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その目に、映りたい
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恋を自覚しようと、私にできることなんかやっぱり何もないことなんか、最初から分かっていた。
だって、彼と私は住む世界が違うから。
それでも会いたい気持ちは抑えられない。
私は暇さえあれば、あの交差点に通うようになっていた。横断歩道を渡っては向こう側のお店で買い物をする。お気に入りの喫茶店で、ゆっくりと時間を過ごしながら揺らめく彼の姿を眺める。仕事が定時で上がれれば平日でもあの交差点に立ち寄った。
ばかよねえ、と、自嘲の笑いも出るけれどそれを止められるわけもなく、むしろ思いは日に日に募っていく。
彼の瞳に映らない、彼がなんの反応も示さないからこそ、私は少しずつ物理的に彼との距離を詰めていった。
最初は遠くから見ているだけだったけれど、よく横断歩道を渡るようになったし、端っこの方を遠慮がちに渡りながらチラチラと見ていたのが、今では堂々と彼の真横を通っている。
そうして、通り過ぎる度に私は少しずつ彼の事を見ては、小さな気づきに胸をときめかせた。
最初はやっぱり顔をジロジロ見るのが憚られて、彼の足元ばっかり見ていたけれど、回数をこなせば徐々に視線も上がってくる。
血糊でべったりとしていた髪は、本当は少しだけ明るいアッシュブラウンだったんだね。無造作なくせっ毛にどことなくヤンチャさを感じて嬉しくなったり。
首元に小さなホクロ、ちょっと色っぽいかもと感動したり。
日焼けして骨ばった手に、カジュアルな腕時計がとても似合っているのがカッコいいなあと感心したり。
でも、時計の針が事故の時間で止まっていて、胸が締め付けられるみたいに痛んだこともあった。
それでも、彼のそんなささいな事を知るのが、私にとっては幸福だった。
休みの日にはお化粧をして、お気に入りのワンピースを着て、可愛い靴を履いて。 小さなアクセサリーで自分を飾ってはウキウキとあの交差点に向かう。
どんな女の子が好みかなあとか、彼女いたのかなあとか、今更な事を想像してはドキドキする。彼が見てくれないのなんか分かっちゃいても、ダイエットしてみたり、おしゃれしてみたりするのは止められなかった。
学生の時みたいに純粋な恋心。
一度だけ、勇気を出して通り過ぎる瞬間に彼の手を握ってみたことがある。まだしっかり顔も見つめられないくせに、無防備に晒されている手に、ちょっとだけ触れたくなってしまったんだ。
彼が絶対に自分に気付かないと分かっているからこその暴挙。
でも。
私の手はもちろん空を切ってしまって。
少しだけ冷たさを感じるとか、違和感があるとか。触れないまでも、なんらかの感触があるんじゃないかと私は漠然と期待していたらしい。だって、彼に助けられていた人達は、何か違和感を感じているみたいだった。
だから、僅かにでも触れたような感触があったんじゃないかと、私は勝手に期待していたんだろう。
だからこそ、なんの感覚もなくただただ空を切った手をボンヤリと見つめて、私は泣いた。
なにか強い感情があったわけじゃない。悲しいとか、悔しいとか、そんな感情は不思議と生まれてこなかった。強いて言うなら虚しさだろうか。
ああ、本当に保さんと私は、違う世界の住人なんだ、そう思い知らされた気がした。
それ以来一度も、私は彼に自ら触れることはなかった。
だって、彼と私は住む世界が違うから。
それでも会いたい気持ちは抑えられない。
私は暇さえあれば、あの交差点に通うようになっていた。横断歩道を渡っては向こう側のお店で買い物をする。お気に入りの喫茶店で、ゆっくりと時間を過ごしながら揺らめく彼の姿を眺める。仕事が定時で上がれれば平日でもあの交差点に立ち寄った。
ばかよねえ、と、自嘲の笑いも出るけれどそれを止められるわけもなく、むしろ思いは日に日に募っていく。
彼の瞳に映らない、彼がなんの反応も示さないからこそ、私は少しずつ物理的に彼との距離を詰めていった。
最初は遠くから見ているだけだったけれど、よく横断歩道を渡るようになったし、端っこの方を遠慮がちに渡りながらチラチラと見ていたのが、今では堂々と彼の真横を通っている。
そうして、通り過ぎる度に私は少しずつ彼の事を見ては、小さな気づきに胸をときめかせた。
最初はやっぱり顔をジロジロ見るのが憚られて、彼の足元ばっかり見ていたけれど、回数をこなせば徐々に視線も上がってくる。
血糊でべったりとしていた髪は、本当は少しだけ明るいアッシュブラウンだったんだね。無造作なくせっ毛にどことなくヤンチャさを感じて嬉しくなったり。
首元に小さなホクロ、ちょっと色っぽいかもと感動したり。
日焼けして骨ばった手に、カジュアルな腕時計がとても似合っているのがカッコいいなあと感心したり。
でも、時計の針が事故の時間で止まっていて、胸が締め付けられるみたいに痛んだこともあった。
それでも、彼のそんなささいな事を知るのが、私にとっては幸福だった。
休みの日にはお化粧をして、お気に入りのワンピースを着て、可愛い靴を履いて。 小さなアクセサリーで自分を飾ってはウキウキとあの交差点に向かう。
どんな女の子が好みかなあとか、彼女いたのかなあとか、今更な事を想像してはドキドキする。彼が見てくれないのなんか分かっちゃいても、ダイエットしてみたり、おしゃれしてみたりするのは止められなかった。
学生の時みたいに純粋な恋心。
一度だけ、勇気を出して通り過ぎる瞬間に彼の手を握ってみたことがある。まだしっかり顔も見つめられないくせに、無防備に晒されている手に、ちょっとだけ触れたくなってしまったんだ。
彼が絶対に自分に気付かないと分かっているからこその暴挙。
でも。
私の手はもちろん空を切ってしまって。
少しだけ冷たさを感じるとか、違和感があるとか。触れないまでも、なんらかの感触があるんじゃないかと私は漠然と期待していたらしい。だって、彼に助けられていた人達は、何か違和感を感じているみたいだった。
だから、僅かにでも触れたような感触があったんじゃないかと、私は勝手に期待していたんだろう。
だからこそ、なんの感覚もなくただただ空を切った手をボンヤリと見つめて、私は泣いた。
なにか強い感情があったわけじゃない。悲しいとか、悔しいとか、そんな感情は不思議と生まれてこなかった。強いて言うなら虚しさだろうか。
ああ、本当に保さんと私は、違う世界の住人なんだ、そう思い知らされた気がした。
それ以来一度も、私は彼に自ら触れることはなかった。
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