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第4夜会 恋人のできた嘘のつけない狼男-ワードウルフ(前編)

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 今夜も夜会がある!

 メンバーに会える喜びに夜道を歩くユアの足取りも、スキップのように軽やかなものになる。目の前の小烏(こがらす)の看板を見るとまた目が輝きを増し、ついには小さな子どものように小走りで駆け出した。店の扉の前にたどり着くとふぅー……と深呼吸をしてドキドキする控え目な胸を落ち着かせてから控えめに扉をノックした。

「はぁ~い……あらー! ユアちゃんじゃないの! お久しぶりね!」

 扉を開くと同時に身長190前後の女性口調の男が出てきた。

「はい! 確かにお久しぶりですね! マクレーンさん!」

「もう! あたしが出勤の時ばかりユアちゃんこないんだから~。嫌われちゃったかと思ってた所よ~」

 小烏の従業員はみなせの他にイズミを含めて三人いる。残る二人の内の一人がマクレーンである。
 長身に筋肉質ではあるが顔はかなりのイケメン。襟足の髪を少し縛っている。マクレーンがユアと話しているときに水商売のような服装の二人組が通りかかる。

「あー! おねぇ今日出勤なの!?」
「仕事おわり寄っていちゃおうかなー? ちょっと、彼氏のことで相談あってさー!」

「もー! ここはお前らの相談所じゃないっちゅーの! それに今日は予約で貸し切りなのよ! ここをご覧なさい!」

「「え~」」

「全く! 前々から言おうと思っていたけど、いい女は周りをよく見るもんよ! ……ふぅ。明日も出勤だから明日来なさい。お酒飲んでる間くらいならお話に付き合ってあげるわよ……」

 マクレーンの一言に笑顔になった二人組は手を降りながら去っていく。肩を竦めながらため息をつくマクレーンに対してユアが喋りかける。

「あはは……相変わらずマクレーンさんはこのお店の人気ものですね。いつも女性に囲まれてますよね?」

「冗談じゃないわ!」

 マクレーンの大声にユアがびくっと驚く。

「あたしはね~、青臭い少年や大人しい青年! 大人の色気漂うダンディーなおじ様とお話したいのよ! 話しかけるとすぐにおブスどもが『ねーおねぇきいてよ~』ってチンピラのように話しかけてくる! 全く持ってイケメンと話せないじゃないのよ! まあ『おねぇ』って姉貴分として人生相談には打ってつけなのかもね……あたし嘘つくと死んじゃうから」

「たしかマクレーンさんは……」

「そうよ。真実人(トゥルー)よ。嘘をついたら死んじゃうかわりに人より身体能力が優れている一族ね。繊細でパワフルな私に取ってぴったりないちぞ……」

「おーいユアー! そんなオカマと話してないで入ってこいよー」

 中からチェルシーの呼ぶ声が聞こえる。その声にユアよりも先に反応して、お客様であるユアよりも先にマクレーンが店に駆け込む。

「なによ~うるさいし失礼なのよ! このドブス!」

 ユアもあわててあとに続くとそこでは低次元な争いが繰り広げられていた。

「なんだと! お前ほんとは男の癖にくねくねして気持ち悪るいんだよ! だいたい何だよ! そのピンク色でキラキラの爪は!」

「あらあら! おしゃれの『お』の字も知らないゴリラ女が何をいってるのかしらね! これは【ネイルアート】と言って一年前からずーと流行ってるおしゃれなのよ! 隣の帝国と年中斬り合いしてる野蛮人にはわからないのねー? 女捨ててるー!」

「むきーー! おいユア! 言ってやれ! そんなの流行ってないぞと!」 

「……」

「っ!?」

 ユアが控えめに手を開いて裏返すと綺麗な緑色のクローバーのネイルアートが見えた。

「あらあらあらあら! 流石がユアちゃん! かわいいわねー! あっ!? このワンピースも新作でしょう? やだ~ん! かわいいわ! どっかのおブスと違って!」

「くっそ……ロサナ! ロサナはどうなんだ!?」

「私もしてますわよ」

 ロサナが暗い紫色の爪を見せる……が

「ババくさいわね~だからまだ結婚できないのよ」

「うっ!」

 ロサナがへこみ、それを聞いたチェルシーも爆笑した。ちなみにユアも少し笑ってぷるぷると震えていた。

「あんたら三人はおブスよ! ティアラっていう綺麗な花の夜会メンバーなんておこがましいわ! ユアちゃんを見て学びなさい!」

「みなせはどうなのさ……」

「言っとくけど、あんたらみなせちゃんに手だしたらタダじゃ置かないわよ!」

「まだアーニャがいますわ」

「あーあれもおブスね」

「かけるか? アーニャがネイルアートしているか否か!」

「いいでしょう! 私が買ったら街の高級バックを買って貰うわよ!」

「ええっ!?」

「チェルシーさん、やめといた方が……」

「そうですわよ……」

「ああ! いいさ! その代わりあんたが負けたらお得意の恋ばなをしてもらおうじゃないか!」

「はん! いいわよ!」

「お前の彼氏との話だぞ!」

「なんですって……」

「はは! 偉そうに講釈垂れても恋愛経験ゼロとか笑えるわ!」

「むきーーーー!」

 天使のようなユアも呆れた顔でチェルシーに話しかける。

「ロサナさん、あの人王国最強の騎士なんですよね?」

「ええ……認めたくありませんが」

 憐れみの目を向ける先には椅子にたち指を指しのけ反って笑うチェルシーとにらみ合うマクレーンの姿があった。
 そのちょうどいいタイミングで扉が開きダルそうなアーニャが欠伸をしながら入ってきた。

「ふあー……なんの騒ぎ~」

「アーニャ! 爪を見せてくれ!」

「会うなりなんなんだよ~ほら~」

 ポケットに突っ込んでいた左手を出して爪を見せた。その爪には何も描かれていなかった。

「ああー!」

「ほら見たこと? このおブスがネイルアートなんてするわけないじゃないの!? やったー! バックゲットだわ~!」

「んっ」

 片方のポケットに入れていた右手も出してみんなに見せた。その右手にはそれぞれカラフルに塗られておりネコや肉球が綺麗に描かれていた。

『ああー!』

「やった! 逆転したぞ!」

「このおしゃれとは無縁の女がなんでなのよ!」

「うっさいんだけど、いい加減なんの騒ぎか教えてよ~」

「チェルシーとマクレーンが賭けをしていたんですわ。あなたがネイルアートをしているかどうかのね。このまま、ネイルアートしてなければチェルシーが高級バックを買わされていたところですわ」

「でも、アーニャさんこのかわいいネイルアートどうしたの?」

「これはね~この前の事件が解決したとき、シルビアと二人で飲みに来てその時シルビアがみなせにやってもらってるの見て、あたしもやってもらったんだ~」

「ええっ!」

「あら? あんたたち知らなかったの? このネイルアートを流行らせたのってみなせなのよ?」

「らしいね~シルビアも言ってた。みなせが本格的に専門店を街に作ったからみなせがやることはないんだけど、昔ながらの人は特別にその日の混み具合、気分でみなせが直々でやってくれるらしいよ~」

「あたしもみなせちゃんにやってもらってるわ。でもなんであんた片手だけなのよ」

「その日の従業員がマクレーンとイズミじゃなくて、コレットだったんだよ~」

「あのおブスね~。どうせ、あんたたちがネイルアートしてもらってるのを見てヤキモチで騒ぎ出したんでしょうね……はぁ、イズミはいい女なのにね」

「それより~チェルシーは高級バックで、マクレーンが負けた時はどうだったの?」

 げっ……と気まずそうな顔をするマクレーンの反面、チェルシーがニヤニヤして話出す。

「マクレーンの恋の実体験を話してもらうんだ。私はわすれてないぞ」

 観念したかのようにマクレーンが溜め息まじりに話出す。

「今日だけで何回溜め息をついているのかしら、まあいいわ。みなせちゃんには料理の準備の関係で部屋への誘導はしばらく待って貰う話だったから」

「なんか面白そうだね~余興としては面白そうだね! 紅色の髪でポニーテールのイケメンの話聞きたいよ~」
 
「えっ!? 短髪のおしゃれなおじ様ではなくてですか?」

「私は明らかに若い眼鏡の男の子だと思いますわ」

「なんのこと?」

 チェルシーだけが首をかしげる。

「あたしは~紅色髪で長髪のイケメンといっしょにレストランから出てくるのを見たよ」

「私はマクレーンさんがブティックから出てくるとき、外で待っていたおしゃれなおじ様に荷物を持ってもらって腕を組んであるくのを見ました! たしかとても高そうな腕時計と紳士服でした! マクレーンさんのほうが身長高くてガタイがよかったですが!」

「ねえ、ちょっとユアちゃん? 傷つくんだけど……」

「え? 何がですか?」

 ユアの発言に皆少し退く……

「まっ、まあ。私は若い眼鏡をかけたパーマの男性と書店で本を購入して一緒にカフェで盛り上がってるのを見ましたわよ」

「あんたたち、どんだけあたしを目撃してるのよ……」

 マクレーンがニヤリと笑いながら続ける。

「じゃあ、あたしが彼氏とデートしたときの話をしてあげる。それで彼氏が誰なのか予想してみなさいな」




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 三日前のデートは最初はカフェに行ってフルーツ水とサンドイッチを食べて待ち合わせの時間を待ったわ

 しばらくすると彼が到着して小説を読んできたのか。片手には文庫本、かけていた眼鏡を取ると紅色の髪が綺麗に風に揺らされたわ

 カフェを出たあとは、ウインドウショッピングを楽しんだあと、お気に入りのブティックで買い物をして荷物を持ってくれた優しい彼に抱きついたの

 最後にレストランでディナーを取って彼が腕に巻いたブランドの時計を見て、夜も遅いし送るよと行ってくれて二人は夜の街に消えた


ーーーーーーーーーー

「とまあこれが三日前の私のデートね」

 全員がきょとんとしている。
その時、みなせがやって来て、

「マクレーン。皆様をお部屋にお通ししてください」

 みなせはメンバーを迎えるために階段を上がった。

「はぁい。了解。みなせちゃん。はーい! 皆さま上へどうぞ」

 全員が考えながら無言で席を立つ。階段をゆっくりと上がって部屋の扉の前に立つ。その時マクレーンが話す。

「信じる信じないかは勝手だけどデートの相手は……」

 ぼそぼそっと全員に答えを伝えると……

『ええーーーーーーーーーー!』

 全員が驚愕の声を上げた。部屋の中でみなせがびっくりしたのかガシャっと食器がぶつかる音がなった。

「ふふっ……あたしの一族は嘘をつけない……さぁ! 皆様。お食事会を楽しんでくださいな!」

 びっくりしているメンバーを部屋へと押し込み、手を降りながらマクレーンは扉を閉めた。


……


……


 みなせは困っていた。部屋の中ではカチャ……カチャと食事の音が聞こえてくる。今回の料理は高級牛である。水闘牛のステーキである。水の中で暮らす非常に攻撃的な牛で捕らえるのが難しい。しかし、水の中で鍛えられた良質な肉はさっぱりとしてとても柔らかい肉でありかなりの高級食品である。
 みなせのツテで手に入れた自信作であった。しかし、全員がただ黙々と暗い表情で食べるだけ……
 みなせは思いきって声をかけた。

「あの~……皆様お口にあいませんか? 直ぐに別のものを用意できますが……」

 みなせの発言に全員がはっとなる。何故なら料理を食べてることすら気が付かなかったからだ。それもそのはずマクレーンが最後にいった彼氏の名前は『みなせ』だったからである。
 ユアは決心して机をだんっ……と両手で叩く勢いで立ち上がり。

「あの! みなせさん! 三日前は何をしていましたか!?」

「みっ……三日前ですか?」

 びくっと震えたあとみなせは答える。

「三日前はイズミと一緒に水闘牛を買い取りに朝イチで卸売りにいき、そのあともイズミとコレットと三人でずーと一緒にここでレシピのミーティングをしていましたよ」

『……は?』

 メンバーの声が重なる。
 起きている現象がわからないからだ。
 何故なら……




 彼は嘘をつくと死んでしまうからだ




中編へつづく
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