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第二章 店を作る
舞の奮闘②
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開業2日目、大和は夜7時頃に青く光る安全ベストを着用して逆立ちで店に出勤してきた。
「舞さん、これで駅からやってきました!」
舞は爆笑した。先に出勤してきた弦は、客がいないのでビール片手にタバコを吸って待っていたが、大和の姿を見てビールを少し吹いた。
「ちょっと待って、そのベスト、どこで買ったの?」
大和は逆立ちを止めて普通に立って言った。
「買ったんじゃないです、知り合いの交通整理してるおじさんから借りてきました。逆立ちするとずり下がるんで、短パンにピン留めしたんですよ。」
「反応はどう?」
大和は頭をかいた。
「視線は痛いほど感じるんですけどね、むしろみんな引き気味というか。」
それはそうだろう、という顔をして弦はビールを飲み干した。
「一休みしたらもう1往復してきますよ。」
弦は舞に尋ねた。
「本当にあれで客来ると思います?」
「来ないかもしれないけど、何もやらないよりは……ククク。」
大和は水を飲んで10分ほど休憩した後、また逆立ちして店を出て行った。しかし、その後1時間経っても帰ってこない。
「大和、遅いっすね。」
弦は何杯目かのビールを飲みながら行った。
「心配だから、私見てくるわ。」
舞は財布とスマートフォンだけ持って店を出た。
夜の繁華街、最寄り駅までの道、青く光る安全ベストを着て逆立ちした男なんてすぐに見つかるはずだった。しかし、舞はなかなか大和を見つけることができなかった。
「おかしいなあ。なにかあったのかしら?」
とうとう駅までたどり着いてしまった舞であったが、駅から引き返すと、近くの交番の中にさっき見たような青い光を見た。
「まさか!」
舞が交番のガラス戸越しに中をよく見ると、机の手前に大和が座っており、奥には警察官がいて、何か話をしているようだった。
「すみませーん!」
舞は交番のガラス戸を開けた。
「奥様、どうしましたか?」
警察官が舞に声を掛ける。
「舞さん!」
大和は振り向いた。
「あの、この子、うちのアルバイトなんですけど。」
「はあ?」
警察官は怪訝そうな顔をして舞と大和の顔を交互に見比べた。
「アルバイトって何だね。電飾の服を着て逆立ちして歩くなんて。」
「いや、その、飲食店なんですけど。」
警察官は声のボリュームを上げた。
「何で飲食店がこんなよく分からんことをするの!」
「いや、面白がって来てくれる人がいるかなーって。」
舞は小声で弁解した。
「あのね、この人がピカピカ光りながら逆立ちでウロウロしたあげく、駅前広場で側転とかバク転とかするもんだから、人だかりができて往来の妨げになってたんですよ!」
「舞さん、ごめんなさい、やり過ぎました……。」
舞は渋い顔を作ったが、内心愉快だった。青く光りながら側転する大和を、舞も見てみたいと思った。
「もう、みんなの迷惑になるようなことはしちゃダメよ!」
舞はわざと怒ったような口調で言った。警察官は「次やったら始末書書いてもらうからな!」と言って二人を解放した。
駅から店まで戻る道、舞はまだ青く光っている大和に言った。
「面白みのない警察官ね。どのくらい人が見てたのかしら?」
「結構寄ってきましたよ。ノーキング、ノーキングって連呼しながらバク転したらさらにみんなに受けちゃった。」
多分、周りには「脳筋」と聞こえたのだろう。
「あなた、やるじゃない。」
舞が大和の背中をポンと叩いた。
「まあ、僕なんてただの筋肉バカのゲイなんですけどね。」
青い光りに照らされた大和の横顔は、少し照れているようだった。
二人が店に戻ると、一人のサラリーマン風の男性が弦とサシでポテトをツマミにして飲んでいた。
「ただいま。あれ、弦くん、その人はお友達?」
「違いますよ。お客様です。ちょっといいですか。」
弦は舞に手招きすると、奥の事務所スペースに入った。舞もそれについて入る。
「どうしたの?」
「あのお客様、普通の居酒屋と間違えて来たんです。だからここは一応ホストクラブだって説明したんだけど、男でも誰か酒を飲みながら話を聞いてくれるならそれでもいいって言われて……しかも、あの人、今日会社をクビになったらしくて。俺、あの人の相手してて構わないですか?」
舞は言った。
「なんだ、そんなことならいいわよ。ただ、あなた本職があるんだからお酒は控えめにね。」
「分かりました、ありがとうございます!」
弦は敬礼して事務室を出、またサラリーマン風男性のテーブルに戻った。
舞は今度は事務室に大和を呼んで、次の宣伝方法について議論していた。
「やっぱり、女性誌に取り上げてもらうのが一番じゃないですか? お金積めば何とかなるんでしょ、あれ。」
大和の提案はごもっともだった。
「けど、どの女性誌がいいかは迷うところよね。」
「欲求不満な奥さんが見てそうな週刊誌がいいんじゃないですか。僕、顔出しはまずいけど、身体だけなら出せます。」
舞は「それいい!」と叫んだ。そして、三大女性週刊誌ではなく、あえてマイナーで性に開放的な隔週誌「ほほえみ」のホームページを開いた。
「よし、私、ここに明日電話してみる!」
「じゃあ、写真撮影とか取材とか決まったら教えてくださいね。」
大和は明るく言った。
「ていうか、大和くん、いい加減それ脱いで電源切りなさいよ、電池がもったいないわ。」
舞が大和の来ている安全ベストを指さした。
「本当だ、忘れてた!」
大和は安全ベストを留めていた安全ピンを外すと、脱いでスイッチを切った。
そうこうしているうちに、時計は12時を回った。閉店時刻になったので、舞と大和はフロアに出向いたが、あのサラリーマン風の客はテーブルに突っ伏して寝ていた。弦は困り顔をしている。
「このお客さん、どうしましょうか?」
「どうするって、起こしてお金払ってもらわないと。」
舞が言うと、弦は客の肩を揺すった。
「お客さん、閉店でーす。」
客はなかなか起きようとしなかったが、何度か揺さぶられて目が覚めたようだ。
「ハッ! ホストクラブなんかで居眠りしちゃった。お、お会計はいくらです?」
「テーブルチャージが3時間分で9000円、ビールが俺の分入れて8杯で8000円、あとポテトと唐揚げで2500円だから、まあざっと19500円ですね。」
弦が冷静に答えた。
「良かった、もっとぼったくられるのかと思った!」
客は財布から二万円を出した。
「お釣りは要らないです、いっぱいお話聞いてもらったし。」
客の足がフラフラしている。
「お客さん、帰れます? タクシー呼びましょうか??」
大和が心配そうに言った。
「大丈夫、大丈夫!」
客は千鳥足で店を出て行った。
「今日は客は一人か……しかも男。」
舞は腕組みした。
「俺は男なら接客できるような気がします。金払いも男のほうがいいと思いますし、本当、ゲイバーにしちまったほうがいいですよ。」
弦は言った。
「いや、それは最終手段にさせてちょうだい……。」
舞は苦笑いした。
「舞さん、これで駅からやってきました!」
舞は爆笑した。先に出勤してきた弦は、客がいないのでビール片手にタバコを吸って待っていたが、大和の姿を見てビールを少し吹いた。
「ちょっと待って、そのベスト、どこで買ったの?」
大和は逆立ちを止めて普通に立って言った。
「買ったんじゃないです、知り合いの交通整理してるおじさんから借りてきました。逆立ちするとずり下がるんで、短パンにピン留めしたんですよ。」
「反応はどう?」
大和は頭をかいた。
「視線は痛いほど感じるんですけどね、むしろみんな引き気味というか。」
それはそうだろう、という顔をして弦はビールを飲み干した。
「一休みしたらもう1往復してきますよ。」
弦は舞に尋ねた。
「本当にあれで客来ると思います?」
「来ないかもしれないけど、何もやらないよりは……ククク。」
大和は水を飲んで10分ほど休憩した後、また逆立ちして店を出て行った。しかし、その後1時間経っても帰ってこない。
「大和、遅いっすね。」
弦は何杯目かのビールを飲みながら行った。
「心配だから、私見てくるわ。」
舞は財布とスマートフォンだけ持って店を出た。
夜の繁華街、最寄り駅までの道、青く光る安全ベストを着て逆立ちした男なんてすぐに見つかるはずだった。しかし、舞はなかなか大和を見つけることができなかった。
「おかしいなあ。なにかあったのかしら?」
とうとう駅までたどり着いてしまった舞であったが、駅から引き返すと、近くの交番の中にさっき見たような青い光を見た。
「まさか!」
舞が交番のガラス戸越しに中をよく見ると、机の手前に大和が座っており、奥には警察官がいて、何か話をしているようだった。
「すみませーん!」
舞は交番のガラス戸を開けた。
「奥様、どうしましたか?」
警察官が舞に声を掛ける。
「舞さん!」
大和は振り向いた。
「あの、この子、うちのアルバイトなんですけど。」
「はあ?」
警察官は怪訝そうな顔をして舞と大和の顔を交互に見比べた。
「アルバイトって何だね。電飾の服を着て逆立ちして歩くなんて。」
「いや、その、飲食店なんですけど。」
警察官は声のボリュームを上げた。
「何で飲食店がこんなよく分からんことをするの!」
「いや、面白がって来てくれる人がいるかなーって。」
舞は小声で弁解した。
「あのね、この人がピカピカ光りながら逆立ちでウロウロしたあげく、駅前広場で側転とかバク転とかするもんだから、人だかりができて往来の妨げになってたんですよ!」
「舞さん、ごめんなさい、やり過ぎました……。」
舞は渋い顔を作ったが、内心愉快だった。青く光りながら側転する大和を、舞も見てみたいと思った。
「もう、みんなの迷惑になるようなことはしちゃダメよ!」
舞はわざと怒ったような口調で言った。警察官は「次やったら始末書書いてもらうからな!」と言って二人を解放した。
駅から店まで戻る道、舞はまだ青く光っている大和に言った。
「面白みのない警察官ね。どのくらい人が見てたのかしら?」
「結構寄ってきましたよ。ノーキング、ノーキングって連呼しながらバク転したらさらにみんなに受けちゃった。」
多分、周りには「脳筋」と聞こえたのだろう。
「あなた、やるじゃない。」
舞が大和の背中をポンと叩いた。
「まあ、僕なんてただの筋肉バカのゲイなんですけどね。」
青い光りに照らされた大和の横顔は、少し照れているようだった。
二人が店に戻ると、一人のサラリーマン風の男性が弦とサシでポテトをツマミにして飲んでいた。
「ただいま。あれ、弦くん、その人はお友達?」
「違いますよ。お客様です。ちょっといいですか。」
弦は舞に手招きすると、奥の事務所スペースに入った。舞もそれについて入る。
「どうしたの?」
「あのお客様、普通の居酒屋と間違えて来たんです。だからここは一応ホストクラブだって説明したんだけど、男でも誰か酒を飲みながら話を聞いてくれるならそれでもいいって言われて……しかも、あの人、今日会社をクビになったらしくて。俺、あの人の相手してて構わないですか?」
舞は言った。
「なんだ、そんなことならいいわよ。ただ、あなた本職があるんだからお酒は控えめにね。」
「分かりました、ありがとうございます!」
弦は敬礼して事務室を出、またサラリーマン風男性のテーブルに戻った。
舞は今度は事務室に大和を呼んで、次の宣伝方法について議論していた。
「やっぱり、女性誌に取り上げてもらうのが一番じゃないですか? お金積めば何とかなるんでしょ、あれ。」
大和の提案はごもっともだった。
「けど、どの女性誌がいいかは迷うところよね。」
「欲求不満な奥さんが見てそうな週刊誌がいいんじゃないですか。僕、顔出しはまずいけど、身体だけなら出せます。」
舞は「それいい!」と叫んだ。そして、三大女性週刊誌ではなく、あえてマイナーで性に開放的な隔週誌「ほほえみ」のホームページを開いた。
「よし、私、ここに明日電話してみる!」
「じゃあ、写真撮影とか取材とか決まったら教えてくださいね。」
大和は明るく言った。
「ていうか、大和くん、いい加減それ脱いで電源切りなさいよ、電池がもったいないわ。」
舞が大和の来ている安全ベストを指さした。
「本当だ、忘れてた!」
大和は安全ベストを留めていた安全ピンを外すと、脱いでスイッチを切った。
そうこうしているうちに、時計は12時を回った。閉店時刻になったので、舞と大和はフロアに出向いたが、あのサラリーマン風の客はテーブルに突っ伏して寝ていた。弦は困り顔をしている。
「このお客さん、どうしましょうか?」
「どうするって、起こしてお金払ってもらわないと。」
舞が言うと、弦は客の肩を揺すった。
「お客さん、閉店でーす。」
客はなかなか起きようとしなかったが、何度か揺さぶられて目が覚めたようだ。
「ハッ! ホストクラブなんかで居眠りしちゃった。お、お会計はいくらです?」
「テーブルチャージが3時間分で9000円、ビールが俺の分入れて8杯で8000円、あとポテトと唐揚げで2500円だから、まあざっと19500円ですね。」
弦が冷静に答えた。
「良かった、もっとぼったくられるのかと思った!」
客は財布から二万円を出した。
「お釣りは要らないです、いっぱいお話聞いてもらったし。」
客の足がフラフラしている。
「お客さん、帰れます? タクシー呼びましょうか??」
大和が心配そうに言った。
「大丈夫、大丈夫!」
客は千鳥足で店を出て行った。
「今日は客は一人か……しかも男。」
舞は腕組みした。
「俺は男なら接客できるような気がします。金払いも男のほうがいいと思いますし、本当、ゲイバーにしちまったほうがいいですよ。」
弦は言った。
「いや、それは最終手段にさせてちょうだい……。」
舞は苦笑いした。
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