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第三章
3.警察※モブレ未遂あり
しおりを挟む何か割れる音がして、思考が覚醒する。
目を開けようとしたら、視界が真っ暗だった。なにかで目を隠されているのだ。外そうと手を動かすが、後ろで拘束されている。そこで唐突に吐き気と拒絶感が襲ってきた。叫び出しても声がうまく出なかった。何度も喉を震わせて声を上げたのに、口もなにかで封じられて声がくぐもる。
「やめてくれっ、警察が来ますよ」
アンソニーの声がした後に、彼の悲鳴が聞こえた。
「ストーカーは黙れよ、お前を殺す、大地に何を飲ませた」
裕貴がいる。今日は登板ではないけれど、練習があるはずだ。
アンソニーが激しく咳き込む。
「お前、ミヤカワだろう、野球選手が警察沙汰になってもいいのか」
アンソニーが声を立てて笑う。
「俺はいいっ、捕まってでもいいから大地に触れた奴を許さないっ」
「裕貴っ、落ち着け、警察を呼んだからあいつらに引き渡せ」
「悠成は良いのかよ、大地を犯そうとした男を生かしておいて」
アンソニーが自分を犯そうとしただって、裕貴の妄想は酷い。それでも、口と目を塞いだのはアンソニーだろう。あれほど信頼していた仕事仲間に裏切られた。
「出来るわけないよな、有名人は困ったものだ」
アンソニーの無神経な声に鳥肌が立つ。
またなにかが激しく砕けた音がする。続いて裕貴が号泣したから、彼の仕業だろう。
「俺たちが手を汚したら大地が悲しむだろう、他の方法はいくらでもある」
悠成が裕貴をなだめた。
大地が体を揺するとぎぃっとスプリングらしき音が鳴る。どうやらベッドに寝かされているのだろう。
「大地、もう大丈夫だよ」
悠成の声を間近で聞いた。どうしてここに悠成と裕貴がいるのだ。
「帰ろうね、ごめんね、まだ目隠しは外せないから」
どうしてだ。
「大地は見なくていいんだよ、お前のきれいな目は俺たちだけを映して」
悠成に抱きかかえられたのだろう、体が宙に浮く。裕貴の怒号が耳に響き、アンソニーが大地の名を叫ぶ。アンソニーはどうしてそんなに悲しそうに声を張り上げているのだろう。
近くでパトカーのサイレンが鳴る。悠成は慎重に階段を下りて、靴音を響かせた。騒がしい人の声が耳に飛び込んでくる。空気、日差しを体感した。
「彼が被害者です、これを外してもいいですか」
「ああ、ご協力ありがとうございます、あなたはこの方のお知り合いですか」
応え方からして警察官だろう。
「ええ、この人は俺の大事なパートナーです、彼は以前からストーカー被害にあっていまして、俺は恋人として心配で見に来たんです、それで」
「それは」
男が言いよどむ。
悠成の繊細な手で、ゆっくり口と目を塞いでいたものを剥がされる。目元と手を封じていたのはタオルだった。口はガムテープだったようで、皮膚に痛みが走る。
「っ」
太陽を見た。ぎゅっと目をつぶる。まぶたの裏に残像が浮かぶ。目隠しも口枷もされていない。ふわふわするなと目を開けたら、悠成のきれいな顎のラインが見えた。
大地は警察官から事情聴取を受けて、すぐに解放された。建物から裕貴に腕を拘束されたアンソニーが出てくる。目を合わせなくても、アンソニーの縋るような眼差しを肌で感じた。
通行人が携帯電話で、裕貴の顔を撮った。
「ミヤカワが犯人を捕まえたのか」
路地はそれでたちまちスタジアムみたいに盛り上がる。警察官も裕貴と握手を交わしていた。まるでヒーローみたいに裕貴が手を振ったから、歓声が上がる。
「大地、車に乗って、早く帰ろう」
路地に止まっていた車に寄りかかっていた悠成は、大地を見つめていた。
「悠成」
悠成は後部座席に大地を乗せた。
「大地、クリーニング屋に行くなら呼んでよ、でもおかしいね、クリーニング屋はここと逆方向だよ」
それに手ぶらだね、と悠成は白々しい口調で笑う。
「なぁ、外は怖いだろう」
裕貴は運転席に乗り込み、車を発進させた。
「怖かったよね、もう大丈夫だから」
悠成をよく知っているのに、こんな硬い顔を見たことがなかった。どうして二人がここにいて、アンソニーの家を知っていたのか。大地を尾行していたのなら、話は簡単だ。きっとそうだ、彼らな迷いなくしてみせるだろう。
彼への疑念から、大地は口を真一文字に結んだ。
直ぐに自宅までたどり着く。悠成が大地の腕を引っ張って車を降りた。裕貴が玄関の扉を開けて、悠成と大地が玄関に足を踏み入れたら、内側から鍵をかけた。
大地がうろたえると、悠成が口を開いた。
「ここに来て初めての友達だったんだろう、俺たちも前からアンソニーと連絡をとっていたんだよ、俺たちのパートナーがお世話になっているからね、それでもね、ここ最近、自宅前でアンソニーがうろついていたから、もしやと思いアンソニーを調べたんだ、あいつは大地のストーカーだった、それで今日、大地が家を出てから急いで裕貴と合流して、あいつの家に行ったら、大地を押し倒していたんだ、もう大丈夫だからね」
悠成の声が耳に触れるとねばりつく。なんだそういうことか、と大地は先ほどから自分を包んでいたもやが晴れてゆく。
リビングに入った裕貴が、
「俺特性のパスタを作るから食べろ、精力が付くぜ、あんな奴を打ちのめせるくらい大地はもっとスタミナをつけないとな」
こちらを振り向いた裕貴が大きな声で言う。ワイシャツの袖をまくってキッチンで手を洗う。
大地は言葉を返そうと口を開くが、舌がだらんと下がるだけだ。おかしいな、と口に手を当てようとするも、腕がだるくて思うようにならない。
「俺のも作ってくれ」
キッチンのシンクでうがいをした悠成が言う。
「ついでだぞ、本来ならタダじゃないんだからな」
屈強な野球選手、華麗なミュージシャン、それぞれタイプの違う二人が並ぶのは、大地の前だけだ。自分はなんと贅沢な光景を独り占めしているのだろうか。
「俺も参考にしたい」
「バンドマンもアスリートだからな、まっ、今回だけだぞ」
悠成が近寄ってきて、大地の服を脱がせようとした。
「俺たち以外の触れたものは捨てようね」
それも大地が入り口の扉に寄りかかったから、悠成は手を下ろした。
「外は怖いところでしょう」
大地は肯いた。二人以外に襲われた事実を受け入れがたく、恐怖が迫ってくる。
悠成は大地の体を支えながら、冷蔵庫で食材を物色していた裕貴に声を上げる。
「ねぇ、そうだろう」
気を張っていた大地は、何か意味ありげな悠成と裕貴を前にして逃げだそうとした。それも全身が重く、自分の意志で手足を動かせない。
「そうだ、大地は危ない子だからな、俺たちの目の行き届くところにいろ」
笑って誤魔化そうとしても、頬の肉がけいれんして失敗する。
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「俺が大地を守ってやるからな」
「怖かったよね、危ないところだよね、だからお家にいようね」
大地は頭の中にかすみがかかったようにぼんやりした。
「うん」
ようやく口が動いた。裕貴と悠成が満足そうに笑う。
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