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愛おしい君に最期の別れを

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 「好き、大好き、愛してる」

 扉の向こうから聞こえた告白に、油断すると泣いてしまいそうなほど胸が熱くなる。照れ屋な彼女が、まさか愛を伝えてくれるなんて夢にも思っていなかった。彼女はもう遅いと思っているだろうけど、確かに僕に届いている。

 ――そんなに泣かないで。

 彼女の言葉に思わず笑みがこぼれるとともに、しゃくりあげて苦しそうな様子に居ても立っても居られなくなる。本当は今すぐにでも、この扉を開けて彼女を抱きしめてあげたい。「大丈夫。本心じゃないって分かってるよ」って言ってあげたい。

 彼女が強がっているのは一目瞭然だった。だって、彼女は僕のことが大好きだったから。二年も隣にいれば大体のことは気付いている。

 毎週水曜日は少し速足で下駄箱に向かっていること、たまに僕との写真をにやけながら眺めていること、僕を楽しませるためにデートの下調べをしてくれていること、手を繋ぐタイミングを伺っていること、挙げればきりがない。

 彼女は僕に勿体ないくらいとても可愛い女の子だ。

 だからこそ、別れるしかなかった。

 ――僕の方こそ、ごめんね。

 扉にそっと手をかける。でも決して開けることはしない。そんな権利、僕にはないから。

 体がおかしいと感じ始めたのはいつ頃のことだったか。最初こそ、ただの風邪だと思っていた記憶がある。けれど、病院を転々とし、数多の検査を受けていくうちにそうではないことを知った。

 現代の医療技術では戦えない病魔に、僕は捕まってしまったのだ。

 医者が難しい単語ばかりを並べているとき、看護師は同情の色を浮かべ、母は目を真っ赤にしながら震える手で僕の背中をさすった。当の僕は全く実感がなく、映画を見ているかのようだった。家に帰って、父が懸命に励ましてくれていても、他人事な気がしてならなかった。

 しかし次の日、彼女と会って、急に怖くなった。

 彼女との充実した毎日は無条件にずっと続くと思っていたし、僕らには明るい未来しか待っていないと確信していたから。実際はそうではなかった。彼女がこれから歩み続けるとき、隣に僕はいない。

 ようやく自分の置かれている状況を理解した瞬間だった。
 
 そして、彼女に全てを隠したまま別れを告げようと決めた瞬間でもあった。

 今日までずっと迷っていた。言ってしまえば、今でもこれが正解だったかは分からない。正直、これから待つ日々を一人で乗り越えていける自信はないし、彼女がそばにいてくれて支えてくれたらと思ってしまうこともあるだろう。けれど、それは僕のわがままであって、彼女のためには決してならない。

 何より、これからも、何十年も、永遠に幸せでいてほしい。

 だから、この決断に後悔はしていない。

 僕の毎日は、焼き付けた彼女の笑顔や仕草、存在の全てが照らし続けてくれるだろう。

 最後に許されるならば、少しでも長い間彼女の中で良い想い出として生き続けられたら幸せだ。
 
 ――ありがとう、僕も愛してるよ。

 彼女のいる教室に背を向け、その場を立ち去った。
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