男の妊娠。

ユンボイナ

文字の大きさ
上 下
17 / 47
第三章 生まれた子どもたちの行方~その一

育児放棄⑶

しおりを挟む
【育児放棄⑶】
 D夫は1週間ほど独身の同僚宅で寝泊まりして過ごした。必要な服や下着は買い揃える必要があったが、それでも母親と子どものいない生活は快適至極であり、ずっとこのままでもいいように思えた。
 もっとも、同僚のほうは初めの頃こそ快く迎えてくれたものの、D夫がいると女性を家に呼べないと不都合があるし、D夫が部屋を汚く使うということもあって、そろそろ出ていってほしいと思い始めた。
「なあ、D夫。そろそろ一旦実家に帰ってみないか? さすがに母ちゃんだってもう怒ってないだろうし。」
「それもそうだね。一度見てくるよ。」
 D夫は同僚宅からスカイタクシーに乗って、実家のマンションに行った。801号室が実家なのだが、その801号室の明かりがついていない。
「あれ、ママ、どこに行ったんだろう?」
D夫は合鍵(カードキー)を持っていたので、合鍵でドアを開けようとしたが、何度合鍵をかざしてもエラーが出る。D夫は母のU子に電話した。しかし、U子は電話に出ない。
「困ったなあ。」
D夫は同僚に電話して、もう一日だけ家に泊めてほしいと頼んだ。同僚が渋々ながら了承したので、D夫は再度スカイタクシーで同僚宅に戻った。

 翌朝、D夫が出勤すると、机の上に大きなダンボール箱が置いてあった。隣の席の女子社員に尋ねると、「それ、お母様から荷物が届いたみたいです。」と回答された。箱の中身は、D夫が実家で着ていた洋服や使用していた雑貨などである。大学の卒業証書もあった。箱の底には、便箋が一枚入っている。間違いなくU子の字だ。
「D夫ちゃん
マンションは解約しました。あなたの帰る場所はもうありません。
F実は私が育てますので、あなたは自由に生きてください。
他の荷物は落ち着いたら送りますので、送り先をメイルで教えてください。
U子」
D夫の便箋を持つ手がワナワナ震えた。ママは一体どうしてしまったのだろう。D夫は再度U子の携帯電話に電話してみたが、全く出ようとしない。仕方なく、メールを送ることにする。
「ママ
ちょっと喧嘩したからってあんまりです。くそばばあと言ったことについては謝ります、ごめんなさい。だから、F実を連れて帰ってきてください。そしてF実を養子に出し、これからは親子水入らずで生活しましょう。
D夫」
その夜、D夫がネットカフェでうとうとしていると、U子から返信があった。
「D夫さん
あなたは何も分かっていない。もう一度言いますがあのマンションは解約したので、帰ってくることはないです。私も来年還暦、お互い好きなように生きましょう。F実ちゃんは元気です。荷物の送り先だけ教えてください。
U子」
 D夫にはさっぱりわけが分からなかったので、ブースの外に出て電話してみたが、やはりU子は出ない。30分後に、U子からまたメールが来た。
「D夫
もう電話には出ません。用があるならメイルください。
U子」

 直接母親と話し合いたいと考えたD夫は、翌朝仮病で会社を休み、長年U子が勤務していた池袋の会社へアポ無しで出向いた。受付の呼び出しボタンを押すと、若い女性の声で「どちら様でしょうか?」と尋ねられた。
「U井U子の息子のD夫です。母がそこで働いているのではありませんか? 会わせてください。」
「少々お待ちください。」
D夫は一分近く待っただろうか、回答はこのようなものだった。
「弊社社長より、『何もお答えできない、お引き取りください』とのことです。」
「いや、母はここにいるんでしょ?」
D夫は怒鳴った。
「それも含めて何もお答えできない、ということです。お引き取りください。」
「おたくの会社は、親子関係を引き裂くようなことを平気でやるんですね。」
「お引き取りください。」
「母一人子ひとりなんですよ、うちは。」
「お引き取りください。」
 このような問答がしばらく続いた後、ドアが開いて出てきたのは、高身長でガタイのいい、しかも首の太いスキンヘッドの男性だった。
「おい、あんたがD夫か。」
男性はD夫を上から睨みつけた。D夫はあまりの迫力に震えた。
「そ、そうだ。あんたこそ誰だ!」
「俺がこの会社の社長だ。とにかくうちでは何も答えられないので、早く帰りなさい。」
「何もお答えできない、って。」
「文字通りだ。早くここを出ないと邪魔だから通報するぞ。」
受付の機械の色が赤く点滅し、ファンファンファンファンとサイレンが鳴り始めたので、D夫は走って逃げた。

 近くの喫茶店に入り、D夫は今後どうするかについて考えた。とりあえず、自分の生活場所は確保しなくてはならないだろう、という結論が出たので、D夫は不動産屋に行って安いワンルームマンションを即日契約した。
 夜になって、D夫は同僚宅に持ち込んだ荷物を取りに行ったが、同僚は、「まあ、頑張れ。」と言うだけだった。
 そして、D夫は新しい部屋に必要な家電が全く揃っていないことに気づいたため、もう一日仮病を使って翌日買うことにして、寝具は深夜営業のディスカウントストアで買い揃えた。
「冷蔵庫に洗濯機、電子レンジにテレビ……みんな前のマンションを引き払うときにリサイクルショップに二束三文で売り飛ばしたなあ。こんなことになるんなら、実家に持って帰ったらよかった。」
 寝る前に、D夫はU子に引越し先を知らせるメールした。

その週の日曜日になって、D夫の新居にU子から大きなダンボール箱五箱分の荷物が届いた。生活に何か役立つものが入っているだろうと期待したが、冬物の衣服や下着、寝具以外は、例えばD夫が小学生のときに作文で賞をもらったときの賞状であるとか、学生時代の通知表であるとか、大学時代に使っていた古いノートパソコン、昔趣味で集めていたフィギュアなどであった。
「よくもこんなガラクタを取っておいたもんだな。」
 荷物の中に、へその緒や母子手帳、D夫が子どものときの画像・動画が入ったマイクロチップ、母の日にD夫がU子にプレゼントした財布まで入っているところから、U子の固い意思が伺える。そして、五箱目のダンボール箱の底に、また手紙が入っていた。
「D夫
ハイヤア・ハイヤアというおもちゃは、F実がお気に入りなので私がもらいます。
U子」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...