上 下
39 / 75

複雑な心境だ

しおりを挟む
目の前に並べられた皿には、美味しそうなハンバーグがのったメインディッシュ。

付け合わせはポテトサラダにニンジンのグラッセ、ちょっぴりだけどナポリタンも添えてあるという、正に王道。

このハンバーグの上に無造作に置かれて溶けていくバターに、地味に郷愁を感じる。

俺ん家のハンバーグ、こんなハンバーグだったなぁ……。

ガキの頃からちょいちょいウチに遊びに来てたゆずは、もちろんウチで飯を食うことも一度や二度じゃなかった訳で。どうやらゆずは、記憶の中のそれを忠実に再現したようだった。

ちくしょう、ちょっと思い出してしんみりしちゃったじゃないか。

ランチョンマットの上にはお洒落な銀製のディナーセット。

白米に、コーンスープに、たっぷりレタスにハム&チーズ、プチトマトで彩りを添えたベジタブルサラダまで置かれてすっかり準備万端。目の前の席についたゆずは自信たっぷりな笑みを見せている。

これで激マズだったりしたらむしろ笑えるが、出てきたものの見ためのあまりの出来ばえに、口に入れる前から、もはやそんな事はあり得ない気になってしまった。

俺の負けだ……。

よく分からない敗北感を感じながら、ハンバーグを口に入れた。

美味い。

普通に、凄く美味い。

俺は別に料理評論家じゃないから、隠し味がどうのとか詳しい事はよく分からない。

ただ、デミグラスソースは俺好みのちょっと甘めな仕上がりだったし、ナイフを入れれば美味しさの象徴である肉汁が溢れ出す。

ほんわかした湯気をあげるハンバーグは、口に含むとホロホロとほぐれて、ジューシーな肉の旨みがじゅわっと広がった。


「美味い……」

「でしょ?」


完敗だ。

母さん、ごめん。

見ためは母さんのハンバーグにそっくりだけど、マジでこっちが美味いわ。肉汁すげぇ。

ゆずがドヤ顔すんのも許せるくらい美味い。自分でもいそいそとハンバーグを口に運んでは「美味しー!」と自画自賛している。うんうん、美味いよな。


「それにしてもすげぇな。お前なんでこんな急に料理うまくなったんだ?」

「地道な努力の賜物ってヤツ」

「いやいや、作った事ねぇだろうに」

「失礼だな、陸がフィールドに採取に行ってる時とかにちゃんと練習してたんだってば」


だからか! 意外に錬金レベル上がらねぇと思ったら、単にサボってたんじゃなく、女子力アップしてやがった。

この日俺は、やっと理解した。

というか、やっと認めた。

俺の知ってる譲なんか、もういないんだって事を。

デカくて、乱暴で、ケンカっぱやくて、コミュ力低くて、不器用で、努力も嫌いな、手のかかる弟みたいだった譲はもういない。

日々急激に進化しているのだ。

今や可愛くて人気者で、頑張り屋さんで女の子っぽい『ゆず』として、進化の一途を辿っている。

俺は……俺は、なんだか急に寂しくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

ふられんぼ

ひろか
恋愛
「うわーん! また振られたー!」 振られんぼうなハナが着飾るのは彼氏の前だけ。 別れると一気に女子力低下。スッピン、ムダ毛未処理で姿で泣きつくのは幼馴染のタカ兄にだけ。 イチゴアイスで慰めるタカ兄と未処理ハナのお話。

処理中です...