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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第137話 悩める雛月、逆襲の雛月

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「うぅーむ、ぐぬぬ……! ぶはぁーっ……」

 一通りの事象の精査を経て、三月は難しい顔で弱り切っていた。

 拾い上げてきた情報量の多さと、複雑で込み入った事情にうんざりする。
 女神様の試練は思っていたよりもはるかに困難であった。

「俺さ、この異世界の冒険をちょっと舐めてたよ……。単純にダンジョンの奥まで行ってしまえば終わりだと思ってたんだ……」

「ふふっ、そう簡単にはいかないみたいだね。迷宮の異世界のいきさつは思うより随分と複雑だ。パンドラの地下迷宮の深奥に至ることの他に、それを取り巻く様々な事柄について、何が何故そうなったのか因果関係を解き明かす必要があるね」

 対照的に楽しそうににこにこしている雛月に、三月はますます顔色を曇らせる。
 だから、情けないとは思いつつも弱音が漏れ出てしまった。

「なぁ、雛月……。もうそういう面倒ごとはすっ飛ばして、パンドラの底まで一気に行っちまえば俺の物語は終わったことにはならないか? この分じゃ、いつになったら夕緋のもとに帰れるかわかったもんじゃない……。まだあっちの──、神様の世界の話だって全然進んでないってのに……」

「駄目駄目、ちゃんと全部の謎を解いて真相に至ったうえで、パンドラの地下迷宮の踏破を果たさなきゃ意味がない。まぁ確かに、迷宮の異世界だけじゃなく、神々の異世界の試練も達成させる必要があるんだから大変だよね。同情はするよ」

 眉を八の字にした困り顔で、雛月はくすくす笑っている。
 諦めるしかないのかもしれないが、そんな無理難題を押し付けられては八つ当たりの一つもしたくなる。

 と、三月は何かを思いついて、ぱっと表情を明るくするとニヤリと笑った。

「あー、そうだなぁ。正直、まだまだわからないことや知らないことが多過ぎる。愚痴なんて言ってる場合じゃないし、もっと努力して頑張らないとなー」

 三月はわざとらしい口調で言うと、きょとんとしている雛月に視線を向けた。

「でも、努力して頑張らないといけないのは、雛月も同じだよなー?」

「ぼくも同じ? どういうことさ?」

「星の加護の、エルトゥリンのことだよ。洞察失敗なんて初めて聞いたぞ」

「あっ! うぐぐっ……!?」

 三月の指摘を受けた雛月の反応はわかりやすいものだった。

 飄々ひょうひょうとしているトリックスターな一面はどこへやら。
 途端、雛月はぐうの音も出ない様子で慌て始めた。


■相変わらずの星の加護

「だ、だって、しょうがないだろっ! 星の加護が強すぎるんだよっ……!」

 いやいやをする子供みたいに、両手をぶんぶんと振って抗議する雛月。
 こんなに狼狽うろたえる姿を見られると思っていなかった三月は逆に驚いてしまう。

 雛月の不満と憤慨は止まらない。

「あれだけわかりやすくて強力な加護もあったもんじゃない! しかも、あんなに出鱈目でたらめな奥の手を隠していたなんて! 雪男をこてんぱんにしたあの尋常ならない力は三月だって見ただろう!?」

「お、おう。あれはすごかったよな……」

「星の加護の輝きは眩しすぎるっ! 理不尽だっ、不条理だっ! こんなにも羨望せんぼうの思いに駆られるとは思いもしなかった! 洞察できなかったことが本当に悔しくて堪らないっ!」

「お、落ち着けって、雛月……」

 なだめすかそうとすると、雛月はじろりと睨んでくる。
 真っ赤な顔をして瞳を潤ませ、怒りに全身をぶるぶる震わせたかと思うと、急に炬燵テーブルに両手を付いて頭を垂れた。
 わかりやすく悔しがり、がっくりと意気消沈してしまっている。

「……ぼくだって反省してる。力及ばず、ごめんなさい。魔力切れを起こしたアイアノアを見捨てなかったみたいに、機能不全なぼくのことも見捨てないでくれ」

 ゆっくりと顔を上げる雛月のしょげた顔は、何か失敗をして三月に泣きついてきた思い出の中の朝陽の顔とまったく同じだった。

 思いがけず、もう見られないと思っていた大切な少女の顔を見て、過去の慕情ぼじょうに心がずきんと痛んだ。

「あ、あさ……」

 思わず雛月を朝陽の名で呼びそうになってしまい、口をつぐむ。
 その間にも星の加護打倒に執念を燃やし、地平の加護の疑似人格は独り言を続けていた。

「はぁぁ……。エルトゥリンの天性の適合ゆえか、元々そういうものなのか星の加護は規格外過ぎて、全く洞察することができない。これじゃあ、地平の加護たるぼくの立つ瀬が無いよ……。引き続き、星の加護の洞察は進める。絶対にあの力は暴いて見せるからね……!」

 自らの力に絶対の自信を持つ反面、圧倒的力量差のある対象相手には十八番おはこたる洞察能力が機能させられず、雛月は悔しくてしょうがない。
 がばっと前のめりに身を乗り出し、意外な一面を見せる朝陽そっくりの顔が必死な笑みをひくひくさせていた。

「いいかい、三月! それまではエルトゥリンと敵対するようなことがあってはならないぞ。──って、聞いてるのかい?」

「……あぁ、聞いてるよ」

 ぼうっとした感覚のなか、三月は我に返った。
 どうやっても雛月に朝陽の面影を感じてしまい、力無い笑みが浮かんだ。

「何なら、星の加護を使うエルトゥリンと手合わせしてくれても構わないよっ。そうすれば今よりもましな洞察ができるはずだっ!」

「それは断る」


■理不尽の代償

「むむぅ、話の分からない三月め……。あっ、そうだ!」

 渋い顔をして口を尖らせる雛月は、ふと何か思いついたように顔を輝かせた。

「な、何だよ?」

 さっきの今のことである。
 三月は予想していた。
 きっと雛月も仕返しに何か突拍子も無いことを仕掛けてくると。

「夕緋の後ろにいたあの二人、フィニスと蜘蛛の着物の男についてわかったことがあるんだ。今からそれをテレビに映すから傾注けいちゅうしてくれたまえ」

 しかし、意外にもまともで重要な情報の更新だったようで肩透かしを食う。

 気の利いた報復を思いつかなかったかと思いきや、雛月に限ってそうした不手際ふてぎわは無かったと一瞬でも油断したのを後悔した。

 液晶の黒い画面にとある静止画が映し出され、雛月が素っ頓狂な声をあげるのと三月が衝撃に噴き出すのは同時だった。

「あ、間違えたー」

「ぶはっ!?」

 画面に突如映し出されたのは、いつかパンドラの地下迷宮を探索した際のもの。

 幾重に及んだ罠の部屋にて、ミミックが擬態した宝箱の中を三月の地平の加護で透視した時のことである。
 透視の能力を付与させたまま、ぎらぎらと光る目で振り返った直後──。

『その目でこっち見ちゃ駄目ぇっ!!』

『ウギャアアアアアァァァァーーッ!? く、首がっ……! 首がぁ、うぅ……』

 エルトゥリンの叫びと、顔と首に走った激痛は忘れもしない。
 しかし、三月は確かに目撃していたのだ。

『ミ、ミヅキが悪いんだからねっ! そんないやらしい目で姉様と私を見ようとするから……!』

『う、うふふ……。もう、ミヅキ様ったら……』

 それはアイアノアとエルトゥリンの、生まれたままのあられもない姿であった。
 テレビ画面に映ったのは、あの時に三月が見たエルフ姉妹の裸体。

 もちろん肝心な局部は、察した彼女たちの手で隠されていたが、健康的で美しく、艶めかしい姿は三月の脳を直撃した。

「ひっ、雛月、お前、馬鹿っ……! いったい何を見せてんだよっ!?」

「てへっ、ちょっと間違えただけだよ。ごめんごめん」

 画面から目をそらして気を動転させる三月を見て、雛月は自分の頭を小突く仕草で少しも反省していない反省のポーズを取り、赤い舌をぺろっと出した。
 臆面もなく、てへぺろを実行する奴なんて初めて見た。

「やれやれ、困るな、三月。地平の加護をこんな風に悪用して女の子の裸を覗こうだなんてさ……。星の加護を洞察できかねてるぼくのことを、とやかくは言えないんじゃないかなぁ?」

 からかう気全開のじと目で薄ら笑い、三月を横目にみやる。

「こんなことしてるのが、まかり間違って夕緋に知られたりなんかしたら……。ぼくはもう知らないからね」

「う、うぐぐ……!」

 どうやって伝えるのかは知らないが、夕緋にばれるなど本気で恐ろしい。
 星の加護の強さを見せつけられてなお、三月は夕緋のほうが怖いのである。

「ふむふむ」

 当のいたずら実行犯は、そのまま卑猥ひわいな静止画像をじっと凝視していた。

 豊満な乳房と魅惑の股間を手で隠す困り顔のアイアノア。
 身をよじって片手で姉と同じくらいの豊かな胸を隠し、もう片方の手は三月の首に深刻なダメージを与えた平手打ちの後の格好のエルトゥリン。

「──でも、よく撮れてる。ベストショットと言ってもいいね。ちゃんと保存して消したりしないから安心してよ。くすくす……」

 また頬杖をついて、意地悪そうに三月を見ながら笑う。

「記憶から抹消してくれ、と強く言えない自分が情けない……」

「ふふっ、欲望に素直な三月もぼくは好きだよ」

 さっきの仕返しが確実に返礼されたのを無念に思いつつ、魅力溢れるエルフ姉妹のイヤーンな画像が気になって気になってしょうがないのだった。
 雛月もそんな三月を見て愉快そうにしていた。

「さて、冗談はそのくらいにして、せっかく決死の覚悟で見てきた情報だ。三月が見定めておかなければ意味がないよ。ほら、ちゃんと二人のことを見て」

「え、えぇ……?」

 雛月はもういつもの超然とした感じに戻っていた。
 そして、何とあるまじきことにエルフ美少女たちのヌードシーンを見るよう強要してきたのである。
 これでは三月も見ない訳にはいかない、やむを得ないし仕方がない。

「ま、まったく、雛月がどうしてもって言うなら……。って、これは……!」

 他に打つ手なしのていを装い、下心ありありで画面を見た三月だったが、すぐ驚きに目を丸くする。

 妖艶ようえんな肢体は一旦差し置き、それとは別で注目するものがあった。
 彼女らの前胸部ぜんきょうぶ胸間きょうかんの上あたり。

「──魔石、か? 二人の胸のところのこれは……」

 アイアノアには花緑青はなろくしょう色のエメラルド。
 エルトゥリンには青色のサファイア。
 5センチ程度の輝く宝石のような物が胸にくっついている。

 何故かはわからないが、見た瞬間に魔石ではないかと三月は思った。
 雛月は興味深そうにそれらを眺めている。

「これが太陽と星の加護の本体だろうね。魔石によく似ていて、二人の肉体に埋め込まれ、生体融合しているみたいだ。いやはや、エルフの外科手術のレベルの高さには驚かされるね。どう考えたってあの世界で可能な技術の範疇はんちゅうを超えている」

 そして、くっくっく、と冗談ぽく笑った。

 これは、魔力切れのアイアノアを洞察した際にわかってしまったことの一つ。
 仕返しも兼ねて、必要だったから雛月はこの画像を見せたのだろう。

 三月はエルフ姉妹の裸体を見るのを役得やくとくと感じつつも、相変わらずな雛月の周到な働き掛けに舌を巻くのであった。

「そういうつもりで覗いた訳じゃないんだが、やれやれ……」

「本当にアイアノアとエルトゥリンはどういう経緯で太陽と星の加護を手に入れたんだろう。正直言って、あの二つの加護は地平の加護と同じく、エルフ程度に用意できるような尋常の代物じゃあない。神様から授かり受けた、だなんて曖昧な情報じゃなくて、もっと具体的で詳細な話が聞きたいね。どうやるかは三月に任せる」

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