お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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六十五話

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右京が、形の良いおふじの耳元で囁く。

「ウチにはの、それはそれはうるさいオヤジがおるのだ。やれ、早よう嫁を、側室を、世継ぎをと、せっつくのがな。……これで、ガミガミ言われんで済む。……後は子供だが、こればかりは授かり物。天に通じるように、ひたすら励むとしようかの」


思わず、おふじは顔を赤らめた。





長崎屋が供侍達の元にやって来た。


右京と同じように膳が出され、舌鼓を打っていた三郎が満面の笑顔で礼を言った。「お、長崎屋殿。我らにまで、このように馳走をすまぬの」


節約が旨の藩では、めったにこんなご馳走は望めない。


三杯も筍飯をお代わりした右近も、実に嬉しそうである。「誠に。して殿は?」


長崎屋はにっこりとして答える。「只今、対馬守様は、美しい藤の花に夢中でして……大変気に入って頂けました」


「ほう?」


花より団子の右近は、藤の花だろうが、ボケの花だろうが構わない。

殿が喜ぶならそれでよいのだ。


「……多分、あのご様子では、お屋敷に植え替えと言う事になりましょうな」どこか嬉しそうな長崎屋。


茶をガブッと飲んだ三郎は目を見張る。「そりゃ、大仕事だ」


長崎屋は意味深に笑った。「さようで。根付くまで本田様と佐々木様のお力が必要となりましょう」



どうか、元太夫を屋敷に入れるに当たって、湧き起こるに違いない騒動の盾になって下さりませ。


お二方が力になって下されば、おふじも心強い事でしょう。



対馬守様のお心が変わる事がなく、そして鳥山右京という、一人の人間の幸せを考える貴方様達がいたからこそ、今日の日を迎える事が出来たのです。


意味が分からず、キョトンとする右近と三郎の二人。「??」


「それがし達の?はて?水やりでもするのか?」三郎が首を捻れば、「それとも肥料でもやれば良いのか?我らは植木の事などトンと分からんぞ?」右近が困ったように言った。


堪えきれず長崎屋は吹き出した。







    終

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