お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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十八話

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『やめなんし!』


忘れもしない声が響いた。


ドキリと心臓が跳ね上がる。


まさかと駆けつけて見れば、山犬浪人の刀から大店風の主を庇っているのは、まさに白雪太夫その人。


斬りかかって来た浪人を一撃の下に峰打ちにし、背中に庇った彼女に低く囁く。


「……相変わらず、無茶な性格だの。雪菜、いや、白雪太夫。……主殿と離れておれ」


仲間が倒され、いきり立った浪人共が襲って来た。


右京は疾風のように攻撃し、次々に打ち倒して行く。


伊織達とは違い、今度は容赦なく浪人達の腕を叩き折り、肩を砕いた。


こ奴らは、これまでもこうした悪事をなして来たに違いなく、これからもするだろう。


これで二度と刀は持てまい。




白雪太夫はひたすら、戦う右京を見つめていた。



あの広い背中に庇われ、忘れもしない声を聞いた時……

しがみついて泣きたかった……。


ああ……でも御無事で……元気でいらっしゃった……!


良かった……!右京様……!



抑え込んだ心が溢れ出した。


ポロポロと涙がなめらかな頬を伝って落ちてゆく……。


長崎屋はその涙にうろたえた。「……ああ、太夫申し訳ない。手前が外に連れ出したばかりに、とんだ怖ろしい目に……」


首をふる白雪太夫。「いいえ……主さん…いいえ……」


主さんのおかげでありんす……。


こうして、あのお方に思いがけずお会いできなんした……。


だが、それは口には出せない。



這々の体で浪人共が逃げ出し、刀を納めた右京の元に駆け寄った長崎屋は頭を下げ丁寧に礼を述べた。「お武家様、危うい所を……何とお礼を申し上げて良いやら……。手前は長崎屋清左衛門と申します。まことにありがとうございました」


右京は軽く頷いた。「せっかくの宴を……無粋な客人でとんだ事だったの」


「全くで。大事な預かり物に傷が付くところでした」


長崎屋が小さくなって脅えていた花魁達を呼ぶ。

「……こちらは、吉原の白雪太夫に、妹花魁達の春菜、松尾、吉野でございます。鈴代屋さんが私を信じて預けて下さいました宝物で」


しとやかに白雪太夫を始めとする、花魁達が頭を下げ改めて礼を言った。


右京は彼女らを見渡し、笑みを浮かべた。「なる程……花魁達と紅葉の美しさを愛でながらの宴だったのですな。……ところで白雪太夫は具合が良く無いと風の噂に聞いたが……もう良いのかの?」


「はい、それもありまして、少しでも気晴らしにと思ったのですが……」


とんだ邪魔が入ったと長崎屋の表情。


それに頷いた右京「全くのう……。吉原一の花が元気なく萎れていると聞いては、心配で嘆く男も多かろうて」心配そうにチラッと太夫を見やった。


……身体は大丈夫なのか?


心配していたぞ……



暖かい物が太夫の心を満たして行く……。


「はい、長崎屋様が外に出して下さって、随分気も晴れました」にっこりと、それこそ気鬱になる前の、明るい花が開いたような表情になった。


甲斐があったと喜んだ長崎屋。「それは何より……」言いかけ気づいた。「おお、手前とした事が、恩人のお名前も伺いもせず、とんだ不調法を」


「某は松永右京と申す」


そこへ白雪太夫が口を挟んだ。「実は、主さん、この松永様に助けて頂いたのは、あちきはこれで二度目でありんす」


長崎屋は目を見張った。「....…何とまあ。縁とは誠に不思議な物ですな。是非詳しい話を....…」と言いかけたが先程の乱闘でせっかくの宴の席は滅茶苦茶。

到底ゆっくり話をする所ではない。


「松永様、よろしければ、場所を変えまして手前にお付き合い願えませんか?」


「……それは別に構わぬが……しかし、まだ本調子ではない太夫の身体に障るのではないか?」気遣わしげに言う。


「いいえ、いいえ、ぜひに」必死に彼女は右京を誘い、ひたと彼を見つめた。


お願い


お願い


右京はサッと頬に赤みが差す。「……吉原一の太夫に誘われたのだ……男冥利に尽きるの」


長崎屋は破顔した。「では、決まった!」


白雪太夫の笑顔が光り輝いて見えた。

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