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四十話
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長屋に戻った右京は、部屋で寝そべり天井を睨む。
脳裏に浮かぶ一人の男……
内藤外記……娘のお美代を兄に勧めた藩の重臣……
最初は自分にだったのだが、彼の野心が見えすいていたのと、所詮は兄の身代わりだと思っていた右京は、その話をはねつけた。
兄が回復さえすれば、自分の役割は終わる。
お美代との間に、万が一子でも出来ていたら、話がややこしくなるのは目にみえていた。
後でお美代には男の噂があったと耳にした。
千代菊丸の出生云々の疑いは、それが元になっていたのだろう。
だが、千代菊丸は死に、真相は結局藪の中だ……
例え出生が怪しかろうと、一旦は孫で手に入れた権力を手離す外記ではない。
自分が藩を出ている以上、右近や三郎の推察通り、己に取って都合の良い分家を立てる為に画策する筈……いや、跡継ぎがいなければどうにもならないのだから、必ずする。
更に先君の直系の自分は、外記に取っては邪魔になる。
田代平介はここを伊織から聞いたと言ってた。
だが、それなら何故伊織自身で来ない?
……あ奴、一体何を考えているのだ?
カラッと戸が開き、隣のおかみさんが顔を覗かせた。「旦那、さっき来たお侍が又来たよ」
起き上がる右京。
さっき別れたばかりで、何かあったか……?
田代平介がおかみさんの後ろから現れた。「……度々申し訳ござらぬ。見て頂きたい物が……」
翌日、右京は長崎屋へ出向き、宴の断りを入れに行った。
顔色が変わる長崎屋「ええっ!明日は駄目になった!?そんな……!」
右京は頭を下げ「誠にすまぬ。よんどころない事情が出来た」
「そ、その事情とは?」
「……昨日、実家から使いが来たのだ。甥が流行り病で亡くなり、兄も死の病の床にあるそうでな。その跡を継ぐのが、弟の某しかおらぬのだ。一時は出た家だが戻らねばならぬ」
武士に取って、家が絶えるのは、何としても避けねばならない事だった。
何をさて置いても、真っ先に優先するのは当たり前。
長崎屋とて、実家での不幸ゆえと言われては、それ以上無理は言えない。
「おお、何とお悔やみを申しあげれば……·」
「誠にすまぬ。……長崎屋殿や太夫の心配りを無にしてしまうの……」本当にすまなそうに右京は詫びた。
「お気になさらず。……ご実家でご不幸があったのに、吉原で宴という訳にも参りますまい。……仕方ない事です。あちらには、手前から断りを入れましょう。いつお戻りに?」
「これから長屋の始末もあるで、夕方には」
長崎屋は座り直した。「……又、お会い出来ますかな?松永様」
右京はどこか儚く笑った。「……そうだの。落ち着けば……又是非とも会いたいのう……世話になった」
長崎屋は一礼し「世話になったのはこちらですよ、松永様」
脳裏に浮かぶ一人の男……
内藤外記……娘のお美代を兄に勧めた藩の重臣……
最初は自分にだったのだが、彼の野心が見えすいていたのと、所詮は兄の身代わりだと思っていた右京は、その話をはねつけた。
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お美代との間に、万が一子でも出来ていたら、話がややこしくなるのは目にみえていた。
後でお美代には男の噂があったと耳にした。
千代菊丸の出生云々の疑いは、それが元になっていたのだろう。
だが、千代菊丸は死に、真相は結局藪の中だ……
例え出生が怪しかろうと、一旦は孫で手に入れた権力を手離す外記ではない。
自分が藩を出ている以上、右近や三郎の推察通り、己に取って都合の良い分家を立てる為に画策する筈……いや、跡継ぎがいなければどうにもならないのだから、必ずする。
更に先君の直系の自分は、外記に取っては邪魔になる。
田代平介はここを伊織から聞いたと言ってた。
だが、それなら何故伊織自身で来ない?
……あ奴、一体何を考えているのだ?
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起き上がる右京。
さっき別れたばかりで、何かあったか……?
田代平介がおかみさんの後ろから現れた。「……度々申し訳ござらぬ。見て頂きたい物が……」
翌日、右京は長崎屋へ出向き、宴の断りを入れに行った。
顔色が変わる長崎屋「ええっ!明日は駄目になった!?そんな……!」
右京は頭を下げ「誠にすまぬ。よんどころない事情が出来た」
「そ、その事情とは?」
「……昨日、実家から使いが来たのだ。甥が流行り病で亡くなり、兄も死の病の床にあるそうでな。その跡を継ぐのが、弟の某しかおらぬのだ。一時は出た家だが戻らねばならぬ」
武士に取って、家が絶えるのは、何としても避けねばならない事だった。
何をさて置いても、真っ先に優先するのは当たり前。
長崎屋とて、実家での不幸ゆえと言われては、それ以上無理は言えない。
「おお、何とお悔やみを申しあげれば……·」
「誠にすまぬ。……長崎屋殿や太夫の心配りを無にしてしまうの……」本当にすまなそうに右京は詫びた。
「お気になさらず。……ご実家でご不幸があったのに、吉原で宴という訳にも参りますまい。……仕方ない事です。あちらには、手前から断りを入れましょう。いつお戻りに?」
「これから長屋の始末もあるで、夕方には」
長崎屋は座り直した。「……又、お会い出来ますかな?松永様」
右京はどこか儚く笑った。「……そうだの。落ち着けば……又是非とも会いたいのう……世話になった」
長崎屋は一礼し「世話になったのはこちらですよ、松永様」
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