お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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ニ話

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夢かと思った……。

恋しいひとの幻かと……。


一日足りとて忘れた事がないあの方。

その思いが遂に形になって現れたのかと思った。


けれども、それは夢でも幻でも無く……。


思いを込めて禿に託した藤の花をあの方は受け取り、頷いて下さった…。


ああ……。覚えていて下さったんだわ……!



太夫は涙で前が霞みそうになる。



……右京様!






あれから、もう何年経つか……。



若いと言うより、まだ幼さの残る振袖新造だった白雪。(※太夫候補の若い遊女で、普通の若い遊女より格上である)


……あの時は……そう、確か“雪菜”と名乗っておったな……それが今では、吉原一の白雪太夫……すっかり艶やかに……前にもまして美しゅうなった……。



懐に入れた藤の花を取り出し、甘やかな香りを放つその花房をじっと見つめた侍。


藤の花は、彼女の『…主さん、わちきは覚えてありんすよ……!』の合図。


2人だけに通じる秘められた言葉だった……



ふふ……ただ一度の出逢いであったのに……きっと、俺の事などとうに忘れている物と思っておったわ……。



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