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「バートン様・・・」

エレーヌには面倒事の予感しかしなかったが、この男の身分を考えれば、勝手にこの場から立ち去る事も出来ない。

「ただの夜会に出るだけだというのに、君はどうしてそんなに物々しい・・・否、物騒な格好をしているのかな?私には、まるで戦支度のようにしか見えないが・・・」

「・・・」

(ああ、この方もメリダと同じ意見なのね。私の格好があまりにも地味すぎて、この場にそぐわず無粋だという事を独特の表現を用いて婉曲に伝えようとしてくれているのかしら・・・)

エレーヌの当惑した様子など、気にも留めない様子でバートンは一人興奮した様子で話し続ける。

「魔蚕の糸で織られたドレスに、質の高い魔力が目一杯込められた月光の結晶の首飾り・・・!どちらも金をどれだけ積んだとしても、手に入れられるか分からない様な貴重な代物だ。これは・・・例えるなら、魔王の花嫁でもなければとても身に着けることは出来ないだろうね」

(褒めているのか貶しているのか全く理解できないわ。魔術師というのは随分変わった表現を好むものなのね・・・)

「生きているうちにこんなものが見られるだなんて・・・」

そう言いながら、息を荒げてエレーヌのドレスに手を伸ばした瞬間、バートンの指先はバチッという音を立てて弾かれた。

「え・・・?」

何が起こったのか理解できず、戸惑うエレーヌは思わず声を漏らした。

「この装身具は、邪な思いを抱く者が触れるとただでは済まない代物・・・魔術師を名乗っていらっしゃる癖にそんな事もご存じないとは聞いて呆れますね」

聞き覚えのある声がして、エレーヌがハッとして振り返ると、そこにはバートンを睨みつけるように立っているカノンが居た。
その今にも視線だけで相手を射殺せそうな程に冷たい貌は、普段の柔和な彼女の様子からは想像もつかなかった。

「カノン・・・?!お父様とロベルト様はどうしたの?いえ、そんな事より身分が上の方にそんな口をきいてはいけないわ。カノン、バートン様に謝りなさい」

カノンを見たバートンは、何かを思い出したように驚き、後ずさって言った。

「あ、あなたは・・・!」

カノンは、いつもの頬笑みに戻り穏やかに、だが強くバートンに言った。

「先程は失礼な事を申し上げました・・・どうか、お静かになさってくださいませ、

バートンは無言になり、青い顔で頷いた。





「さ、お義姉さま、帰りましょう」

エレーヌの手を引いて、カノンが歩を進める。

「さっきは正直どうして良いのか困っていたの。あなたが来てくれて助かったわ。ありがとう、カノン」

カノンの手に触れるのはこれが初めてのはずだったが、エレーヌはこの手を以前から知っているような気がしたのだった。
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