでもなった。

 まあそんな事はさておいて、ここは何処だと考えて、何で生きてるのかわからなくなる。

「何で俺障壁張ってないんだ?しかも、寝る前の状況がわからないなんて……」

 俺にしてはあまりにもお粗末な準備で睡眠をとっていたようだ。
 寝てる間もいつ起きても周囲の情報を思い出し把握出来るよう、半覚醒状態で眠るはずが深く眠ってしまっていたようだ。
「ちょっとばかし無理が祟ったかなぁ。まあ、生きてるしいいか」
 確かもう5年も前からそんな滅茶苦茶な寝方をしていたもんだから、深い眠りはとても体をとても楽にしてくれた。
「まあ、毎度こんな睡眠がとれるはずないけどな」

 何だか昨日の記憶が全体的にあやふやで仕方がない。
 深く眠ったからか体の調子はすこぶる快調、今なら素手で魔王殺れるかもしれな……



 そうだ、思い出した。
 俺は、魔王を討伐したんだ。
 人類全て滅ぼされた代わりに、全魔族と魔物を滅ぼして魔王を討伐したんだ。

 それは昨日の記憶。
 実際元の世界からこの世界に来るのにどれくらいかかったのかは知らんけど、体感的には死んだ日とこの世界に来た日は同じである。
 そしてこの世界の女神さん……確かパトリシアとかいう奴に連れて来られて草原に降り立ち、そこで……



「っ!?なんでだ、なんで俺はあんな奴にも勝てなかったんだ?」



 俺は降り立った地点に居たスライム、それも長期間生きたものや変異種などではない、本当に生まれてすぐくらいの雑魚に対し、俺は手も足も出せずに敗北したのだ。
 魔法がここでは使えなかったから負けた、とか言う事は決してない。
 何故なら俺はスライムに出会う前、微甘草を洗う為に水を魔法で生成しのだから。
「それに、なんで逃げなかったんだ」
 例えば村に魔物が襲って来てどうしても勝てなさそうな時なんか、村人が逃げる時間を稼いだら自分達も逃げる事が絶対だ。
 今勝てなくても後で勝てるかもしれない、そうでなくとも態勢を立て直してから奇襲をかければ相手の数を大幅に減らせるかもしれないのだ。

「……戦わねぇと、いけねぇのになぁ……」

 スライムと……いや、魔物と戦うと考えただけで、手が震える。
 顎が動いて歯がカチカチと鳴る。
 全身に鳥肌が立ちながら嫌な汗がダラダラと流れる。
 頭痛がする、吐き気がする、胃痛がする。
 その内猛烈な恐怖から来る寒気、いや怖気から体を抱えてうずくまる。

 これは、もうダメかもしれない。

 俺自身は感じたことがないし、むしろ何でそんなことで戦えなくなるんだって幾度と無く戦いに身を投じて来たくせに前線を離れようとする奴を叱責したことすらあった。
 本当に何故戦う意志が残っているのに戦えなくなる奴が居たのか本気で理解出来できていなかった。

 だが今ならわかる。
 俺もあまりの恐怖にこうして身が竦んで、二度と戦いなんかに出れそうにない程に酷い状態なのだから。

 俺にとっての雑魚を思い浮かべる。
 人の肉を好んで食う万単位の虫の群れ『食人虫』、農業に勤しむ成人男性の倍程の膂力を持つ、十歳の子供程の大きさの緑色の皮膚を持つ知能の低い亜人種『ゴブリン』、人の様に二本足で立ち手に道具を持つことが出来るようになった犬の亜人種『コボルト』、何の死体であれ燃やさず放置して魔力に当てられれば誕生する腐臭をバラ撒くアンデット系の魔物『ゾンビ』、骨だけのアンデット『スケルトン』、実態の無いが耳障りな金切り声を上げて集中を乱し、中には呪いまで掛けてくることもある『ゴースト』。

 これらは全て俺が魔法を放てば瞬時に後を残さず消え去る程度の雑魚でしかないにも関わらず、そのどれもが死の恐怖と直結してしまう。

 人に集って食い荒らす食人虫、返り血で赤くなった棍棒や斧を持つゴブリン、人里の避難所に逃げ込んでも場所を嗅覚で見つけ出して周囲に伝えるコボルト、腐乱臭を撒き散らしながら移動し痛みや恐怖を感じないため怯まずに突っ込んでくるゾンビ、カタカタと音を立てながら血に濡れた剣を振るうスケルトン、金切り声や呪いで人を危機に陥れて魔物に殺す手助けをしていたゴースト。

 その人を殺した光景が脳裏に張り付いて離れない。
 次にそうなるのはお前だと、殺された人々が皆口々に言う。
 奴等が俺に襲いかかる姿が全て、一撃必殺の大鎌を振り下ろす死神にしか感じない。
 本当は簡単に蹴散らせるはずなのに、敵対すること自体が愚かしいと思えてしまう。

 ああ、ダメだ。
 体が恐怖に支配されてしまっている。
 少し前までこんなことはなかったのに、なんで今になってこんな……



「あ、目を覚まされたんですね」



 体を丸めて蹲る俺の耳に、そんな女性の声が聞こえた。
 それはどこか聞き覚えのある若い女性の声。
 そう、それは確か俺が気を失う前に聞いた声に酷似していて……

「まだご気分が優れませんか?」

 その声を聞いて、何故か今の今まで感じていた死神と死者への恐怖がスッと消えていくのを感じた。

「いや、大丈夫だ」

 俺は手足の震えも収まったのを感じて久々の作り笑いを浮かべて顔を上げる。



 するとそこには真っ白な修道服を身に纏った美しい女の子が立っていた。



 俺の声からの推測は正しかったようで、恐らく16、7の綺麗な長い銀髪を腰まで伸ばし、色白のスベスベしていそうな肌に整った顔立ちをしていて、瞳は美しい黄金色をしていた。
 体型はゆったりとした法衣の為細かくはわからないが、恐らくそこそこの大きさの胸部としっかりとした腰つきをしていると予想出来る。

 ……誤解されないように言うが、別に俺は変態的な意味合いでこの見抜きの技術を身につけたわけではない。
 誰かと共闘する際体つきによって武器毎の動きがある程度予想出来る事があるからだ。
 仲間の動きを見誤って仲間に刺されたり、逆に自分が切り裂いたりしたら悲惨だからな。

「あの、そんなにジッと見つめられると恥ずかしいのですが……」
「へ?あ、ああ、わりぃわりぃ」

 ほんのり顔を赤くして視線を逸らす彼女を見て、俺も逆向きに視線を逸らす。
 そういやあんまりしげしげと人を眺めるのは良くなかったな……
 もう5ヶ月ぐらい人と接していない上に、その人が居た時も怪我を押し黙っていないかと動きを観察する癖が出来ていたからうっかりしていた。

 そのまま暫くお互い気まずい沈黙を続けていると、唐突に可愛らしい声でクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「その様子ならもう大丈夫みたいですね」
「え、ああ」

 そういやこの人は俺を助けてくれたんだっけ。
 あんな情けない所をこんな美しい女の子に見られたと思うとどうしようもなく恥ずかしくてしょうがないが、まあ今更どうしようもないよなぁ。
 そんな事を考えていると、何故か彼女は若干顔を赤らめる。

「先程はビックリしましたよ、貴方様が起きたかと思ったらあんな……」
「あんな?」
「え、ああいえ、何でもありません!」

 何かを言いかけたかと思ったが、突然顔を真っ赤にしてソッポを向く彼女に俺は首を傾げるしか無かった。
 先程って、助けてくれた時だよな?
 俺、あれから一度も起きた記憶なんて無いしなぁ。

「あ、そうだ。そういや俺が襲われてる時に助けてくれたのは君だよな?あんがとな」
「どういたしまして」

 少々雑なお礼だった気がしたが、彼女は笑みを浮かべてそう答える。
 その笑顔はとても綺麗で美しくて、とても尊いものだと感じる。

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はメリスと言います、貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「俺の名前はガルーダだ」
「ガルーダ様と仰るのですね」
「あー、そのすまんが様ってのはやめてくれ。そんな風に呼ばれるとこう、体がむず痒くて仕方ねぇ」
「ではガルーダさん、でよろしいでしょうか?」
「出来れば敬語も要らねぇんだが……まあ神職って奴はそういうもんなのかね?あと俺のことは呼び捨てか、ガルーとでも呼んでくれ。仲間にはよくそう呼ばれたからな」
「ではガルーさんで」
「あー、まあそれでいいや」

 何で彼女、メリスはこんなにも俺に丁寧に話すのだろうか?
 外で号泣しながら魔法名を叫びながら吐いていた26の、それなりに筋肉がついた男に対する態度ではないだろうに。
 でもまあ別に悪い気はしねぇけどな。

 そんなことを考えていると、不意に俺の腹が「グウウゥゥ」と激しい音を鳴らす。

「ふふ、お腹が空きましたか?」
「あーいや、おう、そうみたい……だな」

 お腹が鳴るなんて何ヶ月ぶりだろうなぁ、鳴っても気づいていなかっただけかもしれんが。
 それよりも今は物凄い空腹を俺の胃袋が伝えてくる。
 少し前まで常時極限状態であったからか胃の痛みで空腹を把握していたものが、今の痛みを伴わない健全に空腹を感じられる状況はもう年単位で昔の事の気がする。

「ではお食事をお持ちしますね。あまり体調がよろしく無かったようなので、胃に優しいお粥を用意してもらっていますから」
「そうか、すまないな迷惑をかけて」
「困った時はお互い様ですから」

 そう言ってメリスは微笑むと戸を開いて部屋を出て行った。
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