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第三章 生まれた子どもたちの行方~その一
育児放棄⑶
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【育児放棄⑶】
D夫は1週間ほど独身の同僚宅で寝泊まりして過ごした。必要な服や下着は買い揃える必要があったが、それでも母親と子どものいない生活は快適至極であり、ずっとこのままでもいいように思えた。
もっとも、同僚のほうは初めの頃こそ快く迎えてくれたものの、D夫がいると女性を家に呼べないと不都合があるし、D夫が部屋を汚く使うということもあって、そろそろ出ていってほしいと思い始めた。
「なあ、D夫。そろそろ一旦実家に帰ってみないか? さすがに母ちゃんだってもう怒ってないだろうし。」
「それもそうだね。一度見てくるよ。」
D夫は同僚宅からスカイタクシーに乗って、実家のマンションに行った。801号室が実家なのだが、その801号室の明かりがついていない。
「あれ、ママ、どこに行ったんだろう?」
D夫は合鍵(カードキー)を持っていたので、合鍵でドアを開けようとしたが、何度合鍵をかざしてもエラーが出る。D夫は母のU子に電話した。しかし、U子は電話に出ない。
「困ったなあ。」
D夫は同僚に電話して、もう一日だけ家に泊めてほしいと頼んだ。同僚が渋々ながら了承したので、D夫は再度スカイタクシーで同僚宅に戻った。
翌朝、D夫が出勤すると、机の上に大きなダンボール箱が置いてあった。隣の席の女子社員に尋ねると、「それ、お母様から荷物が届いたみたいです。」と回答された。箱の中身は、D夫が実家で着ていた洋服や使用していた雑貨などである。大学の卒業証書もあった。箱の底には、便箋が一枚入っている。間違いなくU子の字だ。
「D夫ちゃん
マンションは解約しました。あなたの帰る場所はもうありません。
F実は私が育てますので、あなたは自由に生きてください。
他の荷物は落ち着いたら送りますので、送り先をメイルで教えてください。
U子」
D夫の便箋を持つ手がワナワナ震えた。ママは一体どうしてしまったのだろう。D夫は再度U子の携帯電話に電話してみたが、全く出ようとしない。仕方なく、メールを送ることにする。
「ママ
ちょっと喧嘩したからってあんまりです。くそばばあと言ったことについては謝ります、ごめんなさい。だから、F実を連れて帰ってきてください。そしてF実を養子に出し、これからは親子水入らずで生活しましょう。
D夫」
その夜、D夫がネットカフェでうとうとしていると、U子から返信があった。
「D夫さん
あなたは何も分かっていない。もう一度言いますがあのマンションは解約したので、帰ってくることはないです。私も来年還暦、お互い好きなように生きましょう。F実ちゃんは元気です。荷物の送り先だけ教えてください。
U子」
D夫にはさっぱりわけが分からなかったので、ブースの外に出て電話してみたが、やはりU子は出ない。30分後に、U子からまたメールが来た。
「D夫
もう電話には出ません。用があるならメイルください。
U子」
直接母親と話し合いたいと考えたD夫は、翌朝仮病で会社を休み、長年U子が勤務していた池袋の会社へアポ無しで出向いた。受付の呼び出しボタンを押すと、若い女性の声で「どちら様でしょうか?」と尋ねられた。
「U井U子の息子のD夫です。母がそこで働いているのではありませんか? 会わせてください。」
「少々お待ちください。」
D夫は一分近く待っただろうか、回答はこのようなものだった。
「弊社社長より、『何もお答えできない、お引き取りください』とのことです。」
「いや、母はここにいるんでしょ?」
D夫は怒鳴った。
「それも含めて何もお答えできない、ということです。お引き取りください。」
「おたくの会社は、親子関係を引き裂くようなことを平気でやるんですね。」
「お引き取りください。」
「母一人子ひとりなんですよ、うちは。」
「お引き取りください。」
このような問答がしばらく続いた後、ドアが開いて出てきたのは、高身長でガタイのいい、しかも首の太いスキンヘッドの男性だった。
「おい、あんたがD夫か。」
男性はD夫を上から睨みつけた。D夫はあまりの迫力に震えた。
「そ、そうだ。あんたこそ誰だ!」
「俺がこの会社の社長だ。とにかくうちでは何も答えられないので、早く帰りなさい。」
「何もお答えできない、って。」
「文字通りだ。早くここを出ないと邪魔だから通報するぞ。」
受付の機械の色が赤く点滅し、ファンファンファンファンとサイレンが鳴り始めたので、D夫は走って逃げた。
近くの喫茶店に入り、D夫は今後どうするかについて考えた。とりあえず、自分の生活場所は確保しなくてはならないだろう、という結論が出たので、D夫は不動産屋に行って安いワンルームマンションを即日契約した。
夜になって、D夫は同僚宅に持ち込んだ荷物を取りに行ったが、同僚は、「まあ、頑張れ。」と言うだけだった。
そして、D夫は新しい部屋に必要な家電が全く揃っていないことに気づいたため、もう一日仮病を使って翌日買うことにして、寝具は深夜営業のディスカウントストアで買い揃えた。
「冷蔵庫に洗濯機、電子レンジにテレビ……みんな前のマンションを引き払うときにリサイクルショップに二束三文で売り飛ばしたなあ。こんなことになるんなら、実家に持って帰ったらよかった。」
寝る前に、D夫はU子に引越し先を知らせるメールした。
その週の日曜日になって、D夫の新居にU子から大きなダンボール箱五箱分の荷物が届いた。生活に何か役立つものが入っているだろうと期待したが、冬物の衣服や下着、寝具以外は、例えばD夫が小学生のときに作文で賞をもらったときの賞状であるとか、学生時代の通知表であるとか、大学時代に使っていた古いノートパソコン、昔趣味で集めていたフィギュアなどであった。
「よくもこんなガラクタを取っておいたもんだな。」
荷物の中に、へその緒や母子手帳、D夫が子どものときの画像・動画が入ったマイクロチップ、母の日にD夫がU子にプレゼントした財布まで入っているところから、U子の固い意思が伺える。そして、五箱目のダンボール箱の底に、また手紙が入っていた。
「D夫
ハイヤア・ハイヤアというおもちゃは、F実がお気に入りなので私がもらいます。
U子」
D夫は1週間ほど独身の同僚宅で寝泊まりして過ごした。必要な服や下着は買い揃える必要があったが、それでも母親と子どものいない生活は快適至極であり、ずっとこのままでもいいように思えた。
もっとも、同僚のほうは初めの頃こそ快く迎えてくれたものの、D夫がいると女性を家に呼べないと不都合があるし、D夫が部屋を汚く使うということもあって、そろそろ出ていってほしいと思い始めた。
「なあ、D夫。そろそろ一旦実家に帰ってみないか? さすがに母ちゃんだってもう怒ってないだろうし。」
「それもそうだね。一度見てくるよ。」
D夫は同僚宅からスカイタクシーに乗って、実家のマンションに行った。801号室が実家なのだが、その801号室の明かりがついていない。
「あれ、ママ、どこに行ったんだろう?」
D夫は合鍵(カードキー)を持っていたので、合鍵でドアを開けようとしたが、何度合鍵をかざしてもエラーが出る。D夫は母のU子に電話した。しかし、U子は電話に出ない。
「困ったなあ。」
D夫は同僚に電話して、もう一日だけ家に泊めてほしいと頼んだ。同僚が渋々ながら了承したので、D夫は再度スカイタクシーで同僚宅に戻った。
翌朝、D夫が出勤すると、机の上に大きなダンボール箱が置いてあった。隣の席の女子社員に尋ねると、「それ、お母様から荷物が届いたみたいです。」と回答された。箱の中身は、D夫が実家で着ていた洋服や使用していた雑貨などである。大学の卒業証書もあった。箱の底には、便箋が一枚入っている。間違いなくU子の字だ。
「D夫ちゃん
マンションは解約しました。あなたの帰る場所はもうありません。
F実は私が育てますので、あなたは自由に生きてください。
他の荷物は落ち着いたら送りますので、送り先をメイルで教えてください。
U子」
D夫の便箋を持つ手がワナワナ震えた。ママは一体どうしてしまったのだろう。D夫は再度U子の携帯電話に電話してみたが、全く出ようとしない。仕方なく、メールを送ることにする。
「ママ
ちょっと喧嘩したからってあんまりです。くそばばあと言ったことについては謝ります、ごめんなさい。だから、F実を連れて帰ってきてください。そしてF実を養子に出し、これからは親子水入らずで生活しましょう。
D夫」
その夜、D夫がネットカフェでうとうとしていると、U子から返信があった。
「D夫さん
あなたは何も分かっていない。もう一度言いますがあのマンションは解約したので、帰ってくることはないです。私も来年還暦、お互い好きなように生きましょう。F実ちゃんは元気です。荷物の送り先だけ教えてください。
U子」
D夫にはさっぱりわけが分からなかったので、ブースの外に出て電話してみたが、やはりU子は出ない。30分後に、U子からまたメールが来た。
「D夫
もう電話には出ません。用があるならメイルください。
U子」
直接母親と話し合いたいと考えたD夫は、翌朝仮病で会社を休み、長年U子が勤務していた池袋の会社へアポ無しで出向いた。受付の呼び出しボタンを押すと、若い女性の声で「どちら様でしょうか?」と尋ねられた。
「U井U子の息子のD夫です。母がそこで働いているのではありませんか? 会わせてください。」
「少々お待ちください。」
D夫は一分近く待っただろうか、回答はこのようなものだった。
「弊社社長より、『何もお答えできない、お引き取りください』とのことです。」
「いや、母はここにいるんでしょ?」
D夫は怒鳴った。
「それも含めて何もお答えできない、ということです。お引き取りください。」
「おたくの会社は、親子関係を引き裂くようなことを平気でやるんですね。」
「お引き取りください。」
「母一人子ひとりなんですよ、うちは。」
「お引き取りください。」
このような問答がしばらく続いた後、ドアが開いて出てきたのは、高身長でガタイのいい、しかも首の太いスキンヘッドの男性だった。
「おい、あんたがD夫か。」
男性はD夫を上から睨みつけた。D夫はあまりの迫力に震えた。
「そ、そうだ。あんたこそ誰だ!」
「俺がこの会社の社長だ。とにかくうちでは何も答えられないので、早く帰りなさい。」
「何もお答えできない、って。」
「文字通りだ。早くここを出ないと邪魔だから通報するぞ。」
受付の機械の色が赤く点滅し、ファンファンファンファンとサイレンが鳴り始めたので、D夫は走って逃げた。
近くの喫茶店に入り、D夫は今後どうするかについて考えた。とりあえず、自分の生活場所は確保しなくてはならないだろう、という結論が出たので、D夫は不動産屋に行って安いワンルームマンションを即日契約した。
夜になって、D夫は同僚宅に持ち込んだ荷物を取りに行ったが、同僚は、「まあ、頑張れ。」と言うだけだった。
そして、D夫は新しい部屋に必要な家電が全く揃っていないことに気づいたため、もう一日仮病を使って翌日買うことにして、寝具は深夜営業のディスカウントストアで買い揃えた。
「冷蔵庫に洗濯機、電子レンジにテレビ……みんな前のマンションを引き払うときにリサイクルショップに二束三文で売り飛ばしたなあ。こんなことになるんなら、実家に持って帰ったらよかった。」
寝る前に、D夫はU子に引越し先を知らせるメールした。
その週の日曜日になって、D夫の新居にU子から大きなダンボール箱五箱分の荷物が届いた。生活に何か役立つものが入っているだろうと期待したが、冬物の衣服や下着、寝具以外は、例えばD夫が小学生のときに作文で賞をもらったときの賞状であるとか、学生時代の通知表であるとか、大学時代に使っていた古いノートパソコン、昔趣味で集めていたフィギュアなどであった。
「よくもこんなガラクタを取っておいたもんだな。」
荷物の中に、へその緒や母子手帳、D夫が子どものときの画像・動画が入ったマイクロチップ、母の日にD夫がU子にプレゼントした財布まで入っているところから、U子の固い意思が伺える。そして、五箱目のダンボール箱の底に、また手紙が入っていた。
「D夫
ハイヤア・ハイヤアというおもちゃは、F実がお気に入りなので私がもらいます。
U子」
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