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第三章 生まれた子どもたちの行方~その一
二人の父親⑴
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「ねー、Mさん、何でうちにはお父さんが二人いるの? Mさんが実はお母さんなの??」
M次とL彦の子どもであるP太は、保育園からの帰り道にM次に尋ねた。P太の家では、P太自身が言うように父親が二人いるため、紛らわしくないよう、M次のことをMさん、L彦のことをLさんと呼ばせていた。
「わたしは正真正銘お父さんよ、お母さんじゃないわ。」
M次がそう答えたが、P太は言った。
「あのね、お友達が、『お父さん二人なんてありえない。P太のところはどっちかが女でお母さんなんだ』って。実はLさんが女なの?」
M次は真顔で言った。
「わたしもLさんも残念ながら男でお父さんです! で、誰よ、そんなこと言ったバカは。」
「Wくん。」
M次はWの顔を思い出した。見るからに悪そうな顔をした、事実いたずらばかりしている悪ガキである。M次はWの直接的な悪口を言いたいのをこらえて、こうP太に告げた。
「あのねえ、この世の中にはせまーい、せまーいところで、あんまりものを知らないで生きている人達がいるのよ。かわいそうに、Wだけじゃなくて、Wのパパやママもそういう人なのね。」
「Wくんはかわいそうなの?」
P太はM次の顔を見上げた。
「そうよ、男の人と女の人からしか子どもが生まれないと思ってる、かわいそうな人なの。その点、Pちゃんは男同士からも子どもが生まれるって知ってる賢い子だもんね。今度言われたらWに教えてあげなきゃ!」
「そっか! 次はWくんに教えてあげるようにする!!」
M次はP太の頭を撫でた。
その夜、P太が寝てから、M次はL彦に対し、保育園からの帰りにP太と話した内容を報告した。L彦の反応はあっさりしたものだった。
「そりゃ、いつかは誰かに言われるだろうよ。M次の対応はそれでいいと思う。事実、うちはどっちの子どもでもあるんだし。」
「他の同性カップルの家ではどう教えてるのかしら。」
M次はため息をついた。L彦は腕組みをして言った。
「俺が聞いたところによると、産みの父親と育ての父親がいて、どっちも父親だって教えてるらしい。」
「うちの場合はわたしが産みの父親かあ。けど、P太はL彦とも血が繋がってるし、何だか変よね。」
「だろう? やっぱりケースバイケースで考えていくしかないさ。」
「そうよねー。」
M次はそれで完全に納得したわけではなかった。おそらく、P太が学校で生物の知識を仕入れてくると、男性同士からは子どもが生まれないことを知るようになるだろう。そうしたとき、M次は自分の身体の秘密についてきちんと説明しなくてはならなくなるのではないか。M次は中学時代の嫌な出来事を思い出していた。
「やーい、オトコオンナ!」
昼休みに女の子たちに混ざって、好きな男性アイドルについて語っていたM次に、クラスの悪い男子がヤジを飛ばした。
「違います、わたしは男ですぅ!」
M次は反論した。幸い、一緒に話をしていた女の子の一人が加勢してくれた。
「そうよ、Mちゃんは、『こういう男の子』なのよ。」
それを聞いた他の子も、「そうだ、そうだ」と言った。その男子は鼻で笑ってこう返した。
「お前ら女だから知らないだろう? M次は常にトイレのときは個室なんだぞ。」
「それがどうしたのよ。」
「俺も何でかなあって思ってたけどさ、水泳のときに着替えで見たんだよ! M次のアレを。すんげー小さいの!!」
さすがにこの言葉には、女の子の一人が思わずクスリと笑った。調子に乗ったその男子はこう続けた。
「股から小指が生えてんのかと思った! だからさ、チンチンないに等しいんだよ。オトコオンナなんだよ!」
それを聞いたM次はワッと泣き出した。周りの女の子たちは口々に慰める。
「別に小さくてもいいじゃん、Mちゃんだもん。」
「そうよ、Mちゃんにデカいのがついてる方がおかしいよ。」
「デカい方が苦労するって、うちの姉ちゃんが言ってた。」
しかし、そんなことを言われても、ますますみじめな思いをするだけだった。M次の涙は止まらない。
その日帰宅したM次は、理不尽なことで母親を責めた。
「お母さん、何でもっとチンチンを大きく産んでくれなかったのよ!」
M次の母親は苦笑いした。
「まあ、そのうち成長するわよ。」
もちろん、M次のその部分は成長しないまま大人になった。そして、三十歳を過ぎてから妊娠し、大学病院で検査されて理由が分かった。
「君には精巣と卵巣の両方がある。」
そう大学病院の医師から告げられたとき、M次は昔言われた、「オトコオンナ」という言葉が脳裏によぎった。
「先生、わたし、やっぱりオトコオンナですか?」
医師はこう説明した。
「肉体的には、男性と女性、両方の機能がある。しかし、君は自分をどっちだと思っているのかね?」
M次は即座に答えた。
「男が好きな、ちょっと女っぽい男です。」
「なら、それでいいじゃないか。」
医師はさらに言った。
「おそらく、君も昔学校なんかで生物学的な性別と社会的な性別は異なることがあるって習っただろうけど、君自身もそうなんだよ。生物学的には男と女の中間、社会的には男。手術して生物学的にも完全に男になることも可能だが。」
結局、M次は性別適合手術を受けないまま今に至っている。L彦の子どもを産めたことは自分にとって一つの誇りであり、その身体にメスを入れることは何か間違いであるように思えたからだ。その一方で、今もM次は「オトコオンナ」と言われることに恐怖を抱いている。裁判のときに顔出ししなかったのもそのためだ。ゲイだと言われることは問題ないが、「オトコオンナ」と言う言葉は胸に突き刺さる。
「ねぇ、L彦、将来P太がわたしの身体のことを聞いてきたら、どう説明する?」
M次はL彦の目を見つめて言った。
「これから一緒にゆっくり考えていこう。」
L彦はM次の目を見つめ返した。
M次とL彦の子どもであるP太は、保育園からの帰り道にM次に尋ねた。P太の家では、P太自身が言うように父親が二人いるため、紛らわしくないよう、M次のことをMさん、L彦のことをLさんと呼ばせていた。
「わたしは正真正銘お父さんよ、お母さんじゃないわ。」
M次がそう答えたが、P太は言った。
「あのね、お友達が、『お父さん二人なんてありえない。P太のところはどっちかが女でお母さんなんだ』って。実はLさんが女なの?」
M次は真顔で言った。
「わたしもLさんも残念ながら男でお父さんです! で、誰よ、そんなこと言ったバカは。」
「Wくん。」
M次はWの顔を思い出した。見るからに悪そうな顔をした、事実いたずらばかりしている悪ガキである。M次はWの直接的な悪口を言いたいのをこらえて、こうP太に告げた。
「あのねえ、この世の中にはせまーい、せまーいところで、あんまりものを知らないで生きている人達がいるのよ。かわいそうに、Wだけじゃなくて、Wのパパやママもそういう人なのね。」
「Wくんはかわいそうなの?」
P太はM次の顔を見上げた。
「そうよ、男の人と女の人からしか子どもが生まれないと思ってる、かわいそうな人なの。その点、Pちゃんは男同士からも子どもが生まれるって知ってる賢い子だもんね。今度言われたらWに教えてあげなきゃ!」
「そっか! 次はWくんに教えてあげるようにする!!」
M次はP太の頭を撫でた。
その夜、P太が寝てから、M次はL彦に対し、保育園からの帰りにP太と話した内容を報告した。L彦の反応はあっさりしたものだった。
「そりゃ、いつかは誰かに言われるだろうよ。M次の対応はそれでいいと思う。事実、うちはどっちの子どもでもあるんだし。」
「他の同性カップルの家ではどう教えてるのかしら。」
M次はため息をついた。L彦は腕組みをして言った。
「俺が聞いたところによると、産みの父親と育ての父親がいて、どっちも父親だって教えてるらしい。」
「うちの場合はわたしが産みの父親かあ。けど、P太はL彦とも血が繋がってるし、何だか変よね。」
「だろう? やっぱりケースバイケースで考えていくしかないさ。」
「そうよねー。」
M次はそれで完全に納得したわけではなかった。おそらく、P太が学校で生物の知識を仕入れてくると、男性同士からは子どもが生まれないことを知るようになるだろう。そうしたとき、M次は自分の身体の秘密についてきちんと説明しなくてはならなくなるのではないか。M次は中学時代の嫌な出来事を思い出していた。
「やーい、オトコオンナ!」
昼休みに女の子たちに混ざって、好きな男性アイドルについて語っていたM次に、クラスの悪い男子がヤジを飛ばした。
「違います、わたしは男ですぅ!」
M次は反論した。幸い、一緒に話をしていた女の子の一人が加勢してくれた。
「そうよ、Mちゃんは、『こういう男の子』なのよ。」
それを聞いた他の子も、「そうだ、そうだ」と言った。その男子は鼻で笑ってこう返した。
「お前ら女だから知らないだろう? M次は常にトイレのときは個室なんだぞ。」
「それがどうしたのよ。」
「俺も何でかなあって思ってたけどさ、水泳のときに着替えで見たんだよ! M次のアレを。すんげー小さいの!!」
さすがにこの言葉には、女の子の一人が思わずクスリと笑った。調子に乗ったその男子はこう続けた。
「股から小指が生えてんのかと思った! だからさ、チンチンないに等しいんだよ。オトコオンナなんだよ!」
それを聞いたM次はワッと泣き出した。周りの女の子たちは口々に慰める。
「別に小さくてもいいじゃん、Mちゃんだもん。」
「そうよ、Mちゃんにデカいのがついてる方がおかしいよ。」
「デカい方が苦労するって、うちの姉ちゃんが言ってた。」
しかし、そんなことを言われても、ますますみじめな思いをするだけだった。M次の涙は止まらない。
その日帰宅したM次は、理不尽なことで母親を責めた。
「お母さん、何でもっとチンチンを大きく産んでくれなかったのよ!」
M次の母親は苦笑いした。
「まあ、そのうち成長するわよ。」
もちろん、M次のその部分は成長しないまま大人になった。そして、三十歳を過ぎてから妊娠し、大学病院で検査されて理由が分かった。
「君には精巣と卵巣の両方がある。」
そう大学病院の医師から告げられたとき、M次は昔言われた、「オトコオンナ」という言葉が脳裏によぎった。
「先生、わたし、やっぱりオトコオンナですか?」
医師はこう説明した。
「肉体的には、男性と女性、両方の機能がある。しかし、君は自分をどっちだと思っているのかね?」
M次は即座に答えた。
「男が好きな、ちょっと女っぽい男です。」
「なら、それでいいじゃないか。」
医師はさらに言った。
「おそらく、君も昔学校なんかで生物学的な性別と社会的な性別は異なることがあるって習っただろうけど、君自身もそうなんだよ。生物学的には男と女の中間、社会的には男。手術して生物学的にも完全に男になることも可能だが。」
結局、M次は性別適合手術を受けないまま今に至っている。L彦の子どもを産めたことは自分にとって一つの誇りであり、その身体にメスを入れることは何か間違いであるように思えたからだ。その一方で、今もM次は「オトコオンナ」と言われることに恐怖を抱いている。裁判のときに顔出ししなかったのもそのためだ。ゲイだと言われることは問題ないが、「オトコオンナ」と言う言葉は胸に突き刺さる。
「ねぇ、L彦、将来P太がわたしの身体のことを聞いてきたら、どう説明する?」
M次はL彦の目を見つめて言った。
「これから一緒にゆっくり考えていこう。」
L彦はM次の目を見つめ返した。
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