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27話

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今日閲覧室に持ち込んで読んでいるのは、聖女による社会変革の本だ。
ここイルマヤ王国の歴史や発展を語る上で、直近3代に渡る聖女の功績は欠かせない。

革で装丁された立派な本は分厚く重いので、読むのも一苦労。
「読むのに身体強化が必要って書物としてどうなのよ?」


最初に衛生概念を広めたのは、マコ・ハヤマという女性で、都市計画の為の部署(※シンクタンクと思われる)に属していた建築設計家の教え子とあった。

次に医療と出産を変えたのは、アズサ・コバヤシ。
彼女は研修医で専門は産婦人科。

そして当代のリサ・アライ。
リサは学校の先生を目指していたそうだ。その中には食育も含まれていたのだと言う。

本を読んで感じたのだが、元の世界とこちらの世界ではどうも時の流れが違うらしい。

150~50年前に召喚されたにしては、職業があまりに現代日本のそれだ。元の世界ではそんなに時をおかず召喚されたのかも知れない。

ネリーからも聞いてはいたが、センパイ達は1人1人が専門知識があってそれを広めたようだ。

実際王都は日本と同じように水道が使え、ゴミ箱も各所に設置されているのでイヤな臭いがしない。

道路は土魔法できっちり舗装されて土埃も立たないし、雨で泥濘になる事も殆ど無い。
だから公共施設の床はそう汚れず、管理が楽だ。

家や宿屋は土足禁止が当たり前だから屋内も綺麗である。

本は称賛で埋まっているが本当に凄いと思う。
異世界で孤独な中、それも僅か3代でこのレベルまで持って来た事に尊敬の念を禁じ得ない。

たとえそれぞれがストックホルム症候群で、この世界で生き延びる為だったり、利用された結果だったとしても、彼女達の努力と苦労は紛れもない事実なのだ。

ただ、3人に共通していたのが食へのこだわりだったのは笑えた。

小麦、大麦、豆類しか穀物として無かった世界に、米や蕎麦やジャガイモ、トウモロコシをこちらの世界で見い出して広め、連作障害の知識を伝えた。

更に味醂、醤油や味噌に似た物を探し出し、燻製を作り、漬物、出汁、発酵食品の種類を増やした。

こうして食べられる物が増えた事で、人口の増加や不作に対応する事が出来た。

そして味が多様化し、既存の食材と新食材、保存食に果ては菓子類に至るまで、それに付随するレシピが爆発的に増え、食産業は大いに発展する事になる。

おかげで葵は美味しい串焼き、ハンバーグ定食(それもご飯)やベーコンエッグ、鳥の照焼き丼、クルミやレーズン等の柔らかいパンや、加えて菓子にまでありつけたという訳だ。


食べる事が好きで、味にうるさい日本人らしいと笑っていた葵だが、ここで、ふと気がついた。

あれ……?考えてみたら召喚の順番があまりにも都合良くない?

第一段階の“衛生”。
現代日本人ならば、手洗いうがいは既に生活習慣になっていて、効能は幼稚園児のような幼い子供まで知っている。

それよりも生命の源であり、衛生の基本である飲料水、そして手洗いに必要な水質管理、汚水処理の方が専門知識がいるだろう。
都市計画ーーつまり上下水道や運河を整えなければならず、その工事には道路の整備が不可欠だ。必然的に国中にインフラが整って行く事になる。
そして整うという事は、流通や人の流れが多くなり、結果豊かな国へと変わって行くのだ。

第二段階の“医療及び出産”
まず衛生概念の土台が無ければ、絶対的に消毒が必要な医療の改革は難しい。
そして出産の迷信や因習を打ち破り、子供が無事生まれて育つ事は、人口増加ーー国の根幹に関わる。
国は人で成り立つからである。

第三段階の“教育”
第一、第二の土台の上に今度は国民の質を上げる。

衛生概念で国民が病気になりにくい国、豊かな国へと変わるインフラを整え、次に医療の発展で寿命を延ばすと同時に、子供即ち次代を作って行く。
改善された食料事情もそれを後押しするだろう。
そして教育では学問の門戸を庶民はおろか孤児にまで広げた事で、才能ある者達を沢山見い出せていて、これが又国の発展に繋がっている。

聖女達の召喚の順番がもしも入れ変わっていたら、こんな発展は望めた?

本当に偶然?



ーーでは私は?そう、何故私だったの?


無差別じゃなかった?

何か意味があって、と言うの?




ーーだったら?ーーーーそれともに?




ぐるぐると思考が回る。




ーー背筋がゾワッとし、我知らず鳥肌が立っていた。




















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