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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第135話 迷宮の異世界座談会1
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■10年前のパンドラの異変
「パンドラの異変について、うまく解き明かしたみたいだね。お疲れ様」
まず取り沙汰したのは、パンドラの地下迷宮で10年前に起こった異変のこと。
迷宮の異世界の様々な事件が起こる転機となった重大な出来事だ。
「始まりは大きな地震だった。街に多大な被害をもたらしただけでなく、パンドラの地下迷宮から逃げ出すように大量の魔物が発生して、冒険者や兵士を総動員した大規模な戦闘が勃発した。その中には当時のパメラさん、ゴージィ親分にガストンさん、そしてアシュレイさんもいた」
雛月がテレビに目線をやると、画面に獣面の巨人の怪物が映った。
アシュレイが戦い、命を落とすことになった発端の魔物。
「この時に後に伝説となる魔物が現れる。通り名は雪男、その正体は全身毛むくじゃらのミスリルゴーレムだ。その真の名は饕餮の戟雷。神話に出てくる悪神の「四凶」が一柱だよ。中世風ファンタジー世界にはどうにも不似合いな感じだね」
「アシュレイさんはあいつは異世界から来たって言ってた。異界の神獣って呼ばれてて、全部で七体もいるって……。なぁ、雛月、思ったんだけど、俺があの異世界で最初に出くわしたドラゴンも、もしかしたら……」
三月は初の異世界のダンジョンでの、初のモンスター遭遇のことを思い出す。
巨大な赤い体躯、鉄をも溶かす炎を吐く、伝説の魔物たるレッドドラゴン。
アイアノアとエルトゥリンが助けに駆けつけてくれなければ、キッキとガストン共々今頃は灰になっていただろう。
「ああ、そうだね、三月。おそらくあれも雪男と同一の存在だろう。三月が感じた脅威の一致はぼくのほうでも確認済みだ。パンドラの異変と時を同じくして異世界から現れた七体の強力な魔物たち。こいつらの存在が、パンドラの地下迷宮を狂わせたと言っても過言ではないかもしれないね」
雛月もそれに同意し、大きく頷く。
異変があってからというもの、異界の神獣が闊歩する魔窟と化したダンジョンはどういう理由なのか、奈落の底より異常な量の魔素が湧き上がるようになる。
それに伴い、ダンジョンには魔法生物を中心とした危険な魔物が出没するようになり、生成される罠も凶悪化し、人々を寄せ付けない魔境へと変貌していった。
一層鋭い眼光を三月に向け、雛月は問うように言う。
「そして、何故パンドラの地下迷宮に三月の生まれ故郷である、神巫女町の廃墟があったのか? 三月はダンジョンの地下での地殻変動を予想していたよね? パンドラ奥深くに眠る神巫女町の廃墟、何か思い当たることがあるんじゃないかな?」
理由は不明だが、廃墟となった故郷の街が地下迷宮の奥底にあった。
我が物顔でねり歩く戟雷という魔物と、ビルの屋上に佇む蜘蛛の着物の男。
「……」
ただ、三月は答えない。
蒼白な顔色で唇をつぐみ、苦虫を噛み潰したように表情を歪めている。
絞り出す声で何とか答えると、雛月はふふんと鼻を鳴らした。
「……悪い。それは思い出したく、ない……。すまん……」
「わかった、いいよ。この話はいずれまた」
■アイアノアとの魔力循環
「その伝説の魔物を倒す決め手ともなった三月とアイアノアの魔力の巡り──」
雛月はふぅむ、と唸ってテレビに映した三月とアイアノアが手を握り合う様子をまじまじと見つめている。
ついでに、ミニ瞬転の鳥居に詰まったアイアノアのお尻をミヅキが大胆に鷲掴みにして押し出している映像も流れ、三月はまたも羞恥に頭を抱えた。
「なるほど、房中術の内丹か。男女の陰陽の気の循環を魔力供給に転用させるとは、三月は博識だな。地平の加護を通じ、あれを成功させられたのは三月の確かな知識があってこそだよ。──まぁ、その糸口を掴んだのが、アイアノアのお尻を掴んだ時だったなんて冗談とラッキースケベが過ぎるな。こりゃ傑作、あっはっは」
「うまいこと言ったみたいなドヤ顔するのはやめてもらえませんかね……!」
けらけら笑う雛月を仏頂面の三月が睨む。
ひとしきり笑った後、雛月は両手の指を絡めて組んで、ぱっとまた離した。
「ただ、今後、神の力を使って戦うときは、常にアイアノアと手を繋いでなきゃいけない訳だから、ちょっとそのあたりをどうやっていくのか考えないといけないね。まさか、ずっと仲良く手を繋いだままダンジョンを往くつもりかい? あまり度が過ぎるとエルトゥリンにやきもち焼かれる程度じゃ済まなくなるぞ」
「そ、それは確かに……」
アイアノアに一目惚れした宣言をされた時の、氷のように冷えた目つきのエルトゥリンの眼差しは、何だったら蜘蛛の着物の男の恐ろしい視線に匹敵する、かも。
また青ざめる三月に首を左右に振り、雛月はやれやれ、といった感で言った。
「三月とアイアノアがしたのは一種の体交法だ。シキに変身できる三月はともかく、アイアノアはか弱い女の子なんだから最前線の危険から遠ざけつつ、充分な魔力を供給する方法を考えていこうじゃないか」
■魔石という存在
「あと、手を繋ぐだけの内丹であれだけのことができたのは、三月のつくったミスリルの魔石のおかげに他ならない。我ながら、あんな物を作れてしまう地平の加護の万能性には空恐ろしささえ感じるね」
「はいはい、雛月様がアイアノアたちの持ってた魔石を洞察するよう俺に強要したおかげですよ。あの感覚、何か行動を操られてるみたいで気持ち悪いんだよな」
「まぁまぁ、そう言わずに。大事なことを見過ごして、いざというときに困るのは嫌だろう。三月を正しく導くのがぼくの役目なんだから我慢してよ」
「いや、まぁ魔石を洞察して作れるようにするのは賛成だよ。あれは、可搬できる強力な外部エネルギー源になる。多分、込められるのは魔力だけじゃない」
察しの良い三月に満足気に頷いている雛月の傍ら。
三月も負けじとあの時のことを思い出すと、テレビ画面にゴージィ親分の武具屋にて、アイアノアが取り出した魔石を洞察するシーンが映った。
アシュレイの記憶を投影した時同様、雛月の能力をコピーできたことにちょっと得意気になる。
どうだとばかりに見返すと、雛月もこちらを見つめていて微笑んでいた。
いちいちドキッとしてしまう自分が悔しい。
「うん、よく出来ました。三月が成長するのを見るのはぼくも嬉しいよ」
そして、目をすっと細めると意味ありげなことを言うのだった。
「これから魔石という存在は、三月の物語において重要な役割を果たすことになるだろう。これ以上はぼくの守秘義務のルールに抵触するから詳しくは教えられないけど、迷宮の異世界の三月の身体とは切っても切れない関係、とだけ言っておくね」
■商工会会頭ギルダーという男
「そういえば、ギルダーとは仲良くなれそうかい?」
出し抜けに雛月が言い出したのは、同時にテレビに映したライオン顔の獣人。
当初に思っていたような悪人ではなく、美徳の経営者の顔を見せるギルダー。
「彼みたいなのは嫌いじゃないだろ? キッキにはえらく嫌われてるけど、パメラさんからはそうでもないみたいだね。付き合いも長いようだし」
借金のカタに店を手放して自分の所に来るよう言い寄るという、いかにも悪そうな絡み方で馴れ馴れしくパメラの肩を抱くギルダーがテレビに映っている。
今思えば本当に嫌がっていたのなら、パメラはギルダーくらいの大男だろうと簡単に振り払い、逆にとっちめてしまうこともできたのではないだろうか。
王国きっての冒険者の肩書きは今も健在だ。
一線を引いたとはいえ、そんな彼女はとても侮れる相手ではない。
それなのにあの間柄でいられることは、それ自体が答えかもしれない。
三月は思わず吹き出していた。
「多分だけどさ、パメラさんとアシュレイさんが良い仲になる前から片思いしてたんじゃないかな、ギルダーの旦那は」
「で、パンドラの異変後、多少強引だったみたいけどパメラさんの宿屋を援助して、必死に気を引こうとしてたなんて、何だか可愛らしいじゃないか。あはは」
そうだな、と雛月と顔を見合わせて笑う。
意見が合ったところで、雛月はこの話題の要点を告げた。
その内容は三月にも合点のいくもので、すんなりと納得することができた。
やはり、同じ人格が元になっている雛月とは馬が合う。
「ダンジョン攻略と、あの街でうまくやっていくには商工会の協力は必要不可欠だ。トリスの街の支配者はまだ見ぬセレスティアル家の領主様だけど、ギルダーのほうが街の人たちによく顔が利くだろう」
「持って帰ってきたミスリルの引き取りとか、これからも色々と世話になるだろうからなぁ。確かに仲良くなっておいて損はないな」
「ギルダーの旦那と仲良くなるためには、もっと彼等の過去を知る必要があるね。個人的にはパメラさんの冒険者時代の話、とても興味があるんだけど三月はどう?」
「すごく気になる」
「パンドラの異変について、うまく解き明かしたみたいだね。お疲れ様」
まず取り沙汰したのは、パンドラの地下迷宮で10年前に起こった異変のこと。
迷宮の異世界の様々な事件が起こる転機となった重大な出来事だ。
「始まりは大きな地震だった。街に多大な被害をもたらしただけでなく、パンドラの地下迷宮から逃げ出すように大量の魔物が発生して、冒険者や兵士を総動員した大規模な戦闘が勃発した。その中には当時のパメラさん、ゴージィ親分にガストンさん、そしてアシュレイさんもいた」
雛月がテレビに目線をやると、画面に獣面の巨人の怪物が映った。
アシュレイが戦い、命を落とすことになった発端の魔物。
「この時に後に伝説となる魔物が現れる。通り名は雪男、その正体は全身毛むくじゃらのミスリルゴーレムだ。その真の名は饕餮の戟雷。神話に出てくる悪神の「四凶」が一柱だよ。中世風ファンタジー世界にはどうにも不似合いな感じだね」
「アシュレイさんはあいつは異世界から来たって言ってた。異界の神獣って呼ばれてて、全部で七体もいるって……。なぁ、雛月、思ったんだけど、俺があの異世界で最初に出くわしたドラゴンも、もしかしたら……」
三月は初の異世界のダンジョンでの、初のモンスター遭遇のことを思い出す。
巨大な赤い体躯、鉄をも溶かす炎を吐く、伝説の魔物たるレッドドラゴン。
アイアノアとエルトゥリンが助けに駆けつけてくれなければ、キッキとガストン共々今頃は灰になっていただろう。
「ああ、そうだね、三月。おそらくあれも雪男と同一の存在だろう。三月が感じた脅威の一致はぼくのほうでも確認済みだ。パンドラの異変と時を同じくして異世界から現れた七体の強力な魔物たち。こいつらの存在が、パンドラの地下迷宮を狂わせたと言っても過言ではないかもしれないね」
雛月もそれに同意し、大きく頷く。
異変があってからというもの、異界の神獣が闊歩する魔窟と化したダンジョンはどういう理由なのか、奈落の底より異常な量の魔素が湧き上がるようになる。
それに伴い、ダンジョンには魔法生物を中心とした危険な魔物が出没するようになり、生成される罠も凶悪化し、人々を寄せ付けない魔境へと変貌していった。
一層鋭い眼光を三月に向け、雛月は問うように言う。
「そして、何故パンドラの地下迷宮に三月の生まれ故郷である、神巫女町の廃墟があったのか? 三月はダンジョンの地下での地殻変動を予想していたよね? パンドラ奥深くに眠る神巫女町の廃墟、何か思い当たることがあるんじゃないかな?」
理由は不明だが、廃墟となった故郷の街が地下迷宮の奥底にあった。
我が物顔でねり歩く戟雷という魔物と、ビルの屋上に佇む蜘蛛の着物の男。
「……」
ただ、三月は答えない。
蒼白な顔色で唇をつぐみ、苦虫を噛み潰したように表情を歪めている。
絞り出す声で何とか答えると、雛月はふふんと鼻を鳴らした。
「……悪い。それは思い出したく、ない……。すまん……」
「わかった、いいよ。この話はいずれまた」
■アイアノアとの魔力循環
「その伝説の魔物を倒す決め手ともなった三月とアイアノアの魔力の巡り──」
雛月はふぅむ、と唸ってテレビに映した三月とアイアノアが手を握り合う様子をまじまじと見つめている。
ついでに、ミニ瞬転の鳥居に詰まったアイアノアのお尻をミヅキが大胆に鷲掴みにして押し出している映像も流れ、三月はまたも羞恥に頭を抱えた。
「なるほど、房中術の内丹か。男女の陰陽の気の循環を魔力供給に転用させるとは、三月は博識だな。地平の加護を通じ、あれを成功させられたのは三月の確かな知識があってこそだよ。──まぁ、その糸口を掴んだのが、アイアノアのお尻を掴んだ時だったなんて冗談とラッキースケベが過ぎるな。こりゃ傑作、あっはっは」
「うまいこと言ったみたいなドヤ顔するのはやめてもらえませんかね……!」
けらけら笑う雛月を仏頂面の三月が睨む。
ひとしきり笑った後、雛月は両手の指を絡めて組んで、ぱっとまた離した。
「ただ、今後、神の力を使って戦うときは、常にアイアノアと手を繋いでなきゃいけない訳だから、ちょっとそのあたりをどうやっていくのか考えないといけないね。まさか、ずっと仲良く手を繋いだままダンジョンを往くつもりかい? あまり度が過ぎるとエルトゥリンにやきもち焼かれる程度じゃ済まなくなるぞ」
「そ、それは確かに……」
アイアノアに一目惚れした宣言をされた時の、氷のように冷えた目つきのエルトゥリンの眼差しは、何だったら蜘蛛の着物の男の恐ろしい視線に匹敵する、かも。
また青ざめる三月に首を左右に振り、雛月はやれやれ、といった感で言った。
「三月とアイアノアがしたのは一種の体交法だ。シキに変身できる三月はともかく、アイアノアはか弱い女の子なんだから最前線の危険から遠ざけつつ、充分な魔力を供給する方法を考えていこうじゃないか」
■魔石という存在
「あと、手を繋ぐだけの内丹であれだけのことができたのは、三月のつくったミスリルの魔石のおかげに他ならない。我ながら、あんな物を作れてしまう地平の加護の万能性には空恐ろしささえ感じるね」
「はいはい、雛月様がアイアノアたちの持ってた魔石を洞察するよう俺に強要したおかげですよ。あの感覚、何か行動を操られてるみたいで気持ち悪いんだよな」
「まぁまぁ、そう言わずに。大事なことを見過ごして、いざというときに困るのは嫌だろう。三月を正しく導くのがぼくの役目なんだから我慢してよ」
「いや、まぁ魔石を洞察して作れるようにするのは賛成だよ。あれは、可搬できる強力な外部エネルギー源になる。多分、込められるのは魔力だけじゃない」
察しの良い三月に満足気に頷いている雛月の傍ら。
三月も負けじとあの時のことを思い出すと、テレビ画面にゴージィ親分の武具屋にて、アイアノアが取り出した魔石を洞察するシーンが映った。
アシュレイの記憶を投影した時同様、雛月の能力をコピーできたことにちょっと得意気になる。
どうだとばかりに見返すと、雛月もこちらを見つめていて微笑んでいた。
いちいちドキッとしてしまう自分が悔しい。
「うん、よく出来ました。三月が成長するのを見るのはぼくも嬉しいよ」
そして、目をすっと細めると意味ありげなことを言うのだった。
「これから魔石という存在は、三月の物語において重要な役割を果たすことになるだろう。これ以上はぼくの守秘義務のルールに抵触するから詳しくは教えられないけど、迷宮の異世界の三月の身体とは切っても切れない関係、とだけ言っておくね」
■商工会会頭ギルダーという男
「そういえば、ギルダーとは仲良くなれそうかい?」
出し抜けに雛月が言い出したのは、同時にテレビに映したライオン顔の獣人。
当初に思っていたような悪人ではなく、美徳の経営者の顔を見せるギルダー。
「彼みたいなのは嫌いじゃないだろ? キッキにはえらく嫌われてるけど、パメラさんからはそうでもないみたいだね。付き合いも長いようだし」
借金のカタに店を手放して自分の所に来るよう言い寄るという、いかにも悪そうな絡み方で馴れ馴れしくパメラの肩を抱くギルダーがテレビに映っている。
今思えば本当に嫌がっていたのなら、パメラはギルダーくらいの大男だろうと簡単に振り払い、逆にとっちめてしまうこともできたのではないだろうか。
王国きっての冒険者の肩書きは今も健在だ。
一線を引いたとはいえ、そんな彼女はとても侮れる相手ではない。
それなのにあの間柄でいられることは、それ自体が答えかもしれない。
三月は思わず吹き出していた。
「多分だけどさ、パメラさんとアシュレイさんが良い仲になる前から片思いしてたんじゃないかな、ギルダーの旦那は」
「で、パンドラの異変後、多少強引だったみたいけどパメラさんの宿屋を援助して、必死に気を引こうとしてたなんて、何だか可愛らしいじゃないか。あはは」
そうだな、と雛月と顔を見合わせて笑う。
意見が合ったところで、雛月はこの話題の要点を告げた。
その内容は三月にも合点のいくもので、すんなりと納得することができた。
やはり、同じ人格が元になっている雛月とは馬が合う。
「ダンジョン攻略と、あの街でうまくやっていくには商工会の協力は必要不可欠だ。トリスの街の支配者はまだ見ぬセレスティアル家の領主様だけど、ギルダーのほうが街の人たちによく顔が利くだろう」
「持って帰ってきたミスリルの引き取りとか、これからも色々と世話になるだろうからなぁ。確かに仲良くなっておいて損はないな」
「ギルダーの旦那と仲良くなるためには、もっと彼等の過去を知る必要があるね。個人的にはパメラさんの冒険者時代の話、とても興味があるんだけど三月はどう?」
「すごく気になる」
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