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第三章 生まれた子どもたちの行方~その一
育児放棄⑵
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「特別養子縁組ってどういうこと?!」
U子はD夫に問うた。
「要は、実際の親と子どもの法的な親子関係が切れて、養子に出した先の親が法的にも実際の親になる制度なんだよ。」
特別養子縁組の制度自体は、日本では20世紀の終わり頃に作られたが、2020年には対象年齢が原則6歳未満から15歳未満へと引き上げられた。そのため、しばらくは申し立て件数が増えていたのだが、男性も半分の確率で妊娠する24世紀においてはかなり減少した。もちろん男性の避妊に対する知識が向上したからだ。
とはいえ、特別養子縁組のニーズは少ないながらもあった。経済的理由で子どもを手放さざるを得ない人、どうしても子どもを虐待してしまう人、そしてD夫のように避妊に失敗してしまった人などである。
「D夫ちゃんがF実のことを好きになれないのは分かるけど、だからといって完全に縁を切るなんて酷いわ。」
U子は反対した。
「でもママ、僕だってまだ32なんだ。再婚したい相手ができたときに、誰の子か分からない子どもがいるなんて不利だろう?」
「それはそうかもしれないけど、あなたが産んだ子どもなのよ? 何でそんなに冷たくできるの??」
U子は、自分がD夫を産んだときのことを思い出していた。妊娠中はずっと不安だったが、いざ生まれてみると、「何があっても私はこの子を守る!」という気持ちになれた。そして実際U子はその通りにしてきた。D夫が学校でいじめにあったときも、話を聞いたU子は一番に学校に乗り込んで担任に文句を言ったし、いじめっ子の家にも行き三時間に渡って苦情を述べた。D夫が中一のときに夫は他界したが、U子はそれまでのパートを辞めてフルタイムで働いてD夫を大学まで出した。D夫が変な女を自宅に連れてきたときも、その女どもにネチネチ嫌味を言って別れさせた。唯一守れなかったのは、C子との一件だけである。
だから、U子はF実を養子に出して縁を切りたいというD夫の気持ちが全く分からなかった。
「何なの?! ママは僕の人生を邪魔するつもりなの? このくそばばあ!」
D夫は声を荒らげた。U子は耳を疑った。今まで反抗したことがなかった息子が、自分にくそばばあと言っている。遅く来た反抗期かしら、と思ってみたが、それにしても。
「今まで育ててもらった母親に対してくそばばあとはどういうこと?! 」
「くそばばあだからくそばばあって言ってるんだよ、うるさいくそばばあめ!」
「んまあっ! だったら、もうあなたは私の子どもじゃないわ。この家を出ていきなさい!!」
「ああ、そうしてやるよ。」
D夫はカバンを持って家を飛び出していった。寝ているF実のことは放ったままである。
「あらF実ちゃん、パパがあんなにうるさかったのに、すやすや寝てるのね。」
ベビーベッドの中で、F実は静かに目を閉じている。U子の中で新たな使命感がわいた。今度は私はこの子を守って生きていこう。
翌朝、U子は前に働いていた会社に電話をして、もう一度フルタイムで働かせて欲しいと告げた。ちょうど会社に社長がいたようで、社長が出た。
「U子くんか。息子さんが子どもを連れて出戻ってきたとかで、急に辞められてこっちは大変だったよ。」
「申し訳ございませんでした。」
「ただ、即戦力という意味では、ぜひ君にお願いしたいんだ。今日の昼一時、会社に来られるかね?」
「参ります、絶対参りますのでよろしくお願いします!」
午前中、U子は慌てて会社に行く準備をした。まずは託児所にF実を預けに行き、帰宅するとそれっぽい服をクローゼットから探して着た。通勤用の革製のカバンは、カビが生えていたので布で拭き取った。化粧もこの一年近くしていなかったので、何度も鏡を見ながら確認した。
「よし!」
U子は二時間かけて、ただのおばさんから勤め人の外見になった。家を出ると東武東上線(例によってリニア化されている)に乗り、池袋にある元勤務先に足を運んだ。
元勤務先は一年前と何ら変わりがなかった。ただ、受付の機械が少しいいものになっていた。午後一時ちょうどに、U子が呼び出しのボタンを押すと、すっと入口のドアが開き、よく知っている女性社員が出迎えてくれた。
「U子さん、お待ちしていました!」
U子はそのまま社長室に案内された。部屋の中では、すでに社長がソファに腰掛けていた。
「よし、とりあえずこの一年の経過と心境の変化を聞かせてもらおうか。」
「はい!」
U子は三十分にわたって全てを包み隠さず話した。社長は相槌を打って聞いていたが、D夫が特別養子縁組のパンフレットを持って帰ってきたくだりになると、「けしからん!」と言って憤慨した。
「あの子が孫を捨てるというのなら、私もあの子を捨ててやろう、そして孫を育てあげようと決意しました。」
社長は言った。
「そんな三十過ぎの息子なんか、U子くんが面倒みてやる必要はない! ぜひともそうしなさい。」
U子は申し訳なさそうな顔で社長に尋ねた。
「ただ、今回は幼子がいるので、急病に対応する必要がありますが、それは柔軟にご対応いただけますでしょうか?」
社長は腕組みしてしばらく考えたのち、こう言った。
「U子くんには再び経理事務をやってもらうから、緊急の仕事はないから大丈夫だ。でも、その、息子もどうにかする必要があるだろう? それでだな……」
社長はA4のコピー用紙とペンをテーブルに持ち出し、サラサラとU子の「TO DOリスト」を書き上げた。それを見たU子は驚いた。
「そこまでするんですか?!」
社長は頷いた。
「こうすることで、邪魔者を排除して、U子くんの仕事と育児の両立が図れると思うんだが、違うかね?」
「仰る通りなんですけど、やっぱりD夫が不憫というか……」
「息子と縁を切るんじゃなかったのか?」
社長はU子を見た。しばらく間を置いて、U子は答えた。
「そうですね、心を鬼にします。」
「よし、採用決定!」
社長は拍手した。
U子はD夫に問うた。
「要は、実際の親と子どもの法的な親子関係が切れて、養子に出した先の親が法的にも実際の親になる制度なんだよ。」
特別養子縁組の制度自体は、日本では20世紀の終わり頃に作られたが、2020年には対象年齢が原則6歳未満から15歳未満へと引き上げられた。そのため、しばらくは申し立て件数が増えていたのだが、男性も半分の確率で妊娠する24世紀においてはかなり減少した。もちろん男性の避妊に対する知識が向上したからだ。
とはいえ、特別養子縁組のニーズは少ないながらもあった。経済的理由で子どもを手放さざるを得ない人、どうしても子どもを虐待してしまう人、そしてD夫のように避妊に失敗してしまった人などである。
「D夫ちゃんがF実のことを好きになれないのは分かるけど、だからといって完全に縁を切るなんて酷いわ。」
U子は反対した。
「でもママ、僕だってまだ32なんだ。再婚したい相手ができたときに、誰の子か分からない子どもがいるなんて不利だろう?」
「それはそうかもしれないけど、あなたが産んだ子どもなのよ? 何でそんなに冷たくできるの??」
U子は、自分がD夫を産んだときのことを思い出していた。妊娠中はずっと不安だったが、いざ生まれてみると、「何があっても私はこの子を守る!」という気持ちになれた。そして実際U子はその通りにしてきた。D夫が学校でいじめにあったときも、話を聞いたU子は一番に学校に乗り込んで担任に文句を言ったし、いじめっ子の家にも行き三時間に渡って苦情を述べた。D夫が中一のときに夫は他界したが、U子はそれまでのパートを辞めてフルタイムで働いてD夫を大学まで出した。D夫が変な女を自宅に連れてきたときも、その女どもにネチネチ嫌味を言って別れさせた。唯一守れなかったのは、C子との一件だけである。
だから、U子はF実を養子に出して縁を切りたいというD夫の気持ちが全く分からなかった。
「何なの?! ママは僕の人生を邪魔するつもりなの? このくそばばあ!」
D夫は声を荒らげた。U子は耳を疑った。今まで反抗したことがなかった息子が、自分にくそばばあと言っている。遅く来た反抗期かしら、と思ってみたが、それにしても。
「今まで育ててもらった母親に対してくそばばあとはどういうこと?! 」
「くそばばあだからくそばばあって言ってるんだよ、うるさいくそばばあめ!」
「んまあっ! だったら、もうあなたは私の子どもじゃないわ。この家を出ていきなさい!!」
「ああ、そうしてやるよ。」
D夫はカバンを持って家を飛び出していった。寝ているF実のことは放ったままである。
「あらF実ちゃん、パパがあんなにうるさかったのに、すやすや寝てるのね。」
ベビーベッドの中で、F実は静かに目を閉じている。U子の中で新たな使命感がわいた。今度は私はこの子を守って生きていこう。
翌朝、U子は前に働いていた会社に電話をして、もう一度フルタイムで働かせて欲しいと告げた。ちょうど会社に社長がいたようで、社長が出た。
「U子くんか。息子さんが子どもを連れて出戻ってきたとかで、急に辞められてこっちは大変だったよ。」
「申し訳ございませんでした。」
「ただ、即戦力という意味では、ぜひ君にお願いしたいんだ。今日の昼一時、会社に来られるかね?」
「参ります、絶対参りますのでよろしくお願いします!」
午前中、U子は慌てて会社に行く準備をした。まずは託児所にF実を預けに行き、帰宅するとそれっぽい服をクローゼットから探して着た。通勤用の革製のカバンは、カビが生えていたので布で拭き取った。化粧もこの一年近くしていなかったので、何度も鏡を見ながら確認した。
「よし!」
U子は二時間かけて、ただのおばさんから勤め人の外見になった。家を出ると東武東上線(例によってリニア化されている)に乗り、池袋にある元勤務先に足を運んだ。
元勤務先は一年前と何ら変わりがなかった。ただ、受付の機械が少しいいものになっていた。午後一時ちょうどに、U子が呼び出しのボタンを押すと、すっと入口のドアが開き、よく知っている女性社員が出迎えてくれた。
「U子さん、お待ちしていました!」
U子はそのまま社長室に案内された。部屋の中では、すでに社長がソファに腰掛けていた。
「よし、とりあえずこの一年の経過と心境の変化を聞かせてもらおうか。」
「はい!」
U子は三十分にわたって全てを包み隠さず話した。社長は相槌を打って聞いていたが、D夫が特別養子縁組のパンフレットを持って帰ってきたくだりになると、「けしからん!」と言って憤慨した。
「あの子が孫を捨てるというのなら、私もあの子を捨ててやろう、そして孫を育てあげようと決意しました。」
社長は言った。
「そんな三十過ぎの息子なんか、U子くんが面倒みてやる必要はない! ぜひともそうしなさい。」
U子は申し訳なさそうな顔で社長に尋ねた。
「ただ、今回は幼子がいるので、急病に対応する必要がありますが、それは柔軟にご対応いただけますでしょうか?」
社長は腕組みしてしばらく考えたのち、こう言った。
「U子くんには再び経理事務をやってもらうから、緊急の仕事はないから大丈夫だ。でも、その、息子もどうにかする必要があるだろう? それでだな……」
社長はA4のコピー用紙とペンをテーブルに持ち出し、サラサラとU子の「TO DOリスト」を書き上げた。それを見たU子は驚いた。
「そこまでするんですか?!」
社長は頷いた。
「こうすることで、邪魔者を排除して、U子くんの仕事と育児の両立が図れると思うんだが、違うかね?」
「仰る通りなんですけど、やっぱりD夫が不憫というか……」
「息子と縁を切るんじゃなかったのか?」
社長はU子を見た。しばらく間を置いて、U子は答えた。
「そうですね、心を鬼にします。」
「よし、採用決定!」
社長は拍手した。
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