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第5夜会 指先で決まる無罪の犯人-フィンガーディレクション(前編)

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「全く! 貴方たちはみなせ様を独占するなんて図々しいです!」

 金髪ツインテールの小柄の少女がティアラ会メンバーに向かって怒る。

「皆様……申し訳ございません……やめなさい。コレット」

「でも! 納得いきませんみなせ様!」

 金髪ツインテールで怒っている小柄の少女はコレットというこのレストランバー【小烏(こがらす)】の従業員である。これでイズミ・マクレーン・コレットというオーナーみなせを除く小烏のメンバーがストーリーで揃った。
 コレットはかなりの美少女である。王国に親衛隊(ファンクラブ)ができるほどに人気者である。一時期、この小烏で働きたいという希望者が一ヶ月に百名ほど四ヶ月の間続いた事件がある。その原因を作り出した張本人こそ、このコレット=アーヴィングという美少女である。
 
「はぁ……みなせ……なんで今日の従業員がコレットなんだよ」

「ほんとだよ~……めんどくさいな~」

「なによ! あんたたち!」

「こら! やめなさい! コレット! ……皆様申し訳ございません」

 みなせは全員に頭を下げる。

「いやいや……ここのコレットさんはオーナー大好きっ子で有名ですから」

「そうですわ。基本的にみなせと話したい常連はコレットが休みの日を狙いますわ。この店の常連の常識ですわ」

「みなせ様に近づくメス犬と野蛮なオカマはゆるしません!」

「申し訳ございません……でも、この子もいい子なんです」

「まあ、それをからかうために来る奴もいるらしいからね」

「それはそうと皆様……本日はあと一人ゲストでいらっしゃるとのことですがその方は後どれ程でお見えになられますでしょうか?」

 ティアラ会という女子会のメンバーはチェルシー・ロサナ・アーニャ・ユア……そしてオーナーであり担当給士みなせの五名がメンバーである。
 そしてその女子会には時折ゲストが交ざることがあり、今夜の夜会には一人ゲストが入るとみなせは事前に四人から聞いていたのだ。そんなこんなで待っていると扉を叩く控えめなノックの音か聞こえた。
 コレットは音に反応して扉を開くと驚きの声を上げた。

「えっ!? イズミ!? なんで貴女がここにいるのよ!? 今日は休みのはずでしょ!?」

「こんばんは……皆様」

 イズミは驚くコレットの横を通り、とても綺麗な青いドレススカートを指先で軽く持ち上げ挨拶をした。

「イ……ズミ……?」

 流石のみなせも寝耳に水のように驚きのあまり時間が止まったようだ。そんなみなせを無視し女性陣は普段従業員の姿しか見ていないイズミのドレス姿に興奮してテンション高めに詰め寄る。

「きゃー! イズミさんそのドレス可愛いですね!」

「なんだ!? なんだ!? 凄い綺麗じゃないか! 今度私もコーディネートしてくれよ!」

「チェルシーもまともな服着れば馬子にも衣装なんだけどね~」

「でも、本当に綺麗ですわ……上流階級のパーティーでもここまでの美しさはないですわ」

「……皆様ありがとうございます。お褒めの言葉大変嬉しく思います」

「まぁまぁ! そんな堅苦しい話は抜きにしてさ! 今夜は楽しく食事をしようよ!」

 そのチェルシーの言葉にみなせは気づいた。ゲストがイズミであるということに……そして、その後五人は部屋に通された。席に全員が着いた時みなせとコレットによりメンバーにお酒が配られた。

「なんでお前がいるんだよ」

「このお店の従業員である私がお仕事をしているのに不満があるんですか!?」

「コレット……やめなさい」

「コレット……みなせ様をお手伝いしたいだけですの……」

 涙目で今にも溢れそうな涙を貯めながらうるうるとみなせを見つめる。

「うっ……」

「オーナー……コレットに騙されないでください。そして、コレットもこのティアラ会という食事会は特別なものですよ? お客様とオーナー以外はこの夜会に参加してはいけません」
 
「う~……ズルい! イズミは参加しているじゃない!」

「今夜私はお客様ですよ」

 納得できないように恨めしそうにイズミを見つめるコレット。そこに正規メンバーの四人がはぁ~っと大きな溜め息をついて……

「もういいよ。コレットもいて」

「言っても聞かないでしょ~」

「時間の無駄ですわ」

「あはは……それに今日はゲストでイズミさんもいるので人手は多い方がみなせさんの負担も減りますし……」

「みんな~わかってるぅ! ……いたっ」

 調子に乗っているコレットにみなせがデコピンをして全員にお礼を言った。

「では、今夜は珍しくこの小烏の看板娘で美人と名高いイズミ……」

「あたしでしょ……もごご」

 チェルシーの挨拶に横槍を入れるコレットの口を塞いでみなせが止める。しかし、コレットは大好きなみなせにかまってもらえて嬉しいのかニヤニヤ、デレデレしている。そんなコレットを見て呆れながらもチェルシーは仕切り直す。

「こほん……では人気者イズミをゲストとして今夜は存分に語らおうじゃないか! それでは……乾杯!」

『乾杯!』

 皆グラスを掲げて声を上げる。そして、今夜のささやかな夜会が始まった。みなせは前菜(オードブル)として「カナッペ-水闘牛と桃豚のサラミチーズ」をコレットと共に配り始めた。

「これうまいな!」

「ほんとだよ~なんのお肉かな~?」 

「これはこの前の水闘牛ですね?」

「イズミの言う通り前回競り落とした水闘牛を使っております。残念ながらいいお肉ですが焼いて使うには保存期間は一週間ほどでしょう。なので長持ちして味がよいサラミに致しました」

「サラミということは豚肉も混ざっていますわよね? 水闘牛ほどの高級肉にあう豚は何を使っておりますの?」

「そっれはねー! 桃豚よ!」

「なるほど……桃豚は果物の桃のように柔らかく甘味のある豚肉……香辛料と水闘牛とを混ぜ合わせると素晴らしい味になりますね」

「流石、みなせさんですね!」

「いえいえ……私ではなくコレットのアイデアでございます」

「えっへん!」

 横でコレットがどや顔を見せつける。

『ええ~!』

 っと、イズミ以外の四人が驚く。

「皆様。実は当店の料理はオーナーが5割、私とマクレーンが二人で2割……残りの3割はコレットの提案でございます」

「いえいえ……コレットと共に考えている部分も多くございますので……彼女には本当に助かっております」

「えー、じゃあじゃあ……誉めて欲しいな~」

 以外な情報に唖然とする一同。そして何より、コレットの頭を撫でて甘やかすみなせに若干不満そうにイズミが話す。

「私のことはそうやって誉めてくれませんよね……」

「いい歳してイズミもヤキモチなんか焼かないの! ……それとさ……一応今日の夜会のメニュー考えたの全部あたしだからさ……その……楽しめるように色々考えメニューなんだからね! 残したら許さないから!」

 顔を赤らめながらツンデレの如きコレットの態度に地味に心が揺れるメンバー……

「……なんでだろう。あんなにウザかったのに」

「不思議と可愛く感じるね~」

「私もやってみようかしら……」

「いやーロサナさんの歳でそれはめんどくささが出ますよ」

「っ!?」

 何気ないユアの一言がロサナを襲う。

「ユア! 恐ろしい子ですわ!」

「え?」

「だろだろ! 被害者になるとわかるよな! 無自覚なのがまたおこれないーーー!」

「ちなみにさ~カナッペって小さいオシャレパンでしょ~。そんなのにまでイズミはナイフとフォークを使うのか~? それとも手で摘まんで食べるあたしとユアって、もしかしてマナー違反?」

「言われてみるとそうですね……チェルシーさんですらナイフとフォークで食べてるのに」

「おいおい……私にまで……言っておくがナイフとフォークが置いてあるんだからそれを取り敢えず使っておけば大丈夫と同じ四騎士の奴に教わったんだ!」

「それは威張れる内容じゃありませんのよ?」

「二人とも大丈夫よ!」

 話にコレットが割って入った。

「こういう何か食材が乗ってお皿に出されたパンはマナーの地域にもよるけど基本的にはどっちでもいいの! ただ、手づかみで食べるのであればなるべく一口で食べれるものであったほうがいいわね! 歯形が見えたり汚ならしく見えるのは少しアウトって感じかなー。まあ、選択肢があるから人の捉えようって感じかな!」

「こらこら……コレット、お客様のお話に勝手に割り込んではいけません」

「はーい」

「皆様失礼致しました……お食事・お話の続きをお楽しみください」

「コレットさん大丈夫ですよ。むしろ教えてくれてありがとうございます」

「ふふーん。なんでも聞いてね!」

 上機嫌なコレットは鼻が高くなっているようだった。そして、イズミが少し暗い顔になり粒やいた……

「人の捉えようですか……」

 その雰囲気を察知したチェルシーがイズミに話かけた。

「イズミ……気になることがあるんだろ? ここで話を聞くから話してみな」

「さっきの話も若干関係しているような話ですわね」

「もともと相談があって来たんだろ~」

「そうですよ。解決できるかはわかりませんが話してください」

 みなせとコレットが怪訝な顔を浮かべる中、イズミが話を始めた。

「皆様……今日の夜会に参加させて頂きありがとうございます」

「まあ~夜急にそんな話になった時はびっくりしたよね~」

「チェルシーさんがイズミさんを組伏せるんですから」

「いやいや……あれは仕方なくだな……」

「あの時は大変失礼致しました」

 そう……前夜会の帰り道、あとをつけ回していた追跡者(ストーカー)を引っ捕らえたのだがそれはイズミだった。イズミはどうしても話したい悩みを抱えていてそのことを相談したいと願い出たのだ。しかし、タイミングが掴めず様子を伺っていたところを追跡者(ストーカー)と勘違いしたチェルシーの体術に捕縛されたのだった。

「この夜会は毎回何かしらの謎の解明をしています。実は私にも長年心に引っ掛かっている謎を持っておりますのでそれを明らかにしてもらいたいのです」

「まあ、ミステリーサロンのようになってはいるが事実はただ気の合う友人と食事・おしゃべりを楽しむ会合なんたけどね」

「よくいうよ~一度謎が持ち出されると一番乗り気になるくせにさ~」

「しかし、それは私を含めた皆さんも当てはまりますわね」

「困っている人がいざ知らずなら別ですけど、目の前にいたら何かしてあげられないかなとなっちゃいますよね。そんな皆さんが私は大好きです!」

 ユアの一言に場の空気が柔らぐ。そして、イズミはポツリポツリと話し出す。

「皆様はこの小烏で働き始める私をご存知でしょうか?」

「いや……私はしらないな働き始めてもう4年くらいかな」

「あたしはしらな~い」

「私も知りませんわ」

「私も知りません」

「【紅狼(レッドフェンリル)】という女性を聞いたことはございますか?」

「ああ。五年前くらいになるかな? 警備兵の間で有名になったよ」

「私も知っています。赤いロングヘアの女性で関わったら最後、相手は血だるまで地面に転がることになるって話です。その女性は美人でクール。だけど、恐ろしい。赤い髪と返り血を浴びた一匹狼で付いたあだ名が【紅狼(レッドフェンリル)】です。でも、どうしてその話が?」

「お恥ずかしい話ですが実は私がその紅狼(レッドフェンリル)です」

『ええーー!!』

 みなせ以外の全員が驚きの声を上げる!

「うっそー! イズミってアウトローだったの!?」

「まさかイズミが犯罪者だったとは~」

「いや、盗みとかそういった類いはしてないぞ。悪までも自分に対しての火の粉を振り払っていただけらしい」

「でも、当時の相手の様子を見ると過剰防衛も否めませんわ」

「確かに……聞いた話だと肩に手を回し言い寄っただけの男性の頭を酒瓶で殴って流血とか、肩がぶつかっただけで裏路地で半殺しとか数々の伝説を聞きました!」

 イズミは苦笑いしながら続ける。

「基本的には絡んでくる相手だけだったんですけど……実は自暴自棄に陥っていたのには理由があります……私が12歳の頃から7年間働いていた職場でのある出来事が原因でーーーーーーーー……」

……

……

 当時イズミは18歳。貴族であるオーガスト家にメイドとして雇われていた。オーガスト家の財産の半分は89歳になるアイリス=オーガストという女性が管理していた。亡き家長であった夫は家徳を娘であるオーレリアに譲り、遺産の半分を妻のアイリスに残した。

 オーレリアは家徳と財産を貰ってすぐに別の屋敷に家族と移動した。家にはアイリス一人になった。その時、孤児院から出ようとしていたイズミと出会い、イズミをメイドとして雇いいれた。それから7年間……本当の親のようにイズミに接していてイズミ自身も尊敬していた。その7年間の歳月の中でイズミとオーレリアが顔を合わせたのは二回だけである。オーレリアがイズミに対していい感情を持っていないのは言うまでもなかった。

 実際の所、オーレリア自身も実の母であるアイリスには7年間で2回しか会いにこないくらいアイリスに対する大切な思いはなかった。アイリスはよくイズミに古いアルバムをみせ「昔は良かった……イズミがもう少し大人になって家庭を築くことになったら私のように娘……後悔の残らないようにしっかりとしないと駄目よ」とよく言っていた。イズミもアイリスを尊敬していて母のように大切に思っていた。

 そして、事件は行った。アイリスの体調が悪化したのであった。意識不明で今夜が山場という場面の三日前からオーレリアはアイリスの元へと戻った。集まった場所はアイリスの寝室。寝室は入った扉の横に大きな亡き主人とアイリス、幼い頃のオーレリア三人の肖像画とベッドと机があるだけである。その寝室にオーレリアは現れた。

 理由は勿論、オーガスト家の残りの財産を受け取るためである。部屋の中にはイズミ、オーレリア、オーレリアの主人、オーレリアの子供、医者、看護師二人、弁護士の8名である。 
 財産の相続の条件は
『アイリス自身から財産の相続書類のある場所をきくこと』
 のみであった。しかし、オーレリアが到着したころにはアイリスは意識不明で今夜が山場……このまま息を引き取る可能性があった。オーレリアは怒りを露にした。遺産が貰えないかもしれないということだけではなかった。ルールがいくつかあり、
『財産の半分は娘のオーレリアとメイドのイズミで等分すること。相続書類が何かのトラブルで見つからない場合は財産を孤児院に寄付。片方のみ手にしている場合は全てを贈与できる。片側が妨害行為に及んだ場合、書類を持っていなくても財産を相続できる』
 というものだった。もちろんイズミは既に書類を貰っていたのだがオーレリアはアイリスを見捨てていて会いに来ていないため相続書類は手元にはない。このままでは財産の全てがイズミの相続となってしまう。そのことがオーレリアには我慢ならないのだ。

 そして、医師から山場と伝えられオーレリアは母であるアイリスへ叫ぶ
「おいっ! 死ぬ前に教えなさいよ! 相続書類はどこなのよ!」

 当然のことながらイズミは止めに入ったのだが狂気の淵にいる人間の力はおぞましく扉の横まで撥ね飛ばされ体を強く壁にぶつけた。
 その時、奇跡的にアイリスの意識が戻った。プルプルと震えながら眼球を動かし辺りを見渡す。

「お母さんっ! 相続書類はどこ! ねえ!」

 オーレリアの叫び声が響き渡る。アイリスは最後の力を振り絞りながら書類のある場所を指さした。オーレリアは訪ねる。

「……お母さん。本当に指の先に書類があるんでいいわよね?」

 アイリスは指の指した場所から手を動かさない。オーレリアは笑いながら叫んだ。

「決定! 決定ね! 書類はこのメイドが持っている! それはすなわち【妨害行為】よね! みんな見ているわね!」

「そんな! 私は持っていません違います! アイリスさま!」

 アイリスはそのまま否定もせずにぱたりと手を力なく落として、そのまま息を引き取った……

「あんたは持っていないと主張すればいいじゃない。それがまた妨害行為の確定事項になるんだから! よくもまぁ、ぬけぬけと財産を奪おうとお母さんに取り繕ったわね!」

「私はそんなんじゃ!」

「もういい! イズミ! あんたは今から解雇よ! 出ていきなさい! 衛兵を呼ぶわよ!」


……

……

……



「……そうして私はオーレリア家を追い出され、少し自棄になっていました。本当に書類は取っていません。この私の心を縛り続ける疑問を解決していただけませんか?」

 イズミの悲しそうな声はメンバー全員をしばらく沈黙させるには十分であった……




中編に続く
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