4 / 6
そんな日が、ずっと続くと思っていた
しおりを挟む
こんな恋に進展なんかある筈もなく、私はさらにそれから2年もの月日、彼を見守り続けた。今や私も俗に言うアラサーである。立派に嫁き遅れてしまったけど、こればっかりはどうしようもない。
だってあれ以来、彼……保さん以外にどうしたってときめかないんだから。
保さんは相変わらず、あの交差点で誰かを守っては少しずつ綺麗になっていく。私は歳をとっていくばっかりなのに皮肉なものね。
事故当時22歳で時を止めてしまった保さんより、今じゃ完全に私の方が年上になってしまった。この差はもう広がっていく一方でホント切ないったらないんだけど、それでもあの交差点を通る時はついおしゃれだってするし、少しだけ歩きにくい高いヒールを選んでしまう。
我ながら健気だ。
そんな日が、ずっと続くと思っていた。
彼の未練や後悔があのこびり付いていた血糊だとしたら 、それは少しずつ浄化されている。ただ、それはとてもゆっくりとしたもので、私の命が終わるのが先か、彼が浄化されてあの交差点から解放されるのが先か、それくらい遠い日の話だろう。
できれば私が死ぬまでに、彼が成仏して天に昇るのを見届けられればいいな、なんて。
そう、思い込んでいた。
あの日までは。
なんという巡り合わせだろう、あの日私は……彼が劇的に浄化する瞬間を見てしまった。
いつものように交差点を渡って、お気に入りのカフェにむかおうとしていた時だった。
後ろからたくさんの悲鳴が聞こえて、振り返った私の目に、信じられない光景が飛び込んで来た。
居眠り運転の車が交差点に突進してくる瞬間だった。
しかも、交差点の真ん中には、小さな男の子。それはあわや跳ね飛ばされるのでは、というまるで保さんが死んでしまった時みたいに絶望的な状況で。
ただ、違うのは保さんが普通の肉体を持っていなかったこと。保さんは一瞬のうちに車の中のドライバーに働きかけた。切り裂くようなブレーキ音と、怒号。衝突音。悲鳴。こげたような匂い。
これまでこの交差点でおこった小さな事件達が脳みそから追い出されてしまうくらい、衝撃的な光景だった。
でも。
車は大きく弧のブレーキ痕を残して、ガードレールにぶつかって止まっている。
私は息をのんで状況を見守ることしかできなかった。それはきっと、その場に居合わせた全ての人が同じだったんだろう。不思議な程の静寂があたりを包んでいた。
ギギ……と軋むような音を立てて、車のドアが開く。
ああ……良かった、運転手さん、生きてる。エアバッグのおかげもあって、軽症で済んだみたいだ。頭を押さえながらよろよろと運転席から出てくるのを見て、安心感に足が震えた。
そして、小さな男の子は、尻餅をついてまっ青な顔で震えているけど……怪我、してない。かすり傷さえ負っていない。それを目にした保さんは、目を細めて、心底嬉しそうに笑った。この5年で、最高の笑顔だった。
ああ、保さんは今度こそ、子供を守ったんだ。
そう思った瞬間彼の体が光り、見る間に血糊が消えていく。
彼の心残り、彼の未練がたった今、大きく解消されたんだ。それはとても喜ばしく、そして残酷な瞬間だった。
彼が、消えてしまうのかと……私はその時確かに恐怖した。
彼が心残りから解放される喜ばしい瞬間は、私にとって彼が自分の前から永久に消えてしまう瞬間かも知れない。分かっていた筈なのに、初めてそう実感をもって思い知らされてしまったから。
彼の体にもはや明確に血だと分かるほどの 血痕はない。薄れて、染抜きに失敗した痕みたいになってる。保さんの心残りは、もう僅か。
彼は、確実に私よりも先に天国へと旅立ってしまうだろう。
それは、きっと遠い未来の話じゃない。下手すれば明日かも知れない。そう恐怖する程、彼の血痕は薄く、薄くなっていた。私が見ていないところで浄化して、ある日突然、この交差点から彼の姿がなくなっていたら?
想像した瞬間に、胸がギュウっと絞られて、喉から嗚咽が漏れた。
こうして幸せそうに子供の頭を撫でて、なんだかわからないけど優しげに話しかけている保さんを、もう二度と見る事ができなくなるのかもしれない。
そう思うと……彼がそれで苦しみから解放されるというのに、私は涙が止まらなかった。
だってあれ以来、彼……保さん以外にどうしたってときめかないんだから。
保さんは相変わらず、あの交差点で誰かを守っては少しずつ綺麗になっていく。私は歳をとっていくばっかりなのに皮肉なものね。
事故当時22歳で時を止めてしまった保さんより、今じゃ完全に私の方が年上になってしまった。この差はもう広がっていく一方でホント切ないったらないんだけど、それでもあの交差点を通る時はついおしゃれだってするし、少しだけ歩きにくい高いヒールを選んでしまう。
我ながら健気だ。
そんな日が、ずっと続くと思っていた。
彼の未練や後悔があのこびり付いていた血糊だとしたら 、それは少しずつ浄化されている。ただ、それはとてもゆっくりとしたもので、私の命が終わるのが先か、彼が浄化されてあの交差点から解放されるのが先か、それくらい遠い日の話だろう。
できれば私が死ぬまでに、彼が成仏して天に昇るのを見届けられればいいな、なんて。
そう、思い込んでいた。
あの日までは。
なんという巡り合わせだろう、あの日私は……彼が劇的に浄化する瞬間を見てしまった。
いつものように交差点を渡って、お気に入りのカフェにむかおうとしていた時だった。
後ろからたくさんの悲鳴が聞こえて、振り返った私の目に、信じられない光景が飛び込んで来た。
居眠り運転の車が交差点に突進してくる瞬間だった。
しかも、交差点の真ん中には、小さな男の子。それはあわや跳ね飛ばされるのでは、というまるで保さんが死んでしまった時みたいに絶望的な状況で。
ただ、違うのは保さんが普通の肉体を持っていなかったこと。保さんは一瞬のうちに車の中のドライバーに働きかけた。切り裂くようなブレーキ音と、怒号。衝突音。悲鳴。こげたような匂い。
これまでこの交差点でおこった小さな事件達が脳みそから追い出されてしまうくらい、衝撃的な光景だった。
でも。
車は大きく弧のブレーキ痕を残して、ガードレールにぶつかって止まっている。
私は息をのんで状況を見守ることしかできなかった。それはきっと、その場に居合わせた全ての人が同じだったんだろう。不思議な程の静寂があたりを包んでいた。
ギギ……と軋むような音を立てて、車のドアが開く。
ああ……良かった、運転手さん、生きてる。エアバッグのおかげもあって、軽症で済んだみたいだ。頭を押さえながらよろよろと運転席から出てくるのを見て、安心感に足が震えた。
そして、小さな男の子は、尻餅をついてまっ青な顔で震えているけど……怪我、してない。かすり傷さえ負っていない。それを目にした保さんは、目を細めて、心底嬉しそうに笑った。この5年で、最高の笑顔だった。
ああ、保さんは今度こそ、子供を守ったんだ。
そう思った瞬間彼の体が光り、見る間に血糊が消えていく。
彼の心残り、彼の未練がたった今、大きく解消されたんだ。それはとても喜ばしく、そして残酷な瞬間だった。
彼が、消えてしまうのかと……私はその時確かに恐怖した。
彼が心残りから解放される喜ばしい瞬間は、私にとって彼が自分の前から永久に消えてしまう瞬間かも知れない。分かっていた筈なのに、初めてそう実感をもって思い知らされてしまったから。
彼の体にもはや明確に血だと分かるほどの 血痕はない。薄れて、染抜きに失敗した痕みたいになってる。保さんの心残りは、もう僅か。
彼は、確実に私よりも先に天国へと旅立ってしまうだろう。
それは、きっと遠い未来の話じゃない。下手すれば明日かも知れない。そう恐怖する程、彼の血痕は薄く、薄くなっていた。私が見ていないところで浄化して、ある日突然、この交差点から彼の姿がなくなっていたら?
想像した瞬間に、胸がギュウっと絞られて、喉から嗚咽が漏れた。
こうして幸せそうに子供の頭を撫でて、なんだかわからないけど優しげに話しかけている保さんを、もう二度と見る事ができなくなるのかもしれない。
そう思うと……彼がそれで苦しみから解放されるというのに、私は涙が止まらなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
こわくて、怖くて、ごめんなさい話
くぼう無学
ホラー
怖い話を読んで、涼しい夜をお過ごしになってはいかがでしょう。
本当にあった怖い話、背筋の凍るゾッとした話などを中心に、
幾つかご紹介していきたいと思います。
瞳の奥の漁火~女をいたぶる狂気の女~
黒野拓海
ホラー
【第1部 ナミが来る!】
美菜の前に、突如現れた狂気の女〝ナミ〝。
なぜ私のところに?
ひたすら私に苦痛を与え続ける理由は何?
激しい痛みと恐怖。
果たしてナミは何処から来たのか。。
恐ろしくも哀しい心理ホラー開幕。
【第2部 瞳の奥の漁火】
本能のまま美しい女を次々虐待する摩耶。
日本のダークサイドで暗躍するNaturalFaceとは。
【第3部 NaturalFace】
セクション96で繰り広げられる凄惨な地獄絵図。
【第4部 番外:美女のシリアルナンバー事件編】
横浜で、下校中の女子高校生が襲われ、数字らしきものが入った焼き印を、
右足の太股に押される事件が発生。そして、この日を境に次々と日本全国
で同様の事件が起きる。
日増しに増えていく犠牲者。狙われるのは美しい女性ばかり。一体誰が?
何の目的でこんな事を?
やがて世間ではこの焼き印が゛美女のシリアルナンバー゛と呼ばれる様に
なり、美しい女の証として、ブランド扱いされる様になっていく。
真事の怪談 ~妖魅砂時計~
松岡真事
ホラー
? 『本当に怖い話、読みたくなる怪談とは何なのか?!』の追求――
2017年11月某日、長崎県西端 田舎を極めた田舎のとあるファミレスに、四人の人間が密かに集った。一人はアマチュアの実話怪談作家・松岡真事。残る三人は、彼に怪談を提供した本物の怪奇現象体験者たち。
「あなた達は、世にも希なる奇妙な出来事に遭遇された縁ある方々だ。そんなあなた方に問いたい。どんな怪談が、いちばん心の琴線に触れる、だろうか?」
導き出された答え。「直ぐに読めてゾクッとする物語」を蒐めに蒐めた実話怪談集!
ショートショート感覚で繰り出される、異様な現実の数々。因縁、妖魔、呪詛、不可思議が織りなす奇妙怪奇なカレイドスコープ。覗き見たあなたは何を見るか。そこには、流れ落ちる色とりどりな魔石の砂々。さらさらと、流れ落ちたる砂時計。
さらさら、さらさら、さらさらと――
もう元の世界に戻れなくなる。あなたを誘う小さな物語たち。
どこからなりと、御賞味を――
意味が分かると怖い話(自作)
雅内
ホラー
2ch大好きの根暗なわたくしが、下手の横好きで書き連ねていくだけの”意味が分かると怖い話”でございます。
コピペではなくオリジナルとなりますので、あまり難しくなく且つ、不快な内容になるかもしれませんが、何卒ご了承くださいませ。
追記:感想ありがとうございます。
追加で順次解説を記述していきたいと思います。解釈の一つとしてお読みいただけますと幸いです。
極上の女
伏織綾美
ホラー
※他サイト閉鎖のときに転載。その際複数ページを1ページにまとめているので、1ページ1ページが長いです。
暗い過去を持つ主人公が、ある日引越しした先の家で様々な怪現象に見舞われます。
幾度となく主人公の前に現れる見知らぬ少年の幽霊。
何度も見る同じ夢。
一体主人公は何に巻き込まれて行くのでしょうか。
別のやつが終わったら加筆修正します。多分
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる