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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第126話 雪男との決戦1

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穿うが星屑ほしくず! ひざまずかせろッ!」

 大広間を高速で滑走するように、球状の闘気に包まれてエルトゥリンが飛ぶ。

 まったく動きに着いてこられていない巨大のミスリルゴーレムに、地面すれすれを飛行しながらぴたりと片手の平を合わせている。

 星屑撃ほしくずうちの乱れつぶて

 エルトゥリンは無数の星の光を連れ立って先頭を行く。
 あま川銀河がわぎんがを形成していくかのように光の弾体が空中を埋め尽くしていった。
 それらが加護の主たる恒星の彼女の号令で、一斉に目標に襲い掛かる。

『ウオオォォッ……!!』

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ……!!

 連続した激しい銃撃音が響いた。
 破壊の星々が通り過ぎると、ミスリルゴーレムの両足は粉々に砕けていた。

 堪らずダンジョンを揺らしてうつ伏せに倒れ込み、両手を地に付いた。
 敵の動きが止まったのを見て急激に飛行軌道を変え、エルトゥリンは一気に距離を詰めて接近していく。

「ちッ!」

 何かに気づくのと、彼女が舌打ちするのは同時だった。

 バキバキッ! しゅるるっ!

 ミスリルゴーレムに向かって飛ぶエルトゥリンの真下の床板が割れ、銀色の長い触手が何本も何本も素早く生えてきた。

 それは束ねられた伸縮自在の硬い体毛だ。
 先ほど床に付いた大きな手から地面の中を伝い、見えないところから獲物めがけて魔の手を上げた。

 長く頑強な毛はエルトゥリンの両手両足、首や胴を一瞬で緊縛して捕まえた。
 ぎしりッ、と肢体を締め付け、ねじり上げる圧力は並の生物なら易々とばらばらにできる威力を持っている。

 しかし、エルトゥリンが相手では短時間拘束するのが限界だ。

『ガアアァァァッ!!』

 咆哮をあげ、エルトゥリンを捕縛する手とは逆の手を高々と掲げる。
 その手の中に瞬間的にミスリルが集まり、巨大な投げ槍が生成された。
 巨体が持つに相応しい尖った穂先ほさき、最大直径1メートルのビッグジャベリン。

 ブォンッ!!

 剛腕の力でエメラルド色の槍をエルトゥリンに力任せに投げつける。
 全身を縛られて動けない彼女に破壊の先端が吸い込まれていった。

 グシャアッ!!

 直撃してめり込むように大槍は突き刺さる。
 大質量のままに小さな標的を圧し潰した。

 しかし、それはそう見えただけに過ぎなかった。

「無駄よ! こうなった私には何をやっても傷をつけることはできない!」

 身体を拘束していた毛を瞬時に焼き払い、槍型のミスリル製質量兵器を粉砕。
 尽きない加護の闘気を意気衝天いきしょうてん気炎きえんと共に燃え上がらせる。

 光の闘気をまとうエルトゥリンは健在で、青白い炎のように髪の毛を揺らす。
 銀河色の目が、ぎょろりとミスリルゴーレムに向いていた。

「吹き飛べッ!!」

 それは何度目かになる、星の加護の闘気を瞳に収束させての大出力砲撃。
 彼女の目がまばゆい閃光を放ち、広範囲を埋め尽くす光線を発射した。

 ビカッ……!!

 星の大砲、星明ほしあかり。

 すべてを吹き飛ばして押し流す破壊のエネルギー。
 その威力は凄まじいの一言だ。

 今度も事も無げにミスリルゴーレムの四肢を吹き飛ばし、頭部と胴にも致命的な損傷を与えていた。

「……ふぅ、きりが無い」

 驚異的な力で圧倒するエルトゥリンだったが、うんざりしてため息をつく。

 幾度となく損壊させ、再起不能なほどダメージを与えているのに──。
 何度でもミスリルゴーレムは自己修復を遂げて起き上がってくる。

 際限なく壊し続ければいつかは絶命するかもしれない。
 コアに相当するものがあり、それを潰さないと倒せないのかもしれない。

 その答えはさしものエルトゥリンにもわからなかった。

「……完全に消滅させれば確実に倒せるのだろうけど、あまり星の加護の力を上げ過ぎるとパンドラの地下迷宮ごと壊してしまいかねないわね……」

 手足をもがれ、物言わぬミスリルゴーレムは空虚に天井を仰ぎ、勝ち目の無い戦いを再開するために復活中であった。
 どうすれば──、そう思っていると。

「うっひぇぇ……。それが星の加護の本当の力なのか。すっげえなぁ」

 闘気の炎をこうこうとあげて浮遊するエルトゥリンの後ろ。

 ミヅキが真なる星の加護の顕現に驚きつつ歩いてきた。
 もちろん、何だか機嫌の良さそうなアイアノアと一緒に。

「姉様、ミヅキ……。良かった、無事なのね……」

 振り向くエルトゥリンの髪の毛が、喜んだみたいに青白い炎を一層とあげた。
 吸い込まれそうになる銀河色の目も安らいで細まる。

 横に並んだミヅキと同じ視線の先には、徐々に再生を終える巨人の姿。

「ミヅキ、ごめんね。さっきはちゃんと守ってあげられなくて……。星の加護の力、出し惜しみせずにさっさと使ってしまえばよかった」

「平気平気、俺はぴんぴんしてるよ。エルトゥリンこそ大丈夫か?」

「私は見ての通りよ。あともう一つごめん。あいつ、すぐに片付けるから。姉様とミヅキを酷い目に遭わせてまだのさばってる。絶対に許さない、消滅させてやる」

「ははは……。顔がおっかないぞ。まぁ、そのことなんだけどさ」

 横目でちらりと、殺気立つエルトゥリンを見上げる。
 ミヅキの顔は不死の魔物を前にして、不敵に笑っていた。

「今からあのミスリルゴーレムをどうにかする。エルトゥリンにはもうしばらく、あいつの動きを止めておいて欲しい。俺に秘策有りだ」

 そう言ってみて、もう一度言い直す。

「──いや、俺とアイアノアに秘策有り、だ」

「姉様も……?」

 エルトゥリンは険しかった表情を緩ませてきょとんとする。
 振り向くアイアノアの顔には、穏やかながら自信に満ちた微笑みがあった。

「任せて、エルトゥリン」

「うん、わかった」

 力強く頷く姉に、妹は異論を挟まない。
 即答すると、二人の言う通りにしようとする。

 このまま星の加護の圧倒的な力で押し、自分一人で戦う選択肢もあった。
 しかし、エルトゥリンは迷うことなく、ミヅキとアイアノアを信じた。

「もう約束は違えない……。私は決して裏切らないし、二人のことは全力で守る。ミヅキと姉様を信じるね。戦いこそ、私にできる全てだから」

 静かに言い、エルトゥリンは倒すべき敵を見据えた。

 何食わぬ顔でミスリルゴーレムは四肢を修復しながら、ゆっくりと立ち上がっている最中だ。
 エルトゥリンが戦いの気配を発すると、周囲の空気はぴんと張り詰めた。

「じゃあ、行く!」

 ぎゅんッ!

 消えたとしか思えないほどのスピードで空中を突っ込んでいく。
 残す爆風に吹き飛ばされそうになるミヅキたちは、改めて苛烈過ぎるの星の加護の戦闘を目の当たりにした。

 光の矢となったエルトゥリンが、ミスリルゴーレムの直って間もない四肢をまたも損壊させて体勢を崩させている。

 流星殴りゅうせいうちという、星の闘気をまとって単純に殴る蹴るを行うだけがこの上もなく強力である。
 一撃一撃が必殺の威力をぶちかましていた。

 一撃放っては即座に反転し、また一撃を炸裂させて高速で跳ね返ってきて、繰り返し行われる破壊の連鎖に、巨人の魔物は文字通り手も足も出ない。

 ガガガガガガガガガガガガッ……!!

 流星獄りゅうせいごく
 何度も何度も執拗しつように衝突してくる流星は、敵を牢獄に閉じ込めるばかりに釘付けにしていた。

「よ、よし! やる気満々のエルトゥリンのお陰で作戦を開始できるぞ! あとは俺たちで頑張って何とかするぞ! 星の加護は凄いけど、地平と太陽の加護だって凄いんだからなー! ……はぁ、アイアノア、頼むね」

 今まで見たことがないド派手な戦闘が目の前で始まった。
 露骨に気後れしてしまうミヅキは声が上ずっていて、口から出た言葉も棒読感が否めない。
 やっぱりエルトゥリン一人で十分なんじゃないか、と割と本気で落ち込んだ。

「ミヅキ様、私たちも力を尽くしましょう」

 笑顔のアイアノアは、ため息のミヅキの手を取り、互いに手を繋ぎ合った。

 ミヅキの左手と、アイアノアの右手──。
 指と指を絡め合わせて接合する。

 躊躇ちゅうちょなく結んだその手は恋人繋ぎだ。
 無邪気なアイアノアにドキドキしてしまうミヅキだが、手と手の間に確かなエネルギーが感じられる。

「じゃあ、行こう! 手筈通りによろしく!」

「はいっ! 行きましょう、ミヅキ様っ!」

 そして、二人は顔を見合わせ、声を掛け合い、勝利へと向かって駆け出した。
 しっかりとその手同士は繋がり合ったまま。

「姉様とミヅキが来る……! 気を付けて、どうか無事で!」

 ミスリルゴーレムをぼろぼろにしながら、エルトゥリンは空中へと離脱した。
 飛び込んでくるミヅキとアイアノアに進路を譲り、自分は援護に回る。

『ウオオォォ……!』

 厄介極まる流れ星のエルフが距離を置いて離れた。
 入れ替わりに、先ほど追い払った二人の敵が再度侵攻してくる。
 虚ろな獣面の視線が、それを冷たく見ていた。

 あの敵たちならどうにかなる。
 そうとでも思っているのかミスリルゴーレムは迎撃態勢に入る。

 手足は欠損したが、残った頭と胴体に生える体毛を逆立てた。
 再度の毛針の射出攻撃にて、ミヅキたちを返り討ちにしようと企てる。

「今だ、アイアノア! 太陽の加護を!」

「はいっ、いつでもどうぞ!」

『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・神降かみおろし・《シキみづき》』

 地平の加護が発動し、神々の世界の力を呼ぶ。

 同時に光の球状の太陽の加護は陰陽勾玉巴いんようまがたまともえの形態に変わり、強大なる力が天授てんじゅされる代償に莫大な魔力を術者に要求した。

 天界への門の制御手たるアイアノアに過大な負担が掛かる。
 しかし──。

「あぁっ、大丈夫ですっ! ミヅキ様っ、魔力の消費が凄く抑えられてますっ! こ、これならいけますっ! 全然苦しくありませんっ!」

「よしっ! 思惑通りだ! このまま詰めるぞッ!」

 興奮して声を弾ませるアイアノア。
 その声を受け、顔に光る回路模様を浮かべつつミヅキはにやりと笑った。

 ミヅキの衣服は、上は黒の作務衣さむえ、下は同色の作務袴さむばかまの和装に変化した。
 服だけでなく肉体の構造が人間を遙かに超えた、神々のしもべの戦士、シキのものへと変身を遂げていた。

 玉砂利たまじゃりのシキ、みづき。

 本来であるなら、神の世界の力をミヅキに付与すれば、太陽の加護は膨大な魔力をアイアノアから吸い上げるはずだが、今回はその負担が著しく軽い。

 必要な大量のエネルギーは確かに消費された。
 でなければ、神々の力の奇跡は起こせないのだから。

 ミヅキとアイアノアの繋いだ手と手、くっついた手の平同士の隙間から明るい光が漏れ出ている。

 二人が手を結び合い、二人が握っている、あるアイテムに秘密はあったのだ。
 時はエルトゥリンと合流する少し前にさかのぼる。

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