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11.アーロンの追憶Ⅱ
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ロザリアと共に過ごすうちに、彼女についての噂は、全く根も葉もないものだったという事が彼には解った。
国王夫妻や王太子が、彼女を冷遇するのも、彼女自身に非があったわけではなかった。
ロザリアは、偶々彼女の祖母にあたる先代の王妃と同じ色を持っていた。
それを彼女の母である現王妃は不快に思ったのだ。
生前、自らを身分の低い女だと罵り続け、そして今となっては鬼籍に入ってしまい、仕返しをすることすら叶わぬ義母と自らの娘であるロザリアを重ねたのだ。
そして、夫と息子にもある事ない事を吹き込み、彼らはそれを信じた。
そこに権力に阿ようとする日和見の臣下達が考えもなく追従した結果が、彼女の作られた悪評の正体だった。
◇
ロザリアと出会ってから二年後、アーロンは洞窟の災厄の討伐遠征に出向くことになった。
各騎士団から、魔術適性が高い者が選抜された。
通常であれば、討伐案件に近衛が駆り出されるような事はそもそもあり得なかったが、総騎士団長であった父の意向と、彼自身の魔術の才によって、例外的に選抜隊に選ばれたのだった。
尤もらしい理由があったとはいえ、新人も同然で近衛の彼が選ばれるのはやはり、よくよく考えてみればどこか不自然だった。
その時の彼は、なぜ父が自分を同行させることに拘ったのか、想像すらしていなかった。
だが、討伐隊が洞窟へ着いてしばらくすると、それは明らかになったのだった。
知らされたのは惨い真実だった。
精鋭の騎士達が次々と殺害されていく中、彼の父はある魔術を発動させた。
それは肉体が存在しない魔物の魂を、自らの魂と融合させ実体化させる禁忌魔術だった。
遠い昔、魔物と魂を融合させた人間が狂って周囲に甚大な被害を及ぼしたので、以来使用が禁じられたという。
彼の父は魔物の魂を己の中に受け入れた。
そして、彼に告げた。
「お前の手で、魔物ごと私を殺せ」と。
それから、こんなことは他の人間には頼めないから、わざわざお前をここに連れてきたのだ、と続けた。
魔力が高い者であれば一時的に魔物に傷を付けることは出来る。
しかし、人間が『肉体を持たない』魔物の力を根絶する事はかなわない。
それを彼の父は自身の経験と過去の記録から、直感的に悟ったのだった。
そこから、もし人間を依り代にして魂同士を融合させ、その肉体に一時的にでも相手を縛り付けることが出来れば、その人間ごと魔物を殺すことは理屈としては可能だろうと考えた。
彼の父はこの勝算の無い泥沼のような戦いの決着方法として、自らの命を引き換えに、敢えてそれを狙ったのだった。
アーロンは思いもしなかった父からの指示に固まってしまった。
これ以上抑えきれないから早くしろ、と父から怒号が飛んだ。
だが、彼は結局父を刺し殺すことは出来なかった。
すると魔物の魂は肉体の主導権を奪い、彼の父の肉体を駆って、瞬く間にそこに居た騎士達を皆殺しにした。
アーロン一人を除いて。
彼は魔物と戦って、勝ち残ったのではなかった。
魔物の中に微かに残った父の意識によって、見逃されただけだった。
魔物は死んだ騎士たちの魂を喰らい尽くすと、彼の父の肉体を捨て、霧の様に洞窟の闇に消えていった。
このことは、彼の消えない傷になった。
彼は、自分が父を殺すことが出来なかったから、皆が死んでしまったのだと自分を責めた。
そして、自分だけ生き残ってしまったことを恥じた。
帰ってきた彼の事を、人々は面白可笑しく好き勝手に騒ぎ立てた。
唯一の生き残りだと英雄の様に称賛する者、仲間を見捨てて一人逃げ出した卑怯者だと非難する者。
褒められても罵られても、彼にとっては苦しく辛いだけだった。
それから彼の中で、自分を責める声が四六時中止まなくなった。
彼は笑えなくなり、世界は色を失った。
自分は何も守れない人間なのだという思いが彼を塗り潰した。
幾ら才能あふれる青年だったとはいえ、年若かった彼にはまだ父ほどの騎士としての覚悟は出来ていなかった。
それに、彼は大切なものを守れとは教えられたが、それを殺せとは教えられていなかったのだから・・・。
国王夫妻や王太子が、彼女を冷遇するのも、彼女自身に非があったわけではなかった。
ロザリアは、偶々彼女の祖母にあたる先代の王妃と同じ色を持っていた。
それを彼女の母である現王妃は不快に思ったのだ。
生前、自らを身分の低い女だと罵り続け、そして今となっては鬼籍に入ってしまい、仕返しをすることすら叶わぬ義母と自らの娘であるロザリアを重ねたのだ。
そして、夫と息子にもある事ない事を吹き込み、彼らはそれを信じた。
そこに権力に阿ようとする日和見の臣下達が考えもなく追従した結果が、彼女の作られた悪評の正体だった。
◇
ロザリアと出会ってから二年後、アーロンは洞窟の災厄の討伐遠征に出向くことになった。
各騎士団から、魔術適性が高い者が選抜された。
通常であれば、討伐案件に近衛が駆り出されるような事はそもそもあり得なかったが、総騎士団長であった父の意向と、彼自身の魔術の才によって、例外的に選抜隊に選ばれたのだった。
尤もらしい理由があったとはいえ、新人も同然で近衛の彼が選ばれるのはやはり、よくよく考えてみればどこか不自然だった。
その時の彼は、なぜ父が自分を同行させることに拘ったのか、想像すらしていなかった。
だが、討伐隊が洞窟へ着いてしばらくすると、それは明らかになったのだった。
知らされたのは惨い真実だった。
精鋭の騎士達が次々と殺害されていく中、彼の父はある魔術を発動させた。
それは肉体が存在しない魔物の魂を、自らの魂と融合させ実体化させる禁忌魔術だった。
遠い昔、魔物と魂を融合させた人間が狂って周囲に甚大な被害を及ぼしたので、以来使用が禁じられたという。
彼の父は魔物の魂を己の中に受け入れた。
そして、彼に告げた。
「お前の手で、魔物ごと私を殺せ」と。
それから、こんなことは他の人間には頼めないから、わざわざお前をここに連れてきたのだ、と続けた。
魔力が高い者であれば一時的に魔物に傷を付けることは出来る。
しかし、人間が『肉体を持たない』魔物の力を根絶する事はかなわない。
それを彼の父は自身の経験と過去の記録から、直感的に悟ったのだった。
そこから、もし人間を依り代にして魂同士を融合させ、その肉体に一時的にでも相手を縛り付けることが出来れば、その人間ごと魔物を殺すことは理屈としては可能だろうと考えた。
彼の父はこの勝算の無い泥沼のような戦いの決着方法として、自らの命を引き換えに、敢えてそれを狙ったのだった。
アーロンは思いもしなかった父からの指示に固まってしまった。
これ以上抑えきれないから早くしろ、と父から怒号が飛んだ。
だが、彼は結局父を刺し殺すことは出来なかった。
すると魔物の魂は肉体の主導権を奪い、彼の父の肉体を駆って、瞬く間にそこに居た騎士達を皆殺しにした。
アーロン一人を除いて。
彼は魔物と戦って、勝ち残ったのではなかった。
魔物の中に微かに残った父の意識によって、見逃されただけだった。
魔物は死んだ騎士たちの魂を喰らい尽くすと、彼の父の肉体を捨て、霧の様に洞窟の闇に消えていった。
このことは、彼の消えない傷になった。
彼は、自分が父を殺すことが出来なかったから、皆が死んでしまったのだと自分を責めた。
そして、自分だけ生き残ってしまったことを恥じた。
帰ってきた彼の事を、人々は面白可笑しく好き勝手に騒ぎ立てた。
唯一の生き残りだと英雄の様に称賛する者、仲間を見捨てて一人逃げ出した卑怯者だと非難する者。
褒められても罵られても、彼にとっては苦しく辛いだけだった。
それから彼の中で、自分を責める声が四六時中止まなくなった。
彼は笑えなくなり、世界は色を失った。
自分は何も守れない人間なのだという思いが彼を塗り潰した。
幾ら才能あふれる青年だったとはいえ、年若かった彼にはまだ父ほどの騎士としての覚悟は出来ていなかった。
それに、彼は大切なものを守れとは教えられたが、それを殺せとは教えられていなかったのだから・・・。
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