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近藤二葉
5-招かざる客
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「……袋の中はなんだ」
二葉が聞いたら、純は小さな声で「サボテン」と答えた。
「太ももがチクチクする」
純はまるでサボテンがじゃれついてくるから困ると言うように短い眉を寄せ、コートのポケットからビニール袋を取り出す。黒茶色の鉢に入った、丸い形のサボテンをテーブルに置いた。それは先日、二葉があげた植物だった。
「あの人がこれを捨てるって言うから、喧嘩になって持ってきた」
「ただのサボテンだろう」
純は絆創膏を巻いた指を見せてきた。二葉はその絆創膏が欲しくなった。
「怪我したのか……サボテンで?」
笑いがこみ上げてきて、二葉は腹筋に力に入れた。
「こういう危ない物は駄目だって、二葉から貰った物だから絶対に嫌だって断ったら、二葉が誕生日にくれたマフラーとか本とか何でもゴミ箱に捨てて、あれも駄目、これも駄目って」
純の恋人の取り乱しようは愉快そのものだった。
「そいつ頭がおかしいんじゃないのか、スマホも変えてないんだろう、いい加減別れろって、ほら、俺が慰めてやるから」
口をすぼめて絆創膏ごと指を含んだ。傷口を舌の先で刺激したら、純は泣き出しそうな顔をさせた。まるで風邪を引いた時みたいな声で、二葉の名を呼んだ。
「だ、駄目」
純は思いっ切り指を引っこ抜いた。上体を屈ませたら、かわいらしいつむじが見えた。セーターの襟元に隙間ができたからのぞき見る。下に着ているシャツと肌の間に、白い胸が見えた。えげつないほどのキスマークがあった。
自分が一番こいつを理解している。純を愛することも、彼の体を満足させることも自分なら容易いことだ。純の体に自分以外が触れたとしても、徹底的にこそぎ落とせばいい。
「そいつより俺がいいだろう」
二葉の腰に手を回した。ブランケットをめくって、太ももに手を這わせる。それもすぐに純に手で払われてしまう。
「二葉は僕の親友だ、それに、慰めてくれなくても大丈夫、二葉とそういうことしたら駄目な気がするんだ」
二葉は頭を鈍器で殴られたみたいに、ただ呆然とした。
「そいつが、俺より大事だって言うのか」
「二葉は大事な親友だ」
純は床に視線をさまよわせて、声を震わせている。そんな彼を宥めようと、二葉は肩を抱き寄せる。と、店の外で人の叫ぶ声が聞こえた。純に抱擁を解かれた二葉は、俺達の邪魔をする奴はどこのどいつだと出入り口を見た。
「殺す」
物騒でドスの利いた声と、二葉と毛色の違う美貌の男が店に入ってきたのは同時だった。二度見しなくとも、その男が名の知れた俳優であることに、二葉以外の客やマスターも気が付いたはずだ。
彫りの深い顔立ちの男は大股で、二葉と純の席に近寄ってきた。かと思えば、その大きな体を丸めて純の横にひざまずき、彼の太ももに頬をこすりつけた。
「純、駄目だ、こいつを殺したい」
この男は週刊誌に撮られるのが怖くないのだろうか、純に甘えながら、二葉に暴言を吐く。その男の有様は、まるで性根の腐った子供の姿を思わせた。ただただ気味が悪くて、二葉は吐き気を覚え、とっさに口に手を当てた。
「侑里、どうしてここに?」
「ごめん、純が心配で、鞄にタグを入れた」
純は何かを思い立ち、鞄から五百円玉くらいの丸形の紛失防止タグを取り出した。
「僕を信頼できないの?」
純がそのタグを男のジャケットのポケットに落とした。
「ごめんなさい」
男がうなだれる。後ろでひと結びにしている黒髪が馬の尻尾みたいに揺れた。
一人置いてけぼりにされた二葉は立ち上がり、ソファから離れて近くにあった椅子を掴んだ。店がざわつき、マスターが「大丈夫ですか」と声をかけてくる。
「すみません、もう出ます」
純がマスターに頭を下げながら、彼の足にまとわりつく男の広い背中を撫でた。
「俺を捨てないで、サボテンはごめんなさい、純の大切にしている物を捨ててごめんなさい、もうしないから帰ってきて」
純の恋人は男だった。それも理知的な男前を売りにしている俳優。その事実に二葉は椅子の背もたれから手を離した。男はどう見ても二葉より年が上なのに、恥じらいなく目尻を涙で汚している。
「うん、帰ろう、侑里、立てる?」
純の言葉を受けて、男は必死に頷く。純に付き添われて立ち上がった男は、二葉よりも背が高かった。細身の体に上品な服装が実によく似合っている。純を花で例えるなら白い桜に決まっている。一方の男は、二葉の審美眼に耐えうる容姿ではあるのに、禍々しい色の胡蝶蘭のようで気味が悪かった。何もかも派手で、あまりに過剰であった。それに男の目の下に暗いくまがあることで、男の狂気を垣間見ることになった。
「こいつ情緒不安定なんじゃないか」
純が会計を済まして外に出ようとするから、二葉も一緒に店を後にした。冷たい空気が嗅いだことのない、しかし最近どこかで嗅ぎ慣れた香りを運んでくる。匂いのありかは、男の付けている香水だった。
「侑里は疲れてるだけだから、今日はもう帰る、二葉、付き合ってくれてありがとうね」
「そいつ、自己紹介くらいしないのかよ」
純に寄り添う男が、二葉を睨んだ。切れ長の目がつり上がり、闘志むき出しの顔を向けてきた。
「葛城侑里、純の兄だ」
義理のね、と慌てて純が付け足した。
二葉が聞いたら、純は小さな声で「サボテン」と答えた。
「太ももがチクチクする」
純はまるでサボテンがじゃれついてくるから困ると言うように短い眉を寄せ、コートのポケットからビニール袋を取り出す。黒茶色の鉢に入った、丸い形のサボテンをテーブルに置いた。それは先日、二葉があげた植物だった。
「あの人がこれを捨てるって言うから、喧嘩になって持ってきた」
「ただのサボテンだろう」
純は絆創膏を巻いた指を見せてきた。二葉はその絆創膏が欲しくなった。
「怪我したのか……サボテンで?」
笑いがこみ上げてきて、二葉は腹筋に力に入れた。
「こういう危ない物は駄目だって、二葉から貰った物だから絶対に嫌だって断ったら、二葉が誕生日にくれたマフラーとか本とか何でもゴミ箱に捨てて、あれも駄目、これも駄目って」
純の恋人の取り乱しようは愉快そのものだった。
「そいつ頭がおかしいんじゃないのか、スマホも変えてないんだろう、いい加減別れろって、ほら、俺が慰めてやるから」
口をすぼめて絆創膏ごと指を含んだ。傷口を舌の先で刺激したら、純は泣き出しそうな顔をさせた。まるで風邪を引いた時みたいな声で、二葉の名を呼んだ。
「だ、駄目」
純は思いっ切り指を引っこ抜いた。上体を屈ませたら、かわいらしいつむじが見えた。セーターの襟元に隙間ができたからのぞき見る。下に着ているシャツと肌の間に、白い胸が見えた。えげつないほどのキスマークがあった。
自分が一番こいつを理解している。純を愛することも、彼の体を満足させることも自分なら容易いことだ。純の体に自分以外が触れたとしても、徹底的にこそぎ落とせばいい。
「そいつより俺がいいだろう」
二葉の腰に手を回した。ブランケットをめくって、太ももに手を這わせる。それもすぐに純に手で払われてしまう。
「二葉は僕の親友だ、それに、慰めてくれなくても大丈夫、二葉とそういうことしたら駄目な気がするんだ」
二葉は頭を鈍器で殴られたみたいに、ただ呆然とした。
「そいつが、俺より大事だって言うのか」
「二葉は大事な親友だ」
純は床に視線をさまよわせて、声を震わせている。そんな彼を宥めようと、二葉は肩を抱き寄せる。と、店の外で人の叫ぶ声が聞こえた。純に抱擁を解かれた二葉は、俺達の邪魔をする奴はどこのどいつだと出入り口を見た。
「殺す」
物騒でドスの利いた声と、二葉と毛色の違う美貌の男が店に入ってきたのは同時だった。二度見しなくとも、その男が名の知れた俳優であることに、二葉以外の客やマスターも気が付いたはずだ。
彫りの深い顔立ちの男は大股で、二葉と純の席に近寄ってきた。かと思えば、その大きな体を丸めて純の横にひざまずき、彼の太ももに頬をこすりつけた。
「純、駄目だ、こいつを殺したい」
この男は週刊誌に撮られるのが怖くないのだろうか、純に甘えながら、二葉に暴言を吐く。その男の有様は、まるで性根の腐った子供の姿を思わせた。ただただ気味が悪くて、二葉は吐き気を覚え、とっさに口に手を当てた。
「侑里、どうしてここに?」
「ごめん、純が心配で、鞄にタグを入れた」
純は何かを思い立ち、鞄から五百円玉くらいの丸形の紛失防止タグを取り出した。
「僕を信頼できないの?」
純がそのタグを男のジャケットのポケットに落とした。
「ごめんなさい」
男がうなだれる。後ろでひと結びにしている黒髪が馬の尻尾みたいに揺れた。
一人置いてけぼりにされた二葉は立ち上がり、ソファから離れて近くにあった椅子を掴んだ。店がざわつき、マスターが「大丈夫ですか」と声をかけてくる。
「すみません、もう出ます」
純がマスターに頭を下げながら、彼の足にまとわりつく男の広い背中を撫でた。
「俺を捨てないで、サボテンはごめんなさい、純の大切にしている物を捨ててごめんなさい、もうしないから帰ってきて」
純の恋人は男だった。それも理知的な男前を売りにしている俳優。その事実に二葉は椅子の背もたれから手を離した。男はどう見ても二葉より年が上なのに、恥じらいなく目尻を涙で汚している。
「うん、帰ろう、侑里、立てる?」
純の言葉を受けて、男は必死に頷く。純に付き添われて立ち上がった男は、二葉よりも背が高かった。細身の体に上品な服装が実によく似合っている。純を花で例えるなら白い桜に決まっている。一方の男は、二葉の審美眼に耐えうる容姿ではあるのに、禍々しい色の胡蝶蘭のようで気味が悪かった。何もかも派手で、あまりに過剰であった。それに男の目の下に暗いくまがあることで、男の狂気を垣間見ることになった。
「こいつ情緒不安定なんじゃないか」
純が会計を済まして外に出ようとするから、二葉も一緒に店を後にした。冷たい空気が嗅いだことのない、しかし最近どこかで嗅ぎ慣れた香りを運んでくる。匂いのありかは、男の付けている香水だった。
「侑里は疲れてるだけだから、今日はもう帰る、二葉、付き合ってくれてありがとうね」
「そいつ、自己紹介くらいしないのかよ」
純に寄り添う男が、二葉を睨んだ。切れ長の目がつり上がり、闘志むき出しの顔を向けてきた。
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