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第一章
9.本当の初恋
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「早く帰ってこないかな」
勉強とバンドの掛け持ちをしている悠成は、今年に入ってから家をあけるようになった。悠成は以前から大地がアルバイトをすることを禁止していた。それなのに、大地がアルバイトを始めても、悠成は気付く暇もないらしい。
「会っても、気まずいだけだけど」
悠成とは以前と何も変わらない。同じベッドで眠るし、風呂だって一緒に入る。目が合えば、唇を合わせることだってする。それでもセックスだけはできなかった。まるでそこから先へ進むことを怖がっているかのように、そういう雰囲気になったら体が硬直する。だからだろう、こんな恋人を相手しても疲れるだけだろうから、悠成は帰ってこないのだ。悠成への愛情が確かなものなのに、フィルターに掛かったみたいにぼやけている。どうしてだろう、と不思議に思っていた。
「ああ、そうか」
悠成を裕貴に紹介していない、そういうことだ。
急激な吐き気を催した。
「気持ち悪い」
口に手を当てながらトイレに走る。階下の住人への配慮を忘れ、トイレの便器に顔を突っ込んで吐いた。胃が空っぽになった頃、トイレットペーパーで口元を拭いて、水洗レバーを上げた。吐しゃ物が流れ終わっても、大地はトイレの床にへたり込んでいた。
「初恋」
本当の初恋は悠成だったろうか。悠成への愛は本物だから、疑いようもない。たとえ初恋が悠成でなくても、気にする必要はないはずだ。それなのに、ずっと裕貴の影がチラつく。実の兄のように、裕貴が左を向けと言ったらそうするように、徹底的に自分は裕貴の影響を受けている。
「忘れないとだめだ」
裕貴は野球のこととなると誰にも負けないし、社交性も持ち合わせている。プロ入りしてから一度も怪我をしていないし、アメリカの大リーグを目指している。そんな彼が悠成の顔と重なって、ぐちゃぐちゃに上書きされないよう、大地は神経を研ぎ澄ます。泥の底に落ちたダイヤモンドを手探りで引っかき回すような感覚だ。どうしよう、裕貴から離れなくてはいけない。それなのに、彼という人の姿形が記憶の隅に流されてしまうと泣いてしまう。あそこに行ったらもう引き返せない。思い出したら身を滅ぼしてしまう。
中学から一緒だったのに、クラスは高校二年だけしか同じではなかった。裕貴がプロに行ってから段々と会う時間が減っている。数時間前に聞いたはずの裕貴の声が、高かったか低かったなんて覚えていない。思い出せるのは、野球選手としての宮川裕貴の顔だった。好きだったのは気の良い兄みたいな彼だったのに、そんな顔もだんだんと忘れてゆく。
だからリビングに戻って、パソコンで宮川裕貴と検索した。最近のネット記事を見ていたら、彼はこんな声をしていたっけ、こんなに無軌道な性格だったろうか、と不安に思う。それでも懐かしいな、と物思いに耽っていたら涙が頬を伝う。無性に彼に会いたくなった。また彼の声を聞きたくなった。動画を見ていたら徐々に名前と顔が重なる。
一秒ごとに瞬きをして息を吸うごとに、裕貴の笑った顔を脳裏に描くだけで、息が詰まりそうだった。彼と距離を置かなければいけない。自分はそれを望んでいる。なぜなら、裕貴が悠成との仲を反対しているからだ。表面上は裕貴に逆らっていても、深いところで引きずっている。それならば、本元を引き離さないといけない。
「ばいばい」
裕貴の世界に大地がいなくなっても、彼に影響なんて及ばない。本当にそうかな、と大地は両手で顔を覆う。あれだけ自分を気にかけてくれて、大地の両親を心配してくれる人の思いを、軽く扱っても良いのだろうか。それでも大丈夫だ。人ってこうも独善的なやり方で、大切な人を切り捨てられるものなのだから。
悠成への思いを裕貴に打ち明ける勇気すらない。そんな自分には、ちょうどいい自滅の仕方だ。
「嘘だ、裕貴のことも好きなんだ」
好きだった。過去形にしないとけない。
勉強とバンドの掛け持ちをしている悠成は、今年に入ってから家をあけるようになった。悠成は以前から大地がアルバイトをすることを禁止していた。それなのに、大地がアルバイトを始めても、悠成は気付く暇もないらしい。
「会っても、気まずいだけだけど」
悠成とは以前と何も変わらない。同じベッドで眠るし、風呂だって一緒に入る。目が合えば、唇を合わせることだってする。それでもセックスだけはできなかった。まるでそこから先へ進むことを怖がっているかのように、そういう雰囲気になったら体が硬直する。だからだろう、こんな恋人を相手しても疲れるだけだろうから、悠成は帰ってこないのだ。悠成への愛情が確かなものなのに、フィルターに掛かったみたいにぼやけている。どうしてだろう、と不思議に思っていた。
「ああ、そうか」
悠成を裕貴に紹介していない、そういうことだ。
急激な吐き気を催した。
「気持ち悪い」
口に手を当てながらトイレに走る。階下の住人への配慮を忘れ、トイレの便器に顔を突っ込んで吐いた。胃が空っぽになった頃、トイレットペーパーで口元を拭いて、水洗レバーを上げた。吐しゃ物が流れ終わっても、大地はトイレの床にへたり込んでいた。
「初恋」
本当の初恋は悠成だったろうか。悠成への愛は本物だから、疑いようもない。たとえ初恋が悠成でなくても、気にする必要はないはずだ。それなのに、ずっと裕貴の影がチラつく。実の兄のように、裕貴が左を向けと言ったらそうするように、徹底的に自分は裕貴の影響を受けている。
「忘れないとだめだ」
裕貴は野球のこととなると誰にも負けないし、社交性も持ち合わせている。プロ入りしてから一度も怪我をしていないし、アメリカの大リーグを目指している。そんな彼が悠成の顔と重なって、ぐちゃぐちゃに上書きされないよう、大地は神経を研ぎ澄ます。泥の底に落ちたダイヤモンドを手探りで引っかき回すような感覚だ。どうしよう、裕貴から離れなくてはいけない。それなのに、彼という人の姿形が記憶の隅に流されてしまうと泣いてしまう。あそこに行ったらもう引き返せない。思い出したら身を滅ぼしてしまう。
中学から一緒だったのに、クラスは高校二年だけしか同じではなかった。裕貴がプロに行ってから段々と会う時間が減っている。数時間前に聞いたはずの裕貴の声が、高かったか低かったなんて覚えていない。思い出せるのは、野球選手としての宮川裕貴の顔だった。好きだったのは気の良い兄みたいな彼だったのに、そんな顔もだんだんと忘れてゆく。
だからリビングに戻って、パソコンで宮川裕貴と検索した。最近のネット記事を見ていたら、彼はこんな声をしていたっけ、こんなに無軌道な性格だったろうか、と不安に思う。それでも懐かしいな、と物思いに耽っていたら涙が頬を伝う。無性に彼に会いたくなった。また彼の声を聞きたくなった。動画を見ていたら徐々に名前と顔が重なる。
一秒ごとに瞬きをして息を吸うごとに、裕貴の笑った顔を脳裏に描くだけで、息が詰まりそうだった。彼と距離を置かなければいけない。自分はそれを望んでいる。なぜなら、裕貴が悠成との仲を反対しているからだ。表面上は裕貴に逆らっていても、深いところで引きずっている。それならば、本元を引き離さないといけない。
「ばいばい」
裕貴の世界に大地がいなくなっても、彼に影響なんて及ばない。本当にそうかな、と大地は両手で顔を覆う。あれだけ自分を気にかけてくれて、大地の両親を心配してくれる人の思いを、軽く扱っても良いのだろうか。それでも大丈夫だ。人ってこうも独善的なやり方で、大切な人を切り捨てられるものなのだから。
悠成への思いを裕貴に打ち明ける勇気すらない。そんな自分には、ちょうどいい自滅の仕方だ。
「嘘だ、裕貴のことも好きなんだ」
好きだった。過去形にしないとけない。
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