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さようなら、なんて言わない

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「実は夢でアカリが知らない誰かに手料理をふるまうたびに、食べてみたいと思っていたのですよ」


ほかほかと湯気があがる食卓を眺めて、ナフュール様は満足そうだ。

あたしが作るのって王宮や神殿で出されてたみたいなのとは違って、煮物とかパスタとか丼とか、それこそ家庭で普通に作るものばっかりなんだけど、やっぱり物珍しいのかナフュール様は毎回、食べる前も食べてる時も全力で褒めてくれるんだよね。

こういうのってホント素直に嬉しい。


「毎日こうして帰ってくるとアカリがいて、手ずから料理を作って待っていてくれる。これほど有難いことがあるでしょうか」


言いながらナフュール様は胸の前で指をくみ、瞑目して祈りを捧げている。やがてゆっくりと目を開けると、俯いたままポツリとこう漏らした。


「あの日アカリが突然消えてしまって……会いたくて、声が聞きたくて。何をしていても貴女の顔ばかり浮かぶのです。貴女がいないだけで、世界はこんなにも寂しいのだと思い知りました」


その瞳があまりにも寂しげで、あたしは何も言えなくなってしまう。夢の中で聖杖を見つめながらアカリ、アカリ、と泣きそうな顔で呟いていたナフュール様の姿が脳裏をよぎった。ナフュール様は、いつもこんな思いで夜を過ごしていたんだろうか。


「ですから、貴女とこうして一緒に過ごせていることがまるで夢のようで」


ナフュール様がゆっくりとあたしに近づいて、存在を確かめるかのようにおずおずと手を伸ばす。その手の平がそっとあたしの頬に触れた。

ふっとナフュール様の瞳が優しげに揺れて、口元に小さく笑みが浮かぶ。


「アカリ、愛しています」


真正面から言われて、あたしは堪えきれずに涙した。だってこんなの、泣かずにいられない。


「泣かないで、アカリ。眠れない夜を過ごすたびに、貴女に想いを伝えていれば良かったとどれだけ後悔したか知れません。もしも貴女に会えたなら、今度は貴女に負けないくらい毎日、愛を囁くと誓ったのです」


大切なものをしまい込むように、ナフュール様の腕が優しくあたしの体を抱きしめた。


「ですから、もう二度と離れないで……急に居なくなったりしないでくださいね」


あたしの頭に、スリ、とナフュール様が頬擦りする。その控えめな愛情表現がたまらなく愛しい。

絶対に、絶対に、離れません!

そう言いたいのに泣きすぎて声が出ない。

言葉のかわりに、あたしは渾身の力を込めてナフュール様に抱きついた。

もう二度とナフュール様に「さようなら」なんて言わない。あたしは、この人と一緒に生きていくんだ。





******************************************


これにて完結です。
神官長とアカリの恋路を一緒に見守ってくれた方、本当にありがとうございます♪

そのうちSSを書こうかな、と思っているので、ご希望があったら感想にでも書いてくださいませ。
ご愛読ありがとうございました!
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