8 / 144
首席騎士様は、結界なんてお手の物
しおりを挟む
「すごい……」
それしか、言葉が出なかった。だって、あたしたちが通う王立魔法学校『リンケルダイト』がある王都からは、レッドラップ山なんて小さくかすんで見える程度だったのに。
麓から見上げる切り立った崖は、まるで人が入る事を拒んでいるかのよう。
「こんなの……登れるの……?」
「崖ではない部分もある。それに、君が登る必要はない」
そう言うが早いか、首席騎士様は両手を高く上げ、よく響く低い声で何か呪文を唱え始めた。早口言葉でも言ってるのかってくらい、複雑な詠唱。
悲しいけれど、あたしなんかでは聞き取ることすら不可能だ。違う国の言葉みたいに耳には入ってくるけれど、けして意味を聞き取れない。
首席騎士様の詠唱がひと際重く響いた時、空間にパリパリと音を立てながら、小さな光が閃いていく。
まるで薄い薄い虹色が輝くように、透明なような僅かに色があるような薄い膜があたしたちの周囲に張り巡らされた。
「結界を張った」
「結界……!」
転移の次は結界ときたか。どんだけすごいの、首席騎士様。
パートナーになってからまだわずか数時間しか経っていないというのに、あたしは早くも首席騎士様とのレベルの差というものを、ひしひしと肌で感じている。
なんかもうね、劣等感を感じるというレベルじゃないのよ。ひたすら「すごい」しかない。
「数日は拠点にするものだから、大きめに作っておいた」
見回してみたら、確かにあたしの寮の部屋より大きいかもしれない。なんていうか、結界って大きさまで自由に変えられるのね。そんなことも初めて知ったよ。
「確かに……しばらくここで野宿ですもんね」
討伐演習はいったん街をでてしまうと、魔物を狩るまで帰ってはいけない。帰った時点で終了したとみなされるからだ。「忘れ物した」なんて戻っちゃった日には、その時点で収穫なしとして演習終了の憂き目にあう。
「では行ってくる。君は自由にしていてくれ」
「は!? え!? ちょっと……!」
少し考え事してただけなのに、いきなりそんな事を言われて、あたしは飛び上がった。
「結界から出たら確実に魔物の餌食だ。絶対に結界から出ないでくれ」
「待って! ちょっ……」
「数刻で戻る」
それだけ言い残して、首席騎士様は結界を突き抜けると、あっという間に走っていってしまった。
目の前は崖だから迂回路でも探すんだろう、山のすそ野を尋常じゃないスピードで走り去っていく。三回瞬きする間に、もう豆粒くらいに小さくなってしまった。
何、あのスピード。
さっきまでって、あれでもあたしに速度を合わせてくれてたのか。
魔法なしでも、充分にすごい。生き物としての基本性能が違い過ぎる。
首席騎士様のあまりのハイスペックさに、あたしは彼が消えて行った山のすそ野を、呆然と見つめる事しかできなかった。
それしか、言葉が出なかった。だって、あたしたちが通う王立魔法学校『リンケルダイト』がある王都からは、レッドラップ山なんて小さくかすんで見える程度だったのに。
麓から見上げる切り立った崖は、まるで人が入る事を拒んでいるかのよう。
「こんなの……登れるの……?」
「崖ではない部分もある。それに、君が登る必要はない」
そう言うが早いか、首席騎士様は両手を高く上げ、よく響く低い声で何か呪文を唱え始めた。早口言葉でも言ってるのかってくらい、複雑な詠唱。
悲しいけれど、あたしなんかでは聞き取ることすら不可能だ。違う国の言葉みたいに耳には入ってくるけれど、けして意味を聞き取れない。
首席騎士様の詠唱がひと際重く響いた時、空間にパリパリと音を立てながら、小さな光が閃いていく。
まるで薄い薄い虹色が輝くように、透明なような僅かに色があるような薄い膜があたしたちの周囲に張り巡らされた。
「結界を張った」
「結界……!」
転移の次は結界ときたか。どんだけすごいの、首席騎士様。
パートナーになってからまだわずか数時間しか経っていないというのに、あたしは早くも首席騎士様とのレベルの差というものを、ひしひしと肌で感じている。
なんかもうね、劣等感を感じるというレベルじゃないのよ。ひたすら「すごい」しかない。
「数日は拠点にするものだから、大きめに作っておいた」
見回してみたら、確かにあたしの寮の部屋より大きいかもしれない。なんていうか、結界って大きさまで自由に変えられるのね。そんなことも初めて知ったよ。
「確かに……しばらくここで野宿ですもんね」
討伐演習はいったん街をでてしまうと、魔物を狩るまで帰ってはいけない。帰った時点で終了したとみなされるからだ。「忘れ物した」なんて戻っちゃった日には、その時点で収穫なしとして演習終了の憂き目にあう。
「では行ってくる。君は自由にしていてくれ」
「は!? え!? ちょっと……!」
少し考え事してただけなのに、いきなりそんな事を言われて、あたしは飛び上がった。
「結界から出たら確実に魔物の餌食だ。絶対に結界から出ないでくれ」
「待って! ちょっ……」
「数刻で戻る」
それだけ言い残して、首席騎士様は結界を突き抜けると、あっという間に走っていってしまった。
目の前は崖だから迂回路でも探すんだろう、山のすそ野を尋常じゃないスピードで走り去っていく。三回瞬きする間に、もう豆粒くらいに小さくなってしまった。
何、あのスピード。
さっきまでって、あれでもあたしに速度を合わせてくれてたのか。
魔法なしでも、充分にすごい。生き物としての基本性能が違い過ぎる。
首席騎士様のあまりのハイスペックさに、あたしは彼が消えて行った山のすそ野を、呆然と見つめる事しかできなかった。
0
お気に入りに追加
1,446
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる