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千尋様の葛藤

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「すまなかった……! 常に妖気を全力で放つよう、父上から厳命されていたのだ」

「えっ!? じゃあ……大丈夫なんですか!? 今、だって、妖気」

「うむ、帰ったらえらい事になりそうだが、もういい。今この時の方が大事だ」

いやいやいやいや、それはヤバい、それはヤバいよ。

お屋形様は千尋様より妖力が強い、私からしたら既に化け物の域に入るお方だよ!? そんな人怒らせるなんて絶対無理、私の命に関わるって。

「は、離してください」

「いやだ、もっと早くこうしていれば……! 怯える真白が可哀想で、自由にしてやりたかっただけだというのに、一族からも学園からも追放されてしまって……俺が愚かだった、すまない真白」

「許します、許します! だからちょっと離れて」

「いやだ、俺も怯えていない真白など初めて見た。可愛い、こっちを向いてくれ真白」

「え、あの、婚約解消しましたよね!? お屋形様にも絢香さんにも悪いですから!」

そう言った途端、周りの空気が急に冷えた。

「なぜそこで、絢香の名がでる。真白、まさかやはり」

あわわわわ……せっかく妖気を抑えてくれたというのに、なんだろう、別の意味で怖い。

「な、なぜって……千尋様、綾香さんを嫁にするって仰いましたよね? こんなところ、絢香さんに見られたら」

ちょっと怖いと感じると、ついいつもみたいにどもりながら答えてしまう。体に染み付いてるものがあるんだろう、条件反射とは恐ろしい。

どっちかっていうと私が怖いのはお屋形様の逆鱗に触れる事であって、絢香さんは絶対に怒らないって分かってるわけだけど、この際細かい事は不問だよね、私の命がかかってるんだもの。 

「は? あ……そう、か。そうだな」

一瞬ポカンとした後でふと我に返ったらしい千尋様は、ようやく雰囲気を和らげてついでに腕の力も弱めてくださった。

その隙にさり気なく千尋様の腕から逃れ若干の間合いを取った私を、千尋様はちょっぴり恨めしそうな目で見つめてくる。

少し迷った素振りの後、千尋様の口から出たのは結局は絢香さんの事だった。

「あー、なんだその、絢香はなぜここへ?」

「依頼があるとの事で」

ひとこと告げると、率直に驚いた顔をする千尋様。

「依頼? どういう事だ」

「私今はこの居酒屋で『よろず仕事請負人』っていうお仕事をしてまして。絢香さんはお客様として来てくれたんです」

「絢香が? どんな依頼だ」

「守秘義務があるので話せません」

「む、俺は口は固い、誰にも話したりはしないが」
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