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第二章 人生色々、妊娠色々
ゲイカップルの妊娠⑵
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「ねぇ、怖くない? わたしたちは一体何者なんだろうって。」
M次はL彦に身を寄せた。L彦はM次を抱き締めた。
「どんな結果が出ても、M次はM次だ。俺はM次を捨てたりはしないし、生まれてくる子どもも愛する自信がある。」
二週間前には、N野医師のクリニックでM次の妊娠が判明した。その一週間後には、DNA鑑定の結果が出て、M次のお腹の子は紛れもなくM次とL彦の子どもであるとのことだった。
N野医師は言った。
「約束通り、私は大学病院への紹介状を書きます。少なくともお二人のどちらかは卵子を作れるといった意味で、一般的な『男性』でないことは間違いありません。しかし。」
N野は少し間を置いた。
「私としては、そんな医学的な事情でお二人の関係が崩れることは望みません。どうかお幸せに!」
「あの先生、いい人よね。ちょっと女を見直しちゃった。」
L彦の腕の中でM次がつぶやく。大学病院へは明日行く予定だ。
「もう遅いから寝ようよ。明日病院でどんなことをされるか分からないけど、いずれにせよ睡眠不足は良くない。」
時計は夜の12時を回っていた。
「じゃあ、電気消すわね。」
M次はベッドに潜り込んで、手元のリモコンで消灯した。L彦もベッドに入ると、M次を抱き締め、額にキスをした。
「どうしたの、そんなぼーっとした顔をして!」
M次は朝食の際にL彦を見て言った。
実は眠れなかったのはL彦のほうだった。三十年もの間、自分は「男」であると疑わず生きてきた。しかし、今回の件で、L彦かM次の少なくともどちらかは完全な「男」ではないことが判明した。
L彦としては、仮にM次が半陰陽だったとしても、これからも愛し続けるつもりである。M次は色白で華奢だし、ちょっと女性っぽいところがある。そんなM次を可愛いと思いながらこの十年間過ごしてきた。ただ、自分が半陰陽だとしたら、その事実はすぐには受け止められそうにない。
「いや、久々に病院なんか行くもんだから、少し緊張しちゃって眠れなかったんだ。」
L彦は笑って誤魔化そうとした。しかし、M彦は言った。
「わたし、そういう強がりなL彦が好き。だけど、無理しなくていいのよ。怖いなら、怖いって言っちゃえ!」
L彦は苦笑いをした。
「怖いなんて言ったら、怖さが倍増する気がするよ。だから言う。怖くはない!」
二人の住む街からリニアモーターカーで約20分程度の場所に大学病院はあった。二人は病院の窓口で保険証とN野医師が書いた紹介状を出すと、整理番号を発行された。
大学病院の待合室にはたくさんの患者が待っていたが、ジェンダー外来は混んでいなかったようで、すぐにM次の番号がスクリーンに表示された。
「じゃあ、行ってくるね。」
「おう。」
L彦は軽く手を上げた。
L彦は自分が呼ばれるまで三十分ほど待ったが、その間ちっとも落ち着かなかった。確かに、自分は男が好きな男で、そういった意味ではノーマルではない。しかし、大学病院の「ジェンダー外来」の門を叩くことになるとは思いもしなかった。
N野医師に、「お二人にはO大学病院のジェンダー外来に紹介状を書きます。」と言われた際、L彦は反発した。
「ちょっと待ってください。ジェンダーって社会的・心理的性別のことでしょう? 俺は身体も心も男です。」
N野医師は少し困ったような顔をしてL彦を諭した。
「ジェンダー外来という名前だけど、性分化疾患について診るのもそこになるんです。とても詳しい先生がおられるので、安心してください。」
医師に不安はない。本当は自分自身に不安があるのだ。
しばらくすると、呼び出しのチャイムが鳴って、L彦の整理番号がスクリーンに表示された。L彦は指定された診察室に入った。
「やあ、こんにちは。」
部屋の中にはフランクそうな五十代くらいの男性医師と、男性看護師がいた。
「緊張しなくていいんだよ。ちょっとパンツを下ろしてベッドに寝てもらえるかな?」
L彦はジーンズと下着を下ろして下半身を露出すると、ベッドに仰向けに横たわった。医師はベッドに移動して、まずL彦の下半身を目視した。
「ふーん、ちょっとごめんよ。」
医師は下ろされたジーンズと下着を完全に脱がせた上で、使い捨てのゴム手袋を両手にはめると、L彦の両脚を開いて陰茎を持ち上げた。
「あー、外性器には外形上異常なし、と。」
看護師がカルテに何か記入している。
「じゃあパンツとズボンはいて、そこの椅子に座ってもらえる?」
L彦は医師の指示通りにした。
「で、今まで男性機能に問題はなかった?」
「ありませんね。」
L彦は答えた。
「勃起も射精も問題なし??」
「ないです。」
「ふーん。」
医師は腕組みすると、看護師に指示をした。
「あのね、この人も一応MRI撮るから。」
「も」ということは、多分M次もMRIを撮られているのだろう。
「MRIを撮りますから、これを持ってこの部屋へ行ってください。」
L彦はカルテの一部と部屋の案内の紙を渡された。
紙の通りに進むと、まず入口付近にいた人物に、「全部脱いでこれに着替えてください。着替えができたら次の部屋に進んで。」とガウン状の服を渡された。
L彦が指示通りに着替えて進むと、三台ほどMRIの機械があり、そこに技師がいた。
「君は三番で撮る。ここに寝て。」
技師は機械のベッド部分を指差した。L彦がそこに横たわると、ベッドが移動して、撮影の機械が腰周りを囲むような状態になった。
技師がL彦に話しかけた。
「昔だったら、30分かかってたんだけど、今は10分だ。技術の進歩ってすごいよ。」
「結構時間かかるんですね。」
「昔は心臓なら一時間かけてたんだ。退屈だったよね、きっと。」
技師は笑った。
「技術は進歩するけど、人の身体は進化しないからなあ。男が子ども産めるようになったくらいだろ?」
L彦はM次のことを思い出した。
「やっぱり子どもって可愛いですかね。」
「うちにも坊主が二人いるけど、そりゃ可愛いよ。いたずらしたときなんかは憎たらしいけど、基本可愛い。」
技師はニコニコしている。
「どっちが産んだんですか?」
「うちはね、夫婦一人ずつなんだ。上の子が嫁で、下の子が俺。帝王切開には正直ビビったけど、まあ、何とかなるもんだね。」
L彦は尋ねた。
「本当に何とかなりますか?」
「なるなる、しばらく痛いけど。まあ、女が耐えられるものを男が耐えられないわけがないって。」
無駄話をしているうちに撮影は終わった。
「はい、終了! これを持って向こうで自分の服を着て、また待合室で待っててね。先生からお話があると思うよ。」
待合室で待っていると、M彦が一つの部屋から出てきた。あまり浮かない様子だ。
「おい、どうだった?」
「後で話すね。病院の向かい側の喫茶店で待ってる。」
M彦はとぼとぼと廊下を歩いて行った。
M次はL彦に身を寄せた。L彦はM次を抱き締めた。
「どんな結果が出ても、M次はM次だ。俺はM次を捨てたりはしないし、生まれてくる子どもも愛する自信がある。」
二週間前には、N野医師のクリニックでM次の妊娠が判明した。その一週間後には、DNA鑑定の結果が出て、M次のお腹の子は紛れもなくM次とL彦の子どもであるとのことだった。
N野医師は言った。
「約束通り、私は大学病院への紹介状を書きます。少なくともお二人のどちらかは卵子を作れるといった意味で、一般的な『男性』でないことは間違いありません。しかし。」
N野は少し間を置いた。
「私としては、そんな医学的な事情でお二人の関係が崩れることは望みません。どうかお幸せに!」
「あの先生、いい人よね。ちょっと女を見直しちゃった。」
L彦の腕の中でM次がつぶやく。大学病院へは明日行く予定だ。
「もう遅いから寝ようよ。明日病院でどんなことをされるか分からないけど、いずれにせよ睡眠不足は良くない。」
時計は夜の12時を回っていた。
「じゃあ、電気消すわね。」
M次はベッドに潜り込んで、手元のリモコンで消灯した。L彦もベッドに入ると、M次を抱き締め、額にキスをした。
「どうしたの、そんなぼーっとした顔をして!」
M次は朝食の際にL彦を見て言った。
実は眠れなかったのはL彦のほうだった。三十年もの間、自分は「男」であると疑わず生きてきた。しかし、今回の件で、L彦かM次の少なくともどちらかは完全な「男」ではないことが判明した。
L彦としては、仮にM次が半陰陽だったとしても、これからも愛し続けるつもりである。M次は色白で華奢だし、ちょっと女性っぽいところがある。そんなM次を可愛いと思いながらこの十年間過ごしてきた。ただ、自分が半陰陽だとしたら、その事実はすぐには受け止められそうにない。
「いや、久々に病院なんか行くもんだから、少し緊張しちゃって眠れなかったんだ。」
L彦は笑って誤魔化そうとした。しかし、M彦は言った。
「わたし、そういう強がりなL彦が好き。だけど、無理しなくていいのよ。怖いなら、怖いって言っちゃえ!」
L彦は苦笑いをした。
「怖いなんて言ったら、怖さが倍増する気がするよ。だから言う。怖くはない!」
二人の住む街からリニアモーターカーで約20分程度の場所に大学病院はあった。二人は病院の窓口で保険証とN野医師が書いた紹介状を出すと、整理番号を発行された。
大学病院の待合室にはたくさんの患者が待っていたが、ジェンダー外来は混んでいなかったようで、すぐにM次の番号がスクリーンに表示された。
「じゃあ、行ってくるね。」
「おう。」
L彦は軽く手を上げた。
L彦は自分が呼ばれるまで三十分ほど待ったが、その間ちっとも落ち着かなかった。確かに、自分は男が好きな男で、そういった意味ではノーマルではない。しかし、大学病院の「ジェンダー外来」の門を叩くことになるとは思いもしなかった。
N野医師に、「お二人にはO大学病院のジェンダー外来に紹介状を書きます。」と言われた際、L彦は反発した。
「ちょっと待ってください。ジェンダーって社会的・心理的性別のことでしょう? 俺は身体も心も男です。」
N野医師は少し困ったような顔をしてL彦を諭した。
「ジェンダー外来という名前だけど、性分化疾患について診るのもそこになるんです。とても詳しい先生がおられるので、安心してください。」
医師に不安はない。本当は自分自身に不安があるのだ。
しばらくすると、呼び出しのチャイムが鳴って、L彦の整理番号がスクリーンに表示された。L彦は指定された診察室に入った。
「やあ、こんにちは。」
部屋の中にはフランクそうな五十代くらいの男性医師と、男性看護師がいた。
「緊張しなくていいんだよ。ちょっとパンツを下ろしてベッドに寝てもらえるかな?」
L彦はジーンズと下着を下ろして下半身を露出すると、ベッドに仰向けに横たわった。医師はベッドに移動して、まずL彦の下半身を目視した。
「ふーん、ちょっとごめんよ。」
医師は下ろされたジーンズと下着を完全に脱がせた上で、使い捨てのゴム手袋を両手にはめると、L彦の両脚を開いて陰茎を持ち上げた。
「あー、外性器には外形上異常なし、と。」
看護師がカルテに何か記入している。
「じゃあパンツとズボンはいて、そこの椅子に座ってもらえる?」
L彦は医師の指示通りにした。
「で、今まで男性機能に問題はなかった?」
「ありませんね。」
L彦は答えた。
「勃起も射精も問題なし??」
「ないです。」
「ふーん。」
医師は腕組みすると、看護師に指示をした。
「あのね、この人も一応MRI撮るから。」
「も」ということは、多分M次もMRIを撮られているのだろう。
「MRIを撮りますから、これを持ってこの部屋へ行ってください。」
L彦はカルテの一部と部屋の案内の紙を渡された。
紙の通りに進むと、まず入口付近にいた人物に、「全部脱いでこれに着替えてください。着替えができたら次の部屋に進んで。」とガウン状の服を渡された。
L彦が指示通りに着替えて進むと、三台ほどMRIの機械があり、そこに技師がいた。
「君は三番で撮る。ここに寝て。」
技師は機械のベッド部分を指差した。L彦がそこに横たわると、ベッドが移動して、撮影の機械が腰周りを囲むような状態になった。
技師がL彦に話しかけた。
「昔だったら、30分かかってたんだけど、今は10分だ。技術の進歩ってすごいよ。」
「結構時間かかるんですね。」
「昔は心臓なら一時間かけてたんだ。退屈だったよね、きっと。」
技師は笑った。
「技術は進歩するけど、人の身体は進化しないからなあ。男が子ども産めるようになったくらいだろ?」
L彦はM次のことを思い出した。
「やっぱり子どもって可愛いですかね。」
「うちにも坊主が二人いるけど、そりゃ可愛いよ。いたずらしたときなんかは憎たらしいけど、基本可愛い。」
技師はニコニコしている。
「どっちが産んだんですか?」
「うちはね、夫婦一人ずつなんだ。上の子が嫁で、下の子が俺。帝王切開には正直ビビったけど、まあ、何とかなるもんだね。」
L彦は尋ねた。
「本当に何とかなりますか?」
「なるなる、しばらく痛いけど。まあ、女が耐えられるものを男が耐えられないわけがないって。」
無駄話をしているうちに撮影は終わった。
「はい、終了! これを持って向こうで自分の服を着て、また待合室で待っててね。先生からお話があると思うよ。」
待合室で待っていると、M彦が一つの部屋から出てきた。あまり浮かない様子だ。
「おい、どうだった?」
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