お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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五十八話

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雪がしんしんと降りつもる。

松の枝からバサッと音を立て雪が落ちた。


雪見障子を開け、一面の銀世界に変わった庭を眺めながら、藤兵衛と長崎屋が酒を酌み交わしていた。



藤兵衛は半ば呆れ、半ば感心の風情である。「……貴方ってお人は、全く食えないねぇ……お召し取りになった山城屋の商売の後を引き継いだと思ったら……」


食えないと言われた長崎屋は肩をすくめる。「財産はお上に没収だが、困るのは取引相手や、品物を納めた人達だ。私はお上に掛け合って、その人達に払う物を支払っただけさね」


普段、両奉行所へ多額の寄付をし、お覚えめでたい彼だから通った話でもある。


「だが、そのおかげで山城屋が持っていた商売のツテがすっかり長崎屋さんの手に入ったんじゃないのかね?新たに開発するとなれば、大変な苦労と物入りだよ」


したたかな商人の顔で長崎屋はニヤリと笑った。


「山城屋が阿漕な事は知られていた。そこへ、貴方が取引を持ちかければ……」


「山城屋が暴力まがいに結んだ契約を破棄してやったら、交渉もせず相場並みで十分だったよ。オマケに凄く感謝されたねぇ……」ヌケヌケと言ってのける。


「…これだ」苦笑する籐兵衛。


長崎屋は片目を瞑ってみせた。「奉行所でも私は山城屋に命を狙われた被害者だったから、真っ先に便宜を図ってくれたのさ」


「転んでもタダじゃ起きないお人だよ」


「……それはそうと、長崎屋さんは鳥山様、いや今は対馬守様に最近お会いなすったかね?」籐兵衛は話題を変えた。


「物産のご報告をあげに三日前にね……お元気だったよ」


「...…そうですか……」


「……忘れてはいらっしゃらないよ」

長崎屋はポツリと付け加えた。


誰とは言わない。


「……こちらもね…」


二人して、ため息をついた。



「……時に藤兵衛さん、話がある」何かを決意したように背筋を伸ばし、ピシッと座り直した長崎屋。


どうやら大事な話とみて、藤兵衛も緊張し姿勢を正した。「何ですね?」

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