「   」

茶々あやめ

文字の大きさ
上 下
11 / 17

「お風呂」

しおりを挟む
夜の風呂場は静まり返り、家全体が小さな音を吸い込んでいた。僕がリビングでくつろいでいると、浴室の方から水音が聞こえてきた。麗華が風呂に入っているようだ。扉の向こうから、シャワーがタイルに打ちつける音がかすかに響いてくる。

「んー……やっぱり風呂は最高だねぇ」

麗華の気持ちよさそうな声が漏れ聞こえてくる。その声が妙に艶めかしく、僕は思わず耳を塞いだ。気にしないようにしようとテレビの音量を上げるが、逆に麗華の声はさらに鮮明に響いてくる。僕は軽くため息をついて、リビングのソファに深く座り直した。

その時、不意に浴室の扉が少しだけ開いた。浴室から立ち上る湯気がリビングに流れ込み、肌にしっとりと絡みついてくる。僕は思わず振り返ったが、扉の隙間からは何も見えない。ただ、湯気が淡く光を帯びているように見えた。

「よっちゃん、タオル取ってー」

突然、麗華の声が飛び込んできた。僕は一瞬ためらったが、仕方なく立ち上がる。ドアの前に立つと、扉越しに麗華の影が見えた。シルエット越しに彼女の体のラインがうっすら浮かび上がり、思わず目をそらしたくなる。

「ここに置いとくから。」

「えー、冷たいなぁ。入ってきてもいいのに」

「何言ってんだよ。ほら、タオル置いたから」

僕が返事をしたその瞬間、麗華の笑い声が消えた。浴室の中は急に静まり返り、シャワーの音さえも止まった。僕は違和感を覚え、再び扉を見つめる。

「麗華?」

返事がない。僕は軽くノックをしたが、反応はない。嫌な予感がして、少しだけ扉を開けた。薄暗い浴室の中、湯気が立ちこめていて視界が悪い。だが、その奥で麗華が後ろ向きに立っているのが見えた。

「何してんだよ、風邪ひくぞ」

その時、麗華がゆっくりと振り向いた。だが、その顔は見覚えのある姉の顔ではなかった。濡れた髪が顔に貼りつき、不気味なほど白い顔が、まるで別人のようにこちらをじっと見ていた。

「……誰?」

背筋が凍る思いで問いかけると、彼女は不気味な微笑みを浮かべたまま、何も言わずにじっと僕を見つめている。浴室の湿気が一層重くのしかかり、僕は慌てて扉を閉めた。

「姉ちゃん、冗談だろ?」

しばらくして再び浴室の中から笑い声が聞こえてきた。いつもの麗華の声に戻っていたが、僕は恐怖で体が動かなかった。浴室から出てきた麗華はケロリとした顔で、僕をからかうように微笑んでいた。

「なんか怖がってた?大丈夫?」

「何だったんだ、今の……?」

僕は信じられない思いで彼女を見つめたが、麗華はただ無邪気に笑っているだけだった。

「さっきの誰かと思った?私、ずっとここにいたよ?」

僕は言葉を失い、ただ麗華を見つめるしかなかった。お風呂場で見た「何か」が、まだ背後にいるような気がしてならなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

意味が分かると怖い話 完全オリジナル

何者
ホラー
解けるかなこの謎ミステリーホラー

無名の電話

愛原有子
ホラー
このお話は意味がわかると怖い話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

怪談実話 その3

紫苑
ホラー
ほんとにあった怖い話…

処理中です...