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親子げんか
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二人とも一週間滞在するらしく、両親が戻るまでの間、冬真は客間で昼寝をしていた。那津美は二階から下りてこなかったので、同じように寝ていたのだろう。
那津美と気まずい時間も過ごすことなく、程なくして両親が帰ってくるや、事前に報告せずに突然現れた二人の登場に両親は最初こそ驚いていた。だが、賑やかに夕食を囲む両親は細かく追求してこなかった。
夕飯後に風呂掃除を終えてリビングに戻ると、那津美と両親が重い空気のなか、何やら真剣な顔で向き合い、低い声で話し込んでいた。
リビングから通じる台所に目を通したが、冬真の姿は見当たらなかった。彼らの様子を窺いながら、「もう帰ってしまおう」と無言でリビングから出て行く。
この家では、僕の意見は求められていない。端から仲介役も務められないと見なされている。だから、僕は厚かましくしゃしゃり出さず、彼らから距離を置いていた。
「帰りますね」
帰り支度を終えた僕は鞄を片手にリビングに戻り、そう告げた。
反抗期を迎えることなく今日まで歳を重ねた。それだけで充分誇れる気がしたからこそ、彼らの返事を待たずに扉を閉めようとした。
「紬、こっちに来い」
すると、那津美に呼び止められた。
「う、うん」
僕はきびすを返し、空いていた椅子に腰を掛ける。珍しいこともあるものだ。僕が介入して良い話題なんてあるのだろうか。普段ならわざとらしい笑い声が絶えないリビングも静まりかえり、夏だというのに首がひんやりとしていた。
気難しい顔を浮かべた両親は、揃って言葉にならない単語を絞り出していた。
「考え直せ」
どうやら、両親が那津美に説得しているようだ。会話に参加するにしても、展開が読めない僕はテーブルに視線を落とす。
一つ咳払いをした那津美が切り出す。
「だから言いましたよね。俺は結婚しました、それで満足でしょう」
那津美が怒っているのか、思い悩んでいるのか、いまいち表情を読めない。那津美が両親の前で敬語を使うようになったのは、就職を機に那津美が実家を出てからだ。
「だからと言って、はい、そうですかと納得できる話ではない」
厳格な父が刺のある物言いをした。那津美に向かって、到底訊いたことのない声音だ。
「お前には失望したよ」
那津美に怒鳴りつけた父が、勢いよく椅子から立ち上がる。
すると、那津美も面倒くさそうに腰を上げた。
「勝手にして下さい。そもそも俺は期待してくれなんてお願いしてませんからね。子が生まれないのを京子さんの所為だと罵るうえに、自分の息子が望まないとすら思わない、その固定観念もどうかと思います」
「父親をなんだと思っている!」
父と那津美が激しく口論するなんて信じられない。僕は目を見開いて驚いた。
「その父親像が胸くそ悪いんだよ・・・・・・。俺は、あなたと同じ大人にはなりたくない」
「那津美、お前、親に向かって」
「何度も言いますが、今年の秋に京子さんと離婚します」
那津美の最後の言葉に目を疑った。ぎょっと那津美を見上げた僕は、次に母の顔を見た。黙ったまま表情を硬くしている母は怒りからだろう、目元を震わせていた。
「子供を催促したから、当てつけみたいに離婚するのか、お前はっ」
「あなたたちの言うことが全ての起因だと思わないでください。俺と京子さんの間で考えた答えです。子供は冬真がいます、お互いにこれ以上を求めていません」
那津美が結婚してから五年の歳月が経つ。京子とは顔を合わせる機会こそ少ないが、冬真と始めて会ってから彼の成長を見てきた。僕でさえ、冬真に対して家族への親しみを感じているのだから、両親の方が心を苦しめているだろう。
「冬真くんは、どうするの」
つい、口に出してしまった。両親と那津美の視線が、僕に集中する。
「冬真は・・・・・・」
先程まで目をつり上げていた那津美が言い淀む。それだけで冬真の意見をくみ取っていないと分かる。
「紬、お前は黙っていなさい」
しゃしゃり出るな、と母が注意してくる。この年にもなって僕は首をすくめ、言い返せないでいた。
次の瞬間、テーブルを叩く音が響く。
「俺が呼んだ、こいつをこの場に呼んだのは俺だっ! あんたらがとやかく言う筋合いはない。散々、紬に対して躾と称して蔑ろにしてきたあんたらが、何を偉そうに子供を産めと言うんだっ。嫌なんだよ、いつまでも飼い主面するあんたらが・・・・・・反吐が出る」
那津美のがなり立てる姿に、ただただ圧倒されていた。遅れてやってきた反抗期だろうか。呆然と訊いていたら、何やら雲行きがおかしい。
僕は椅子から立ち上がる。言葉をそのまま、那津美に返してやりたい。何を偉そうなことをずけずけと言うのだ。
「ちょっと待って。兄さんだって、僕を、僕なんか失敗作だって」
いつまでも引きずっているのは自分一人だけなのか。那津美から押された『失敗作』という烙印は、未だに僕の自我に影響をもたらしている。それだけは事実だ。両親がどう僕に接してきたかなんて今更だ。両親の姿を見て那津美も真似している、いや、僕を値踏みしていたはずなのに。これではまるで、鶏が先か、卵が先かみたいだ。
「失敗作は俺だ」
苦々しそうに目を細め、那津美はつぶやく。
「俺は、お前のことを」
それ以上訊きたくない。どうせ、言い訳に違いない。弱々しそうな顔で僕を見るな。今更、そんな顔を見せるな。どうせ、忌み嫌うなら最後まで貫き通せ。『失敗作』と『完成品』はそう簡単に覆せない。そうでないと、僕は。
「俺は、」
言いかける那津美を遮る。
「違うっ、兄さんは違う」
僕はリビングから飛び出した。
那津美と気まずい時間も過ごすことなく、程なくして両親が帰ってくるや、事前に報告せずに突然現れた二人の登場に両親は最初こそ驚いていた。だが、賑やかに夕食を囲む両親は細かく追求してこなかった。
夕飯後に風呂掃除を終えてリビングに戻ると、那津美と両親が重い空気のなか、何やら真剣な顔で向き合い、低い声で話し込んでいた。
リビングから通じる台所に目を通したが、冬真の姿は見当たらなかった。彼らの様子を窺いながら、「もう帰ってしまおう」と無言でリビングから出て行く。
この家では、僕の意見は求められていない。端から仲介役も務められないと見なされている。だから、僕は厚かましくしゃしゃり出さず、彼らから距離を置いていた。
「帰りますね」
帰り支度を終えた僕は鞄を片手にリビングに戻り、そう告げた。
反抗期を迎えることなく今日まで歳を重ねた。それだけで充分誇れる気がしたからこそ、彼らの返事を待たずに扉を閉めようとした。
「紬、こっちに来い」
すると、那津美に呼び止められた。
「う、うん」
僕はきびすを返し、空いていた椅子に腰を掛ける。珍しいこともあるものだ。僕が介入して良い話題なんてあるのだろうか。普段ならわざとらしい笑い声が絶えないリビングも静まりかえり、夏だというのに首がひんやりとしていた。
気難しい顔を浮かべた両親は、揃って言葉にならない単語を絞り出していた。
「考え直せ」
どうやら、両親が那津美に説得しているようだ。会話に参加するにしても、展開が読めない僕はテーブルに視線を落とす。
一つ咳払いをした那津美が切り出す。
「だから言いましたよね。俺は結婚しました、それで満足でしょう」
那津美が怒っているのか、思い悩んでいるのか、いまいち表情を読めない。那津美が両親の前で敬語を使うようになったのは、就職を機に那津美が実家を出てからだ。
「だからと言って、はい、そうですかと納得できる話ではない」
厳格な父が刺のある物言いをした。那津美に向かって、到底訊いたことのない声音だ。
「お前には失望したよ」
那津美に怒鳴りつけた父が、勢いよく椅子から立ち上がる。
すると、那津美も面倒くさそうに腰を上げた。
「勝手にして下さい。そもそも俺は期待してくれなんてお願いしてませんからね。子が生まれないのを京子さんの所為だと罵るうえに、自分の息子が望まないとすら思わない、その固定観念もどうかと思います」
「父親をなんだと思っている!」
父と那津美が激しく口論するなんて信じられない。僕は目を見開いて驚いた。
「その父親像が胸くそ悪いんだよ・・・・・・。俺は、あなたと同じ大人にはなりたくない」
「那津美、お前、親に向かって」
「何度も言いますが、今年の秋に京子さんと離婚します」
那津美の最後の言葉に目を疑った。ぎょっと那津美を見上げた僕は、次に母の顔を見た。黙ったまま表情を硬くしている母は怒りからだろう、目元を震わせていた。
「子供を催促したから、当てつけみたいに離婚するのか、お前はっ」
「あなたたちの言うことが全ての起因だと思わないでください。俺と京子さんの間で考えた答えです。子供は冬真がいます、お互いにこれ以上を求めていません」
那津美が結婚してから五年の歳月が経つ。京子とは顔を合わせる機会こそ少ないが、冬真と始めて会ってから彼の成長を見てきた。僕でさえ、冬真に対して家族への親しみを感じているのだから、両親の方が心を苦しめているだろう。
「冬真くんは、どうするの」
つい、口に出してしまった。両親と那津美の視線が、僕に集中する。
「冬真は・・・・・・」
先程まで目をつり上げていた那津美が言い淀む。それだけで冬真の意見をくみ取っていないと分かる。
「紬、お前は黙っていなさい」
しゃしゃり出るな、と母が注意してくる。この年にもなって僕は首をすくめ、言い返せないでいた。
次の瞬間、テーブルを叩く音が響く。
「俺が呼んだ、こいつをこの場に呼んだのは俺だっ! あんたらがとやかく言う筋合いはない。散々、紬に対して躾と称して蔑ろにしてきたあんたらが、何を偉そうに子供を産めと言うんだっ。嫌なんだよ、いつまでも飼い主面するあんたらが・・・・・・反吐が出る」
那津美のがなり立てる姿に、ただただ圧倒されていた。遅れてやってきた反抗期だろうか。呆然と訊いていたら、何やら雲行きがおかしい。
僕は椅子から立ち上がる。言葉をそのまま、那津美に返してやりたい。何を偉そうなことをずけずけと言うのだ。
「ちょっと待って。兄さんだって、僕を、僕なんか失敗作だって」
いつまでも引きずっているのは自分一人だけなのか。那津美から押された『失敗作』という烙印は、未だに僕の自我に影響をもたらしている。それだけは事実だ。両親がどう僕に接してきたかなんて今更だ。両親の姿を見て那津美も真似している、いや、僕を値踏みしていたはずなのに。これではまるで、鶏が先か、卵が先かみたいだ。
「失敗作は俺だ」
苦々しそうに目を細め、那津美はつぶやく。
「俺は、お前のことを」
それ以上訊きたくない。どうせ、言い訳に違いない。弱々しそうな顔で僕を見るな。今更、そんな顔を見せるな。どうせ、忌み嫌うなら最後まで貫き通せ。『失敗作』と『完成品』はそう簡単に覆せない。そうでないと、僕は。
「俺は、」
言いかける那津美を遮る。
「違うっ、兄さんは違う」
僕はリビングから飛び出した。
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