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第一章
8.二十一歳の気付き
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翌年、悠成のバンドがメジャーデビューした。まだ悠成とは体を繋げていない。なにをもったいぶるのか、悠成独りに我慢を強いて、自分は何様だろうか。それでも体に触れられるだけで、悠成の思いが怖いと、彼の手を払ってしまう。こんな酷い男、いつ悠成に見捨てられても不思議ではないのに、悠成は辛抱強く待ってくれている。
キャンパスのベンチで、同じ学部で友人でもある大島に、その話を相談したら、
「出会った当日にセックスをするのが普通だ、体の相性があるだろう。お前は異常だ、臆病すぎて逆に相手を傷つけている」
と、ダメ出しをされた。度の強い丸眼鏡を外すと、大島の理知的な美貌があらわになる。長い脚を組み直すだけで、絵になる男だ。
「そうだよね、自分が悪い」
頭をうなだれる。大島には、恋人の正体が誰か教えていない。
「自分を責めるのも改善しろ」
「うん、分かった」
「高校でも高橋はそんな感じだったのか、それだと友人もいなさそうだ」
よく恋人ができたな、と大島はその切れ長の目を大きく見開く。
「あ、それは言わないで、いまも大島くんが相手にしてくれるだけでうれしいのに、気分が下がる」
「俺と話してそんなこと言うの高橋ぐらいだぞ、俺は理屈っぽいと言われるし、節操のない男だと嫌われてる」
大島は、どこぞの文豪みたいな話しぶりだ。
「そうだね」
頬をひくつかせて、笑って誤魔化した。ジャケットのポケットから、携帯電話の着信音が鳴る。
「電話だ、大島くん、相談に乗ってくれてありがとうね」
「まあ、百パーセント星野が悪いから、高橋は自分を強く持て、じゃあな」
耳元に携帯電話を当てながら、呆然として立ちすくむ。
『大地、おい、大地、聞いてんのか、こんにゃろう』
突然、鼓膜が破れるほどの大声を出される。電話の相手は裕貴だった。
「うん、ごめん、まだ大学だから、人で聞こえなかった」
大地が謝る。と、機嫌の良さそうな声が返ってくる。話によると、裕貴はプロ三年目の選手として異例の早さで退寮するそうだ。ホームの球場から車で一時間以内の土地に新居を見つけたと自慢げだ。どうして近付いてくるのだ、太陽は見上げるだけで十分だ。直視してしまえば、目が焼ける。
報せを受けて、悠成と暮らすマンションに帰宅した。玄関で靴を脱いで、悠成のいない部屋で早々に風呂に入った。湯船に漬かりながら、白い天井を見上げた。ぽとんと水滴が腕に落ちてきたので、シャワーを浴びて浴室から出た。洗面所の鏡に映った自分の裸を見て、滑稽だなと笑おうとするが、顔からごっそりと表情が落ちる。骨格の細い生白い体、一度も染めていない黒い髪、小作りな顔、地味この上ない。
「裕貴と悠成たちとは大違い」
タオルで体を拭きながらつぶやく。
裕貴は彫りの深い男前な顔をしている。悠成もきれいな顔をしている。どちらも年が同じなのに、大地よりも大人びている。裕貴と出会ったのは八年前、悠成は四年前だ。出会ってから数年とたつのに思い出は色褪せない。ずっと二人の存在が、大地にとって唯一輝いた青春のように、心の引き出しにしまわれている。
リビングのソファで、悠成のバンドの曲をスピーカーで流した。ファーストアルバムから注目を浴びていた。音楽雑誌ではべた褒めで、曲も評価されているが、どうしても悠成のビジュアルで色物扱いを受けている。正当に評価されるのは次のアルバムからだ、と事務所でも言われているらしい。
キャンパスのベンチで、同じ学部で友人でもある大島に、その話を相談したら、
「出会った当日にセックスをするのが普通だ、体の相性があるだろう。お前は異常だ、臆病すぎて逆に相手を傷つけている」
と、ダメ出しをされた。度の強い丸眼鏡を外すと、大島の理知的な美貌があらわになる。長い脚を組み直すだけで、絵になる男だ。
「そうだよね、自分が悪い」
頭をうなだれる。大島には、恋人の正体が誰か教えていない。
「自分を責めるのも改善しろ」
「うん、分かった」
「高校でも高橋はそんな感じだったのか、それだと友人もいなさそうだ」
よく恋人ができたな、と大島はその切れ長の目を大きく見開く。
「あ、それは言わないで、いまも大島くんが相手にしてくれるだけでうれしいのに、気分が下がる」
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大島は、どこぞの文豪みたいな話しぶりだ。
「そうだね」
頬をひくつかせて、笑って誤魔化した。ジャケットのポケットから、携帯電話の着信音が鳴る。
「電話だ、大島くん、相談に乗ってくれてありがとうね」
「まあ、百パーセント星野が悪いから、高橋は自分を強く持て、じゃあな」
耳元に携帯電話を当てながら、呆然として立ちすくむ。
『大地、おい、大地、聞いてんのか、こんにゃろう』
突然、鼓膜が破れるほどの大声を出される。電話の相手は裕貴だった。
「うん、ごめん、まだ大学だから、人で聞こえなかった」
大地が謝る。と、機嫌の良さそうな声が返ってくる。話によると、裕貴はプロ三年目の選手として異例の早さで退寮するそうだ。ホームの球場から車で一時間以内の土地に新居を見つけたと自慢げだ。どうして近付いてくるのだ、太陽は見上げるだけで十分だ。直視してしまえば、目が焼ける。
報せを受けて、悠成と暮らすマンションに帰宅した。玄関で靴を脱いで、悠成のいない部屋で早々に風呂に入った。湯船に漬かりながら、白い天井を見上げた。ぽとんと水滴が腕に落ちてきたので、シャワーを浴びて浴室から出た。洗面所の鏡に映った自分の裸を見て、滑稽だなと笑おうとするが、顔からごっそりと表情が落ちる。骨格の細い生白い体、一度も染めていない黒い髪、小作りな顔、地味この上ない。
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