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邂逅

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 ガシャっ……ガシャっ……


 夜の街に女性の身に付けている鎧の音が鳴る。白銀の鎧に美しい青いマントが揺れる。金髪のポニーテールが左右に揺れ、その誰もが目を奪われるほどの美しい金色の髪は世話しなく揺れており、彼女の歩幅からして急いでいるのが誰から見ていてもわかる。整っていてキリッとした表情・容姿は異性のみならず同性からも好かれている。

 彼女の名前は【チェルシー=ラインゴット】

 この国の王国最高位である四騎士の一人である。


 王国の最高位騎士に対して気軽に声をかけられないということはない。むしろ、彼女は王国の民には好かれている。しかし、声をかけようとしても辞めてしまう。周りの巡回していた警備兵も敬礼をするだけなのにも理由があり彼女が何かに急いでいるのが明白であるからだ。

 大通りから少し曲がり人通りが少なくなってきた所で彼女は溜め息をつく……


「はぁ……ここを登るのか……」


 彼女の目の前には長い階段があり目的である頂上は100メートルくらい先である。


「詰所で馬を借りようと横着しようとしたからこうなったのか? でもでも今日を楽しみにしていたんだ。予約の時間に遅れるのは不味いし今日は一人じゃない……近道はここしかない……はぁ……休みの日に鍛練してるとは……」


 愚痴を溢しながら階段を登ること数分目的のこぢんまりとした2階建ての建物が見えてくる。

 扉の前にはランタンが灯され店の名前である【小烏(こがらす)】という文字。チェルシーは勿論、この国の者は読めない。なぜならこの店の主人の国の文字だからである。しかし、この【小烏】は美味しい料理、落ち着いた雰囲気でかなり幅広い人間から人気である。何より主人の人柄もまた……

 この国の飲食店では珍しい予約という約束制度を導入しており本日は特別に予約者限定の日。しかも、例に見ない誰と会えるのかは当日わかるという不思議な予約日である。それには理由があった。長い階段を登り終えたチェルシーは呟く。


「ここを鎧を着て登るの訓練になるな。訓練場に似たような施設を作らせるか……にしても、ようやく到着した。少し急いだお陰で10分ほど余裕がある。今日はまさか予約をしたとき四人予約者が被っていて皆が女性一人で個室希望だとは……」


 そう。その日の予約者の四人は一人で個室を使いたいと言う四人が同じ時を希望していたとのこと。そこで店の主人がその四人に連絡を取り同席でも構わないか? それに皆気があうと思うとのことだ。


「私自身立場上、プライベートで友と呼べるものがいないからな」


 チェルシーは本日何回目になるかわからない溜め息を吐きながら扉を開けた……


「チェルシー=ラインゴット様、いらっしゃいませ……」


「久しぶりねイズミ。かしこまらなくて大丈夫よ。私たちの仲じゃない。常連のつもりだからもっとフランクに接してよ」


「ふふ……どうぞこちらへ。まもなく皆様ご来店頂きますのでその際に部屋にお連れいたします。自己紹介などは皆様がお揃いになってからでも……」


 ピシッとしたシャツに黒のベストにスラックス。彼女はイズミという小烏の従業員の一人だ。赤いショートヘアで誰もが憧れる仕事のできる大人の女性のイメージだ。言わずもがな超美人である。現に彼女を目当てに訪れる人も多い。貴族にナンパされたり、女性客の数名は『イズミさま~』といって告白されることもある。そして、お客の誰もが気になるのが……


「ねえイズミ。本当にみなせと付き合ってないのよね?」


「ええ……私としてはオーナーに手を出して貰いたいのですが、アピールしても照れるだけ……そこがまた可愛いところでもあるのですが」


「ちょっと、イズミが本気出したらダメでしょ……んっ、ありがと」


 一階は8席のL字バーカウンターとテーブルが二つのみになっており、チェルシーがバーカウンターの席につくとイズミが水を差し出した。チェルシーが水に一口つけると後ろから声が聞こえた。


「こんばんは。あなたも今夜の食事会の参加者?」


 チェルシーの後ろのテーブル席のソファーに女が一人腰掛けてタバコを吸っていた。その女性は胸元がざっくりと空いた黒いドレスに同じく黒い大きな魔女のような帽子、紫色のロングヘアに毛先にはウェーブ、豊満な胸元の間には真っ赤な宝石と口の左下にあるほくろは色気を醸し出していた。

 チェルシーは聞き返す。


「そうだけど、あなたも?」


「そうよ。白銀の鎧に青いマント……綺麗な金髪だと王国四騎士の一人チェルシー=ラインゴット様でしょうか?」


「素晴らしい推理力だ。その通り……あなたはこの国最高峰の王立魔術学校の職員さんかな?」


「おや? なぜそう思うのです?」


「あなたの中指の指輪は王立魔術学校の職員の証明指輪だ。ちがうかな?」


「ふふっ……他の皆さんが到着してから話しましょうか?」


「あと、一人だよ~……」


「「!?」」


 その声の方向にびくっと振り向く。よく見るとL字カウンターの一番端に薄く汚れた白い白衣にぼっさぼさの黒い長い髪、猫の耳があるため獣人であることがわかる。ズレた大きなメガネをかけ直しながら、そばかすのある女性が手をひらひらと振る。


「いっ……いつからいたのですか?」


 紫の髪の黒いドレスの女性が苦笑いしながら尋ねる。


「待ち合わせは19時からで15時にはいてカウンターに突っ伏して寝てたんだよ~……ふああ……」


「全く気付かなかった……」


「私もですわ……」


「あはは~。まあ、しょうがないよね~」


 三人揃って苦笑いをする。そして、それと同時に扉を叩く音が聞こえた。

 こんこん……という控えめの音にイズミは反応して扉に向かう。扉を開くと先に着いた三人に比べると若い少女が立っていた。

 栗色の綺麗な茶髪に街娘と言うに相応しいような地味めの長いスカート。手には青い花束を持っていた。少女は自分が最後だと知り慌てたような申し訳ないように喋り出す……


「あっ、あの! 私が最後でお待たせしてしまい申し訳ございません!」


 勢いよく頭を下げる……

 チェルシーは優しく声をかける。


「いやいや、一人を除いてそんなに待っていないよ」


「あたしは勝手に寝ていたからね~……」


 猫耳のメガネの女性はそう答えた。


「皆揃ったことだし自己紹介でも始めましょう。あなたもそこに立っていないで座ってくださいな?」


 黒いドレスの女性は手を椅子の方向に向ける。


「はっ、はいっ!」


 ぱたぱたと栗色の少女はカウンターの席に座る。


「私はオーナーにメンバーが揃ったということでお伝えして参ります。自己紹介の時間はございますのでご安心ください」


 イズミが奥に下がると同時にチェルシーから自己紹介が始まる……


「私の名はチェルシー=ラインゴット。王国騎士団所属……周りからは四騎士の蒼龍(そうりゅう)と呼ばれている。歳は26歳」


「よっ、四騎士さまですか!?」


 栗色の少女が驚きの声をあげる。


「そうだよ。敬称はいらないよ。皆今日はよろしく頼むよ」


「次は私ですね」


 黒いドレスの女性が落ち着いた様子で話し始める……


「私の名前はロサナ=アシュウィン。王立魔術学校の校長をやっておりますわ。歳はあまり話したくないけれど36歳ですわ」


 ロサナは少し口を膨らます。その素振りすら色気を感じる。


「ははっ! すまない。王立魔術学校の職員とはわかっていたが校長だったとはね」


「ふふっ……」


「じゃ~あ……次はあたしだね。アーニャ。仕事は化学者で色んなものを研究、制作してる感じ。歳は29歳~……よろ~」


「なるほどだから白衣なんだ」


 チェルシーは手をぽんっと叩く。ズレたメガネを直しながらアーニャは言う。


「そゆこと~……昨日も仕事の品物を制作しててさ~だから、少し仮眠を取ってたんだ~」


 そして、最後の一人に視線が集まる。

 うつむきながら栗色の少女は答える。


「わっ……私は! ……皆様のように素晴らしい職業にはついていなく。いろいろな仕事を点々として派遣されるだけの普通の町人です。名前はユアです。歳は17歳です。よっよろしくお願いしますっ!」


 わたわたとしながらユアが頭を下げる。


「気にしなくていいよ~……この店のルールだからね~。あたしもそんな片意地はらないこのお店が好きなんだ~」


 アーニャは頭をぽりぽりかき、耳をピコピコ動かしながらそう答える。


「私も同じだ。今日は楽しい食事会になるといいな」


「ところでユアちゃんは花束をもっているけどこの日食事会に飾るため?」


 チェルシーに続いてロサナが聞く。

 少し気まずそうにユアが答える。


「あっ……ごめんなさい。これは明日父の一回忌なんです。この食事会が終わったら宿に泊まって明日の朝、家族と合流してこの地区にあるお墓に向かう予定です」


「ごめんなさいね……出会ったばかりなのに踏み込んでしまい」


 頭を下げるロサナに慌てるユア。


「あっ! あのあの! 頭をおあげください! 私は全く気にしていませんので!」


「それにしても青い綺麗な花だな。王国で青を関する名前で呼ばれているから少し気になるな。すまないが何て言う名前の花かな? 騎士なのでこういうことに疎くて……」


 チェルシーが空気を変えるために割って入る。ユアの持っている花はチューリップのようだが花びらは薔薇のようにキリッとした形になっており茎もしっかりとしている。


「これはティアラというお花です。綺麗な青い色ですよね。お父さんが好きだった花です」


「へぇ~、途中で買って帰って部屋に飾ろうかな? これで少しは女らしくなるだろうか?」


「あなたがそれを言うと少し嫌味に聞こえるのだけど? チェルシーさん?」


「あはは……そうですよね」


「おいおい! 全然モテなくて困ってるんだぞ? 私は女の子らしい扱いを受けたいんだ」


「だから形から~ってことね~……3日坊主にならなきゃいいけど~」

「アーニャさん? フォローになっていないが?」


 チェルシーを無視して話が続く。


「あたしも~ティアラの花は好きだな~……香りもいいし。ここの地区の少し行った所の丘にティアラも咲いてる自然のお花畑あるよね~。そろそろ時期的にたくさん咲いているんじゃないかな?」


「私! お父さんと愛犬と昔よく遊びに行きました!」


「私は講義や仕事に疲れた時たまに行くわ」


「そんな素敵な場所でタバコは吸っていないよな?」


「当たり前ですわ! ふふっ……失礼しちゃうわ」


 四人の笑い声が店に響いた時、いつからいたのかわからないが……


「皆様……お話中申し訳ございません」


 ふわっ……と会話に混ざる落ち着いた男の声がする。皆その声の方向を向くとイズミの前に男性が立っていた。

 イズミと同じ白いシャツに黒いベストとスラックス。紅色(べにいろ)の髪には少し緩やかなパーマがかかっている好青年がいた。


「お時間となりましたので二階のお部屋にお連れさせて頂きます……」


 青年は頭を下げる。

 後ろに控えているイズミが続く。


「本日の給仕は【小烏】のオーナーである六連(むつら)みなせが担当させて頂きます」


「それでは皆様こちらへどうぞ……」


 みなせが階段に手を向ける。

 その手の先に四人は席を立ち、階段へと向かう。


 【小烏】での食事会がこれから始まる。


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