「   」

茶々あやめ

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「お風呂」

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夜の風呂場は静まり返り、家全体が小さな音を吸い込んでいた。僕がリビングでくつろいでいると、浴室の方から水音が聞こえてきた。麗華が風呂に入っているようだ。扉の向こうから、シャワーがタイルに打ちつける音がかすかに響いてくる。

「んー……やっぱり風呂は最高だねぇ」

麗華の気持ちよさそうな声が漏れ聞こえてくる。その声が妙に艶めかしく、僕は思わず耳を塞いだ。気にしないようにしようとテレビの音量を上げるが、逆に麗華の声はさらに鮮明に響いてくる。僕は軽くため息をついて、リビングのソファに深く座り直した。

その時、不意に浴室の扉が少しだけ開いた。浴室から立ち上る湯気がリビングに流れ込み、肌にしっとりと絡みついてくる。僕は思わず振り返ったが、扉の隙間からは何も見えない。ただ、湯気が淡く光を帯びているように見えた。

「よっちゃん、タオル取ってー」

突然、麗華の声が飛び込んできた。僕は一瞬ためらったが、仕方なく立ち上がる。ドアの前に立つと、扉越しに麗華の影が見えた。シルエット越しに彼女の体のラインがうっすら浮かび上がり、思わず目をそらしたくなる。

「ここに置いとくから。」

「えー、冷たいなぁ。入ってきてもいいのに」

「何言ってんだよ。ほら、タオル置いたから」

僕が返事をしたその瞬間、麗華の笑い声が消えた。浴室の中は急に静まり返り、シャワーの音さえも止まった。僕は違和感を覚え、再び扉を見つめる。

「麗華?」

返事がない。僕は軽くノックをしたが、反応はない。嫌な予感がして、少しだけ扉を開けた。薄暗い浴室の中、湯気が立ちこめていて視界が悪い。だが、その奥で麗華が後ろ向きに立っているのが見えた。

「何してんだよ、風邪ひくぞ」

その時、麗華がゆっくりと振り向いた。だが、その顔は見覚えのある姉の顔ではなかった。濡れた髪が顔に貼りつき、不気味なほど白い顔が、まるで別人のようにこちらをじっと見ていた。

「……誰?」

背筋が凍る思いで問いかけると、彼女は不気味な微笑みを浮かべたまま、何も言わずにじっと僕を見つめている。浴室の湿気が一層重くのしかかり、僕は慌てて扉を閉めた。

「姉ちゃん、冗談だろ?」

しばらくして再び浴室の中から笑い声が聞こえてきた。いつもの麗華の声に戻っていたが、僕は恐怖で体が動かなかった。浴室から出てきた麗華はケロリとした顔で、僕をからかうように微笑んでいた。

「なんか怖がってた?大丈夫?」

「何だったんだ、今の……?」

僕は信じられない思いで彼女を見つめたが、麗華はただ無邪気に笑っているだけだった。

「さっきの誰かと思った?私、ずっとここにいたよ?」

僕は言葉を失い、ただ麗華を見つめるしかなかった。お風呂場で見た「何か」が、まだ背後にいるような気がしてならなかった。
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