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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第121話 地平の加護のあれこれ
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「さっすがエルトゥリン! 頼りになるなぁ!」
「このくらいの雑魚、どうってことない。それより、ミヅキの欲しがってるもの、こいつらにもたくさん含まれてるんじゃない?」
アイアノアが魔力切れを起こした日の翌日。
パンドラの地下迷宮第一層、とある隠し扉の奥にて。
エルトゥリンが僅かな風の流れを読み取り、隠された通路を見つけてくれるので、片っ端からダンジョンの探索を行っている。
今回も罠の隠し部屋に行き当たり、閉じ込められたと思っていたら、部屋の端々にある四角い穴から、出番を待っていた魔物がこぞって登場した。
黒くてらてらと輝く甲殻、大きな二対の鋏、長い尾の鋭い毒針、四対八本の脚の節足動物を模したモンスター。
体長1メートルを超えるの大サソリ、ジャイアントスコーピオン。
わらわらとミヅキたちを取り囲んで現れたが、エルトゥリンの颯爽たる奮闘の前に何をもさせてもらえずに、あっけなく全滅していた。
堅牢な分厚い甲殻の防御力なのに、怪力エルフの剛腕から繰り出されるハルバードの刃が卵の殻でも割るように簡単にそれらを切り裂いてしまったのだ。
そして、満を持してミヅキは加護の力を試す。
こいつらは単なる大サソリではなく、パンドラの地下迷宮産の魔物である。
「アイアノア、よろしくね」
「はいっ、お任せ下さいまし」
『三次元印刷機能実行・素材を選択・《サソリの魔物たち》』
地平の加護を使うミヅキの顔には光の回路模様が現れている。
並んで立つアイアノアの手には輝く光球の太陽の加護。
ミヅキは部屋中に散らばるサソリモンスターをぐるりと見渡した。
それらを材料にして、自分の手元にイメージした物質を再構成していく。
『魔物の構成を解析・含有金属を抽出・《各種インゴット》・印刷開始』
パンドラの地下迷宮は元々鉱山だった影響を強く受けていて、発生する魔物たちの体組織には硬質な金属が組み込まれている場合が多い。
鉄ほどの硬度の甲殻を持つ、ジャイアントスコーピオンも例外ではなかった。
魔物の残骸から純粋な金属物質だけを抜き取り、純度の極めて高い地金、インゴットを生成することができた。
「よしっ! いい感じの鉄の塊ができたんじゃないの? 金とか銀の延べ棒もつくってみたいなぁ、高く売れそう!」
小躍りするミヅキの足元、主に純鉄製のインゴットがごろごろと転がっている。
長手200ミリ、短手80ミリ程度の鋼製ブロックで質量は6キログラムほど。
さらに、これはただの鉄塊ではないのである。
「ほぉー……。ミヅキ、お前さん、こいつぁかなりの上物だな。いい腕してるじゃねえか」
引き取ってもらうために持ち込んだのは、ゴージィ親分の武具屋店。
黒鉄の鉄塊を片手に、まじまじと見つめるドワーフのゴージィは感心の唸り声。
ダンジョンの色濃い魔素をふんだんに含んだ鉄の地金は、魔鋼と化していた。
魔力を蓄え、純度の歩留まりが99.9パーセント以上と高く、不純物や酸化物が完全に除去されている。
同じ地金の品物と比べてもかなりの高級品であるのは言うまでもない。
「なぁ、ミヅキ。使命なんて忘れて、俺と武具屋やらねえか? お前さんがいてくれれば、いくらでもいいモンが鍛えられそうだ! 業物つくって伝説残そうじゃねえかよっ!」
「だ、駄目ですぅっ! ミヅキ様は私たちと一緒に使命を果たすんですっ! ミヅキ様を横取りしようとするのはやめて下さいましー!」
「ぐぇぇー!?」
割と本気でミヅキを引き抜こうとするゴージィに危機感を覚え、必死すぎなアイアノアはそれを阻止しようとする。
細腕なのに存外に強い力で首を引っ張られ、あわや締め落とされるところだ。
──うぐぐ、またアイアノアに殺される……。本当にいい加減にして欲しい……。それはさておき、地平の加護の三次元印刷は素材さえあれば、大体何でも作れるっぽいな。何度か試してみてわかったけど、出来上がる道具や品物は現物状態が永続化するようだ。既存物が別の物に置き換わるだけだから、効果が切れるという概念は無いし、元に戻ってしまうこともない。
アイアノアとゴージィから逃げ出し、ミヅキは自分の加護に戦慄する。
地平の加護と太陽の加護のコンボは文字通りのチートであった。
──多分、洞察済みの俺の知っている物なら、複雑な構造物や機械でも何でも作れるだろうから、本当に気を付けないといくらでも悪用ができる恐ろしい能力になるな……。使いどころを間違うとこの世界のバランスを崩しかねないぞ……。
【三次元印刷機能のまとめ】
・洞察済み、且つ既存の素材を置換して思いのままの物を作成できる。
・作成した物体の存在は永続的に固定され、元の物質に還元されない。
・ミヅキの知り得る複雑な機械等も作成範囲に含む、超バランスブレイカー。
◇◆◇
「危ない、ミヅキッ! これ、ただのコインじゃないっ!」
「うおっ!? ひぃぃ、助かったよ、エルトゥリン……」
別の日のダンジョン探索、別の隠し通路の先の部屋での出来事。
広めの部屋の中央にまたも大きな宝箱が鎮座していた。
ミヅキの透視で中身を確認したところ、金銀銅のコインが山ほど入っていた。
罠も掛けられていなかったのでほくほく顔でミヅキが箱を開けると、それと同時に危機一髪の目にも遭ってしまった。
動かないはずのコインの一枚が、突如として高速で飛び掛かってきたのである。
まるで弾丸並の速度で、狙いは正確にミヅキの眉間を狙ってきた。
間一髪、エルトゥリンが振りかざした手が弾丸コインを弾いてくれたが、その時に響いた音は、チュインッ、という物騒な跳弾音そのものだった。
「何だこりゃ……。クリーピングコイン、じゃないな。飛んでるし……」
後ずさるミヅキたちの前方、宝箱から正体を現した魔法生物の群れが空中にじゃらじゃらと浮かび上がっている。
硬貨の姿に擬態するコイン型の魔物、クリーピングコイン。
しかしその名の通り、這い回るしかできないはずの魔物なのに、明らかに空中を飛翔する能力を有しており、さながらフライングコインの名が相応しい。
別名コイン虫と呼ばれていて、本当に甲虫の類である場合もあるが、この魔物たちはパンドラの魔素をまとった金属製の魔法生物だ。
先日遭遇した、ガーゴイルやゴーレムと同質の魔物と言えるだろう。
無数のコイン型の魔物は嵐の如く宙を飛び、銃弾を思わせる速度をもって集団で激しく体当たりをしてくる。
並みの冒険者たちなら、相対して全滅するのもおかしくないほど脅威度は高い。
しかし、ミヅキはにやりと笑っていた。
「こりゃ、借金返済がかなり捗りそうだ! ラッキー!」
『対象選択・《空飛ぶクリーピングコイン》・効験付与・《過重力》』
魔素で空中を飛ぶ魔物にとって、今のミヅキはまさに天敵だった。
先のガーゴイルと戦った際に、本来飛べる訳もない魔物が飛行する仕組みはすでに看破済みである。
自重を支えて飛行する魔力以上に重力を付与されると浮力を維持できない。
空中のコイン群は一枚残さずバラバラと石の床に落ちて散らばり、ぴくぴく痙攣するだけで身動きが取れなくなってしまった。
「うわっ、重っ……。エルトゥリン、すまん、これ持って帰れる?」
「問題ない。その箱に入れ直して、私が担ぐわ。このくらい軽いでしょ?」
重力で縛り続けているので、コインは元の重量よりかなり重くなっている。
ミヅキでは両手に抱えるくらいが限度で、とてもではないが持ち帰れない。
しかし、エルトゥリンの星の加護の権能、無双の怪力ならば重くなったコインすべてを元の宝箱に詰めて、肩に担ぐことくらいは容易いらしい。
「おっ、やっぱり思った通りだ。動かなくなったぞ」
「パンドラの魔素の影響下から抜けてしまったせいですね。ですからもう、普通のお金になっちゃいました。大収穫です、やりましたね、ミヅキ様っ」
ミヅキとアイアノアは、青空の下で顔を見合わせて笑った。
ダンジョンの外に運び出され、宝箱のざくざくの硬貨はもう動かない。
魔素の供給を断たれて魔物性を失い、ただのお金になってしまったようだ。
かくしてお金を模した恐ろしい金属の魔物たちは、借金返済に勤しむミヅキたちに大きな富をもたらす和の精霊、金霊(かなだま)そのものになったのであった。
【パンドラの魔素と魔物】
・魔素を動力にして動く魔物はダンジョンから出されると無力化する。
・自分から外に出ていくことは無いため、強制排除か行動を操る手段が有効。
◇◆◇
「ミヅキ様、下がって下さいまし! 耐毒魔法を掛けます!」
「うげぇっ、臭っさいっ……!」
また違う日の違う隠し通路奥の部屋、アイアノアの魔法がミヅキを優しく包む。
部屋の扉を開けると、そこはおびただしい数のキノコの群生地だった。
赤青紫、色とりどりの見た目毒キノコが、一斉にガス状の菌を吹き掛けてきた。
間一髪、毒に耐えられる魔法が間に合い、ミヅキはキノコの菌を浴びても強烈な異臭に苦しめられるだけで済んだ。
「ご無事で何よりです。ミヅキ様がキノコ人間にならなくて良かったです」
「アイアノア、助かったよ……。って、これ吸い込むとキノコになるやつ!?」
ちなみに、アイアノアはエルフ特有の性質を備えていて、常に耐毒の魔法の加護下にあるそうだ。
基本的な毒や麻痺といった状態異常に冒されることはない。
魔法が苦手なエルトゥリンでも最低限の魔力が保持されていて、先日のアイアノアのように魔力切れに陥らない限り、耐毒効果は維持される。
「お化けキノコのマイコニド、食べると美味しいんだけど……。毒が無い種類を見分けるのはとっても難しいのよね」
襲い掛かってきた脚の生えたキノコの魔物、マイコニドたちを手のハルバードで軽々しく蹴散らしながら、エルトゥリンは残念そうにぼやいた。
毒の菌や胞子を無効化できる特性を持つものの、摂食して体内に入れてしまうとまた話は別だ。
消化器官を通じて毒は内臓や神経といった器官に悪影響を及ぼし、最悪は死に至ることもあるのでエルフでも油断はできない。
「安全なキノコなのか毒キノコなのか、同じ種類でも微妙に違いがあるから、森に住む熟練のエルフの狩人でも鑑定するのは難しいの……。私も少ししか食べたことが無いけど、あの強烈な美味しさは忘れられないわ」
何だか食べることばかりを前提にして、一人落胆しているエルトゥリン。
野生のキノコは風味が強く旨味成分が豊富で大変美味である。
しかし、栽培が安定して可能となったのは近世以降と言われており、中世ファンタジーを背景に持つこの世界では森に入ってせっせと採るしかないのである。
「いや、どれが毒キノコで、どれが食べれるヤツか、俺わかるわ」
マイコニドは毒にさえ気を付ければ恐れるに足らない魔物だ。
ミヅキは足元に寄ってきた歩くキノコを蹴っ飛ばしつつ、エルトゥリンにすると聞き捨てならない台詞を言った。
食用きのこ、毒きのこを安全に見分けるため、きのこ検定(4級から1級)や、きのこアドバイザーといった資格が実際にある。
但し、洞察の権能を持っているミヅキにとっては数多の種類がいようとも、お化けキノコが無毒か有毒かを判別するのは造作もない。
「美味しいーっ! 私っ、こんな美味しいキノコ、今まで食べたことないーっ!」
歓喜の声をあげるアイアノアは、初めて食べる未知のキノコ料理に舌鼓。
持参の食用植物油と塩を使い、スライスしたお化けキノコを深鍋で炒めたり、小型のものをナイフで串刺しにして豪快に串焼きで食したり。
地平の加護の洞察は対象の毒性を見抜く性質を持っている。
ならば、当然その逆も然りである。
毒を持つ敵の危険度を測ることができる一方、無毒なキノコを鑑定することも可能という訳だ。
「ずるいわ、エルトゥリン。こんな美味しいキノコを独り占めしてたなんて」
「ごめんね、姉様。私も毒があるのかは見分けがつかないから、危なくて姉様には食べさせられなかったの。摂れてもほんのちょっぴりだし、狩りの途中で食べちゃってたんだ」
「そうだったの。でも、これからはミヅキ様がいるからキノコ食べ放題ですねっ!」
「期待しているわ、ミヅキ。これは使命と天秤に掛けられるほどの重大な役目よ」
「お、おう……」
何かを言いたげな表情のミヅキはキノコを頬張り、口をもごもごとさせていた。
声を大にして言いたいことが喉まで出掛かったが、一つの発見に目を向けてその気持ちをぐっとこらえたのだった。
「本当に美味しいー! これならいくらでも食べられちゃいますぅっ!」
こんな食いしん坊キャラだったかと思うほど、ぱくぱくとカラフルなキノコを次から次へと飲み込んでいくアイアノア。
そんな洞察済みの彼女をのことがミヅキには見えていた。
今食べているこのキノコにも、パンドラの魔素が凝縮されている。
魔力の豊かなアイアノアとは非常に親和性が高い模様で、食べれば食べるほど魔力量が増している。
苦しくないのかと思うくらい、魔力のキャパシティが膨張していた。
──このキノコをいっぱい食べればアイアノアの魔力問題を解決できるか? いやまあ、それはさすがに無理か……。だけど、地平の加護で敵の毒性を見抜けるのがわかったのは大きい収穫だ。これから毒を持った敵が現れても何らかの対処をすることができるな。
「……そ、それにしても、ううむ……」
ミヅキは思わず唸りをあげる。
無邪気にキノコをむしゃむしゃと食べるアイアノアを見ていると、良からぬ妄想をどうしてもかき立ててしまう。
「あむっ、あむっ……!」
丁度、口に収まるくらいのサイズの焼きキノコを、開き切っていない傘のほうから熱そうに丸ごと咥えて、ご満悦そうにうっとりしている。
「太くて大っきくて、歯応えこりこりでぬるぬるのお汁がとっても美味しーいっ」
長耳をぴこぴこ上下させつつ、ぷっくり唇がキノコの傘から茎を包み込む。
行き当たる卑猥な想像を思い浮かべ、だらしなく鼻の下を伸ばしてしまうミヅキのスケベさは仕方がない。
「ミヅキぃッ!」
「あっちゃぁーっ!?」
それに気付いた怒り心頭のエルトゥリンが、まだ生焼けの熱くなったお化けキノコを渾身の力でミヅキにぶつけたのもまた仕方がないことだった。
【洞察能力でわかることについて】
・地平の加護の洞察権能は、敵の毒性、毒の強さの度合いや性質を見抜ける。
・毒の種類や性質がわかれば、被毒《ひどく》した際に適切な対処が可能になる。
・アイアノアのキノコを食べる姿はぐっとくる。
「このくらいの雑魚、どうってことない。それより、ミヅキの欲しがってるもの、こいつらにもたくさん含まれてるんじゃない?」
アイアノアが魔力切れを起こした日の翌日。
パンドラの地下迷宮第一層、とある隠し扉の奥にて。
エルトゥリンが僅かな風の流れを読み取り、隠された通路を見つけてくれるので、片っ端からダンジョンの探索を行っている。
今回も罠の隠し部屋に行き当たり、閉じ込められたと思っていたら、部屋の端々にある四角い穴から、出番を待っていた魔物がこぞって登場した。
黒くてらてらと輝く甲殻、大きな二対の鋏、長い尾の鋭い毒針、四対八本の脚の節足動物を模したモンスター。
体長1メートルを超えるの大サソリ、ジャイアントスコーピオン。
わらわらとミヅキたちを取り囲んで現れたが、エルトゥリンの颯爽たる奮闘の前に何をもさせてもらえずに、あっけなく全滅していた。
堅牢な分厚い甲殻の防御力なのに、怪力エルフの剛腕から繰り出されるハルバードの刃が卵の殻でも割るように簡単にそれらを切り裂いてしまったのだ。
そして、満を持してミヅキは加護の力を試す。
こいつらは単なる大サソリではなく、パンドラの地下迷宮産の魔物である。
「アイアノア、よろしくね」
「はいっ、お任せ下さいまし」
『三次元印刷機能実行・素材を選択・《サソリの魔物たち》』
地平の加護を使うミヅキの顔には光の回路模様が現れている。
並んで立つアイアノアの手には輝く光球の太陽の加護。
ミヅキは部屋中に散らばるサソリモンスターをぐるりと見渡した。
それらを材料にして、自分の手元にイメージした物質を再構成していく。
『魔物の構成を解析・含有金属を抽出・《各種インゴット》・印刷開始』
パンドラの地下迷宮は元々鉱山だった影響を強く受けていて、発生する魔物たちの体組織には硬質な金属が組み込まれている場合が多い。
鉄ほどの硬度の甲殻を持つ、ジャイアントスコーピオンも例外ではなかった。
魔物の残骸から純粋な金属物質だけを抜き取り、純度の極めて高い地金、インゴットを生成することができた。
「よしっ! いい感じの鉄の塊ができたんじゃないの? 金とか銀の延べ棒もつくってみたいなぁ、高く売れそう!」
小躍りするミヅキの足元、主に純鉄製のインゴットがごろごろと転がっている。
長手200ミリ、短手80ミリ程度の鋼製ブロックで質量は6キログラムほど。
さらに、これはただの鉄塊ではないのである。
「ほぉー……。ミヅキ、お前さん、こいつぁかなりの上物だな。いい腕してるじゃねえか」
引き取ってもらうために持ち込んだのは、ゴージィ親分の武具屋店。
黒鉄の鉄塊を片手に、まじまじと見つめるドワーフのゴージィは感心の唸り声。
ダンジョンの色濃い魔素をふんだんに含んだ鉄の地金は、魔鋼と化していた。
魔力を蓄え、純度の歩留まりが99.9パーセント以上と高く、不純物や酸化物が完全に除去されている。
同じ地金の品物と比べてもかなりの高級品であるのは言うまでもない。
「なぁ、ミヅキ。使命なんて忘れて、俺と武具屋やらねえか? お前さんがいてくれれば、いくらでもいいモンが鍛えられそうだ! 業物つくって伝説残そうじゃねえかよっ!」
「だ、駄目ですぅっ! ミヅキ様は私たちと一緒に使命を果たすんですっ! ミヅキ様を横取りしようとするのはやめて下さいましー!」
「ぐぇぇー!?」
割と本気でミヅキを引き抜こうとするゴージィに危機感を覚え、必死すぎなアイアノアはそれを阻止しようとする。
細腕なのに存外に強い力で首を引っ張られ、あわや締め落とされるところだ。
──うぐぐ、またアイアノアに殺される……。本当にいい加減にして欲しい……。それはさておき、地平の加護の三次元印刷は素材さえあれば、大体何でも作れるっぽいな。何度か試してみてわかったけど、出来上がる道具や品物は現物状態が永続化するようだ。既存物が別の物に置き換わるだけだから、効果が切れるという概念は無いし、元に戻ってしまうこともない。
アイアノアとゴージィから逃げ出し、ミヅキは自分の加護に戦慄する。
地平の加護と太陽の加護のコンボは文字通りのチートであった。
──多分、洞察済みの俺の知っている物なら、複雑な構造物や機械でも何でも作れるだろうから、本当に気を付けないといくらでも悪用ができる恐ろしい能力になるな……。使いどころを間違うとこの世界のバランスを崩しかねないぞ……。
【三次元印刷機能のまとめ】
・洞察済み、且つ既存の素材を置換して思いのままの物を作成できる。
・作成した物体の存在は永続的に固定され、元の物質に還元されない。
・ミヅキの知り得る複雑な機械等も作成範囲に含む、超バランスブレイカー。
◇◆◇
「危ない、ミヅキッ! これ、ただのコインじゃないっ!」
「うおっ!? ひぃぃ、助かったよ、エルトゥリン……」
別の日のダンジョン探索、別の隠し通路の先の部屋での出来事。
広めの部屋の中央にまたも大きな宝箱が鎮座していた。
ミヅキの透視で中身を確認したところ、金銀銅のコインが山ほど入っていた。
罠も掛けられていなかったのでほくほく顔でミヅキが箱を開けると、それと同時に危機一髪の目にも遭ってしまった。
動かないはずのコインの一枚が、突如として高速で飛び掛かってきたのである。
まるで弾丸並の速度で、狙いは正確にミヅキの眉間を狙ってきた。
間一髪、エルトゥリンが振りかざした手が弾丸コインを弾いてくれたが、その時に響いた音は、チュインッ、という物騒な跳弾音そのものだった。
「何だこりゃ……。クリーピングコイン、じゃないな。飛んでるし……」
後ずさるミヅキたちの前方、宝箱から正体を現した魔法生物の群れが空中にじゃらじゃらと浮かび上がっている。
硬貨の姿に擬態するコイン型の魔物、クリーピングコイン。
しかしその名の通り、這い回るしかできないはずの魔物なのに、明らかに空中を飛翔する能力を有しており、さながらフライングコインの名が相応しい。
別名コイン虫と呼ばれていて、本当に甲虫の類である場合もあるが、この魔物たちはパンドラの魔素をまとった金属製の魔法生物だ。
先日遭遇した、ガーゴイルやゴーレムと同質の魔物と言えるだろう。
無数のコイン型の魔物は嵐の如く宙を飛び、銃弾を思わせる速度をもって集団で激しく体当たりをしてくる。
並みの冒険者たちなら、相対して全滅するのもおかしくないほど脅威度は高い。
しかし、ミヅキはにやりと笑っていた。
「こりゃ、借金返済がかなり捗りそうだ! ラッキー!」
『対象選択・《空飛ぶクリーピングコイン》・効験付与・《過重力》』
魔素で空中を飛ぶ魔物にとって、今のミヅキはまさに天敵だった。
先のガーゴイルと戦った際に、本来飛べる訳もない魔物が飛行する仕組みはすでに看破済みである。
自重を支えて飛行する魔力以上に重力を付与されると浮力を維持できない。
空中のコイン群は一枚残さずバラバラと石の床に落ちて散らばり、ぴくぴく痙攣するだけで身動きが取れなくなってしまった。
「うわっ、重っ……。エルトゥリン、すまん、これ持って帰れる?」
「問題ない。その箱に入れ直して、私が担ぐわ。このくらい軽いでしょ?」
重力で縛り続けているので、コインは元の重量よりかなり重くなっている。
ミヅキでは両手に抱えるくらいが限度で、とてもではないが持ち帰れない。
しかし、エルトゥリンの星の加護の権能、無双の怪力ならば重くなったコインすべてを元の宝箱に詰めて、肩に担ぐことくらいは容易いらしい。
「おっ、やっぱり思った通りだ。動かなくなったぞ」
「パンドラの魔素の影響下から抜けてしまったせいですね。ですからもう、普通のお金になっちゃいました。大収穫です、やりましたね、ミヅキ様っ」
ミヅキとアイアノアは、青空の下で顔を見合わせて笑った。
ダンジョンの外に運び出され、宝箱のざくざくの硬貨はもう動かない。
魔素の供給を断たれて魔物性を失い、ただのお金になってしまったようだ。
かくしてお金を模した恐ろしい金属の魔物たちは、借金返済に勤しむミヅキたちに大きな富をもたらす和の精霊、金霊(かなだま)そのものになったのであった。
【パンドラの魔素と魔物】
・魔素を動力にして動く魔物はダンジョンから出されると無力化する。
・自分から外に出ていくことは無いため、強制排除か行動を操る手段が有効。
◇◆◇
「ミヅキ様、下がって下さいまし! 耐毒魔法を掛けます!」
「うげぇっ、臭っさいっ……!」
また違う日の違う隠し通路奥の部屋、アイアノアの魔法がミヅキを優しく包む。
部屋の扉を開けると、そこはおびただしい数のキノコの群生地だった。
赤青紫、色とりどりの見た目毒キノコが、一斉にガス状の菌を吹き掛けてきた。
間一髪、毒に耐えられる魔法が間に合い、ミヅキはキノコの菌を浴びても強烈な異臭に苦しめられるだけで済んだ。
「ご無事で何よりです。ミヅキ様がキノコ人間にならなくて良かったです」
「アイアノア、助かったよ……。って、これ吸い込むとキノコになるやつ!?」
ちなみに、アイアノアはエルフ特有の性質を備えていて、常に耐毒の魔法の加護下にあるそうだ。
基本的な毒や麻痺といった状態異常に冒されることはない。
魔法が苦手なエルトゥリンでも最低限の魔力が保持されていて、先日のアイアノアのように魔力切れに陥らない限り、耐毒効果は維持される。
「お化けキノコのマイコニド、食べると美味しいんだけど……。毒が無い種類を見分けるのはとっても難しいのよね」
襲い掛かってきた脚の生えたキノコの魔物、マイコニドたちを手のハルバードで軽々しく蹴散らしながら、エルトゥリンは残念そうにぼやいた。
毒の菌や胞子を無効化できる特性を持つものの、摂食して体内に入れてしまうとまた話は別だ。
消化器官を通じて毒は内臓や神経といった器官に悪影響を及ぼし、最悪は死に至ることもあるのでエルフでも油断はできない。
「安全なキノコなのか毒キノコなのか、同じ種類でも微妙に違いがあるから、森に住む熟練のエルフの狩人でも鑑定するのは難しいの……。私も少ししか食べたことが無いけど、あの強烈な美味しさは忘れられないわ」
何だか食べることばかりを前提にして、一人落胆しているエルトゥリン。
野生のキノコは風味が強く旨味成分が豊富で大変美味である。
しかし、栽培が安定して可能となったのは近世以降と言われており、中世ファンタジーを背景に持つこの世界では森に入ってせっせと採るしかないのである。
「いや、どれが毒キノコで、どれが食べれるヤツか、俺わかるわ」
マイコニドは毒にさえ気を付ければ恐れるに足らない魔物だ。
ミヅキは足元に寄ってきた歩くキノコを蹴っ飛ばしつつ、エルトゥリンにすると聞き捨てならない台詞を言った。
食用きのこ、毒きのこを安全に見分けるため、きのこ検定(4級から1級)や、きのこアドバイザーといった資格が実際にある。
但し、洞察の権能を持っているミヅキにとっては数多の種類がいようとも、お化けキノコが無毒か有毒かを判別するのは造作もない。
「美味しいーっ! 私っ、こんな美味しいキノコ、今まで食べたことないーっ!」
歓喜の声をあげるアイアノアは、初めて食べる未知のキノコ料理に舌鼓。
持参の食用植物油と塩を使い、スライスしたお化けキノコを深鍋で炒めたり、小型のものをナイフで串刺しにして豪快に串焼きで食したり。
地平の加護の洞察は対象の毒性を見抜く性質を持っている。
ならば、当然その逆も然りである。
毒を持つ敵の危険度を測ることができる一方、無毒なキノコを鑑定することも可能という訳だ。
「ずるいわ、エルトゥリン。こんな美味しいキノコを独り占めしてたなんて」
「ごめんね、姉様。私も毒があるのかは見分けがつかないから、危なくて姉様には食べさせられなかったの。摂れてもほんのちょっぴりだし、狩りの途中で食べちゃってたんだ」
「そうだったの。でも、これからはミヅキ様がいるからキノコ食べ放題ですねっ!」
「期待しているわ、ミヅキ。これは使命と天秤に掛けられるほどの重大な役目よ」
「お、おう……」
何かを言いたげな表情のミヅキはキノコを頬張り、口をもごもごとさせていた。
声を大にして言いたいことが喉まで出掛かったが、一つの発見に目を向けてその気持ちをぐっとこらえたのだった。
「本当に美味しいー! これならいくらでも食べられちゃいますぅっ!」
こんな食いしん坊キャラだったかと思うほど、ぱくぱくとカラフルなキノコを次から次へと飲み込んでいくアイアノア。
そんな洞察済みの彼女をのことがミヅキには見えていた。
今食べているこのキノコにも、パンドラの魔素が凝縮されている。
魔力の豊かなアイアノアとは非常に親和性が高い模様で、食べれば食べるほど魔力量が増している。
苦しくないのかと思うくらい、魔力のキャパシティが膨張していた。
──このキノコをいっぱい食べればアイアノアの魔力問題を解決できるか? いやまあ、それはさすがに無理か……。だけど、地平の加護で敵の毒性を見抜けるのがわかったのは大きい収穫だ。これから毒を持った敵が現れても何らかの対処をすることができるな。
「……そ、それにしても、ううむ……」
ミヅキは思わず唸りをあげる。
無邪気にキノコをむしゃむしゃと食べるアイアノアを見ていると、良からぬ妄想をどうしてもかき立ててしまう。
「あむっ、あむっ……!」
丁度、口に収まるくらいのサイズの焼きキノコを、開き切っていない傘のほうから熱そうに丸ごと咥えて、ご満悦そうにうっとりしている。
「太くて大っきくて、歯応えこりこりでぬるぬるのお汁がとっても美味しーいっ」
長耳をぴこぴこ上下させつつ、ぷっくり唇がキノコの傘から茎を包み込む。
行き当たる卑猥な想像を思い浮かべ、だらしなく鼻の下を伸ばしてしまうミヅキのスケベさは仕方がない。
「ミヅキぃッ!」
「あっちゃぁーっ!?」
それに気付いた怒り心頭のエルトゥリンが、まだ生焼けの熱くなったお化けキノコを渾身の力でミヅキにぶつけたのもまた仕方がないことだった。
【洞察能力でわかることについて】
・地平の加護の洞察権能は、敵の毒性、毒の強さの度合いや性質を見抜ける。
・毒の種類や性質がわかれば、被毒《ひどく》した際に適切な対処が可能になる。
・アイアノアのキノコを食べる姿はぐっとくる。
応援ありがとうございます!
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