あなたが残した世界で

天海月

文字の大きさ
上 下
11 / 20

11.アーロンの追憶Ⅱ

しおりを挟む
ロザリアと共に過ごすうちに、彼女についての噂は、全く根も葉もないものだったという事が彼には解った。

国王夫妻や王太子が、彼女を冷遇するのも、彼女自身に非があったわけではなかった。

ロザリアは、偶々彼女の祖母にあたる先代の王妃と同じ色を持っていた。

それを彼女の母である現王妃は不快に思ったのだ。

生前、自らを身分の低い女だと罵り続け、そして今となっては鬼籍に入ってしまい、仕返しをすることすら叶わぬ義母と自らの娘であるロザリアを重ねたのだ。

そして、夫と息子にもある事ない事を吹き込み、彼らはそれを信じた。

そこに権力に阿ようとする日和見の臣下達が考えもなく追従した結果が、彼女の作られた悪評の正体だった。





ロザリアと出会ってから二年後、アーロンは洞窟の災厄の討伐遠征に出向くことになった。

各騎士団から、魔術適性が高い者が選抜された。

通常であれば、討伐案件に近衛が駆り出されるような事はそもそもあり得なかったが、総騎士団長であった父の意向と、彼自身の魔術の才によって、例外的に選抜隊に選ばれたのだった。

尤もらしい理由があったとはいえ、新人も同然で近衛の彼が選ばれるのはやはり、よくよく考えてみればどこか不自然だった。

その時の彼は、なぜ父が自分を同行させることに拘ったのか、想像すらしていなかった。

だが、討伐隊が洞窟へ着いてしばらくすると、それは明らかになったのだった。

知らされたのは惨い真実だった。


精鋭の騎士達が次々と殺害されていく中、彼の父はある魔術を発動させた。

それは肉体が存在しない魔物の魂を、自らの魂と融合させ実体化させる禁忌魔術だった。

遠い昔、魔物と魂を融合させた人間が狂って周囲に甚大な被害を及ぼしたので、以来使用が禁じられたという。


彼の父は魔物の魂を己の中に受け入れた。

そして、彼に告げた。

「お前の手で、魔物ごと私を殺せ」と。

それから、こんなことは他の人間には頼めないから、わざわざお前をここに連れてきたのだ、と続けた。


魔力が高い者であれば一時的に魔物に傷を付けることは出来る。
しかし、人間が『肉体を持たない』魔物の力を根絶する事はかなわない。
それを彼の父は自身の経験と過去の記録から、直感的に悟ったのだった。

そこから、もし人間を依り代にして魂同士を融合させ、その肉体に一時的にでも相手を縛り付けることが出来れば、その人間ごと魔物を殺すことは理屈としては可能だろうと考えた。

彼の父はこの勝算の無い泥沼のような戦いの決着方法として、自らの命を引き換えに、敢えてそれを狙ったのだった。

アーロンは思いもしなかった父からの指示に固まってしまった。

これ以上抑えきれないから早くしろ、と父から怒号が飛んだ。

だが、彼は結局父を刺し殺すことは出来なかった。

すると魔物の魂は肉体の主導権を奪い、彼の父の肉体を駆って、瞬く間にそこに居た騎士達を皆殺しにした。

アーロン一人を除いて。

彼は魔物と戦って、勝ち残ったのではなかった。

魔物の中に微かに残った父の意識によって、見逃されただけだった。

魔物は死んだ騎士たちの魂を喰らい尽くすと、彼の父の肉体を捨て、霧の様に洞窟の闇に消えていった。

このことは、彼の消えない傷になった。


彼は、自分が父を殺すことが出来なかったから、皆が死んでしまったのだと自分を責めた。

そして、自分だけ生き残ってしまったことを恥じた。


帰ってきた彼の事を、人々は面白可笑しく好き勝手に騒ぎ立てた。

唯一の生き残りだと英雄の様に称賛する者、仲間を見捨てて一人逃げ出した卑怯者だと非難する者。

褒められても罵られても、彼にとっては苦しく辛いだけだった。


それから彼の中で、自分を責める声が四六時中止まなくなった。

彼は笑えなくなり、世界は色を失った。

自分は何も守れない人間なのだという思いが彼を塗り潰した。


幾ら才能あふれる青年だったとはいえ、年若かった彼にはまだ父ほどの騎士としての覚悟は出来ていなかった。

それに、彼は大切なものを守れとは教えられたが、それを殺せとは教えられていなかったのだから・・・。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君はずっと、その目を閉ざしていればいい

瀬月 ゆな
恋愛
 石畳の間に咲く小さな花を見た彼女が、その愛らしい顔を悲しそうに歪めて「儚くて綺麗ね」とそっと呟く。  一体何が儚くて綺麗なのか。  彼女が感じた想いを少しでも知りたくて、僕は目の前でその花を笑顔で踏みにじった。 「――ああ。本当に、儚いね」 兄の婚約者に横恋慕する第二王子の歪んだ恋の話。主人公の恋が成就することはありません。 また、作中に気分の悪くなるような描写が少しあります。ご注意下さい。 小説家になろう様でも公開しています。

幼馴染に奪われそうな王子と公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
「王子様、本当に愛しているのは誰ですか???」 「私が愛しているのは君だけだ……」 「そんなウソ……これ以上は通用しませんよ???」 背後には幼馴染……どうして???

その愛は毒だから~或る令嬢の日記~

天海月
恋愛
どうせ手に入らないのなら、もういっそ要らないと思った。 なぜ、今頃になって優しくしてくるのですか? 一話読み切りの、毎回異なる令嬢(元令嬢)が主人公になっている独白形式のオムニバス。 不定期更新です。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

酷いことをしたのはあなたの方です

風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。 あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。 ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。 聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。 ※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。 ※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。 ※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。

処理中です...