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BL系SS
「残暑」 短編
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夏ももう終わる。
毎朝悩まされていた蝉の鳴き声も、近頃は少なくなってきた。
ラジオ体操は昨日で最終日。コンプリートされたスタンプ帳は、学校に提出するためにランドセルにしまってある。
宿題は最初の日のうちに全部終わらせておいた。
工作は木の板と釘で収納箱を作ったし、
自由研究は氷と塩の関係について調べたのをポスターにまとめた。
6年生の夏休み。
やるべきことは全部やったし、夏もいっぱい楽しんだ。
プールにも行ったし、海にも行ったし、家族でスイカ割りもした。
全部完璧にやったのに、物足りなさを感じる。
ぴろりん、と、スマホに通知がくる。
おいていたスマホを取り上げてみると、
「今日花火大会行く人~!」13:26
クラスのライングループで、クラスの中心的な位置にいる女子が送ったメッセージだった。
「花火大会…ねぇ…」
花火大会というと、僕が住む近くの川の河川敷で、毎年行われる花火大会、
毎年一万人が参加する、地域でも割と大きいお祭りだ。
屋台の出店もあるし、何より、数百発の花火が闇を色取るのは、なかなかに風情があるものだ。
ただ、そんなものよりかは、明日の学校に備えて家で準備をするべきなのだっていうのは、自分もわかっていた。
花火大会が終わる頃には夜の10時…
学校がある日には、いつも10時にはベッドについている。
去年は学校の準備があるって言っていかなかったし…
今年も同じようにしていいのだろうか…
迷っていると、一階にいるお母さんから言われてお使いに行くことになった。
歩いて数分のドラッグストアで、ボディーソープを買ってきてとのことだ。
いくら八月の末だとはいえ、太陽の日差しはまだまだ強い。
黒いキャップをかぶって外に出ると、早歩きでドラッグストアへと向かった。
ドラッグストアは大きなスーパーと一緒になっていて、近くまで行くと、浴衣姿の女子がチラチラと見える。
あれは今夜の花火大会に出かけるのだろう。と思うと、やっぱり行きたいと思うようになった。
お祭りの夜というのも、案外いいものだ。
小さい頃におばあちゃんの家の近くの祭りでは、幼いながらに興奮したのを覚えている。
だけどもう6年も前のことだ。今行って同じことが感じられるかと言ったらそうとは限らない。
心の中をもやもやとさせながら、ピーチの匂いがするボディーソープの詰め替え液を持ってレジへと向かい、
あらかじめ持っていた1000円札で支払う。お釣りで帰ってきた数百円硬貨をポケットの中に入れてドラッグストアを出ると、ある人影が見えたので声をかけた。
「あっ、ゆうた」
「…のりくん」
僕に気がついて名前を呼ぶと、
そわそわしながら、そいつが近づいてくる。
「その…元気してた?」
らしいようならしくないような挨拶をしてきたので、そのままそっけなく返事をしておく。
「うん。元気」
「そっか…よかった」
買い物袋を両手で手前に持ってきて、もじもじしながら立っていた。
「そっちもおつかい?なら邪魔しないよ。じゃあね」
「あっ、ちょっと待って」
「ん?」
「あのね…?、その…」
「なに」
「なんていうか…ほら、あの…」
「言わないとわからないよ」
あまりもじもじされるとこっちが困るのでガツンといった。
「そっ、そうだよね…えっとね…?、きょっ、今日っ…、、は、花火大会…が、ある…じゃん…?」
「ああ。あるな。」
「そのっ…のりくんは、行くのかなって…思って…」
想像外の質問が飛んできた。
自分でも悩んでいたし、どう返事しようか迷う。
「うーん、明日学校だし、家で準備もあるから、どうしようか迷ってるところ。でも、多分遅くなるからいかないかな。」
「ええっ、、、そ、そうなの…」
ゆうたは少し肩を落としたように見えた。
「ゆうたは行くのか?」
「うん…いこうとは思うんだけど…」
「そうか。じゃ楽しんでこいよ」
「ああっちょっと待って…」
「まだ何かある?」
「あのさ…僕、一緒に行く人が…いなくて、、その…」
「…」
「のりくんと…一緒に行けたらな、って思って…」
「…」
「ああああでも、、、全然、準備とかで、忙しかったら、…その、いかない…でもいいけど…」
やっぱり考えがはっきりしないやつだ、と心の中で思った。
「…わかった。集合時間と場所とかはあとで連絡して。」
「ほんと!?ゃった…じゃ、また連絡する!!!」
と、意気揚々にぴょんぴょんしながら、ゆうたは早足でスーパーの中に入っていった。
はっきりしていなかったことがはっきりしてこっちも正直助かった。
にしてもなんであんなにもじもじしていたのだろう。女の子じゃあるまいし。
ボディーソープの袋がまだ冷たいうちに、家に着くと、お母さんに花火大会に行く旨を伝えて、自室に戻った。
クーラーを消して出かけたので、部屋の中が暑くなっていた。
クーラーのリモコンを手に取って冷房をつけると、
半ズボンを脱ぎ捨ててベッドに座る。
その時、ズボンのなかに入っていたスマホが鳴り、床においたズボンのポケットの中からスマホを取り出す。
さっき別れたゆうたからのラインが入っていたようだ。
「7時に駅の北口でいい?」14:59
ときていたので、時間を確認して
「わかった」15:00
と返しておいた。
ランドセルの中身を整理して、二学期初日に必要なものをベッドの隣においておくと、
やることがなくなり暇になった。
部屋はすっかり冷気で一杯になり、過ごしやすい温度になったので、ベッドに横になる。
机の上から本屋の袋を手を伸ばしてとると、中から先週買ってから読む隙間がなかった推理小説を取ると、
そのままうつ伏せのまま読み始めた。
内容は偶然にも、花火大会の夜に起こる殺人事件だった。
夏の終わりに開催された花火大会で、人混みの中である男性が突然さされ、死亡してしまう…
防犯カメラも役に立たず、事件は迷宮入りしてしまうが、
被害者男性の元恋人が捜査戦場に上がり、実はその女が犯人で、巧妙なアリバイトリックを紐解いていく話だ。
そんな本の中でも、男と元恋人の回想で、色気が混ざるシーンがある。
ー「あなた…」
ー男と女は暗い部屋の中で口づけを交わし、お互いの衣服を脱がしあっていく。
ーやがて全裸体になった二人は、愛を育む行為に発展したのだ。
ー二人は愛し合っていたのだ。愛し合っていたのだからこそ、その分の憎しみも大きい。
なんていう文章を読むと、なぜか恥ずかしくなってくる。
「愛を育む行為」なんていう行為は、なんとなくは知っている。
その行為をすると、精子と卵子が結合して、子供ができるというのも知っている。
だけど、そんな場面を頭の中で想像すると、自然とパンツの中が苦しくなってくる。
小説を側に置いて枕に赤くなった顔を押し付けていると、スマホが再びなった。
「もうすぐで着くよ!」18:42
「のりくんいまどこらへん?」18:45
メッセージとともに表示されていたのは、18:46という文字だった。
まずい…小説に夢中になってて時間に気づかなかった…
急いで新しいTシャツとズボンに着替えると、財布をポケットの中に突っ込んで玄関を飛び出した。
スマホを見ると時間は18:53、駅までは普通にいくと10分はかかる。
とは言っても、約束を破るなんてことはできない。急いで駅まで走った。
走ること数分、なんとか7時2分前に駅の北口に到着した。
手を膝に当てて肩で息をしていると、
「のりくん!?だ、大丈夫…!?」
「はぁ…ごめん…時間見てなかった…」
「全然大丈夫だよ!まだ時間じゃないし!」
「…ありがと」
そう言ってゆうたの姿を見上げると
「っ…」
思わず固まってしまった。
そこには、小柄な甚平に身を包んだ、ゆうたの姿があった。
「えっ、こ、今度はどうしたの」
「服…着てきたんだ」
「これっ…?お、お母さんが、きて行けって…」
ゆうたの顔はみるみる赤くなっていった。
「恥ずかしいのにぃ…うぅ」
顔を抑えて横を向くと、ゆうたは恥ずかしさのためかしゃがみ込んだ。
「だ、大丈夫だよ…似合ってるよ」
「そう…?」
「うん。似合ってる」
「…ありがと」
そんなこと思ってないかと言ったらそうじゃない。
ゆうたを見た瞬間、何かがドキッとしたのだ。
幼馴染を見てドキッとするはずがない。男を見て、ましてやゆうたなんて…
普通は好きな女の子を見て、そう思うはずなんだ。
同性を好きになる人は今まで数人見てきたことがある。
小学校では女の子同士で付き合っていることを公言しているカップルもいる。
いやいや、、、そんなわけない、、、
多分さっき読んだ小説で敏感になっているに違いない…
「河川敷まで歩いていかないといけないよな」
「うん。そんなに遠くはないよ。」
「わかった。道案内はよろしく。」
「任せろ~!」
ゆうたが立ち上がると、知らないうちに握られていた手を引っ張られて、河川敷の方向に歩き出した。
駅から河川敷までは十数分の道のり。
暮れていく太陽に照らされた空は、オレンジ色に輝いていた。
サンダルを履いて子供みたいによちよちと歩くゆうたの姿は、なんだかいつもと違ったように見える。
「のりくんは花火大会初めてなんだよね?」
「うん、そうだけど…」
「僕は小さい頃からずっと行ってるんだ」
「いつぐらいから?」
「うーん…10年前?」
「1歳じゃん」
「そんぐらいから行ってたんだよ~?」
「じゃあめっちゃ古参なんだね」
「えへへ~そうでしょ」
みたいな話をしながら、二人で並んで歩いていると、周りの人もだんだん多くなってきた。
そこからさらに少し歩くと、赤い提灯が並んでいる場所が遠くに見える。おそらくあれがお祭りの会場だろう。
「おっ、見えてきた」
「あれがお祭りだよ!」
「人も結構多いな…」
「時間帯にぶつかっちゃったかもね」
「危ないから手繋ぐぞ」
「えっ!?」
「ほら、もっと近く」
こっちが手を差し出すと、ゆうたは少し戸惑いながらもゆうたはその手ををギュッと握った。
人の波に半ば流されるようにお祭り会場の中に入ると、まずは屋台を回ることにした。
「こっちはたこ焼きがあって、あっちにはりんご飴もあるよ!」
詳しそうな口調で説明するゆうたを見ながら、やはりさっきのことについて考えていた。
恋心というのはよくわからない。幼馴染だからといって、自然的に恋心が沸くものでもないだろう。
でも、心がドキッとするなんて…、訳がわからない。心臓病の可能性は…
「のりくーん? 聞いてる?」
「えっ、あっ…ごめん考え事してた…」
「もお…どこ食べにいくのって聞いてるの」
屋台の明かりに照らされたゆうたの顔は、どこか幼く、どこか清楚で、どこかかわいい。
そう自然的に思った瞬間、彼の顔を直視できなくなってしまった。
「別になんでもいいんだけどな…」
顔を逸らしながらそんなことを言うと、ゆうたはちょっと悲しそうに、ワクワクしていたオーラが無くなった。
「…じゃあ…お腹空いたから焼きそば買お…」
屋台の影に入り込んだ雄太の顔は、暗くてよく見えなかった。
焼きそばの列に並びはじめて10分ぐらいが経ったが、全く一言も話せていない。
なんて話しかければいいのか、逆にどう思うのか、なんでこいつから話しかけてこないのかなど、疑問は頭の上でぐるぐる回っている。
「はいいらっしゃい!」
「…えっと、あの…」
「焼きそば二つお願いします」
「はいよ!800円ね」
「はい。」
1000円を差し出すと、店主さんはすぐにお釣りの200円を渡してくれた。
「えっ、な、なんで…」
「座れるところ探そ。」
「…」
多分手に400円が握られていたんだろうけど、そんなことをもちろん見越しての行動だ。
もうすぐで花火の打ち上げ時刻になるので、河川敷から少し登った草っ原の斜面に座った。
プラスチックのパックに入った焼きそばを一つゆうたにあげると、それをゆうたが受け取った。
「お、お金…払うよ」
先程の100円硬貨4枚を渡そうとしてきたが、普通に断った。
「大丈夫だって。こんぐらい奢るよ」
「だってぇ…」
「今日のガイド代みたいな感じだから。大丈夫」
「…ありがと」
なぜあの時、奢ろうとしたのかもわからない。
母性本能?つまり勝手にゆうたのことを守るべき対象に脳が指定したのだろうか。
とは言ってもいつもなら奢れと言われても奢らないのに…
人間の脳は実に不思議だ。
お互いに無言で焼きそばを食べていると、ゆうたが口を開いた。
「花火、8時からだって。」
「…8時か。あと5分だな。」
「楽しみ…だね」
「ああ。」
話が続かない。
続けようとしても、胸がドキドキしてしまって横を見れない。
こんな喋り方も本当は強がりなのに。
本当にどうしてしまったんだ。
しばらく沈黙の間が続く。
焼きそばを食べ終わると、少しきまづい空気が流れる。
そんな空気を破ったのは、スピーカーから流れるアナウンスの声だった。
「本日も、河川敷花火大会へご来場いただき、ありがとうございます。花火が、あと、1分で、打ち上がります。」
2回ほど繰り返しで放送されると、そのままアナウンスは止んだ。
その代わりに、ゆうたが口を開いた。
「なんか、無理やり連れてきちゃったみたいになっちゃってごめんね…僕、いつもこうなっちゃうよね…」
「えっ…なんでそんな…」
「なんか…のりくん楽しくなさそうで…どうしたらいいのかわかんなくて…」
「…」
「本当はこの服も、自分で選んできたものなんだ…、お母さんが無理矢理とか嘘言っちゃってごめんね」
「…」
本当は楽しいし、ゆうたをそう思わせたくない心でいっぱいだったが、なぜか声がでない。
「僕ね…のりくんと一緒にいると、なんだか胸が…ドキドキ、しててさ…、緊張しちゃってうまく話せないけど…」
「…」
「それで気づいたんだ。これが、”好き”って言うやつじゃないかって。」
ゆうたが言い終わるか否やと言うときに、大きな花火が一発、打ち上げられた。
視線が自然と花火につられた後に、もう一度、ゆうたの方を見ると、何かが唇に触れる感触がした。
視界が真っ暗、いや、少しだけ明るい。
さっきまでまだ遠くで見ていた顔が、すぐそこにあった。
今、オレはゆうたにキスをされている。
と、整理できたのも、それから唇が離れた3秒後のことだった。
連続で上がる花火によって、視界に見えるゆうたの横顔はいろんな色に染められている。
けれど、その下には、真っ赤に染まった頬があるように見える。
ドキドキ、幼馴染、恋心、好き…
何度も聞いてきた言葉、本で読んできた言葉、
自分にはまだ意味をなさないであろう言葉たちは、実際目の前にいるやつが話した言葉なんだと。
そして唇に残った感触が、それを証明しているのだとわかった。
今何をするべきなのか、わかったような気がする。
大きな花火が笛を鳴らしてヒューと鳴る間に、オレはゆうたの横顔を手で正面に向けて、そこにさっきやられたことをそのままやり返した。
目を閉じても、瞼の裏にかすかに移る白い光、そして音。
そんな時間が数十秒も続いたかのように思えた。
大きな花火が散り、他の小さい花火が上がり始めると、オレはゆっくりと顔を遠ざけ、元の場所に戻った。
正直、自分の顔がどうなっているのかは見当がつく。さっき見た誰かの顔と絶対にそっくりだからだ。
そこで隣の人の顔が見れるかというと、そうでもない。
だって、今オレがキスをしてしまった人だからだ。
花火が終わると、帰り始める周りに囲まれて、オレたちは何も話さずに、ただ赤面していた。
赤面しながら、花火が上がっていた川の空を眺めて、笛がなる花火を思い出して、また顔を赤くした。
「帰ろ…っか?」
「…うん」
先に声をかけたのは、ゆうたの方だった。時計を見ると、すでに9時を回っていた。
屋台も閉店準備を始めており、見物客はさっきの半分以下になっていた。
焼きそばの容器をゴミ箱に捨てて、来た道をもどる。
河川敷の静かさが、余計に心臓の鼓動を聞こえやすくする。
夏休み最終日、オレの何か物足りない心は、花火大会に行ったことによって、
こうして埋まったのであった。
おしまい
毎朝悩まされていた蝉の鳴き声も、近頃は少なくなってきた。
ラジオ体操は昨日で最終日。コンプリートされたスタンプ帳は、学校に提出するためにランドセルにしまってある。
宿題は最初の日のうちに全部終わらせておいた。
工作は木の板と釘で収納箱を作ったし、
自由研究は氷と塩の関係について調べたのをポスターにまとめた。
6年生の夏休み。
やるべきことは全部やったし、夏もいっぱい楽しんだ。
プールにも行ったし、海にも行ったし、家族でスイカ割りもした。
全部完璧にやったのに、物足りなさを感じる。
ぴろりん、と、スマホに通知がくる。
おいていたスマホを取り上げてみると、
「今日花火大会行く人~!」13:26
クラスのライングループで、クラスの中心的な位置にいる女子が送ったメッセージだった。
「花火大会…ねぇ…」
花火大会というと、僕が住む近くの川の河川敷で、毎年行われる花火大会、
毎年一万人が参加する、地域でも割と大きいお祭りだ。
屋台の出店もあるし、何より、数百発の花火が闇を色取るのは、なかなかに風情があるものだ。
ただ、そんなものよりかは、明日の学校に備えて家で準備をするべきなのだっていうのは、自分もわかっていた。
花火大会が終わる頃には夜の10時…
学校がある日には、いつも10時にはベッドについている。
去年は学校の準備があるって言っていかなかったし…
今年も同じようにしていいのだろうか…
迷っていると、一階にいるお母さんから言われてお使いに行くことになった。
歩いて数分のドラッグストアで、ボディーソープを買ってきてとのことだ。
いくら八月の末だとはいえ、太陽の日差しはまだまだ強い。
黒いキャップをかぶって外に出ると、早歩きでドラッグストアへと向かった。
ドラッグストアは大きなスーパーと一緒になっていて、近くまで行くと、浴衣姿の女子がチラチラと見える。
あれは今夜の花火大会に出かけるのだろう。と思うと、やっぱり行きたいと思うようになった。
お祭りの夜というのも、案外いいものだ。
小さい頃におばあちゃんの家の近くの祭りでは、幼いながらに興奮したのを覚えている。
だけどもう6年も前のことだ。今行って同じことが感じられるかと言ったらそうとは限らない。
心の中をもやもやとさせながら、ピーチの匂いがするボディーソープの詰め替え液を持ってレジへと向かい、
あらかじめ持っていた1000円札で支払う。お釣りで帰ってきた数百円硬貨をポケットの中に入れてドラッグストアを出ると、ある人影が見えたので声をかけた。
「あっ、ゆうた」
「…のりくん」
僕に気がついて名前を呼ぶと、
そわそわしながら、そいつが近づいてくる。
「その…元気してた?」
らしいようならしくないような挨拶をしてきたので、そのままそっけなく返事をしておく。
「うん。元気」
「そっか…よかった」
買い物袋を両手で手前に持ってきて、もじもじしながら立っていた。
「そっちもおつかい?なら邪魔しないよ。じゃあね」
「あっ、ちょっと待って」
「ん?」
「あのね…?、その…」
「なに」
「なんていうか…ほら、あの…」
「言わないとわからないよ」
あまりもじもじされるとこっちが困るのでガツンといった。
「そっ、そうだよね…えっとね…?、きょっ、今日っ…、、は、花火大会…が、ある…じゃん…?」
「ああ。あるな。」
「そのっ…のりくんは、行くのかなって…思って…」
想像外の質問が飛んできた。
自分でも悩んでいたし、どう返事しようか迷う。
「うーん、明日学校だし、家で準備もあるから、どうしようか迷ってるところ。でも、多分遅くなるからいかないかな。」
「ええっ、、、そ、そうなの…」
ゆうたは少し肩を落としたように見えた。
「ゆうたは行くのか?」
「うん…いこうとは思うんだけど…」
「そうか。じゃ楽しんでこいよ」
「ああっちょっと待って…」
「まだ何かある?」
「あのさ…僕、一緒に行く人が…いなくて、、その…」
「…」
「のりくんと…一緒に行けたらな、って思って…」
「…」
「ああああでも、、、全然、準備とかで、忙しかったら、…その、いかない…でもいいけど…」
やっぱり考えがはっきりしないやつだ、と心の中で思った。
「…わかった。集合時間と場所とかはあとで連絡して。」
「ほんと!?ゃった…じゃ、また連絡する!!!」
と、意気揚々にぴょんぴょんしながら、ゆうたは早足でスーパーの中に入っていった。
はっきりしていなかったことがはっきりしてこっちも正直助かった。
にしてもなんであんなにもじもじしていたのだろう。女の子じゃあるまいし。
ボディーソープの袋がまだ冷たいうちに、家に着くと、お母さんに花火大会に行く旨を伝えて、自室に戻った。
クーラーを消して出かけたので、部屋の中が暑くなっていた。
クーラーのリモコンを手に取って冷房をつけると、
半ズボンを脱ぎ捨ててベッドに座る。
その時、ズボンのなかに入っていたスマホが鳴り、床においたズボンのポケットの中からスマホを取り出す。
さっき別れたゆうたからのラインが入っていたようだ。
「7時に駅の北口でいい?」14:59
ときていたので、時間を確認して
「わかった」15:00
と返しておいた。
ランドセルの中身を整理して、二学期初日に必要なものをベッドの隣においておくと、
やることがなくなり暇になった。
部屋はすっかり冷気で一杯になり、過ごしやすい温度になったので、ベッドに横になる。
机の上から本屋の袋を手を伸ばしてとると、中から先週買ってから読む隙間がなかった推理小説を取ると、
そのままうつ伏せのまま読み始めた。
内容は偶然にも、花火大会の夜に起こる殺人事件だった。
夏の終わりに開催された花火大会で、人混みの中である男性が突然さされ、死亡してしまう…
防犯カメラも役に立たず、事件は迷宮入りしてしまうが、
被害者男性の元恋人が捜査戦場に上がり、実はその女が犯人で、巧妙なアリバイトリックを紐解いていく話だ。
そんな本の中でも、男と元恋人の回想で、色気が混ざるシーンがある。
ー「あなた…」
ー男と女は暗い部屋の中で口づけを交わし、お互いの衣服を脱がしあっていく。
ーやがて全裸体になった二人は、愛を育む行為に発展したのだ。
ー二人は愛し合っていたのだ。愛し合っていたのだからこそ、その分の憎しみも大きい。
なんていう文章を読むと、なぜか恥ずかしくなってくる。
「愛を育む行為」なんていう行為は、なんとなくは知っている。
その行為をすると、精子と卵子が結合して、子供ができるというのも知っている。
だけど、そんな場面を頭の中で想像すると、自然とパンツの中が苦しくなってくる。
小説を側に置いて枕に赤くなった顔を押し付けていると、スマホが再びなった。
「もうすぐで着くよ!」18:42
「のりくんいまどこらへん?」18:45
メッセージとともに表示されていたのは、18:46という文字だった。
まずい…小説に夢中になってて時間に気づかなかった…
急いで新しいTシャツとズボンに着替えると、財布をポケットの中に突っ込んで玄関を飛び出した。
スマホを見ると時間は18:53、駅までは普通にいくと10分はかかる。
とは言っても、約束を破るなんてことはできない。急いで駅まで走った。
走ること数分、なんとか7時2分前に駅の北口に到着した。
手を膝に当てて肩で息をしていると、
「のりくん!?だ、大丈夫…!?」
「はぁ…ごめん…時間見てなかった…」
「全然大丈夫だよ!まだ時間じゃないし!」
「…ありがと」
そう言ってゆうたの姿を見上げると
「っ…」
思わず固まってしまった。
そこには、小柄な甚平に身を包んだ、ゆうたの姿があった。
「えっ、こ、今度はどうしたの」
「服…着てきたんだ」
「これっ…?お、お母さんが、きて行けって…」
ゆうたの顔はみるみる赤くなっていった。
「恥ずかしいのにぃ…うぅ」
顔を抑えて横を向くと、ゆうたは恥ずかしさのためかしゃがみ込んだ。
「だ、大丈夫だよ…似合ってるよ」
「そう…?」
「うん。似合ってる」
「…ありがと」
そんなこと思ってないかと言ったらそうじゃない。
ゆうたを見た瞬間、何かがドキッとしたのだ。
幼馴染を見てドキッとするはずがない。男を見て、ましてやゆうたなんて…
普通は好きな女の子を見て、そう思うはずなんだ。
同性を好きになる人は今まで数人見てきたことがある。
小学校では女の子同士で付き合っていることを公言しているカップルもいる。
いやいや、、、そんなわけない、、、
多分さっき読んだ小説で敏感になっているに違いない…
「河川敷まで歩いていかないといけないよな」
「うん。そんなに遠くはないよ。」
「わかった。道案内はよろしく。」
「任せろ~!」
ゆうたが立ち上がると、知らないうちに握られていた手を引っ張られて、河川敷の方向に歩き出した。
駅から河川敷までは十数分の道のり。
暮れていく太陽に照らされた空は、オレンジ色に輝いていた。
サンダルを履いて子供みたいによちよちと歩くゆうたの姿は、なんだかいつもと違ったように見える。
「のりくんは花火大会初めてなんだよね?」
「うん、そうだけど…」
「僕は小さい頃からずっと行ってるんだ」
「いつぐらいから?」
「うーん…10年前?」
「1歳じゃん」
「そんぐらいから行ってたんだよ~?」
「じゃあめっちゃ古参なんだね」
「えへへ~そうでしょ」
みたいな話をしながら、二人で並んで歩いていると、周りの人もだんだん多くなってきた。
そこからさらに少し歩くと、赤い提灯が並んでいる場所が遠くに見える。おそらくあれがお祭りの会場だろう。
「おっ、見えてきた」
「あれがお祭りだよ!」
「人も結構多いな…」
「時間帯にぶつかっちゃったかもね」
「危ないから手繋ぐぞ」
「えっ!?」
「ほら、もっと近く」
こっちが手を差し出すと、ゆうたは少し戸惑いながらもゆうたはその手ををギュッと握った。
人の波に半ば流されるようにお祭り会場の中に入ると、まずは屋台を回ることにした。
「こっちはたこ焼きがあって、あっちにはりんご飴もあるよ!」
詳しそうな口調で説明するゆうたを見ながら、やはりさっきのことについて考えていた。
恋心というのはよくわからない。幼馴染だからといって、自然的に恋心が沸くものでもないだろう。
でも、心がドキッとするなんて…、訳がわからない。心臓病の可能性は…
「のりくーん? 聞いてる?」
「えっ、あっ…ごめん考え事してた…」
「もお…どこ食べにいくのって聞いてるの」
屋台の明かりに照らされたゆうたの顔は、どこか幼く、どこか清楚で、どこかかわいい。
そう自然的に思った瞬間、彼の顔を直視できなくなってしまった。
「別になんでもいいんだけどな…」
顔を逸らしながらそんなことを言うと、ゆうたはちょっと悲しそうに、ワクワクしていたオーラが無くなった。
「…じゃあ…お腹空いたから焼きそば買お…」
屋台の影に入り込んだ雄太の顔は、暗くてよく見えなかった。
焼きそばの列に並びはじめて10分ぐらいが経ったが、全く一言も話せていない。
なんて話しかければいいのか、逆にどう思うのか、なんでこいつから話しかけてこないのかなど、疑問は頭の上でぐるぐる回っている。
「はいいらっしゃい!」
「…えっと、あの…」
「焼きそば二つお願いします」
「はいよ!800円ね」
「はい。」
1000円を差し出すと、店主さんはすぐにお釣りの200円を渡してくれた。
「えっ、な、なんで…」
「座れるところ探そ。」
「…」
多分手に400円が握られていたんだろうけど、そんなことをもちろん見越しての行動だ。
もうすぐで花火の打ち上げ時刻になるので、河川敷から少し登った草っ原の斜面に座った。
プラスチックのパックに入った焼きそばを一つゆうたにあげると、それをゆうたが受け取った。
「お、お金…払うよ」
先程の100円硬貨4枚を渡そうとしてきたが、普通に断った。
「大丈夫だって。こんぐらい奢るよ」
「だってぇ…」
「今日のガイド代みたいな感じだから。大丈夫」
「…ありがと」
なぜあの時、奢ろうとしたのかもわからない。
母性本能?つまり勝手にゆうたのことを守るべき対象に脳が指定したのだろうか。
とは言ってもいつもなら奢れと言われても奢らないのに…
人間の脳は実に不思議だ。
お互いに無言で焼きそばを食べていると、ゆうたが口を開いた。
「花火、8時からだって。」
「…8時か。あと5分だな。」
「楽しみ…だね」
「ああ。」
話が続かない。
続けようとしても、胸がドキドキしてしまって横を見れない。
こんな喋り方も本当は強がりなのに。
本当にどうしてしまったんだ。
しばらく沈黙の間が続く。
焼きそばを食べ終わると、少しきまづい空気が流れる。
そんな空気を破ったのは、スピーカーから流れるアナウンスの声だった。
「本日も、河川敷花火大会へご来場いただき、ありがとうございます。花火が、あと、1分で、打ち上がります。」
2回ほど繰り返しで放送されると、そのままアナウンスは止んだ。
その代わりに、ゆうたが口を開いた。
「なんか、無理やり連れてきちゃったみたいになっちゃってごめんね…僕、いつもこうなっちゃうよね…」
「えっ…なんでそんな…」
「なんか…のりくん楽しくなさそうで…どうしたらいいのかわかんなくて…」
「…」
「本当はこの服も、自分で選んできたものなんだ…、お母さんが無理矢理とか嘘言っちゃってごめんね」
「…」
本当は楽しいし、ゆうたをそう思わせたくない心でいっぱいだったが、なぜか声がでない。
「僕ね…のりくんと一緒にいると、なんだか胸が…ドキドキ、しててさ…、緊張しちゃってうまく話せないけど…」
「…」
「それで気づいたんだ。これが、”好き”って言うやつじゃないかって。」
ゆうたが言い終わるか否やと言うときに、大きな花火が一発、打ち上げられた。
視線が自然と花火につられた後に、もう一度、ゆうたの方を見ると、何かが唇に触れる感触がした。
視界が真っ暗、いや、少しだけ明るい。
さっきまでまだ遠くで見ていた顔が、すぐそこにあった。
今、オレはゆうたにキスをされている。
と、整理できたのも、それから唇が離れた3秒後のことだった。
連続で上がる花火によって、視界に見えるゆうたの横顔はいろんな色に染められている。
けれど、その下には、真っ赤に染まった頬があるように見える。
ドキドキ、幼馴染、恋心、好き…
何度も聞いてきた言葉、本で読んできた言葉、
自分にはまだ意味をなさないであろう言葉たちは、実際目の前にいるやつが話した言葉なんだと。
そして唇に残った感触が、それを証明しているのだとわかった。
今何をするべきなのか、わかったような気がする。
大きな花火が笛を鳴らしてヒューと鳴る間に、オレはゆうたの横顔を手で正面に向けて、そこにさっきやられたことをそのままやり返した。
目を閉じても、瞼の裏にかすかに移る白い光、そして音。
そんな時間が数十秒も続いたかのように思えた。
大きな花火が散り、他の小さい花火が上がり始めると、オレはゆっくりと顔を遠ざけ、元の場所に戻った。
正直、自分の顔がどうなっているのかは見当がつく。さっき見た誰かの顔と絶対にそっくりだからだ。
そこで隣の人の顔が見れるかというと、そうでもない。
だって、今オレがキスをしてしまった人だからだ。
花火が終わると、帰り始める周りに囲まれて、オレたちは何も話さずに、ただ赤面していた。
赤面しながら、花火が上がっていた川の空を眺めて、笛がなる花火を思い出して、また顔を赤くした。
「帰ろ…っか?」
「…うん」
先に声をかけたのは、ゆうたの方だった。時計を見ると、すでに9時を回っていた。
屋台も閉店準備を始めており、見物客はさっきの半分以下になっていた。
焼きそばの容器をゴミ箱に捨てて、来た道をもどる。
河川敷の静かさが、余計に心臓の鼓動を聞こえやすくする。
夏休み最終日、オレの何か物足りない心は、花火大会に行ったことによって、
こうして埋まったのであった。
おしまい
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