お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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四十五話

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「伊織、ここは俺の実家だ。戻るのに、こそこそする必要はなかろう?……まあ、これだけ堂々とすれば、誰かに闇に葬られる事も無いからの」右京は皮肉を込める。


しかし、伊織はしれっとして顔色ひとつ変えずに答えた。「全く。こうして目撃者が大勢居る以上、全員の口を塞ぐのは、まず不可能ですからな」


「……そういう事だ。では、兄上に目通りを。訳は知っているだろう?」


「……こちらへ」


先に立った伊織に奥の間に導かれる右京。


藩主の身代わりとして滞在し、当然勝手知ったる屋敷である。


そこかしこに、沢山の彼を見つめる目があった。


伊織が閉じられた襖の前に跪き、中へ声をかける「……殿、右京様がお戻りになりました」


ゲホゲホと咳き込み、かすれた声が応えた。『…右京が?ここへ通せ』


伊織が静かに襖を開けた……


御簾の向こうに人影があった。

今まで布団に横になっていたらしい。


部屋の中が薬臭い。いや、病人の匂いなのか……


付き添いの小姓が御簾をあげる。


右京が部屋に入り、平伏した。

「兄上、お久しぶりでござる」


「右京か……。そなたは変わらないようだの」


彼こそは、右京の双子の兄。

伊勢守、鳥山左ェ門之丞忠広……


カサカサした力がない声、げっそりと病みやつれて、肌には艶が無い。


双子だというのが、悪い冗談のように兄は面変わりして、その命の尽きるまで時が無いのは明らかだった。


「……兄上」


右京は胸が痛かった。


先が無い兄に、幼い我が子の死を告げねばならない。


出来れば知らせたくは無かった。


せめてやすらかに逝って欲しかった。


「……」


胸が詰まる……



忠広がひっそりと笑った。「……そなた、何という顔をしているのだ?」


「兄上……」


「……今、そなたが戻ったという事は……千代菊丸が死んだのだな?」


「!」ヒュッと息を飲んだ右京は目を見開く。


忠広はどこか遠い目をした。「……やはり、な。そうか……死んだのか」

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