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第二章
5.渇いた瞳
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『そっか、分かったよ、宮川さんが手伝いに来てくれるんだ、だから人手は足りてるから、大地は気にするな』
「そうなんだ、僕からも『いつも母を見てくれてありがとうございました』と伝えて」
『わかった』
どうして宮川さんは自分たちに親切にしてくれるのだろう、と素朴な疑問が浮かんだ。
「父さん、休んでね」
『お前もな』
そう言って通話を切った。
すぐに裕貴と悠成の携帯にメッセージか電話をしようとアプリを開く。しかし、文章を考えていたら、指が固まった。大地はうなだれて短くため息を零す。
「どうしたんだ?」
スーツ姿の藍沢が声をかけてきた。
「あっ、えっと」
家族から買い物を頼まれた、恋人から急な誘いを受けた、いくらでも嘘で取り繕えた。それなのに、上手く言い返せなかった。
「なんかごめんな、うん、気にしないでくれ、お家で何かあったら言って欲しいだけだ」
「聞こえてました?」
「いやいや流石に聞こえないし、聞き耳を立ててないから」
つい藍沢の整った横顔を見つめてしまう。噂好きの藍沢のことだから、絶対に聞いていたはずだ。
「なんかいつもの高橋さんとは違っていたから、びっくりして、高橋さんって煙草も酒もしないだろう、そういう時の憂さ晴らしって考えちゃうよね」
がっつり聞いているではないか。
「店長、本当に嘘が下手ですね」
「えっ、え、そう?」
藍沢は取って付けたみたいに笑う。大地は椅子から腰を上げ、藍沢に一礼して店頭に戻った。その日はいつも通り接客をこなして、常連の客との会話もそつなくこなした。
裕貴名義の豪邸に帰って、部屋の照明をつけた。スーツのジャケットを脱がず、キッチンに向かった。冷蔵庫から紙パックのグレープフルーツジュースを取り出す。コップに溢れるほど注いだ果汁百パーセントを謳う液体を喉に流し込み、高い天井を見上げる。今ごろ悠成は撮影で、夜遅くまで仕事だ。裕貴は移動日だと聞いている。そんな二人に母の死を報告しても、彼らの時間を阻害するだけだ。どうせ身内の不幸だ。彼らの心情をむやみやたらに乱してもいいことはない。
「母さん、ごめんね」
あなたの死を思って泣けない息子でごめんなさい。このまま裕貴の待つアメリカに飛んでいきたいと思ってごめんなさい。そう言えば母の写真が手元にない。いつか母の顔を忘れる前に、母がいたことを実感したかった。いま頼りになるのは実家だけだ。
大地はコップをシンクに置き、【実家に帰る】とだけ悠成に置き手紙を残して、真っ暗にした自宅を飛び出した。
「そうなんだ、僕からも『いつも母を見てくれてありがとうございました』と伝えて」
『わかった』
どうして宮川さんは自分たちに親切にしてくれるのだろう、と素朴な疑問が浮かんだ。
「父さん、休んでね」
『お前もな』
そう言って通話を切った。
すぐに裕貴と悠成の携帯にメッセージか電話をしようとアプリを開く。しかし、文章を考えていたら、指が固まった。大地はうなだれて短くため息を零す。
「どうしたんだ?」
スーツ姿の藍沢が声をかけてきた。
「あっ、えっと」
家族から買い物を頼まれた、恋人から急な誘いを受けた、いくらでも嘘で取り繕えた。それなのに、上手く言い返せなかった。
「なんかごめんな、うん、気にしないでくれ、お家で何かあったら言って欲しいだけだ」
「聞こえてました?」
「いやいや流石に聞こえないし、聞き耳を立ててないから」
つい藍沢の整った横顔を見つめてしまう。噂好きの藍沢のことだから、絶対に聞いていたはずだ。
「なんかいつもの高橋さんとは違っていたから、びっくりして、高橋さんって煙草も酒もしないだろう、そういう時の憂さ晴らしって考えちゃうよね」
がっつり聞いているではないか。
「店長、本当に嘘が下手ですね」
「えっ、え、そう?」
藍沢は取って付けたみたいに笑う。大地は椅子から腰を上げ、藍沢に一礼して店頭に戻った。その日はいつも通り接客をこなして、常連の客との会話もそつなくこなした。
裕貴名義の豪邸に帰って、部屋の照明をつけた。スーツのジャケットを脱がず、キッチンに向かった。冷蔵庫から紙パックのグレープフルーツジュースを取り出す。コップに溢れるほど注いだ果汁百パーセントを謳う液体を喉に流し込み、高い天井を見上げる。今ごろ悠成は撮影で、夜遅くまで仕事だ。裕貴は移動日だと聞いている。そんな二人に母の死を報告しても、彼らの時間を阻害するだけだ。どうせ身内の不幸だ。彼らの心情をむやみやたらに乱してもいいことはない。
「母さん、ごめんね」
あなたの死を思って泣けない息子でごめんなさい。このまま裕貴の待つアメリカに飛んでいきたいと思ってごめんなさい。そう言えば母の写真が手元にない。いつか母の顔を忘れる前に、母がいたことを実感したかった。いま頼りになるのは実家だけだ。
大地はコップをシンクに置き、【実家に帰る】とだけ悠成に置き手紙を残して、真っ暗にした自宅を飛び出した。
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