お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

文字の大きさ
上 下
18 / 65

十八話

しおりを挟む
『やめなんし!』


忘れもしない声が響いた。


ドキリと心臓が跳ね上がる。


まさかと駆けつけて見れば、山犬浪人の刀から大店風の主を庇っているのは、まさに白雪太夫その人。


斬りかかって来た浪人を一撃の下に峰打ちにし、背中に庇った彼女に低く囁く。


「……相変わらず、無茶な性格だの。雪菜、いや、白雪太夫。……主殿と離れておれ」


仲間が倒され、いきり立った浪人共が襲って来た。


右京は疾風のように攻撃し、次々に打ち倒して行く。


伊織達とは違い、今度は容赦なく浪人達の腕を叩き折り、肩を砕いた。


こ奴らは、これまでもこうした悪事をなして来たに違いなく、これからもするだろう。


これで二度と刀は持てまい。




白雪太夫はひたすら、戦う右京を見つめていた。



あの広い背中に庇われ、忘れもしない声を聞いた時……

しがみついて泣きたかった……。


ああ……でも御無事で……元気でいらっしゃった……!


良かった……!右京様……!



抑え込んだ心が溢れ出した。


ポロポロと涙がなめらかな頬を伝って落ちてゆく……。


長崎屋はその涙にうろたえた。「……ああ、太夫申し訳ない。手前が外に連れ出したばかりに、とんだ怖ろしい目に……」


首をふる白雪太夫。「いいえ……主さん…いいえ……」


主さんのおかげでありんす……。


こうして、あのお方に思いがけずお会いできなんした……。


だが、それは口には出せない。



這々の体で浪人共が逃げ出し、刀を納めた右京の元に駆け寄った長崎屋は頭を下げ丁寧に礼を述べた。「お武家様、危うい所を……何とお礼を申し上げて良いやら……。手前は長崎屋清左衛門と申します。まことにありがとうございました」


右京は軽く頷いた。「せっかくの宴を……無粋な客人でとんだ事だったの」


「全くで。大事な預かり物に傷が付くところでした」


長崎屋が小さくなって脅えていた花魁達を呼ぶ。

「……こちらは、吉原の白雪太夫に、妹花魁達の春菜、松尾、吉野でございます。鈴代屋さんが私を信じて預けて下さいました宝物で」


しとやかに白雪太夫を始めとする、花魁達が頭を下げ改めて礼を言った。


右京は彼女らを見渡し、笑みを浮かべた。「なる程……花魁達と紅葉の美しさを愛でながらの宴だったのですな。……ところで白雪太夫は具合が良く無いと風の噂に聞いたが……もう良いのかの?」


「はい、それもありまして、少しでも気晴らしにと思ったのですが……」


とんだ邪魔が入ったと長崎屋の表情。


それに頷いた右京「全くのう……。吉原一の花が元気なく萎れていると聞いては、心配で嘆く男も多かろうて」心配そうにチラッと太夫を見やった。


……身体は大丈夫なのか?


心配していたぞ……



暖かい物が太夫の心を満たして行く……。


「はい、長崎屋様が外に出して下さって、随分気も晴れました」にっこりと、それこそ気鬱になる前の、明るい花が開いたような表情になった。


甲斐があったと喜んだ長崎屋。「それは何より……」言いかけ気づいた。「おお、手前とした事が、恩人のお名前も伺いもせず、とんだ不調法を」


「某は松永右京と申す」


そこへ白雪太夫が口を挟んだ。「実は、主さん、この松永様に助けて頂いたのは、あちきはこれで二度目でありんす」


長崎屋は目を見張った。「....…何とまあ。縁とは誠に不思議な物ですな。是非詳しい話を....…」と言いかけたが先程の乱闘でせっかくの宴の席は滅茶苦茶。

到底ゆっくり話をする所ではない。


「松永様、よろしければ、場所を変えまして手前にお付き合い願えませんか?」


「……それは別に構わぬが……しかし、まだ本調子ではない太夫の身体に障るのではないか?」気遣わしげに言う。


「いいえ、いいえ、ぜひに」必死に彼女は右京を誘い、ひたと彼を見つめた。


お願い


お願い


右京はサッと頬に赤みが差す。「……吉原一の太夫に誘われたのだ……男冥利に尽きるの」


長崎屋は破顔した。「では、決まった!」


白雪太夫の笑顔が光り輝いて見えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

鎮魂の絵師

霞花怜
歴史・時代
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

時雨太夫

歴史・時代
江戸・吉原。 大見世喜瀬屋の太夫時雨が自分の見世が巻き込まれた事件を解決する物語です。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

証なるもの

笹目いく子
歴史・時代
 あれは、我が父と弟だった。天保11年夏、高家旗本の千川家が火付盗賊改方の襲撃を受け、当主と嫡子が殺害された−−。千川家に無実の罪を着せ、取り潰したのは誰の陰謀か?実は千川家庶子であり、わけあって豪商大鳥屋の若き店主となっていた紀堂は、悲嘆の中探索と復讐を密かに決意する。  片腕である大番頭や、許嫁、親友との間に広がる溝に苦しみ、孤独な戦いを続けながら、やがて紀堂は巨大な陰謀の渦中で、己が本当は何者であるのかを知る。  絡み合う過去、愛と葛藤と後悔の果てに、紀堂は何を選択するのか?(性描写はありませんが暴力表現あり)  

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...