麗しのラシェール

真弓りの

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麗しのフローリア

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部屋の中には、緊張の面持ちで立っている男性。

この方が、わたくしの夫であるライシオス・ブランシュ様なのね。

憔悴したお顔、どこか不安げな雰囲気のその方は、わたくしを見るなり目を輝かせて破顔した。

お父様がお仕事中の彼は寡黙で落ち着いたご様子でめったに話さない、笑った顔も見たことがないくらいに真面目だと仰っていて、少し会うのが怖かったのだけれど、その笑顔にわたくしは少し安心した。

そういえばお父様も、今回の件で彼とじっくり話してみて彼の印象が随分変わったとおっしゃっていたものね。

「フローリア……!」

「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」

「いや、無事で良かった本当に!」

涙ぐんで感無量という様子の旦那様を見ると、やっぱり優しい人みたいに見える。どうして皆は旦那様の事、まるで避けるみたいにあんまり話題にもしないのかしら。

「フローリア」

「はい」

不思議に思ってつい旦那様をマジマジみていたら、旦那様は意を決したようにわたくしの両手をとって、口を開いた。

「僕の記憶がないという君は覚えていないかも知れないが、僕はこの三年、君をとてもとても傷つけてきた」

「え?」

いきなりそこから?

まさか急にそんな重いお話から入るなんて思わなかったわたくしは、思い切り驚いた。もっと、なんというかお互いに顔見せみたいな感じなのかと思っていたのだ。

「僕は天地神明に誓って、この世で一番君を愛している」

「はい……はい!?」

これまたいきなり直球なお言葉に、わたくしは真っ赤になってしまった。握られた両手にもぐっと力が入って、旦那様が本気で仰っている事が嫌でも伝わってくる。

は、恥ずかしい。

いや、この方はわたくしの旦那様なのだから、いいのかしら。 

そうよね、……当然なのかも、知れない。すごく、本当にすごく恥ずかしいけれど。

ドキドキしてしまうが、なおも旦那様の生真面目な顔でわたくしに事の経緯を伝えてくれる。

「この国では恋人や妻に、ラシェール、と呼びかけるだろう?僕は君に毎日何度もそう呼びかけた……でもそれが、君には姉君の事に聞こえていたらしい」

「まあ」

「そのせいで君を随分と傷つけた。それに、君がこうして記憶を失うような事態になるまで、君が傷ついている事すら分かっていなかったんだから、僕は君にどれほど謝っても足りないくらいだ」

なるほど、だから家族の誰もがなんだか微妙に旦那様の話題に触れなかったのか。

「だが、僕にはどうしても君が必要だ。厚かましいかも知れないが、どうか許して欲しい」

「旦那様……!」

「もう二度と君やミューシャを『ラシェール』と呼ばないと誓う。そして僕が他の誰でもない、君を一番に愛している事を、どうか信じて欲しい」

「……!」

言葉が出なかった。

こんなにまっすぐに思いを伝えて下さる方がどれほどいるだろうか。

わたくしは、記憶がない事を感謝した。旦那様のお話によれば、わたくしは旦那様の言葉に随分と傷ついていたようですもの。そうだとしたら、彼の言葉を素直に聞く事が出来なかったかも知れないから。

「本当に愛しているんだ、僕の麗しのフローリア」

嬉しくて泣いてしまったわたくしを、旦那様は優しく抱きしめてくださった。

わたくしの旦那様はとても優しくて、わたくしを愛して下さるだけでなく、自分の非を認める強さと率直に思いを伝える勇気をお持ちの方だったらしい。

わたくしはとても誇らしい、満ち足りた気持ちになった。


***


そして翌日。

なんとわたくしは早くも根をあげていた。

だって、恥ずかしい。恥ずかし過ぎるのだ。

「おはよう。今日も綺麗だね、僕の麗しのフローリア」

「ああ、君の笑顔は本当に可憐だ、愛らしいフローリア」

「見てくれミューシャのこのプニプニのほっぺ。君の柔らかな頬と同じくらい愛らしい!」

会話が! いちいち! 恥ずかしい……!

部屋付きのリリアも「以前はラシェール様の事かと思っていたので、聞くたびイラっとしていたんですが、いざこうして聞くと相当恥ずかしいですね」なんて呟いたくらいですもの、相当だと思うの。

次に言われたら、旦那様に控えていただけように相談してみようかしら。

三年間、わたくしは悩みを伝えられずに旦那様とも大きくすれ違ってしまったようだけれど、旦那様だってあれだけまっすぐに気持ちを伝えてくれたのですもの。

わたくしも胸に収めて我慢せず、思っている事は素直にお話すべきかも知れない。

決意して、わたくしは旦那様と向き合う。

旦那様とミューシャと、わたくし。三人で、これからも睦まじく暮らすために。



****************************************

これにて完結です。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

相手が喜んでいると思って誠心誠意やっていても実は裏目にでる事があったり、実はとても思われているのに気付けずに悲しい思いをする事って意外とあるよね、という何気ない会話から思いついたお話でした。

旦那様のセリフを考えるのが若干恥ずかしかったですが、とても楽しんで書けました。

思った着地じゃなかった方も多いかも知れませんが(笑)。

ありがとうございました。


それから……他にも2作ほど『恋愛小説大賞』にエントリーしております。
このお話は短編だったので、お時間ある方はそちらも呼んでみてくださいね^^

【他の恋愛小説大賞エントリー作品】
◆麗しの男装騎士様は、婚約破棄でどう変わる?
◆妖狐な許嫁が怖すぎるので、ヒロイン様にお任せしたいのですが(泣)
◆ 恋を諦めた聖女は、それでも想い人の幸せを願う
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