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第一章 体験入店
寂しい老女
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「いや、私ね、主人も亡くなったし、あんまり息子や孫も遊びに来ないから、寂しくてなかなか寝付けないのよ。」
シズコは言った。
「で、誠くん、このヒゲの子はどうしたの?」
誠が客に純平の紹介をするのは今日3回目だ。
「体験入店の一平くん。普段は土木作業員をしてるんだって。」
「一平です、初めまして。」
シズコは目を剥いて言った。
「あなたヒゲくらいちゃんと剃りなさいよ。」
「すみません。」
純平が謝ると、シズコは「ウーロン茶三つ、この子たちには焼きそばを。」とオーダーを入れ、語り始めた。
「うちの息子もね、大工やってんの。高校を出てから厳しい親方についてしばらく修行して、今は一人親方やってるんだけど、色んな現場で引っ張りだこみたいよ。それで忙しくて全然会えないの。」
誠は頷きながら焼きそばを食べている。
「ちょうどあなたたちくらいの年のころね、ほんとに大変だったみたいで。それから家を出て一人暮らししたいって言い始めて、何年も経たないうちに彼女を紹介されたの。それが今の嫁ね。私は言いたいこともあったんだけど、もう嫁が妊娠しちゃってたからしょうがなくて。お腹が大きいときに結婚式やるって言うから、その費用もお父さんと出してあげたのよ。」
ふと純平はシズコに尋ねた。
「お孫さん、おいくつですか?」
「上はもう今年大学生よ。法学部に行って弁護士になるんだーって言ってる。親に似ないで勉強のできる子なのよ、うふふ。」
シズコは嬉しそうだ。
「まだあの子が小さいときには主人も生きててね、じいちゃん、ばあちゃんって言って遊びに来てくれて。それはもう可愛いかったわ。」
「お孫さん、何人です?」
「男の子二人よ。下の子はまだ高校に入ったばかり。こっちは勉強は苦手だけどサッカーやってて、特待で高校に行ったみたい。時々息子から試合のときの写真を送ってくれるんだけど、あんな小さくて泣き虫だった子が、立派になったもんだわ。」
そこでいきなり、シズコが泣き出した。
「息子も孫たちも大きくなって嬉しいんだけど、おばあちゃんの私のことなんか見向きもしないんだわ。」
誠は慣れた様子でシズコの手を握った。
「そんなことないですよ。みんなシズコさんのこと、心配してますって。それに、ここにくれば僕らがいるじゃないですか!」
純平も何か言わなければいけないような気がして、こう発言した。
「俺にも地元にばあちゃんいますけど、時々気になって電話しますよ。」
どうもこれがいけなかったようで、シズコの怒りのスイッチが入ってしまった。
「あの子たち、最近は電話もよこさないのよ。どう思う?!」
純平は焦りながら答えた。
「まあ、何もないのは良い知らせだっていうじゃないですか。」
「何もないなら何もないという報告が欲しいのよ、私は! あなた、ちゃんと電話だけじゃなくておばあさんに会いに行ってあげてる?」
シズコからの問いに、純平は答えを濁した。実は純平は、18で九州から上京してきて以降、地元には帰っていなかったのだ。
「ほらみなさい、みんな爺さん婆さんのことなんか気にもしないで自分の生活だげ楽しんでるのよ。我々年寄りがどうなっても構いやしないんだわ!」
すると突然、誠が、「うわーん、おばあちゃん、会いたかったよー!」と泣き叫びながらシズコにしがみついた。
「あらあら、どうしたの?」
「僕、物心ついたときには、実のおばあちゃんが死んでて、他の子がおばあちゃん家に言った話を聞いて、『なんで僕にはおばあちゃんがいないんだろう』って思いながら育ったんです。僕もおばあちゃんに会いたかったな。」
シズコは誠の背中を撫でながら言った。
「そうかい。でも誠ちゃんには私がいるじゃないの。」
その後の誠の発言が秀逸だった。
「シズコさんはおばあちゃんじゃないですよ、僕のお姉さんです。」
「まあっ! お世辞だとしても嬉しい。」
「お世辞なんかじゃありません。僕はシズコさんのことを一人の女性として見ているんです。」
純平は覚めた目でこのやり取りを見ていたが、一方でやはり誠は偉いとも思うのであった。
「そう言ってくれるだけでも嬉しいよ。じゃあね、これ、孫たちにあげようと思ってたんだけど、二人にあげるわ。」
シズコはカバンの中から小さな封筒に入ったカード状のものを取り出して、二人に1枚ずつ渡した。誠が「シズコさん、ありがとうございます!」と言って胸ポケットにそれを入れたので、純平もそのようにした。
「あら、もう11時だわ。誠ちゃんのおかげでゆっくり寝られそうだから帰るわ。」
誠が「シズコさん、お帰りです!」と怒鳴ったので、他のホストも「あざーす! またお越しください!!」と返した。
「あの婆さん、何をくれたんだろう?」
純平が胸ポケットからカード状のものを取り出し、中身を見ると、知らない会社のロゴが入ったQUOカード1000円分だった。
「多分、株主優待だな。シズコさん、貯めた年金で株やってるらしいから。」
誠が同じようにQUOカードを見て言った。
「で、誠さん、小さい頃におばあさん死んじゃったって本当?」
純平がそう尋ねると、誠は笑った。
「元気だよ! 耳は遠くなったけど、しっかりしてる。」
「嘘つきだなあ。」
「嘘をついたんじゃない、シズコさんに夢を与えたんですよ。」
誠は爽やかに笑った。
シズコは言った。
「で、誠くん、このヒゲの子はどうしたの?」
誠が客に純平の紹介をするのは今日3回目だ。
「体験入店の一平くん。普段は土木作業員をしてるんだって。」
「一平です、初めまして。」
シズコは目を剥いて言った。
「あなたヒゲくらいちゃんと剃りなさいよ。」
「すみません。」
純平が謝ると、シズコは「ウーロン茶三つ、この子たちには焼きそばを。」とオーダーを入れ、語り始めた。
「うちの息子もね、大工やってんの。高校を出てから厳しい親方についてしばらく修行して、今は一人親方やってるんだけど、色んな現場で引っ張りだこみたいよ。それで忙しくて全然会えないの。」
誠は頷きながら焼きそばを食べている。
「ちょうどあなたたちくらいの年のころね、ほんとに大変だったみたいで。それから家を出て一人暮らししたいって言い始めて、何年も経たないうちに彼女を紹介されたの。それが今の嫁ね。私は言いたいこともあったんだけど、もう嫁が妊娠しちゃってたからしょうがなくて。お腹が大きいときに結婚式やるって言うから、その費用もお父さんと出してあげたのよ。」
ふと純平はシズコに尋ねた。
「お孫さん、おいくつですか?」
「上はもう今年大学生よ。法学部に行って弁護士になるんだーって言ってる。親に似ないで勉強のできる子なのよ、うふふ。」
シズコは嬉しそうだ。
「まだあの子が小さいときには主人も生きててね、じいちゃん、ばあちゃんって言って遊びに来てくれて。それはもう可愛いかったわ。」
「お孫さん、何人です?」
「男の子二人よ。下の子はまだ高校に入ったばかり。こっちは勉強は苦手だけどサッカーやってて、特待で高校に行ったみたい。時々息子から試合のときの写真を送ってくれるんだけど、あんな小さくて泣き虫だった子が、立派になったもんだわ。」
そこでいきなり、シズコが泣き出した。
「息子も孫たちも大きくなって嬉しいんだけど、おばあちゃんの私のことなんか見向きもしないんだわ。」
誠は慣れた様子でシズコの手を握った。
「そんなことないですよ。みんなシズコさんのこと、心配してますって。それに、ここにくれば僕らがいるじゃないですか!」
純平も何か言わなければいけないような気がして、こう発言した。
「俺にも地元にばあちゃんいますけど、時々気になって電話しますよ。」
どうもこれがいけなかったようで、シズコの怒りのスイッチが入ってしまった。
「あの子たち、最近は電話もよこさないのよ。どう思う?!」
純平は焦りながら答えた。
「まあ、何もないのは良い知らせだっていうじゃないですか。」
「何もないなら何もないという報告が欲しいのよ、私は! あなた、ちゃんと電話だけじゃなくておばあさんに会いに行ってあげてる?」
シズコからの問いに、純平は答えを濁した。実は純平は、18で九州から上京してきて以降、地元には帰っていなかったのだ。
「ほらみなさい、みんな爺さん婆さんのことなんか気にもしないで自分の生活だげ楽しんでるのよ。我々年寄りがどうなっても構いやしないんだわ!」
すると突然、誠が、「うわーん、おばあちゃん、会いたかったよー!」と泣き叫びながらシズコにしがみついた。
「あらあら、どうしたの?」
「僕、物心ついたときには、実のおばあちゃんが死んでて、他の子がおばあちゃん家に言った話を聞いて、『なんで僕にはおばあちゃんがいないんだろう』って思いながら育ったんです。僕もおばあちゃんに会いたかったな。」
シズコは誠の背中を撫でながら言った。
「そうかい。でも誠ちゃんには私がいるじゃないの。」
その後の誠の発言が秀逸だった。
「シズコさんはおばあちゃんじゃないですよ、僕のお姉さんです。」
「まあっ! お世辞だとしても嬉しい。」
「お世辞なんかじゃありません。僕はシズコさんのことを一人の女性として見ているんです。」
純平は覚めた目でこのやり取りを見ていたが、一方でやはり誠は偉いとも思うのであった。
「そう言ってくれるだけでも嬉しいよ。じゃあね、これ、孫たちにあげようと思ってたんだけど、二人にあげるわ。」
シズコはカバンの中から小さな封筒に入ったカード状のものを取り出して、二人に1枚ずつ渡した。誠が「シズコさん、ありがとうございます!」と言って胸ポケットにそれを入れたので、純平もそのようにした。
「あら、もう11時だわ。誠ちゃんのおかげでゆっくり寝られそうだから帰るわ。」
誠が「シズコさん、お帰りです!」と怒鳴ったので、他のホストも「あざーす! またお越しください!!」と返した。
「あの婆さん、何をくれたんだろう?」
純平が胸ポケットからカード状のものを取り出し、中身を見ると、知らない会社のロゴが入ったQUOカード1000円分だった。
「多分、株主優待だな。シズコさん、貯めた年金で株やってるらしいから。」
誠が同じようにQUOカードを見て言った。
「で、誠さん、小さい頃におばあさん死んじゃったって本当?」
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