裸の瞳

佐治尚実

文字の大きさ
上 下
15 / 25
第二章

1.新しい生活※

しおりを挟む
 広いバスタブに熱めの湯をためる。壁の鏡が曇って、浴槽にいる大地と裕貴、シャワーを浴びている悠成の姿を隠した。大地は透明の湯をかき分けて、体毛を剃ったばかりの生白い脚を伸ばす。裕貴の固い胸が背中に密着したら、空っぽの腹に太い腕が回される。裕貴の厚い体に背を預け、浴室の四角い窓から初雪を眺めた。大地の皮膚で裕貴の唇がひっきりなしに滑り、我慢できないのか腰をうごめかしている。屹立した雄を誇示するかのようにこすり付けもしてくる。
 裕貴の好きにさせているとのぼせてしまうから、時折、大地も唇を合わせた。捕まったら最後、舌の根っこから吸い取られるように貪られ、顔を離そうとしても後頭部をがっちりと固定され、角度を変えた深くて濃い口づけを味わう羽目になる。

「大地、大地」

 裕貴が熱っぽく名を呼ぶ。再びぬめる舌で口腔内を蹂躙された。

 解放されたとき、湯が胸の下まで到達していた。ぼうっとしていたら、湯船に泡が飛んでくる。シャワーの音が止むと、体を洗っていた悠成がバスタブに入ってくる。

「次は俺だ、宮川は出ろ」

 悠成に逆らわず、裕貴はあっさりと抱擁を解いた。

「用意しておくわ」

 裕貴はシャワーを軽く浴びて、軽快な足取りでバスルームを出て行く。用意とは、これからの交わりに必要な支度のことであった。

「僕も」

 額に汗が浮いたから、大地も出たかった。それも悠成によって前から抱きしめられると、溺れないように彼にしがみつくことしかできない。

「大地、もう少し慣らさないとだめだよ」

 悠成の指が柔らかくなった胎内に忍び込む。三本の指をバラバラと広げ、深爪の指先で肉壁を抉る。

「っあ、ぁ」

 悠成の肩に額をのせて、下を向いて口を開く。悠成の指がきわどいところをかすめた。その衝撃に顔を上げて期待のこもった吐息を漏らす。悠成の引き締まった腕がゆっくりと動くから、彼の赤くなった肩を甘噛みした。

「ふう、かわいいの、ほらぁ、久しぶりだからもっと広げないと、大地はこれから二人の男に抱かれるんだよ、痛くないよう、すぐにへばらないように頑張ろうね」

 悠成の言う通り、裕貴の豪邸に越してからふた月、一度も性行為をしなかった。つまり裕貴と悠成の二人に触れたのは、ホテルの夜が最後だった。裕貴は自主トレーニングに入り、悠成は年末ライブ、それぞれ忙しくしていた。大地もそれなりに予定を埋めていた。

 実家に年末年始は帰省し、就活を始めていた。実家の母は元気そうで、大地は安堵する。が、就職の話になると大地の顔が陰った。未来が一番ぼんやりしているのは自分だけだ。二人に追いつこうとは思わない。自分は分不相応な夢を叶えてしまったのだから、他を望んだら罰が当たりそうで、それなりに分をわきまえようと現実を見据えていた。

 就活にも色々とお金がいる。生活費だってかかる。実家からの仕送りを頼りにせず、アルバイトで補おうと考えていた。それも裕貴と悠成が必要ないからと支援の手を差し伸べられる。友人であり恋人でもある二人に援助される。それは一見すると有り難い話に思える。だが、自由を封じられているような気がして断った。

 大地がよそに意識を向けて、前に進もうとしている。それを二人が応援してくれるものだと期待したのに、どうやら虫が良すぎたようだ。彼らは遠方先から、両親よりも大地の未来に口を出す。それが度重なると、干渉しないでくれと連絡を絶ってしまう。

 大地の反抗と関係あるのか知らないが、裕貴がキャンプインする前に、悠成がレコーディングに入る前に、彼らは一週間の休日を作った。それでこうなったわけだ。

「ぅ、ぁ、ぅっ、あ、が、頑張る」

 涎が水面に垂れる。きゅうと胎内を締め付けてしまうと、頭上から悠成のため息が聞こえた。

「毎日、頑張り屋の大地が自分で広げてくれたお陰で、お前の負担も少なくてすみそうだよ」

 悠成が愉快そうに笑う。何がおかしいのだと目線を上げたら、ぐっと顔を寄せてくる。彼の高い鼻梁と自分の低い鼻先がぶつかる。

「ん、どうしたの」
「なんでもないよ、大地はきれいだなって見とれてる」

 大地は思わず顔を伏せた。目の前に類い希な美貌が迫っているからではない。その張本人に言われたからだ。何の冗談だろう。

「照れてるのかな、ほら見せて」

 顎をすくわれ、悠成の尖った舌先で目玉を舐められる。これには慣れていたので、別段驚かなかった。悠成の好きな大地の焦げ茶の瞳、白目が濁っていないと褒めてくれる。

「大地はずっときれいなままでいてね」

 悠成の顔色は安らかだという風に落ち着いていた。

 心の声は『悠成だけを見られなくてごめんなさい』とつぶやいていても、大地は顔がこわばらないように笑い返すしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

処理中です...