男の妊娠。

ユンボイナ

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第三章 生まれた子どもたちの行方~その一

育児放棄⑷

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 「U子くん、息子さんが会社に来たぞ。」
D夫がU子の職場に現れた日の昼、U子の携帯電話に社長から連絡があった。
「あらまあ、本当に来たんですね。」
「念のため、最初はリモートワークにしてよかったな。何なら、もうしばらくリモートワークにするか?」
「お願いします。」
U子は質問した。
「で、会社はうちの子に何と言って追い返したんですか?」
社長は笑った。
「お答えできないの一点張りで入口前で門前払いだよ。何やらギャーギャー言ってたが、最後は俺が凄んだら走って逃げて行きやがった。」
「お手数おかけしました。」
「また何かあったら報告するよ。じゃあな。」
電話は切れた。

 U子は現在経理事務の仕事をしているため、当分の間、必要なとき以外は出社しなくても良いと社長に判断された。伝票などはすべてデータで自宅にあるコンピュータに送られてくるし、仕事したものは会社に送信すれば良い。
もっとも、用事があってU子が出社する必要のあるときも今後出てくる。そのため、社長からは会社近くの託児所からそう離れていない場所のマンションを借りるよう指示があった。引越しに関しては、全て社長の手配である。
「知り合いに引越し業者と不動産屋がいるからな、全部任せとけ。ガンガン値切ってやる。」
U子は非常に心強かった。長年この会社で働いてきた甲斐があったというものだ。社長も、見た目は厳ついし、口も悪いが情に厚いのである。

U子が仕事の続きをしていると、F実が昼寝から覚めて足元にまとわりついてきた。
「ばあば、たかいたかい。」
「あらあら、F実ちゃんは本当に好きねぇ。」
U子は前のマンションから持ってきたハイヤー・ハイヤーをセットして、F実を1.5メートル程度の高さで宙に浮かせた。
「キャッキャッ!」
F実は大喜びだ。D夫曰く、このハイヤー・ハイヤーは、C子がバイト先の店主からもらってきた20年前のものだということだ。しかし、ちゃんと壊れずに機能しているし、何よりF実が大好きなのでよく使っている。こんなものはD夫が生まれたときにはなかったなあ、とU子は回想する。
「あの子のお気に入りは、飛び出す電子絵本だったっけ。」
仕事が一段落ついたら、F実を連れてお散歩がてら書店に行ってみようと思うU子だった。今なら、飛び出す触れる電子絵本があると聞いたことがある。

さて、それから五年が経ち、F実も来年小学校に上がるという年頃になった。ある日、F実は突然、こんなことを言った。幼稚園からU子とF実が帰って自宅に着いた直後のことだった。
「ねーねー、ばあば、F実のママはどこにいるの?」
「どうしたの、急に。」
U子は優しく尋ねた。いつか聞かれるだろうと思っていたことだ。F実は首を傾げながら言った。
「幼稚園で、他の子はママかパパが迎えに来るけど、F実はずっとばあばだけだから。」
U子はずっと考えていた回答を伝えた。
「ママはね、F実が生まれる前に死んじゃったのよ。F実のママはこの人だよ。」
U子は予め探しておいた女性の画像を立体電子端末でF実に見せた。ちなみにこの女性の正体は、あまり売れない女優である。もちろん存命だ。U子はF実にいつか説明するために立体画像を取っておいた。ややぽっちゃりしていて、優しい顔立ちで、かつ目元がF実に似ているので選んだ。
「パパは?」
「パパはお仕事で遠くに行ってるの。F実のパパはこの人なんだよ。」
U子は、今度は本物の父親、つまりD夫の立体画像を見せた。ただし五年以上前のものだ。
 U子は、D夫が家出して以降、全くD夫に会っていなかった。知人から、会社を辞めただの、ギャンブルで生活しているだの、ヒモになっただのと色んなことを聞かされたが、U子は心を鬼にしてD夫に連絡を取ろうとしなかった。
「F実はいつパパに会えるの?」
「良い子にしてたら、大きくなったらそのうち会えるよ。」
そんな話をしているうちに、自宅ポストの方からガサッという音がした。
「郵便屋さーん!」
F実が元気よく言ったので、U子も「どれどれ」と腰を上げてポストを見に行った。中にはある区役所からの手紙が入っている。役所はいつになってもアナログだ。U子が封筒を取り出して中身を見ると、それは生活保護の扶養照会だった。つまり、D夫が生活保護の受給を申請したので、親族であるU子が援助できないか、という内容のことが書いてあったのだ。これを見たU子は、深くため息をついた。
「ばあば、何のお手紙なの?」
U子は咄嗟に嘘をついた。
「パパの会社からよ。やっぱり、パパは仕事でしばらく帰って来れないんだって。」
「ふーん。」
F実はつまらなさそうな顔をした。しかし、それ以上自分の父親について尋ねることはしなかった。

 その夜、F実が寝た後にU子は照会に対する返答を書いた。
「私は孫、つまりD夫の実子を育てるのでいっぱいいっぱいで、D夫の面倒なんか見切れません。あの子は幼いF実を捨てました。だのに、私はまだ成人してからだいぶ経つD夫の養育から逃れられないのですか。いい加減に私をD夫から解放してください。」

それ以降、U子のもとに区役所から扶養照会が届くことはなかった。
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