お江戸物語 才蔵とお艶

らんふぁ

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三章 消えない傷痕

ー話

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シトシトと雨が降る……。 

猫の額のような狭い庭先の紫陽花が、雨の中、薄紫の花を咲かせていた。

毎年梅雨のこの時期は、いつも明るいお艶の顔色が、何となくすぐれない。

「ああ、もう……!毎日毎日、こう雨続きじゃあ、クサクサしちまう。お天道様は何処で怠けてんだい!全く……!」

彼女らしくない物言いに、縁側で足の爪を切っていた才蔵が顔をあげた。
「……お艶姐さん、随分荒れてるじゃねぇか?お天道様にまで険屈喰らわせてよ。」


「……」

肩先を押さえる彼女に眉をひそめる才蔵「……例の傷が又痛むのか?」

「……こう湿気が多いとね……シクシク疼いて……つい八つ当たりしちまった。すまないね、お前さん」


お艶の古傷……


それは左の肩先から白い胸にかけた刀傷。


才蔵はお艶を抱く時、必ずその傷跡に唇を当てる。

……そうせずにはいられないのだ。


才蔵に取っては愛しい傷。

それはお艶が紙一重でこの世に留まった証。 

自分の手に残ったしるしだから……。 
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