19 / 20
19.深く沈む
しおりを挟む
ロザリアは息絶えた彼の身体に回復魔術を掛け続けた。
その傷が消えても、何度も何度も掛け続けた。
けれど、彼は決して起き上がらなかった。
彼女は激しい動悸に襲われた。
「どうして・・・どうして、アーロン・・・」
ロザリアは本当は解っていた。
彼の魂がもうここには無くなってしまったから、いくら肉体を修復しても彼が戻ってこないのだと。
けれど、どうしてもそれを認めたくなかった。
ロザリアは自分が死ぬ覚悟はしていたが、彼が死ぬ覚悟など出来ていなかった。
彼に騎士として守ってほしいとは思っていたけれども、自らの命を引き換えにしてまで救ってほしいとは少しも思っていなかった。
愛している彼には、例え自分がもう居ない世界の中だったとしても、生きていて欲しかった。
彼女は自分が死んでも構わないから、彼を返してほしいと誰にでもなく強く願った。
「お願い・・・彼を返して・・・」
ロザリアは唐突に視界が暗転し、自分の存在が形を失くして融けだしていく様な不思議な感覚にとらわれた。
それは、自分と世界の境界が揺らぎ、自分が世界に拡がって霧散していくような、けれどこれ以上ないくらいの温かな気持ちで満たされるような・・・。
彼女は意識を手放した。
◇
彼女は気付くと、洞窟の中とは別の暗闇の中にいた。
そこは寒々とした洞窟とは違って、上も下もなく、どんな事でも全てが赦されるような安心感に満たされていた。
彼女の周囲には、白く輝く星のような光が点々と存在している。
そして、それはどこまでも拡がっているのだと彼女には、誰に説明されることもなく理解した。
・・・彼はここにいる。
彼女は理由は解らなくても、この場所に彼が居るのだとその存在を確信した。
彼は何処?
ロザリアはその疑問と同時に、一つの光球の前に移動していた。
それが、彼なのだと彼女にはすぐに解った。
彼女はそれに優しく触れた。
すると彼女の中に、生前の彼の記憶とその時の感情の全てが、一瞬で怒涛のように流れ込んできた。
それはまるで彼女自身が体験したこと以上の、異様な程の現実感を伴なって感じられた。
幼いころの彼と、その家族の幸せな記憶。
騎士の試験に受かった時の喜び。
彼女と初めて出会った時の不安と喜び。
彼女に対する慈しみの気持ち。
尊敬する父を殺さなくてはならなかった事と殺せずに仲間達を全滅させた絶望。
そんな無力な己に対する失望。
彼女の元を去った時の気持ち。
何をしても罪悪感から逃れられない長い苦悶の日々。
彼女に再開した時の彼の覚悟。
彼女への愛を自覚したことへの戸惑い。
そして、最期に彼女を守りきれたことに対する達成感と、彼女を残して逝かなくてはならないことへの無念・・・
また自分のせいで一人きりになる彼女が寂しくならないかという惧れ・・・
◇
「アーロン、私はあなたのことを何も解っていなかったのね・・・」
いつの間にか、洞窟の中で意識を取り戻したロザリアは、彼の亡骸を抱きしめながら、思わず虚空に向かって呟いていた。
彼の全てに深く触れ、その胸が一杯になった彼女は、嬉しさのような悲しさのような様々な思いが綯い交ぜになって、溢れ出してくる涙を自分では止められなくなっていた。
その傷が消えても、何度も何度も掛け続けた。
けれど、彼は決して起き上がらなかった。
彼女は激しい動悸に襲われた。
「どうして・・・どうして、アーロン・・・」
ロザリアは本当は解っていた。
彼の魂がもうここには無くなってしまったから、いくら肉体を修復しても彼が戻ってこないのだと。
けれど、どうしてもそれを認めたくなかった。
ロザリアは自分が死ぬ覚悟はしていたが、彼が死ぬ覚悟など出来ていなかった。
彼に騎士として守ってほしいとは思っていたけれども、自らの命を引き換えにしてまで救ってほしいとは少しも思っていなかった。
愛している彼には、例え自分がもう居ない世界の中だったとしても、生きていて欲しかった。
彼女は自分が死んでも構わないから、彼を返してほしいと誰にでもなく強く願った。
「お願い・・・彼を返して・・・」
ロザリアは唐突に視界が暗転し、自分の存在が形を失くして融けだしていく様な不思議な感覚にとらわれた。
それは、自分と世界の境界が揺らぎ、自分が世界に拡がって霧散していくような、けれどこれ以上ないくらいの温かな気持ちで満たされるような・・・。
彼女は意識を手放した。
◇
彼女は気付くと、洞窟の中とは別の暗闇の中にいた。
そこは寒々とした洞窟とは違って、上も下もなく、どんな事でも全てが赦されるような安心感に満たされていた。
彼女の周囲には、白く輝く星のような光が点々と存在している。
そして、それはどこまでも拡がっているのだと彼女には、誰に説明されることもなく理解した。
・・・彼はここにいる。
彼女は理由は解らなくても、この場所に彼が居るのだとその存在を確信した。
彼は何処?
ロザリアはその疑問と同時に、一つの光球の前に移動していた。
それが、彼なのだと彼女にはすぐに解った。
彼女はそれに優しく触れた。
すると彼女の中に、生前の彼の記憶とその時の感情の全てが、一瞬で怒涛のように流れ込んできた。
それはまるで彼女自身が体験したこと以上の、異様な程の現実感を伴なって感じられた。
幼いころの彼と、その家族の幸せな記憶。
騎士の試験に受かった時の喜び。
彼女と初めて出会った時の不安と喜び。
彼女に対する慈しみの気持ち。
尊敬する父を殺さなくてはならなかった事と殺せずに仲間達を全滅させた絶望。
そんな無力な己に対する失望。
彼女の元を去った時の気持ち。
何をしても罪悪感から逃れられない長い苦悶の日々。
彼女に再開した時の彼の覚悟。
彼女への愛を自覚したことへの戸惑い。
そして、最期に彼女を守りきれたことに対する達成感と、彼女を残して逝かなくてはならないことへの無念・・・
また自分のせいで一人きりになる彼女が寂しくならないかという惧れ・・・
◇
「アーロン、私はあなたのことを何も解っていなかったのね・・・」
いつの間にか、洞窟の中で意識を取り戻したロザリアは、彼の亡骸を抱きしめながら、思わず虚空に向かって呟いていた。
彼の全てに深く触れ、その胸が一杯になった彼女は、嬉しさのような悲しさのような様々な思いが綯い交ぜになって、溢れ出してくる涙を自分では止められなくなっていた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
褒美だって下賜先は選びたい
宇和マチカ
恋愛
お読み頂き有り難う御座います。
ご褒美で下賜される立場のお姫様が騎士の申し出をお断りする話です。
時代背景と設定をしっかり考えてませんので、部屋を明るくして心を広くお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿しております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
たとえこの想いが届かなくても
白雲八鈴
恋愛
恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。
王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。
*いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。
*主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる