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第5章 神々の異世界 ~天神回戦 其の弐~
第164話 女神姉妹の決別
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みづきは今は亡きはずの朝陽と再会を果たした。
しかし、本当に朝陽と一緒に過ごせる時間を取り戻すには、まだまだ試練を乗り越え足りないようである。
みづきは理解しなくてはならない。
──日和と朝陽の関係は教えてもらった。これからどうすればいいか、どうなっていけばいいか考えなくちゃいけない!
町に古くからある伝承は本物で、女神と巫女の在り方が重要なのはわかった。
だから日和は天神回戦を勝たなければならないし、敗北の眠りにもつけない。
朝陽が無事で天寿を全うし、正しく巫女の務めを果たす必要があるのも然りだ。
日和を勝利させ、朝陽を守れるのなら。
本当にそうならば、みづきは自身が立てたこの仮説に希望を見出し、悲願の成就を或いは見ることができる。
──今こうして俺が過ごしているのは高校生1年の時だ。夏服を着ていて夕緋が髪を切っていた頃のことか。もっとはっきりした時間の情報が知りたいな。
「日和がこの町に祀られてるっていうんならさ、この頃に何か神様に関係する行事とかは無いか? ……例えば、お祭りとかさ」
一縷の望みの確信を得るため、みづきはせっつくみたいに日和に問い掛けた。
もう一息、もう一歩、情報が欲しいその一心で。
空に浮かび、町を一望している日和は目を瞬かせながら、何か思いついたみたいにぽんと手を打った。
「祭りか。うむ、近く我ら女神を祀る祭事が、女神社で執り行われるはずじゃ」
「本当かっ! もしかして、それって10月の秋祭りのことか?!」
「そうじゃ、天下泰平に五穀豊穣、無病息災を祈る秋の鎮守の祭りじゃよ。朝陽と夕緋も今頃は準備に追われているじゃろうな。どれ、その風景を見せてやろう」
「頼む! 恩に着るぜ、日和!」
大袈裟じゃなあ、と訝しみながら日和はみづきの目を覗き込んだ。
心を通い合わせた先ほどと同様、日和の目の奥に円環の光がじわりと浮かぶ。
すると瞬時にみづきの頭の中に、解放された記憶が流れ込んできた。
再び、みづきと日和は別の場所の空中に浮かんでいて、その光景を見ていた。
今度は昼間の学校から打って変わり、夜の神社へと場面が移っていた。
そこは祭り会場となる女神社の神楽殿で、朝陽と夕緋の姿があった。
「これはここ近頃、朝陽と夕緋が神楽舞の練習をしている風景じゃ。祭事のため、ああして舞の稽古をするのを眺めるのはこの時期の楽しみでのう」
日和は目を細めて穏やかに笑みを浮かべる。
「朝陽……。夕緋……」
みづきもその懐かしい光景に頬を緩んだ。
二人は巫女装束に着替えており、大勢の小学生と思われる女の子たちに囲まれて、わいわいと楽しそうに祭りのための舞の練習をしている最中であった。
その様子を見下ろし、日和は神冥利に尽きるとばかりに微笑んでいた。
「神水流の巫女と共に舞を踊る栄誉を授かると、病気をせず健康でいられるだけでなく、開運の御利益を得られて将来安泰というのじゃから、小さき踊り子たちにも朝陽と夕緋は大人気なのじゃよ。祭りを盛り上げてくれる子らのため、私も加護をふんだんに与えられるよう頑張らねばならんのう」
練習風景は華やいでおり、少女たちと舞を踊る朝陽と夕緋に熱が入る。
録音された御神楽の音楽が再生機から流れていて、本番は大人たちによる楽器の生演奏と歌方による歌唱が厳かに行われる。
巫女神楽なる奉納の舞を大地の神に捧げ、平和を祈り、神の恵みに感謝をする。
平和を祈るのが「浦安の舞」。
神の恵みに感謝をするのが「豊栄の舞」。
朝陽と夕緋は両方とも踊ることになるが、参加する女児の人数が多いのでこちらは二部制に分けて顔ぶれを入れ替える。
夕緋は最後までの長丁場を持ち前の身体能力でキレ良く踊り切るものの、朝陽は後半疲れが見え始め、一生懸命に踊るのだが心身がくたくたになってしまう。
「頑張れ、朝陽……! 超頑張れっ……!」
今年も神楽舞に奮闘する朝陽に、みづきは小声で声援を送るのであった。
そして、この舞の練習風景を見て、自分が置かれている状況が理解できた。
駄目押しにみづきは日和に確認を求める。
「なぁ、日和、教えて欲しいんだ」
「何じゃ? 何なりと聞くがよいぞ。みづきの知りたいことなら幾らでも答えようなのじゃ」
日和の機嫌は上々で、今なら何でも教えてくれそうだ。
そして、この質問は核心を突く決定的なものになる。
「神様の世界と、この人間の世界の時間の流れは同じなのか? 見せてくれた朝陽のこの様子と、俺たちが天神回戦をやってる状況は、二つとも並行した時間のうえでのことなのか? リアルタイムにリンクしているのかどうかを確認したいんだ」
「りあるたいむ? りんく? あ、ああ、実際に今こうして流れている実の時間が神の世界と下界とで差異無く紐付いているかどうかということか。まったく、急に聞き慣れぬ横文字を使うでない。びっくりするじゃろうが」
唐突に馴染みのない英語を交えたみづきの問い掛けに目を丸くする日和だったが、奉納の舞の練習をする朝陽たちに視線を戻して答えた。
日和の返答は概ね予想通りで、みづきには心底満足のいくものであった。
「時の流れは天地の世界で変わることはない。朝陽が生を受けて16年と5ヶ月、ずっと見守り続けてきたのじゃ。それはこれからも、朝陽が安らかに眠るそのときが来るまで変わることはないのじゃ」
「……そうか! わかった!」
日和のその言葉を持って、いよいよ確証を握ったと判断をする。
みづきは必死の思いで脳細胞を総動員し、地平の加護の記憶を整理する補助能力を全面に頼って、このあり得ない状況を整理しようと試みていた。
時系列順に並べ替えて、いま体験しているこれがいったいどういうことなのかを理解し、傍目には空論でしかない甘い夢を現実の願望として叶えるために。
──朝陽の誕生日は忘れもしない4月4日で、夕緋が髪を切っていた年は高校一年生の時だった。16歳になって5ヶ月後の10月の秋祭り前、10月から学生服を冬服に衣替えするから、まだ夏服でいる現在は概ね9月頃だっていうのは確定だ。10月の祭りのために9月は神楽舞の練習をしていたからもう間違いない。
地平の加護のお陰で、すらすらと現状が算出されていく。
みづきが思う仮説が正しいなら、現在の時間がいつなのかを確かめるのは非常に重要であった。
──朝陽が命を落としてしまったのが俺の生きる現実世界から10年前の出来事で、そこからさらに2年くらい昔の光景が今見てるこれだ。朝陽がいなくなることになる「あれ」が起こったのは高校を卒業してすぐの春休みだった。念願叶って、ようやく朝陽と付き合い始めたすぐのことだったってのに、ちくしょうめ……。
悔しさに表情を歪めながら独り思う。
もしも、天神回戦を戦っている今の自分が、本当に12年前も昔に居るのなら。
最悪の運命である、朝陽の死亡が起こるまで、タイムリミットは2年足らず。
これが何を意味するのか、それこそ察しが良いと評されるみづきになら、この異世界渡りの物語の正体は、もうわかろうというものであった。
但し、その一方でわからないことはまだまだある。
──日和はどうして力を失い、こんなにも落ちぶれる有様に陥ってしまったんだ? 朝陽が健在なら、弱っちくなった原因は巫女がいなくなったためじゃあない。そもそも、どうして夜宵は日和とああも敵対しているんだ? 何でそんなに敵愾心を募らせているのかは、日和にもわからないって言ってたな。
天神回戦を戦う敵同士だからという理由は差し置いて、たった二人の姉妹なのだから仲良くすればいいのにと感じた。
「……なぁ、日和」
ついでに一つの素朴な疑問が浮かび、この際だからと思い切って聞いておく。
大地の守り神は何も日和だけではない。
「仮の質問、にしてはちょっと縁起でもない聞き方になるんだが……。日和と朝陽が人間の世界を守れなくなったとしてもさ、夜宵と夕緋が居るんだから急に世の中が傾くような災いは起こらないんじゃないか? 負けて眠ってる間だけでも、女神と巫女の片割れだけで何とか後を頼めないもんなのかな?」
高まった神通力の夜宵が居て、桁外れの才覚の夕緋が神水流の巫女なのだから。
天神回戦の悪影響が日和に及んだとしても、夜宵と夕緋が鎮守を祈ってくれれば。
神巫女町の未来と、朝陽と夕緋の人間の世界は平穏無事に存続しないものか。
もしそうなら、朝陽が命を落とす件の惨禍は起こらないのではないか。
しかし──。
「残念じゃが、そうはいかんのじゃよ。みづき……」
今までで一番落胆した顔で、自嘲の笑みを力無く浮かべている。
日和はみづきに真っ直ぐ向き直り、ゆっくりとまぶたを広げた。
日和は新たな記憶の映像をみづきに見せる。
そこは日和の合歓木神社で、辺りは夜の闇に沈んでいた。
徐々に目が慣れてきて、視界がぼんやりと開けてくるがそれでもまだ暗い。
いや、暗いのは当たり前だった。
新たに展開される記憶の映像は、月明かりの無い宵闇を引き連れる、幽々とした破壊神のものだったのだから。
「や、夜宵……!」
それはみづきの声か、回想の中で打ちひしぐ小さな日和の声だったのか。
境内の割れた石畳をさらに上から足の沓で踏み砕いて、仰ぎ見るほどの傲岸不遜なる巨躯を誇示して立っている。
全高18メートル以上はある大きさは正に巨人だ。
濡羽めいて妖しく艶やかな長い髪が垂れ下がり、白く冷たい顔が睨み下ろす。
群青色の唐衣をまとった姿が、恐ろしく神々しさを露わにしている。
破壊の女神、夜宵が日和の神社に暗夜と共に降臨していた。
力を失い、小さく縮んでいる日和と比べ、神通力の差は歴然であり、神格や存在感やらあらゆる要素が圧倒的に優位で、次元が違うとはこのことであった。
みづきと日和は、またもその記憶を俯瞰して眺めている格好だ。
満を持して、破壊の女神はその恐ろしい│目論見《もくろみ》を語り出す。
重い声に空気が震撼した。
「姉上、私は彼の地に破壊をもたらし、悉く滅ぼすと決めた。当代の我が巫女、夕緋を除く人間たちには滅亡の運命を押しなべて共にさせよう。破壊と創造の儀式を始めるゆえ、姉上も来るべきその時に備えておくがいい」
夜宵の口から、堂々とした破壊の宣告は下された。
彼の地とは神巫女町のことで、夕緋以外の人間には等しく滅びが与えられる。
記憶の中の日和は、唐突に布告された破滅に激しく反意を示した。
「馬鹿なっ、ならぬ! 彼の地の大地の気は問題なく落ち着いておる! まだまだ破壊をもたらすような時期ではない! 尚早もいいところなのじゃっ! 夜宵、おぬしは自分が何を言っているのかわかっておるのかっ!?」
小さい体で必死に虚勢を張り、大きく声を荒げて抗議する。
仰け反るくらい顔を上げ、高い場所にある夜宵の顔を見返して日和は叫んだ。
「朝陽も夕緋も立派に務めを果たしておるのじゃ! 今は我ら神が出る幕などではないぞっ! それゆえそのような暴挙、断じてならぬっ!」
神の威厳を失い、順列末席に甘んじていようとも、神の本分は忘れはしない。
何としても彼の聖地を守りたい。
そこに住まう人々、大地の子らの安寧を壊させてなるものか。
但し、日和の断固とした反発に夜宵は動じた様子は無く、僅かにも笑わない。
再び重低音の声が響いた。
「──姉上、勘違いをなさるな。私は破壊神夜宵の名において彼の地を滅ぼすのだ。此度はその宣告を下しに来たに過ぎない。姉上はおとなしく私の神威にただ応じてくれればよい」
夜宵の無慈悲な破壊の鉄槌だが、破壊神の役割は何も物理的な消滅や単なる殺戮だけを行うものではない。
既存の人類や社会という秩序すべてを一度は壊し、その先に大いなる変化や進化を促すものでもある。
破壊が過ぎ去った後、創造と変化の神威が世界を再び作り直していく。
破壊神は創造神との二面性を持ち、役割を兼業する一つの神として存在する場合もあれば、日和と夜宵のように二つの神で分業している場合もある。
創造の女神である日和の役目は、破壊の女神である夜宵の神威の爪痕を修復することにあった。
しかし、現在の弱り切った日和には、絶大な力を持つ夜宵の破壊に見合う創造を行うなど到底できるはずがなかったのだ。
「わ、私は認めぬぞっ! 我ら姉妹神の合意無くして、破壊と創造の儀式はまかり成らんッ! 力にものを言わせた身勝手な神威など決して許されるものかッ!」
日和は喉が潰れるほど大声で喚き続けた。
破壊と創造の摂理、その奇跡の行使を許してしまえばもう後戻りはできない。
本来は姉妹の女神が協議し、示し合わせて均衡の取れた破壊と創造を執り行わなければならないというのに。
「創造の神、日和の名において、彼の地の破壊など絶対にさせぬからなッ! 直に手を下して無辜の民を害そうなどと、それでもおぬしは天上の神かッ!?」
日和は絶対に認めはしない。正しく聖なる神であるため、身勝手な横暴で世界を滅ぼすなどもっての外。
だからこそ姉妹神同士の合意が必要なのだ。
破壊と創造の総意、互いの意思が揃わないと破壊の神威は起こせず、創造の神威も同じく然り。
それなのに、そうだというのに。
「くくくっ……! 笑わせるな、姉上……! のぼせるのは大概にするのだなあ!」
こめかみに青い血管を浮き上がらせ、笑ってはいるが激しい怒りを燃やす夜宵。
ばぁんッ、と両手で柏手を打つだけで大気が振動し、衝撃波が起こる。
途端、大地が地鳴りを轟かせて揺れ始めた。その破壊の意思一つで、夜宵は地震さえ自在に引き起こせる。
気分を害した夜宵の見下ろす地の上で、虫けらほどに小さく見える日和は破壊の洗礼に立ってはおれず、頭を抱えてうつ伏せに倒れ込んだ。
地震の揺れはしばらく続き、頭上から魂を締め上げる重圧の視線を差し向けて、日和を長く恐怖にさいなむのである。
「ひいぃ! やめるのじゃっ……! やめてくれえぇ……」
悲鳴をあげてうずくまる日和のすぐ横、神社の拝殿に吊されていたはずの大きな鈴が勢いよく飛んできて、あわや直撃するところであった。
地震の影響で最初から弱っていた紐が千切れ、がらんがらんと音をたてて参道に転がった。
石畳は割れ砕け、灯籠は倒れ、殿舎の瓦はほとんどが落ちた。
寂れて痛んでいた日和の神社は夜宵の手に掛かり、ますますぼろぼろに壊されてしまう羽目になってしまっていた。
柏手をしていた両手を離し、夜宵は情けなく縮こまる日和に溜飲を下げる。
「弱り果てて満足な創造を行えぬ体たらくは姉上の身から出た錆であろう? 神の矜持を語り、私を諫めたいというのなら、今すぐにでもあの強壮だった頃の姉上の力を取り戻して見せることだなあ」
無理だとわかり切っている難題を突きつけ、低く嗤う夜宵は悪し様。
わびしく憐れな姉に、微塵にも同情を寄せない妹は冷たい声を浴びせかける。
まだ四つん這いのまま、立ち上がれない日和は泣きそうな顔になっていた。
「そ、そんなっ……! こんなのはあんまりじゃっ! 夜宵、私とて何故このように堕ちぶれてしまったのか理由もわからぬというのに……!」
「堕落の弁など聞く耳持たぬよ。今の弱い姉上は我ら姉妹神の恥でしかない」
「うぅ、夜宵ぃ……!」
「そも、端から合意など必要ないだろう? 何故ならば、姉上はもう幾ばくもなく敗北の眠りにつくのだからな。……わかるぞ、神通力がもう尽きかけているなあ」
「そ、そこまでわかっていながら……。おぬしはぁ……」
「我が陣営の手に掛けるまでもない。他の神々か、多々良殿あたりに敗れて事切れるのを待つのでも、私は一向に構わないよ。くっくっくっ……」
もう、どうあろうとも日和の声が夜宵に届くことはなかった。
そして、どうやら夜宵は、多々良が日和に潔く敗北の眠りにつくよう迫っているのも知っているようであった。
夜宵からしても多々良が何を考えているのかはわからないが、日和が滅んでくれるのならば不明な思惑などどうだっていい。
「さて、姉上、そろそろお別れだ。敗北の眠りにつくのなら、これでしばらくの間はお互いの顔を見るのも見納めということになるなぁ……」
不敵そのものに言うと、夜宵の巨体は宙へと浮かび上がっていく。
傍若無人の破壊神は、言いたいことを言いたい放題に言い終えた。
姉を姉とも思わず、情の欠片も感じさせず敵視する。
「滅びを由とできぬのであれば、精々に足掻くことだなあ。残り僅かな神通力を紡ぎ合わせ、形勢を覆す珠玉のシキが生まれ出ずる奇跡でも願うがいいよ」
「ま、待てぇっ! 夜宵っ、そのような無体な神威、決して許さぬぞぉ……!」
夜の闇を従え、飛び去ろうとする夜宵の眼下へ日和は追いすがって叫ぶ。
その日和を流し目に睨み、夜宵の魔眼が一層強い視線で射し貫いた。
瞬間、心身の随まで畏れの気に圧され、日和は恐怖に打ち震えた。
「ひ、ひぃぃっ、ひぃぃぃ……」
あまりの恐ろしさに、知らず日和は両目から滂沱の涙を流していた。
膝はがくがくと揺れてとても立っていられない。
冷笑しながら空の彼方へ消えゆく夜宵をどうすることもできずに見送り、日和は地に両手両膝をついて再び惨めにうなだれた。
「待って……。待ってくれなのじゃぁ……。夜宵ぃ、うぅぅ……」
泣き崩れて嗚咽に背中を揺すり、廃墟同然の神社に取り残される。
このままでは為す術も無く天神回戦に敗れ、姉妹神の合意を飛ばして夜宵の思惑のままに破壊の神威を執り行われてしまう。
創造を伴わない、一方的な破壊だけの暴力が人間たちの世界を襲う。
日和は悲しみ、そして怒りに任せて大声で叫んだ。
「ちっくしょうなのじゃあッ! どうして私はこれほどまでに弱り果ててしまったのじゃッ!? 何をも叶えられぬ無力な身がこのうえも無く悔しいッ……!」
両手の拳を振り上げて、固く冷たい地面を激しく何度も叩く。
何が夜宵をそうさせるのか、思い立ったように下界を滅ぼすと言い出した。
守るべき土地、愛する巫女、加護を与える衆生、すべてを踏みにじられる。
割れた石畳に頭をこすりつけ、日和は心の底から無念を叫び、泣いた。
「朝陽、夕緋、すまぬっ! おぬしらの世界を私は守ってはやれぬのじゃあ……! すまぬうぅ……! うぐぅっ、うわあああああああぁぁぁぁぁっ……!」
みすぼらしい悲惨な姿を晒し、ひたすら涙する小さき日和を見下ろして。
怒りと悲しみの叫びを聞き、記憶の映像を覗くみづきは絶句していた。
しかし、本当に朝陽と一緒に過ごせる時間を取り戻すには、まだまだ試練を乗り越え足りないようである。
みづきは理解しなくてはならない。
──日和と朝陽の関係は教えてもらった。これからどうすればいいか、どうなっていけばいいか考えなくちゃいけない!
町に古くからある伝承は本物で、女神と巫女の在り方が重要なのはわかった。
だから日和は天神回戦を勝たなければならないし、敗北の眠りにもつけない。
朝陽が無事で天寿を全うし、正しく巫女の務めを果たす必要があるのも然りだ。
日和を勝利させ、朝陽を守れるのなら。
本当にそうならば、みづきは自身が立てたこの仮説に希望を見出し、悲願の成就を或いは見ることができる。
──今こうして俺が過ごしているのは高校生1年の時だ。夏服を着ていて夕緋が髪を切っていた頃のことか。もっとはっきりした時間の情報が知りたいな。
「日和がこの町に祀られてるっていうんならさ、この頃に何か神様に関係する行事とかは無いか? ……例えば、お祭りとかさ」
一縷の望みの確信を得るため、みづきはせっつくみたいに日和に問い掛けた。
もう一息、もう一歩、情報が欲しいその一心で。
空に浮かび、町を一望している日和は目を瞬かせながら、何か思いついたみたいにぽんと手を打った。
「祭りか。うむ、近く我ら女神を祀る祭事が、女神社で執り行われるはずじゃ」
「本当かっ! もしかして、それって10月の秋祭りのことか?!」
「そうじゃ、天下泰平に五穀豊穣、無病息災を祈る秋の鎮守の祭りじゃよ。朝陽と夕緋も今頃は準備に追われているじゃろうな。どれ、その風景を見せてやろう」
「頼む! 恩に着るぜ、日和!」
大袈裟じゃなあ、と訝しみながら日和はみづきの目を覗き込んだ。
心を通い合わせた先ほどと同様、日和の目の奥に円環の光がじわりと浮かぶ。
すると瞬時にみづきの頭の中に、解放された記憶が流れ込んできた。
再び、みづきと日和は別の場所の空中に浮かんでいて、その光景を見ていた。
今度は昼間の学校から打って変わり、夜の神社へと場面が移っていた。
そこは祭り会場となる女神社の神楽殿で、朝陽と夕緋の姿があった。
「これはここ近頃、朝陽と夕緋が神楽舞の練習をしている風景じゃ。祭事のため、ああして舞の稽古をするのを眺めるのはこの時期の楽しみでのう」
日和は目を細めて穏やかに笑みを浮かべる。
「朝陽……。夕緋……」
みづきもその懐かしい光景に頬を緩んだ。
二人は巫女装束に着替えており、大勢の小学生と思われる女の子たちに囲まれて、わいわいと楽しそうに祭りのための舞の練習をしている最中であった。
その様子を見下ろし、日和は神冥利に尽きるとばかりに微笑んでいた。
「神水流の巫女と共に舞を踊る栄誉を授かると、病気をせず健康でいられるだけでなく、開運の御利益を得られて将来安泰というのじゃから、小さき踊り子たちにも朝陽と夕緋は大人気なのじゃよ。祭りを盛り上げてくれる子らのため、私も加護をふんだんに与えられるよう頑張らねばならんのう」
練習風景は華やいでおり、少女たちと舞を踊る朝陽と夕緋に熱が入る。
録音された御神楽の音楽が再生機から流れていて、本番は大人たちによる楽器の生演奏と歌方による歌唱が厳かに行われる。
巫女神楽なる奉納の舞を大地の神に捧げ、平和を祈り、神の恵みに感謝をする。
平和を祈るのが「浦安の舞」。
神の恵みに感謝をするのが「豊栄の舞」。
朝陽と夕緋は両方とも踊ることになるが、参加する女児の人数が多いのでこちらは二部制に分けて顔ぶれを入れ替える。
夕緋は最後までの長丁場を持ち前の身体能力でキレ良く踊り切るものの、朝陽は後半疲れが見え始め、一生懸命に踊るのだが心身がくたくたになってしまう。
「頑張れ、朝陽……! 超頑張れっ……!」
今年も神楽舞に奮闘する朝陽に、みづきは小声で声援を送るのであった。
そして、この舞の練習風景を見て、自分が置かれている状況が理解できた。
駄目押しにみづきは日和に確認を求める。
「なぁ、日和、教えて欲しいんだ」
「何じゃ? 何なりと聞くがよいぞ。みづきの知りたいことなら幾らでも答えようなのじゃ」
日和の機嫌は上々で、今なら何でも教えてくれそうだ。
そして、この質問は核心を突く決定的なものになる。
「神様の世界と、この人間の世界の時間の流れは同じなのか? 見せてくれた朝陽のこの様子と、俺たちが天神回戦をやってる状況は、二つとも並行した時間のうえでのことなのか? リアルタイムにリンクしているのかどうかを確認したいんだ」
「りあるたいむ? りんく? あ、ああ、実際に今こうして流れている実の時間が神の世界と下界とで差異無く紐付いているかどうかということか。まったく、急に聞き慣れぬ横文字を使うでない。びっくりするじゃろうが」
唐突に馴染みのない英語を交えたみづきの問い掛けに目を丸くする日和だったが、奉納の舞の練習をする朝陽たちに視線を戻して答えた。
日和の返答は概ね予想通りで、みづきには心底満足のいくものであった。
「時の流れは天地の世界で変わることはない。朝陽が生を受けて16年と5ヶ月、ずっと見守り続けてきたのじゃ。それはこれからも、朝陽が安らかに眠るそのときが来るまで変わることはないのじゃ」
「……そうか! わかった!」
日和のその言葉を持って、いよいよ確証を握ったと判断をする。
みづきは必死の思いで脳細胞を総動員し、地平の加護の記憶を整理する補助能力を全面に頼って、このあり得ない状況を整理しようと試みていた。
時系列順に並べ替えて、いま体験しているこれがいったいどういうことなのかを理解し、傍目には空論でしかない甘い夢を現実の願望として叶えるために。
──朝陽の誕生日は忘れもしない4月4日で、夕緋が髪を切っていた年は高校一年生の時だった。16歳になって5ヶ月後の10月の秋祭り前、10月から学生服を冬服に衣替えするから、まだ夏服でいる現在は概ね9月頃だっていうのは確定だ。10月の祭りのために9月は神楽舞の練習をしていたからもう間違いない。
地平の加護のお陰で、すらすらと現状が算出されていく。
みづきが思う仮説が正しいなら、現在の時間がいつなのかを確かめるのは非常に重要であった。
──朝陽が命を落としてしまったのが俺の生きる現実世界から10年前の出来事で、そこからさらに2年くらい昔の光景が今見てるこれだ。朝陽がいなくなることになる「あれ」が起こったのは高校を卒業してすぐの春休みだった。念願叶って、ようやく朝陽と付き合い始めたすぐのことだったってのに、ちくしょうめ……。
悔しさに表情を歪めながら独り思う。
もしも、天神回戦を戦っている今の自分が、本当に12年前も昔に居るのなら。
最悪の運命である、朝陽の死亡が起こるまで、タイムリミットは2年足らず。
これが何を意味するのか、それこそ察しが良いと評されるみづきになら、この異世界渡りの物語の正体は、もうわかろうというものであった。
但し、その一方でわからないことはまだまだある。
──日和はどうして力を失い、こんなにも落ちぶれる有様に陥ってしまったんだ? 朝陽が健在なら、弱っちくなった原因は巫女がいなくなったためじゃあない。そもそも、どうして夜宵は日和とああも敵対しているんだ? 何でそんなに敵愾心を募らせているのかは、日和にもわからないって言ってたな。
天神回戦を戦う敵同士だからという理由は差し置いて、たった二人の姉妹なのだから仲良くすればいいのにと感じた。
「……なぁ、日和」
ついでに一つの素朴な疑問が浮かび、この際だからと思い切って聞いておく。
大地の守り神は何も日和だけではない。
「仮の質問、にしてはちょっと縁起でもない聞き方になるんだが……。日和と朝陽が人間の世界を守れなくなったとしてもさ、夜宵と夕緋が居るんだから急に世の中が傾くような災いは起こらないんじゃないか? 負けて眠ってる間だけでも、女神と巫女の片割れだけで何とか後を頼めないもんなのかな?」
高まった神通力の夜宵が居て、桁外れの才覚の夕緋が神水流の巫女なのだから。
天神回戦の悪影響が日和に及んだとしても、夜宵と夕緋が鎮守を祈ってくれれば。
神巫女町の未来と、朝陽と夕緋の人間の世界は平穏無事に存続しないものか。
もしそうなら、朝陽が命を落とす件の惨禍は起こらないのではないか。
しかし──。
「残念じゃが、そうはいかんのじゃよ。みづき……」
今までで一番落胆した顔で、自嘲の笑みを力無く浮かべている。
日和はみづきに真っ直ぐ向き直り、ゆっくりとまぶたを広げた。
日和は新たな記憶の映像をみづきに見せる。
そこは日和の合歓木神社で、辺りは夜の闇に沈んでいた。
徐々に目が慣れてきて、視界がぼんやりと開けてくるがそれでもまだ暗い。
いや、暗いのは当たり前だった。
新たに展開される記憶の映像は、月明かりの無い宵闇を引き連れる、幽々とした破壊神のものだったのだから。
「や、夜宵……!」
それはみづきの声か、回想の中で打ちひしぐ小さな日和の声だったのか。
境内の割れた石畳をさらに上から足の沓で踏み砕いて、仰ぎ見るほどの傲岸不遜なる巨躯を誇示して立っている。
全高18メートル以上はある大きさは正に巨人だ。
濡羽めいて妖しく艶やかな長い髪が垂れ下がり、白く冷たい顔が睨み下ろす。
群青色の唐衣をまとった姿が、恐ろしく神々しさを露わにしている。
破壊の女神、夜宵が日和の神社に暗夜と共に降臨していた。
力を失い、小さく縮んでいる日和と比べ、神通力の差は歴然であり、神格や存在感やらあらゆる要素が圧倒的に優位で、次元が違うとはこのことであった。
みづきと日和は、またもその記憶を俯瞰して眺めている格好だ。
満を持して、破壊の女神はその恐ろしい│目論見《もくろみ》を語り出す。
重い声に空気が震撼した。
「姉上、私は彼の地に破壊をもたらし、悉く滅ぼすと決めた。当代の我が巫女、夕緋を除く人間たちには滅亡の運命を押しなべて共にさせよう。破壊と創造の儀式を始めるゆえ、姉上も来るべきその時に備えておくがいい」
夜宵の口から、堂々とした破壊の宣告は下された。
彼の地とは神巫女町のことで、夕緋以外の人間には等しく滅びが与えられる。
記憶の中の日和は、唐突に布告された破滅に激しく反意を示した。
「馬鹿なっ、ならぬ! 彼の地の大地の気は問題なく落ち着いておる! まだまだ破壊をもたらすような時期ではない! 尚早もいいところなのじゃっ! 夜宵、おぬしは自分が何を言っているのかわかっておるのかっ!?」
小さい体で必死に虚勢を張り、大きく声を荒げて抗議する。
仰け反るくらい顔を上げ、高い場所にある夜宵の顔を見返して日和は叫んだ。
「朝陽も夕緋も立派に務めを果たしておるのじゃ! 今は我ら神が出る幕などではないぞっ! それゆえそのような暴挙、断じてならぬっ!」
神の威厳を失い、順列末席に甘んじていようとも、神の本分は忘れはしない。
何としても彼の聖地を守りたい。
そこに住まう人々、大地の子らの安寧を壊させてなるものか。
但し、日和の断固とした反発に夜宵は動じた様子は無く、僅かにも笑わない。
再び重低音の声が響いた。
「──姉上、勘違いをなさるな。私は破壊神夜宵の名において彼の地を滅ぼすのだ。此度はその宣告を下しに来たに過ぎない。姉上はおとなしく私の神威にただ応じてくれればよい」
夜宵の無慈悲な破壊の鉄槌だが、破壊神の役割は何も物理的な消滅や単なる殺戮だけを行うものではない。
既存の人類や社会という秩序すべてを一度は壊し、その先に大いなる変化や進化を促すものでもある。
破壊が過ぎ去った後、創造と変化の神威が世界を再び作り直していく。
破壊神は創造神との二面性を持ち、役割を兼業する一つの神として存在する場合もあれば、日和と夜宵のように二つの神で分業している場合もある。
創造の女神である日和の役目は、破壊の女神である夜宵の神威の爪痕を修復することにあった。
しかし、現在の弱り切った日和には、絶大な力を持つ夜宵の破壊に見合う創造を行うなど到底できるはずがなかったのだ。
「わ、私は認めぬぞっ! 我ら姉妹神の合意無くして、破壊と創造の儀式はまかり成らんッ! 力にものを言わせた身勝手な神威など決して許されるものかッ!」
日和は喉が潰れるほど大声で喚き続けた。
破壊と創造の摂理、その奇跡の行使を許してしまえばもう後戻りはできない。
本来は姉妹の女神が協議し、示し合わせて均衡の取れた破壊と創造を執り行わなければならないというのに。
「創造の神、日和の名において、彼の地の破壊など絶対にさせぬからなッ! 直に手を下して無辜の民を害そうなどと、それでもおぬしは天上の神かッ!?」
日和は絶対に認めはしない。正しく聖なる神であるため、身勝手な横暴で世界を滅ぼすなどもっての外。
だからこそ姉妹神同士の合意が必要なのだ。
破壊と創造の総意、互いの意思が揃わないと破壊の神威は起こせず、創造の神威も同じく然り。
それなのに、そうだというのに。
「くくくっ……! 笑わせるな、姉上……! のぼせるのは大概にするのだなあ!」
こめかみに青い血管を浮き上がらせ、笑ってはいるが激しい怒りを燃やす夜宵。
ばぁんッ、と両手で柏手を打つだけで大気が振動し、衝撃波が起こる。
途端、大地が地鳴りを轟かせて揺れ始めた。その破壊の意思一つで、夜宵は地震さえ自在に引き起こせる。
気分を害した夜宵の見下ろす地の上で、虫けらほどに小さく見える日和は破壊の洗礼に立ってはおれず、頭を抱えてうつ伏せに倒れ込んだ。
地震の揺れはしばらく続き、頭上から魂を締め上げる重圧の視線を差し向けて、日和を長く恐怖にさいなむのである。
「ひいぃ! やめるのじゃっ……! やめてくれえぇ……」
悲鳴をあげてうずくまる日和のすぐ横、神社の拝殿に吊されていたはずの大きな鈴が勢いよく飛んできて、あわや直撃するところであった。
地震の影響で最初から弱っていた紐が千切れ、がらんがらんと音をたてて参道に転がった。
石畳は割れ砕け、灯籠は倒れ、殿舎の瓦はほとんどが落ちた。
寂れて痛んでいた日和の神社は夜宵の手に掛かり、ますますぼろぼろに壊されてしまう羽目になってしまっていた。
柏手をしていた両手を離し、夜宵は情けなく縮こまる日和に溜飲を下げる。
「弱り果てて満足な創造を行えぬ体たらくは姉上の身から出た錆であろう? 神の矜持を語り、私を諫めたいというのなら、今すぐにでもあの強壮だった頃の姉上の力を取り戻して見せることだなあ」
無理だとわかり切っている難題を突きつけ、低く嗤う夜宵は悪し様。
わびしく憐れな姉に、微塵にも同情を寄せない妹は冷たい声を浴びせかける。
まだ四つん這いのまま、立ち上がれない日和は泣きそうな顔になっていた。
「そ、そんなっ……! こんなのはあんまりじゃっ! 夜宵、私とて何故このように堕ちぶれてしまったのか理由もわからぬというのに……!」
「堕落の弁など聞く耳持たぬよ。今の弱い姉上は我ら姉妹神の恥でしかない」
「うぅ、夜宵ぃ……!」
「そも、端から合意など必要ないだろう? 何故ならば、姉上はもう幾ばくもなく敗北の眠りにつくのだからな。……わかるぞ、神通力がもう尽きかけているなあ」
「そ、そこまでわかっていながら……。おぬしはぁ……」
「我が陣営の手に掛けるまでもない。他の神々か、多々良殿あたりに敗れて事切れるのを待つのでも、私は一向に構わないよ。くっくっくっ……」
もう、どうあろうとも日和の声が夜宵に届くことはなかった。
そして、どうやら夜宵は、多々良が日和に潔く敗北の眠りにつくよう迫っているのも知っているようであった。
夜宵からしても多々良が何を考えているのかはわからないが、日和が滅んでくれるのならば不明な思惑などどうだっていい。
「さて、姉上、そろそろお別れだ。敗北の眠りにつくのなら、これでしばらくの間はお互いの顔を見るのも見納めということになるなぁ……」
不敵そのものに言うと、夜宵の巨体は宙へと浮かび上がっていく。
傍若無人の破壊神は、言いたいことを言いたい放題に言い終えた。
姉を姉とも思わず、情の欠片も感じさせず敵視する。
「滅びを由とできぬのであれば、精々に足掻くことだなあ。残り僅かな神通力を紡ぎ合わせ、形勢を覆す珠玉のシキが生まれ出ずる奇跡でも願うがいいよ」
「ま、待てぇっ! 夜宵っ、そのような無体な神威、決して許さぬぞぉ……!」
夜の闇を従え、飛び去ろうとする夜宵の眼下へ日和は追いすがって叫ぶ。
その日和を流し目に睨み、夜宵の魔眼が一層強い視線で射し貫いた。
瞬間、心身の随まで畏れの気に圧され、日和は恐怖に打ち震えた。
「ひ、ひぃぃっ、ひぃぃぃ……」
あまりの恐ろしさに、知らず日和は両目から滂沱の涙を流していた。
膝はがくがくと揺れてとても立っていられない。
冷笑しながら空の彼方へ消えゆく夜宵をどうすることもできずに見送り、日和は地に両手両膝をついて再び惨めにうなだれた。
「待って……。待ってくれなのじゃぁ……。夜宵ぃ、うぅぅ……」
泣き崩れて嗚咽に背中を揺すり、廃墟同然の神社に取り残される。
このままでは為す術も無く天神回戦に敗れ、姉妹神の合意を飛ばして夜宵の思惑のままに破壊の神威を執り行われてしまう。
創造を伴わない、一方的な破壊だけの暴力が人間たちの世界を襲う。
日和は悲しみ、そして怒りに任せて大声で叫んだ。
「ちっくしょうなのじゃあッ! どうして私はこれほどまでに弱り果ててしまったのじゃッ!? 何をも叶えられぬ無力な身がこのうえも無く悔しいッ……!」
両手の拳を振り上げて、固く冷たい地面を激しく何度も叩く。
何が夜宵をそうさせるのか、思い立ったように下界を滅ぼすと言い出した。
守るべき土地、愛する巫女、加護を与える衆生、すべてを踏みにじられる。
割れた石畳に頭をこすりつけ、日和は心の底から無念を叫び、泣いた。
「朝陽、夕緋、すまぬっ! おぬしらの世界を私は守ってはやれぬのじゃあ……! すまぬうぅ……! うぐぅっ、うわあああああああぁぁぁぁぁっ……!」
みすぼらしい悲惨な姿を晒し、ひたすら涙する小さき日和を見下ろして。
怒りと悲しみの叫びを聞き、記憶の映像を覗くみづきは絶句していた。
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