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2.帰り道
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駅前に着き、人が行き交う階段を早足で駆け上がった。改札が見えてきたら、
「江口くんっ」
そう、駅の改札前で呼びかけられた。反射的に振り向くと、先ほど隣の席にいた女の子が近寄ってくる。カツンカツンとピンヒールのゴムがすり減ったことで芯が床を叩く。
――ここまで付いてきたのかよマジか。
礼嗣は振り返ったことを後悔した。
「どうしたの」
一応話を聞く形を取ろうと、改札の横に移動した。
「江口くんっ、なんで帰っちゃうの」
「いや、恋人を待たせているから」
酒の席を離れた途端、相手の名前を覚い出せない。彼女も例外ではなく、ヒールの高い靴で店から追いかけてきた熱心さを褒める余裕すらなかった。今は一刻でも早く家に帰って、由比が何をしているのか確認を取りたかった。
「本当に?」
「そうだよ」
画面を見ても既読が付かない。その事実に苛々とした。
「本当に付き合ってる人がいるの?」
あまりに直球すぎて、礼嗣はつい片方の頬を上げてしまう。
「いるよ、大事な人」
右手を掲げて薬指を見せた。シルバーの指輪が白く光った。
「その人は、江口くんが飲み会に来てるの知らないんでしょう」
「これ、浮気じゃないから、ただの社交だから、由比も公認の飲み会だから」
礼嗣は咄嗟に口を閉ざす。由比の名を口に出してしまった。
「由比さん、そうなんだ、すごいね、その人は大人だね、私なら嫌だな」
君の意見は聞いていないし由比の名前をなれなれしく呼ぶな、と内心で愚痴りながら腕を組んだ。身体を改札の方に向け、顔は辛うじて彼女を捉えていた。
「まあね、他とは違うから」
「そうなんだ、江口くんにそこまで言われるって、どんな人なの」
礼嗣はあからさまに顔をしかめた。プライベートに探りを入れられて不快だった。
「そこまで君に言う必要はないよね、もういいだろう、早く帰らないと、待たせているから」
由比は家で待ってくれているはずだ。それなのに画面を見ても既読が付いていない。
「馬鹿みたい」
「はあ?」
礼嗣は短い前髪をかき上げた。彼女のいたずらな言い方に焦燥感が増す。気が付いたら足踏みをしていた。足を止めると、彼女が真っ赤な口を開いた。
「その人を連れてこないって言ってたけど、逆のことは考えないの」
既読がつかないんでしょう、と画面をのぞき込んでくる。礼嗣がスマートフォンを遠ざけると、次に挑発的な目で見上げてきた。
「その人、今頃、浮気してるんじゃないの」
「あいつにはさせない、そんな奴じゃない」
礼嗣がもっともな口調で言い返すと、彼女は手を合わせて気味悪く笑った。
「だって彼氏がいつも外で遊んでたら、その人はいつだって寂しいでしょう、どこで誰とその埋め合わせをしているか分からないよ、だって彼氏が外で他の女の子にベタベタされてるんだよ」
かわいそう、と彼女は泣くフリをした。改札前で時間を潰しているのか、駅の利用客が遠巻きに自分達を見て、女の子を泣かせた礼嗣に冷たい目を向けた。
「あいつはしない」
胸の奥がざわつき、小さな疑惑が急激に増大した。
「待っているって、それって江口くんの願望でしょう、江口くんって見た目はすごくきれいだけど、もっと大人な人が横からさらったらどうするの、そういう時間を与えてもいいの?」
「許さない」
「ならさ、早く自分のものだって教えないと」
まるで応援されているみたいだ。
礼嗣は画面を見た。既読がついた。
【友達とファミレスで食べてた、もう電車に乗ったのかな、帰り道気をつけてね、待ってるね】
俺に知らせずに他の奴と外で会うだなんて許さない。
「健気だね、でも友達ってどこまでが友達なんだろうね」
彼女は含みのある言葉を零した。何か反論しようとしたら、横から女性が近付いてきた。
「待たせてごめん」
年上の女性が現れた。彼女はその人と手を繋ぎ、礼嗣に一言も告げずに帰って行った。ぴたりとくっついた二人の後ろ姿を眺め、なんだ相手がいるじゃん、なんて脇役の台詞を無意識に吐いた。
「由比、ごめん」
すぐに帰る、と返信をして改札を通り抜けた。礼嗣は入ってきた車両に飛び乗った。
「江口くんっ」
そう、駅の改札前で呼びかけられた。反射的に振り向くと、先ほど隣の席にいた女の子が近寄ってくる。カツンカツンとピンヒールのゴムがすり減ったことで芯が床を叩く。
――ここまで付いてきたのかよマジか。
礼嗣は振り返ったことを後悔した。
「どうしたの」
一応話を聞く形を取ろうと、改札の横に移動した。
「江口くんっ、なんで帰っちゃうの」
「いや、恋人を待たせているから」
酒の席を離れた途端、相手の名前を覚い出せない。彼女も例外ではなく、ヒールの高い靴で店から追いかけてきた熱心さを褒める余裕すらなかった。今は一刻でも早く家に帰って、由比が何をしているのか確認を取りたかった。
「本当に?」
「そうだよ」
画面を見ても既読が付かない。その事実に苛々とした。
「本当に付き合ってる人がいるの?」
あまりに直球すぎて、礼嗣はつい片方の頬を上げてしまう。
「いるよ、大事な人」
右手を掲げて薬指を見せた。シルバーの指輪が白く光った。
「その人は、江口くんが飲み会に来てるの知らないんでしょう」
「これ、浮気じゃないから、ただの社交だから、由比も公認の飲み会だから」
礼嗣は咄嗟に口を閉ざす。由比の名を口に出してしまった。
「由比さん、そうなんだ、すごいね、その人は大人だね、私なら嫌だな」
君の意見は聞いていないし由比の名前をなれなれしく呼ぶな、と内心で愚痴りながら腕を組んだ。身体を改札の方に向け、顔は辛うじて彼女を捉えていた。
「まあね、他とは違うから」
「そうなんだ、江口くんにそこまで言われるって、どんな人なの」
礼嗣はあからさまに顔をしかめた。プライベートに探りを入れられて不快だった。
「そこまで君に言う必要はないよね、もういいだろう、早く帰らないと、待たせているから」
由比は家で待ってくれているはずだ。それなのに画面を見ても既読が付いていない。
「馬鹿みたい」
「はあ?」
礼嗣は短い前髪をかき上げた。彼女のいたずらな言い方に焦燥感が増す。気が付いたら足踏みをしていた。足を止めると、彼女が真っ赤な口を開いた。
「その人を連れてこないって言ってたけど、逆のことは考えないの」
既読がつかないんでしょう、と画面をのぞき込んでくる。礼嗣がスマートフォンを遠ざけると、次に挑発的な目で見上げてきた。
「その人、今頃、浮気してるんじゃないの」
「あいつにはさせない、そんな奴じゃない」
礼嗣がもっともな口調で言い返すと、彼女は手を合わせて気味悪く笑った。
「だって彼氏がいつも外で遊んでたら、その人はいつだって寂しいでしょう、どこで誰とその埋め合わせをしているか分からないよ、だって彼氏が外で他の女の子にベタベタされてるんだよ」
かわいそう、と彼女は泣くフリをした。改札前で時間を潰しているのか、駅の利用客が遠巻きに自分達を見て、女の子を泣かせた礼嗣に冷たい目を向けた。
「あいつはしない」
胸の奥がざわつき、小さな疑惑が急激に増大した。
「待っているって、それって江口くんの願望でしょう、江口くんって見た目はすごくきれいだけど、もっと大人な人が横からさらったらどうするの、そういう時間を与えてもいいの?」
「許さない」
「ならさ、早く自分のものだって教えないと」
まるで応援されているみたいだ。
礼嗣は画面を見た。既読がついた。
【友達とファミレスで食べてた、もう電車に乗ったのかな、帰り道気をつけてね、待ってるね】
俺に知らせずに他の奴と外で会うだなんて許さない。
「健気だね、でも友達ってどこまでが友達なんだろうね」
彼女は含みのある言葉を零した。何か反論しようとしたら、横から女性が近付いてきた。
「待たせてごめん」
年上の女性が現れた。彼女はその人と手を繋ぎ、礼嗣に一言も告げずに帰って行った。ぴたりとくっついた二人の後ろ姿を眺め、なんだ相手がいるじゃん、なんて脇役の台詞を無意識に吐いた。
「由比、ごめん」
すぐに帰る、と返信をして改札を通り抜けた。礼嗣は入ってきた車両に飛び乗った。
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